『AI崩壊』:2020、日本

2023年12月2日、東北先端情報大学大学院。教授の桐生浩介は西村悟から、厚生省が「法整備が無い」という理由で医療機器承認申請を却下したことを知らされる。桐生の妻で西村の姉である望は癌を患って余命わずかとなっており、彼女のために2人は奔走していたのだ。西村は「法律なんて関係ないよ。せっかく義兄さんが作ってくれたんだ。このAIなら新薬作れるかもしんないでしょ。癌細胞潰せるかもしんないっすよ。だったら使いましょうよ」と訴えるが、桐生は同意しなかった。
2023年12月14日。望は桐生に、「貴方は正しいよ。人が作ったレールを無視して、このAIを使って、いつか人工知能が人を軽んじる世界が来ちゃ」と語る。彼女は「もうプログラムは書かなくていいから。いつか認可が下りて、苦しんでるたくさんの人を救う日が来ますように」と言い残し、息を引き取った。2024年、桐生は医療AI「のぞみ」認可に関する記者会見を開き、同年に薬事承認された。西村は医療AIを運用するHOPE社の代表取締役に就任し、試験導入が開始された。
桐生は研究活動から離れることを決め、まだ幼い娘の心を連れてシンガポールへ移住した。2027年。「のぞみ」は腕に装着するバンドの形で導入され、患者の医療データが分析できるようになった。これによって疾患が転移する可能性が分かり、遺伝子情報も管理された。連携は拡大し、車や家電・金融や保険にもサービスが展開された。2029年になり、「のぞみ」は腕時計として利用される形になった。クラウドにデータがアップされ、人々の生活と密接に関わる不可欠な存在となった。
2030年2月10日、シンガポール。桐生は西村から届いた動画メッセージで、「のぞみ」の功績で総理大臣賞が授与されることになったことを知らされる。西村は千葉に新しいデータセンターを作ることも話し、オープニングセレモニーに出席してほしいと依頼した。桐生は帰国する気など無かったが、心は「日本に行きたい」とせがむ。桐生が「行っても何も無い」と言うと、彼女は「日本に戻るのが怖いんでしょ。1人で行く」と荷物をまとめ始めた。心が泣いて訴えると、ようやく桐生は帰国を受け入れた。
2月15日、桐生が心を連れて日本へ戻ると、HOPE社の広報担当を務める大河原宏と飯田眞子に出迎えた。車に乗った桐生は、外の景色が以前とあまり変わっていないと感じる。すると飯田は「格差が広がって、地方は昔のまま取り残されてるんです」と言い、大河原は「少子高齢化が極まり、堅調なのは医療産業だけです」と述べた。車がHOPE千葉データセンターに着くと、仕事を奪われた人々によるデモ隊が押し寄せていた。
桐生がマスコミの呼び掛けに応じず建物へ入ると、社員たちが大きな拍手で迎えた。センター長の前川健吾が挨拶し、桐生たちを地下13階の新しいサーバールームへ案内した。前川はサーバールームを設計したエンジニアの一ノ瀬湊を紹介し、超硬化ガラスで守られているのでテロリストが来ても中には入れないと告げる。前川は桐生たちに「のぞみ」のメインサーバーを見せ、カメラが入っていてプログラムや人の姿を読み取ると説明した。
やがてオープニングセレモニーが始まり、桐生は西村に紹介されてスピーチを始めた。そこへ「AI粉砕」と叫ぶ過激派の男たちが乱入し、「人間の尊厳を奪うな」と書かれた横断幕を広げる。すると現場にいた警視庁警備局理事官の桜庭誠が部下に指示を出し、すぐに男たちを制圧して追い払った。西村は以前に警察からAI開発で協力を依頼されたこと、断ったことを桐生に告げた。桐生がセンターを去ろうとすると、デイリーポストの記者を務める富永英人が近付いて「人工知能って本当に人を幸せにすると思いますか?生きる価値ある人とそうでない人の選別とか始めたりしませんか」と質問する。桐生は富永が差し出した名刺を受け取り、「のぞみ」は人を助けるためのAIで選別するような概念はプログラムしていないと答えた。
桐生が車で出ようとした時、心は家族写真が無いことに気付いた。彼女が自分で探すと言い出したため、西村は「後から追い掛けますんで、先に向かってください」と桐生に告げた。桐生は飯田と共に首相官邸へ向かい、西村たちはサーバールームを捜索した。するとメインサーバーのカメラが緑から赤に変化し、東京都の首都圏総合医療センターではアラート音が響き渡る。全ての病床で「のぞみ」に異常が発生し、患者の深部体温が低下した。
首相の田中英子は副総理の岸謙作から「懸案の国家保安法ですが、ご再考できないですかね」と言われ、「これは国民を仕分けする国民管理法ですよ」と返す。岸は「破綻寸前の国家財政を正常するため」と説明するが、田中は法案の裏にある陰謀に気付いていた。しかし岸の企みを指摘しようとした彼女は、胸を押さえて倒れ込んだ。日本各地で彼女と同じように、胸の痛みに倒れ込む人々が続出した。手術現場では機械が正常に作動せず、道路では自動運転の車が異常を検知したせいで衝突事故や渋滞が起きた。AI連動のペースメーカーを使っていた田中は、心肺停止に陥った。
サーバールームではアラート音が鳴り響き、西村たちは急いで脱出する。コントロールセンターへ駆け込んだ西村は、「インシデント発生、セキュリティーロックします」という「のぞみ」のアナウンスを耳にした。心はサーバールームに取り残され、出られなくなった。街では「のぞみ」と連動したシステムが全て使えなくなり、大きなな混乱が発生していた。テレビのニュースを見た桐生は、全国で大規模なシステム障害が起きていることを知った。
桐生から連絡を受けた西村は、心がサーバールームに閉じ込められたことを聞かされた。メインサーバーは外部からの不正アクセスを検知し、冷却システムを作動させた。桜庭はサイバー犯罪対策班の林原舞花たちに解析を指示し、コントロールセンターの指揮権は警察へと渡った。「のぞみ」は西村のシャットダウン命令を拒否し、自動思考モードに入った。桐生は西村から送られて来たプログラムを分析し、学習プログラムだと気付いた。
サイバー犯罪対策班はマルウェアの通信先を調べ、桐生のデバイスと断定した。桐生は特殊部隊に包囲され、銃を突き付けられて捕まる。しかし自動車事故が起きた隙に桐生は逃亡し、彼を尾行していた富永は写真を撮影した。桐生はテロリストとして指名手配され、ベテラン刑事の合田京一は捜査一課の奥瀬久未と組んでサイバー犯罪対策班へ行くよう上司から指示された。桜庭は警視庁が作った「AI百眼」を起動し、係長の望月剣たちと共に捜査を開始した。
AI百眼は桐生の情報を取得し、江戸川区の職業訓練センター前を移動する姿を発見した。桐生は逃亡する中で、田中が急死したニュースを知った。桐生はAI百眼に行動パターンも解析され、パトカーに追い掛けられる。彼は全てのカメラに監視されていると気付いて変装するが、すぐにAI百眼は対応した。しかし停電が起きて防犯カメラが機能しなくなり、その隙に桐生は逃亡した。AI百眼はバッテリー駆動端末での情報収集に切り替え、桐生がタブレット端末を入手して地下水道を逃亡している姿を確認した。
桐生は西村に連絡し、「誰かが人間の生命を尊重するプログラムを外して暴走させた。このままだと人間の殺戮が始まる」と告げる。西村に「どうやって止めればいいんですか」と問われた桐生は、「新しいプログラムを作るしかない」と答えた。桐生は特殊部隊が迫っていることを悟り「らせんの部屋で」と西村に伝えた。合田はサイバー犯罪対策班のやり方に納得できず、現場へ出ることにした。岸は総理の臨時代理に就任し、閣議を招集した。
合田は付いて来た奥瀬を車に乗せ、桐生がHOPEの2番目に大きいデータセンターがある仙台へ向かうと睨む。桐生は新東京港ターミナルで大型トラックの荷台に隠れ、貨物船「ひまわり8号」に乗り込んだ。合田と奥瀬も同じ貨物船に乗り、仙台へ向かう。桐生が船内で端末を使ったため、AI百眼は彼の居場所を特定した。桐生がトラックから飛び出して逃走すると、追い掛けた合田と奥瀬が説得を試みる。そこへ特殊部隊がヘリコプターで到着し、桐生を狙撃しようとする。桐生は救命衣を手に取り、海に飛び込んだ。
桐生は福島県の豊間崎漁港で意識を取り戻し、漁船に助けてもらったことを知る。漁師は「のぞみ」のおかげで妻が長生き出来たことに感謝しており、逃亡用の軽トラックを桐生に提供した。合田は桐生が生きていると確信し、奥瀬と福島県の小名浜漁港を訪れて聞き込みをする。奥瀬は桐生の「らせんの部屋で」という言葉に注目し、盗聴に気付いていたのではないかと合田に告げた。AI百眼は桐生が向かう場所を分析し、第一候補地としてHOPE仙台データセンターを導き出した。
岸は新内閣を発足させて会見を開き、国家保安法案の早期成立に強い意欲を示した。合田と奥瀬は「らせんの部屋」について推理し、桐生が以前に働いていた東北先端情報大学大学院の研究室だと断定した。桐生が閉鎖された研究室で「のぞみ」のプロトタイプを操作していると、西村が駆け付けた。桐生は暗号化されたパソコンを西村から受け取り、「誰かがバックドアを作ったはずだ。恐らくマルウェアは内部の人間が埋め込んだ」と告げた。
桐生は世界中の匿名サーバーを利用し、「のぞみ」のアクセクログを読み始めた。「のぞみ」は命の選別を開始し、幾つものパラメータを分析して大量の人間を「生存」と「死亡」に振り分けた。「のぞみ」は選んだ人間を抹殺する手段を決定し、実行のカウントダウンが開始された。西村は不正ログを発見し、防犯カメラの映像を確認する。バックドアが埋め込まれた時間にアクセスしていたのは彼自身だったが、西村は「俺じゃない」と否定した。そこへ特殊部隊が突入し、西村は桐生を庇って銃弾を浴びる…。

監督・脚本は入江悠、製作は沢桂一&池田宏之&菊川雄士&石垣裕之&森田圭&武田京市&弓矢政法&平野ヨーイチ&田中祐介&角田真敏&小泉貴裕、エグゼクティブプロデューサーは伊藤響&松橋真三、企画・プロデューサーは北島直明、撮影は阿藤正一、照明は市川徳充、録音は古谷正志、美術は小島伸介、編集は今井剛、スーパーヴァイジングサウンドエディターは勝俣まさとし、VFXスーパーバイザーは赤羽智史、音楽は横山克、主題歌「僕らを待つ場所」はAI。
出演は大沢たかお、賀来賢人、岩田剛典、三浦友和、松嶋菜々子、広瀬アリス、嶋政宏、余貴美子、芦名星、玉城ティナ、酒向芳、毎熊克哉、野間口徹、マギー、黒田大輔、田牧そら、MEGUMI、坂田聡、蛍雪次朗、荻野友里、冨家規政、日向丈、信太昌之、川瀬陽太、猪飼公一、白畑真逸、星野美穂、菅原健、大澤顕、長内映里香、田中佐季、竜二、松山愛里、松田隆、和田瑠子、山中アラタ、蔵原健、古居亜希子、大宮将司、亀田梨紗、川辺邦弘、森本のぶ、吹原幸太、柴山美保、小岩崎小恵、池田宜大、一本気伸吾、熊懐大介、今村美乃、山元隆弘、寺田浩子、安田ユウ他。


『ビジランテ』『ギャングース』の入江悠が監督&脚本を務めた作品。
桐生を大沢たかお、西村を賀来賢人、桜庭を岩田剛典、合田を三浦友和、望を松嶋菜々子、奥瀬を広瀬アリス、望月を嶋政宏、田中を余貴美子、林原を芦名星、飯田を玉城ティナ、岸を酒向芳、富永を毎熊克哉、前川を野間口徹、大河原をマギー、一ノ瀬を黒田大輔、心を田牧そらが演じている。
他に、デイリーポストの記者役でMEGUMI、編集長役で坂田聡、漁師役で蛍雪次朗が出演している。

まず気になるのは、どうして桐生が「法律を無視してでも開発した医療AIを使おう」という西村の訴えに同意しなかったのかってことだ。
12月14日のシーンで望が語る台詞によって、「もしも桐生がAIを使っていたら恐ろしい未来が訪れるかも」という危険性には言及している。
だけど、「だから桐生は西村に賛同しなかった」ってことで納得できることなんて何も無いからね。
それは望の意見であって、桐生の考えではないからね。

もちろん法整備が無くて認可されなかったのだから、勝手にAIを使えば大問題になることは明白だ。
でも「余命わずかの妻を救いたい」という切実な思いがあるのなら、「法より妻の命」という優先順位になるのは決して変なことではないだろう。
ところが桐生は、そこで悩むことさえ無い。そして望は死を迎えるのだが、そこで「自分が決断していれば死なずに済んだかも」と後悔することも無い。
それは主人公の動かし方として、大いに疑問を覚える。
そこに罪悪感を抱かないような奴が、本当に妻を愛しているのかと。

あと、桐生がシンガポールへ移住し、日本へ戻ろうとしないのも、実は「なんでだよ」と思っちゃうんだよね。
「辛い思い出があるから」とか「望のことを思い出してしまうから」とか、それなりに理由が思い付かないわけではないのよ。ただ、思い付く理由のいずれも、腑に落ちるモノではないのよ。
結局、ここも「桐生の心情が良く分からん」ってのが、大きなネックになっているんだよね。
そのせいで、序盤から観客を引き込む力が削られているんだよね。

それと、ここで桐生が帰国を決める理由となる心の台詞が、ものすごく不自然。
彼女は「お父さんが作ったAIがあるんでしょ。お父さん、お母さんを救おうとして、そのAIを作ったんでしょ。私見たい。日本で今どういう風に使われてるのか、心配」と言うのだが、日本へ行きたい理由として、そんなことを挙げるかね。
普通に「お母さんと暮らしていた場所を再び見てみたい」とか、「お母さんとの思い出が残っている場所に行きたい」とか、そういうことでいいでしょうに。あるいは、「お母さんの墓参りに行きたい」とか、「お祖父ちゃんやお祖母ちゃんに会いたい」とか、そういうことでもいいでしょうに。
「お父さんが作ったAIが心配だから帰国したい」って、幼い娘の帰国理由として不自然だわ。

望は余命わずかで苦しい状態の中、わざわざ呼吸器を外し、ハッキリと分かる言葉で「もうプログラムは書かなくていいから。いつか認可が下りて。苦しんでるたくさんの人を救う日が来ますように」と最後まで言い終えて、そのタイミングでバタンと力を失って死ぬ。
この死に様は、ほとんどギャグのようになっている。
そりゃあ「瀕死の人間が大事な台詞を言った直後に死ぬ」ってのは、昔から映画やドラマの世界では御馴染みの光景だよ。でもねえ、御馴染みだからOKってことではないのよ。むしろ、「そろそろ、その荒唐無稽は何とかした方がいいぞ」と言いたくなるのよ。
特に本作品なんかはリアリティーを求められる類の映画なので、そこで荒唐無稽を持ち込まれると、余計に嘘臭さが際立っちゃうのよね。

望は「もうプログラムは書かなくていいから」と言ってから、「いつか認可が下りて、苦しんでるたくさんの人を救う日が来ますように」と続ける。
その台詞、ちょっと意味が分かりにくい。「もうプログラムは書かなくていい」ってのは、「AIの開発を中止してもいい」ってことに聞こえる。
ところが「いつか認可が下りて」と言っているので、じゃあAIの開発は続けた方がいいってことになるでしょ。
どうやら「医療AIは完成しているから、もう研究から足を洗ってほしい」ってことのようだが、それは無責任でしょ。だって、医療AIが完璧かどうかは運用してみないと分からないし、運用後に問題が起きれば対処する必要があるし、研究を重ねてバージョンアップしていくことも大事だろうし。
それは医療AIを作った人間としての責務じゃないかと。

「のぞみ」はスマート家電や自動車とも連動し、電気&ガス&水道に続く第4のライフラインになっている。これ、どういうことなのか良く分からない。
「のぞみ」って医療AIだったはずでしよ。どういう理屈で、車や家電や金融や保険にもサービスが拡大しているのか。もはや医療AIじゃないだろ、それって。
あと、「のぞみ」のせいで製造業の仕事が無くなって大規模なデモが起きている様子も描かれるが、これも無理を感じるんだよなあ。
もちろん「AIによって多くの職業が無くなる」という未来は既に予測されているし、実際にそうなるとは思うのよ。
ただ、この映画では具体的な説明が無いので、「のぞみによって何の職業が大きな影響を受けたのか。どういう事情でリストラに至ったのか」ってのがサッパリ分からないのよ。そのせいで、デモのシーンにリアリティーを感じないのよ。

あとさ、2027年に導入されて、その年の内に普及率が76%を超えて、4月の時点で第4のライフラインになるってのは、あまりにも普及が早すぎるだろ。今の日本で、そんなに迅速に普及することは有り得ないぞ。
AIの中で真っ先に医療分野で認可されるってのも、ちっともリアリティーを感じない。医療って特に認可が下りにくい業種でしょうに。日本のデジタル・インフラの酷さを舐めんなよ。
政府や自治体のデジタル対応は、世界から見ると遅れに遅れまくっているんだぞ。そんなに迅速に「AIと連携する日常生活」が普及する世界観には、リアリティーのカケラも感じないわ。

久々に帰国した桐生は車から外の景色を見て、「シンガポールへ行く前と、ほとんど変わらないな」と言う。
だけど、まだ6年しか経っていないからね。そりゃあ、何もかもが全て驚異的な進化を遂げることなんて無いでしょ。高度経済成長期の日本じゃあるまいし。
幾ら医療AIが第4のライフラインになったからって、それで日本の経済が活性化してバブル時代ぐらい儲かっているわけでもないんだからさ。
「格差が広がって、地方は昔のまま取り残されてるんです」「少子高齢化が極まり、堅調なのは医療産業だけです」と言うけど、この辺りの表現も全く足りていないし。

心はサーバールームに入る時、リュックのポケットに家族写真を入れている。ところがセンターを去る時、「写真が無い。落としたかも」と言いながら、リュックを開けて探している。
自分で横のポケットに入れたはずなのに、それを覚えていなかったのか。
もっと問題なのは、なぜ落としたことに誰も気付かないのかってこと。大勢の大人たちが、ずっと同行していただろうに。心の後ろを歩いていた面々もいただろうに。
それと、そもそもポケットからはみ出した状態で写真を入れている時点で変だろ。そこに入れてあった理由がサッパリ分からん。
あと、サーバールームの警備は厳重で、メインサーバーは人の姿も見ているのに、落し物には気付かないのね。

それとさ、心が「自分で探す」と勝手な行動を取ろうとした時、それを西村たちが許しちゃうのもダメだろ。言っちゃ悪いけど、「たかが一枚の写真」のために大勢の職員が手分けして捜索に当たっているのも、すんげえバカバカしいと感じるし。
何でも簡単に出来ちゃう便利な「のぞみ」は、そういうことでは何の役にも立たないのかよ。
心がサーバールームに閉じ込められる出来事をサスペンスとして描いているけど、「なんかバカバカしい」と感じるし、心に対する「可哀想」という気持ちも湧かないのよね。
大事な写真なら、そんなに落としやすい場所に入れておくなよ。

岸が田中と話しているシーンの時点で、「こいつが全ての黒幕だな」ってことは誰でも簡単に予想できるだろう。
そして完全ネタバレだが、その予想は見事に的中する。何の捻りも無いので、ミステリーとしての価値は皆無に等しい。
「そこに主眼は置いてない」ってことかもしれないが、だったら最初から明示しちゃえばいい。
犯人なのはバレバレなのに、そのことを表面的には隠したまま話を進めているので、「だったらミステリーを狙ってるよね」と言いたくなる。だったらミステリーとして査定されるし、完全に赤点ってことになる。

桐生のデバイスだと特定された途端、特殊部隊が突入するのも変だろ。それって最初から桐生が犯人だと決め付けていなかったら、絶対に有り得ないだろ。
で、そんな特殊部隊は丸腰の民間人である桐生に銃を構えて包囲し、いきなり車の窓ガラスを破壊する。そういう無茶な行動を取るくせに、自動車の衝突事故が起きた隙に、まんまと桐生には逃げられている。どんだけボンクラなんだよ。
あと、「プログラムの発信源が桐生のデバイスだった」というだけで彼が犯人だと断定され、すぐに指名手配されるってのは有り得ないでしょ。
警察の捜査もAIによって大きく変化している設定なら、まだ分からんでもないよ。でも「のぞみ」によるシステムの変化は、そこまでは及んでいないはずだよね。

サイバー犯罪対策課はAI百眼で桐生の居場所を瞬時に特定できるのに、ことごとく逃げられる。
桐生が顔を隠そうが変装しようが簡単に特定できるのに、しかも行動パターンを読んで移動する方向や距離まで特定できるのに、それでも身柄を確保できない。
桐生の逃亡劇を描くことで、エンタメ作品としての面白さを出そうとするのは分からんでもないよ。安易ではあるけど、サスペンス・アクションに味付けするのが最も分かりやすい形だからね。
だけど、そのせいで「AIの危険性」よりも「警察のマヌケさ」の方が目立ってないか。

サイバー犯罪対策班の面々は桐生と西村の会話を盗聴しているのだから、その時点で「どうやら桐生はテロリストじゃないっぽいぞ」と気付いたはずだ。
しかし誰も、「特殊部隊に桐生を制圧させる」という行動への疑問を呈さない。
それは変だろ。「全員が桐生を陥れようとしている悪党」ってことならともかく、そうじゃないんだからさ。
まだイカれた連中として描かれているサイバー犯罪対策班の面々はともかく、奥瀬まで「桐生はテロリスト」と全く疑っていないのは変だよ。

東北先端情報大学大学院の研究室のシーンで、桐生は西村が犯人ではないかと疑う。監視カメラに彼が写っていたこと、特殊部隊が早く到着したことで、疑念を抱くのだ。
でも、西村が犯人じゃないことはバレバレだ。そもそも、不正ログを発見して監視カメラの映像を確認したのは西村だからね。ホントに犯人なら、そんな行動は取らないでしょ。
どうせ潔白なのはバレバレなので、そこでミスリードしても何の意味も無いわ。
しかも特殊部隊に包囲される状況下で、すぐに桐生は「西村を信じる」という気持ちになるのよね。なので、ますます「そのミスリードは何の意味があったのか」と言いたくなるわ。

完全ネタバレを書くが、バックドアを埋め込んだ実行犯は桜庭だ。
桐生はサイバー犯罪課の連中に包囲されると、証拠を示して桜庭の犯行を指摘する。合田たちも次々に犯人であることを指摘するが、桜庭は「テロリストの憶測に過ぎません」と否定する。
ところが「なぜ命の選別を学習させた?」などと桐生に質問されると、あっさりとゲロする。それどころか、目的をベラベラと得意げに喋る。
桐生は今の映像を世界中に配信していることを明かすが、仮に配信していなくても桜庭は自白したのと同様なんだから逮捕されるだろ。
つまり桜庭の行動は、配信の有無に関わらずアホ丸出しなのよ。裏を返せば、「実は配信してした」という仕掛けも無意味になってるのよ。

後半に入ると、「のぞみ」が命の選別を始める展開が描かれる。本来なら、ここで一気に緊張感が高まらなきゃいけないはずだ。
しかし、そこまでに「桐生が犯人と疑われて追われる」とか、「警察がAI百眼を使ってプライバシー無視の捜査を行う」などの描写を次々に用意して「のぞみ」から観客の意識を逸らしているせいで、ちっとも緊迫感が高まらない。
あと、「AIが人を選別するリスク」を描こうとしているのは分かるけど、具体的な選別の基準が全く見えないんだよね。
そこのディティールが雑なので、たぶん「AIの脅威と驚異」を描こうとしているはずだけど、伝えようとするメッセージが充分に届いて来ないわ。

っていうか、メッセージが伝わらないのは、それだけが原因ではない。
「AI崩壊による社会の混乱」「桐生が犯人と追われる身になる逃亡劇」「閉じ込められた心が危機に陥るサスペンス」という3つの要素を持ち込んでいるのだが、まるで手に負えていない。
桐生が警察に追われる逃亡劇ばかりに、意識が向いている。社会の混乱は、ほぼ背景と化している。
「心が死ぬかもしれないので早く助けなきゃ」という、本来ならタイムリミット・サスペンスになるべき部分も、疎かにされている。

本来ならば、何よりも優先されるべきは人命救助のはずでしょ。でも心の様子は申し訳程度に挟まれるだけだし、桐生も「心を助ける」という強い思いで動いていたはずなのに途中から「AIの暴走を止めないと」という意識ばかりが強くなっている。彼が娘を心配するような描写は、すっかり消えてしまう。
あと、あの状況で心が生き延びているのも無理があるだろ。どう考えても死ぬぞ。
そんな諸々を考えると、やっぱり桐生が犯人扱いされる逃亡劇は邪魔だわ。
「AI崩壊による社会の混乱に立ち向かう主人公」という災害パニック映画のような図式を用意して、その中で「娘を救うために奔走する」という要素を描く内容にすれば良かったんじゃないかと。

(観賞日:2021年5月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会