『アジアンタムブルー』:2006、日本

2006冬、山崎隆二はベンチに座り、過去を振り返る。2005年春、成人男性誌「月刊エレクト」の編集者である隆二は、喫茶店へ向かっていた。カリスマSM女王・ユーカが推薦したカメラマンと会うためだ。店へ向かう途中、水たまりを撮影している女性がいた。その女性は露店で売られていたピーラーを気に入ったが、千円と聞いて買うのをやめた。そんな様子を、隆二は目にしていた。喫茶店に到着した隆二がカメラマンを待っていると、その女性が現れた。ユーカが推薦したのは、その女性・葉子だった。
隆二が「ユーカとは個展で知り合ったとか。そう聞いてますよ」と話し掛けると、葉子はうつむき加減で「私、お金無いから、喫茶店に写真置かせてもらったんです。個展って言うほど」と説明した。今まで写真でお金を貰ったことは無いという。隆二はユーカの撮影現場に葉子を連れて行く。ユーカは「とにかくね、エロ専門じゃない人に撮ってほしいの、今度の企画は」と隆二に言う。月刊エレクトでは、ユーカのヨーロッパSM紀行という企画が決定していた。パリ、ロンドン、ブリュッセル、ニースを巡ることが予定されている。
葉子は英語で書かれたニースの文字を見て「ナイス」と読んでしまい、ユーカに笑われる。葉子は今まで海外へ行ったことが無いという。隆二は彼女が撮影したアルバムを見ると、全て水たまりを捉えた写真だった。隆二は編集長の沢井速雄から、ヨーロッパSM紀行について「ユーカは芸術やりたいらしいけど、ウチはそういう雑誌じゃない。読んだ後、すぐに捨てられるエロ本、これが我々が目指すべきエロ本なんだぞ」と釘を刺された。
隆二は葉子と会い、ヨーロッパSM紀行でカメラマンとして起用できなくなったことを告げる。「いいとか悪いとかじゃなくて、エロ本に貴方の写真が合わない。そういうことです」と説明すると、葉子は「分かりました。それはもういいんですけど、私の写真、どうでしたか。個人的な意見でいいんです」と言う。隆二は淡々とした口調で、「そんなことは分からない。編集者としてウチの雑誌向きか判断するだけですから」と述べた。
隆二は葉子にピーラーをプレゼントし、店を後にした。追い掛けて来た葉子に問われた彼は、「初めて会った時、見てたから。別に意味は無いよ」と言う。葉子は顔をほころばせ、「なんか嬉しいです。あんまり人に親切にされたことないから。ありがとうございます」と礼を述べた。隆二から葉子が採用されなかったことを聞かされたユーカは、「残念。あの子を気に入ってたのに」と言う。「なんでそんなに肩入れするんだ」と隆二が訊くと、彼女は「きっとあの子、家庭、不幸だよ。私もそうだったから分かる」と答えた。
隆二は友人である川上音彦の妻・由希子と不倫していた。夜中にベッドで2人が寝ていると、由希子の携帯が鳴った。音彦からだった。少し話して電話を切った由希子は、隆二に「出張先から。きっと、あの女と一緒よ。私を疑ってるの。相手が貴方とは思ってないだろうけど」と言う。数日後、月刊エレクトは女教師をテーマにした写真を屋外で撮影しようとするが、カメラマンがギックリ腰で当日になって来られなくなってしまう。隆二は同僚の五十嵐から「誰でもいいから、すぐ捕まるカメラマンいねえか」と頼まれ、葉子に電話を入れた。ちょうど前のバイト先であるコンビニを訪れていた葉子は、すぐに現場へ駆け付けた。
撮影が終わった後、大雨が降り出した。葉子は隆二に「雨、好きですか。私は好き。水たまりが出来るから」と言う。隆二が「水たまりしか撮らないの?」と尋ねると、彼女は「水たまりに写った者のほうが綺麗だから。ホントの世界よりも、水に写った世界の方が綺麗でしょ」と述べた。雨が止んだ後、隆二は「もうウチの仕事はしない方がいい」と葉子に告げた。葉子は「使いやすいです、ピーラー。使う度に山崎さんのことを思い出すから」と口にした。
葉子は隆二に、「お願いがあるんです。写真を撮ってもいいですか。水たまり越しに。後ろ姿でもいいんです」と告げる。隆二は承諾し、葉子は後ろを向いた彼の写真を撮影した。隆二は音彦とバーで会い、「由希子な、男いるみたいなんだよ」と聞かされる。「会社の若い女、どうした?」と隆二が質問すると、音彦は「もうすぐニューヨーク支店に行くんだ。別れることになるんだろうな」と答えた。
隆二がヨーロッパ行きの前日に準備をしていると、由希子がやって来た。隆二が「会ったよ、あいつと」と言うと、「何て言ってたか、想像は付くわ」と彼女は口にした。「山崎君、なんで離婚したんだっけ?」と問われ、隆二は「向こうが出てった」と答える。由希子は「どっか行っちゃおうか。誰も知らない外国へ行ったら、やり直せるんじゃないかな」と言い、隆二に抱き付いた。隆二は「相手が違うだろ。俺はそういうのは信じない」と冷たく告げた。
隆二はヨーロッパSM紀行の撮影に出発し、ニースを訪れた。ユーカは海を眺めながら、「綺麗ね。あの子と一緒に仕事したかったっていうか、この景色を見せてあげたかったな」と口にした。帰国した隆二が五十嵐と一緒に原稿をチェックしていると、沢井が来て「君らのどちらかに編集長をやってもらいたい。やっぱり女房、癌だったんだ。入社は1年、五十嵐が早い。だから五十嵐を任命したいと思う」と述べた。すると五十嵐は土下座して、「それだけは勘弁して下さい。編集長になれば雑誌の奥付に名前が載りますよね。娘がいます。もし知られたら生きていかれません」と吐露した。そのため、隆二が編集長を引き受けることになった。
隆二は女子高生グラビアの現場に赴くが、モデルのユリがスカートを上げられずに泣き出した。隆二は威圧するような態度で、「仕事で来たんだろ。早く済ませようぜ」と言う。彼が苛立っているのを見た女性マネージャーの早乙女はユリに平手打ちを浴びせ、「甘えるんじゃない。貴方、ギャラも仕事も納得したじゃないの」と怒鳴った。しかしユリは脱ぐことが出来ず、その撮影は中止になった。
後日、早乙女が編集部へ謝罪に訪れ、他のモデルを隆二に売り込んだ。隆二が「あの子、辞めたんですか」と訊くと、早乙女は薄笑いを浮かべて「風呂に沈めてやりましたよ。歌舞伎町のソープです。親の借金背負ってて、仕方ないんですよ」と告げた。彼女は隆二に、ユリの情報が出ている風俗雑誌を見せた。その夜、泥酔した隆二は五十嵐をカラオケに誘う。五十嵐が冗談半分で「それよりユリがいる店に行ってみないか」と言うと、隆二は激昂して掴み掛かった。
五十嵐は倒れ込んだ隆二を見下ろし、「お前はな、全然成り切れてねえよ。所詮、俺たちも風俗じゃねえか。腹括れ、バカ」と怒鳴った。隆二は川上家を訪れ、音彦に「ちょっと話があるんだ」と告げる。音彦が「どっか行くか。着替えて来るから」と引っ込んでいる間に、由希子が隆二に「言うつもり?今はやめて。言うほどのことじゃないでしょ」と告げる。隆二が強引にキスをすると、彼女は激しく拒んで突き飛ばした。起き上がった隆二は、無言で立ち去った。隆二がコンビニに入ると、葉子がバイトをしていた。缶コーヒーと煙草を買って立ち去ろうとした隆二だが、振り返って葉子を見つめた。
隆二は葉子との同棲生活を始めた。葉子は彼の部屋に、自分が育てていたアジアンタムという観葉植物を運び込んだ。2人が街を歩く様子を目撃した由希子は、その場で隆二に電話を掛けた。由希子は通りの向かいに自分がいることを教え、「そんな貴方の顔、初めて見た」と告げる。隆二はぶっきらぼうに電話を切るが、葉子は由希子に気付く。部屋に戻った後、電話が掛かって来るが、隆二は無視した。
葉子が「好きなんだね、あの人。寂しそうだった」と口にすると、隆二は「そういう付き合いじゃない」と告げる。「大人の付き合いってこと?向こうは、そうは思ってないかもしれないよ。なんか嫌だ。誰かに冷たい隆ちゃんなんて見たくない」と葉子が言うと、隆二は「俺は元々、そういう人間だ。人妻なんだ、彼女」と語る。ちゃんと話をするよう葉子が促すと、隆二は「簡単に済む問題じゃない。葉子には関係ない」と怒鳴った。葉子は目に涙を浮かべ、部屋を飛び出した。
葉子を捜しに出た隆二は、音彦と遭遇した。妻の不倫相手が隆二だと知った彼は、「驚かなかったよ。前から知ってたような気がする」と話す。「由希子が好きだったのか」と問われた隆二は、「いや、そんなんじゃなかった」と答えた。音彦は隆二を殴り倒して泣いた。隆二は撮影現場でユーカと会い、彼女の部屋に葉子が転がり込んでいることを知らされる。「あの子、手放すの?馬鹿よ、アンタ」とユーカに言われ、隆二は葉子を連れ戻しに行く。隆二の姿を見ると、葉子は彼に抱き付いた。
隆二と葉子は再び一緒に暮らし始め、クリスマスにはプレゼントを交換した。葉子は両親が離婚して父に引き取られたが、その父は彼女を自分の母親に預けた。その祖母も死んだため、葉子は天涯孤独となっていた。隆二と葉子の幸せな時間は、ずっと続くはずだった。しかし松本市へ撮影旅行に出掛けた葉子は、腹部の痛みに襲われて倒れてしまう。彼女は病院に運ばれ、緊急手術を受けた。病院に駆け付けた隆二は担当医から、葉子が胃癌を患っていること、除去できないほど症状が進行していることを告げられた。
隆二は葉子に病名を知らせず、「東京へ帰ったら、他の病院で検査してもらおう。それから籍でも入れちゃおうか。何かと面倒だし」と明るく振る舞う。葉子は「なんか変。私の病気、そんなに悪いの?ちゃんと言って。私の家族は隆ちゃんだけなんだから」と言う。隆二は「悪性の可能性もあるかもしれないって。あくまでも可能性だ。悪い方に考えるな。ずっと一緒にいるから」と彼女を元気付けた。
隆二は葉子を東京へ連れ帰り、大病院で検査を受けさせた。しかし医師の診断結果は変わらず、隆二は葉子が余命1ヶ月だと宣告された。葉子は隆二に、「もう病院は嫌。検査は嫌。もう時間が無いってことを受け入れるしか無いと思う。貴重な時間なのに、病院なんかで過ごすことないよ。静かに過ごしたい」と語る。隆二が「脱出しようか。静かな綺麗な所へ。どこでもいいよ」と持ち掛けると、葉子はニース行きを要望した。隆二は仕事を辞め、彼女と共にニースへ行くことを決めた…。

監督は藤田明二、原作は大崎善生『アジアンタムブルー』(角川文庫刊)、脚本は神山由美子、製作は黒井和男&亀山慶二&榎本和友、エグゼクティブプロデューサーは梅澤道彦&北川直樹、プロデューサーは椿宜和&井口喜一&杉山登&篠原廣人、撮影は北信康、照明は渡邊孝一、美術は山本修身、録音は野中英敏、編集は山本正明、音楽は大島ミチル。
主題歌は『FLAWED〜埋まらないパズル』作詞・作曲・編曲:Billy Mann,Delta Goodrem、歌:Delta Goodrem。
出演は阿部寛、松下奈緒、高島礼子、小島聖、佐々木蔵之介、渡辺いっけい、小日向文世、村田雄浩、猫背椿、葛山信吾、松尾れい子、飯田基祐、深水元基、坂田裕美、神戸浩、永田恵悟、桜井聖、竹野邦彦、レザ・アクザイ、末川かおり、杉田浩子、清水梨乃、心愛ら。


大崎善生の同名小説を基にした作品。監督の藤田明二はテレビ朝日所属の演出家で、これが初めて手掛ける映画。
テレパック時代には『天皇の料理番』、共同テレビ時代に『お水の花道』、テレビ朝日に移ってからは『黒革の手帖』など、数々の人気ドラマを演出してきた人物だ。
隆二を阿部寛、葉子を松下奈緒、由希子を高島礼子、ユーカを小島聖、音彦を佐々木蔵之介、松本市の医師を渡辺いっけい、沢井を小日向文世、五十嵐を村田雄浩、早乙女を猫背椿が演じている。
松下奈緒は、これが映画デビュー作。

序盤、月刊エレクトでユーカのヨーロッパSM紀行という企画が決定していることが示されるが、ものすごく違和感がある。
ユーカは「お疲れ気味のサラリーマンのカリスマ」として大人気らしいけど、SMってのはエロの中でも特殊なジャンルだから、せいぜい「ごく一部で人気」というだけに過ぎないはず。
例えば「カリスマAV嬢」なんかとは、その知名度や訴求力は格段に違うはず。
で、そんな女性がヨーロッパ各地を巡る旅行を撮影するという企画に、ゴーサインが出るものだろうか。
バブルの全盛期じゃあるまいし。
2005年当時のエロ雑誌って、そんなに儲かっていたのか。

あと、最初にユーカの撮影シーンがあるので、月刊エレクトってSMの専門誌なのかと思ったら、その後に女教師や女子高生というテーマでの撮影もやっているんだよね。
ってことは、普通のエロ雑誌なんでしょ。
そういう雑誌で、SMの女王様が人気を博しているってのも、ちょっと解せないものがあるんだよなあ。
普通のエロ本を買う人とSMの愛好者って、全く客層が違うんじゃないかと思うのよ。
そういう恋愛劇に入る前のディティールの部分で、ワシはダメだったなあ。

ヌードになれなかったユリがソープ送りにされるという展開があるが、これもバカバカしさを感じてしまったんだよなあ。
そりゃあ世の中に、そういう目に遭わされる女の子が存在しないのかと問われたら、いるんだろうとは思うよ。
ただ、どうやら月刊エレクトってアングラなエロ雑誌じゃなくて、それなりにキチンとした雑誌みたいだし。
そういうトコの使うモデルが、「親の借金を抱えているし、ヌードになれなかったら」という理由でソープに沈められるってのが、絵空事にしか思えなかったんだよなあ。

メインの男女のキャラが、どうにも掴めなくて困った。隆二は全く熱を感じさせず、いつも淡々としていて活力に乏しい。無表情・無感情で暮らしている。
そういう風になった理由は、まるで分からない。
妻と離婚したことがチラッと語られるが、それを引きずっているとも思えない。由希子と不倫しているしね。
あと、仕事に対する意欲が無いのは分かったが、それでも無感情で事務的にこなしているのかと思ったら、ユリが風呂に沈められたことを聞くと、泥酔して荒れるのよね。
ここも、引っ掛かってしまったなあ。

そりゃあ「風呂に沈めた」と知らされたら驚きはあるだろうけど、それで悪酔いしたり、カッとなったりするようなキャラだったのかと、意外に思ったのよね。
その意外性は、良い意味での意外性じゃない。「そういうキャラってことを描写しておいてほしい」と感じさせる。
葉子と知り合って変化したようにも感じられないし。
ユリのことで荒れた隆二が音彦に不倫関係を明かそうとするのも、どういう心情が働いたのかワケが分からん。

葉子の方も、ちょっと分かりにくい。
最初に喫茶店で隆二と会う時は、オドオドした感じだし、自信が無さそうだし、他人との付き合いが苦手なタイプっぽく見える。
ただ、その前に露天商と喋っている時は、普通に接している。
で、隆二と喋っている時は内気に見えた葉子だが、ピーラーを貰うと明るい態度になるし、代役のカメラマンとして呼ばれた時には「使いやすいです、ピーラー。使う度に山崎さんのことを思い出すから」と、まるで「私は貴方に気がありますよ」とアピールしているかのようなことを口にする。
どうも良く分からないキャラクターだという印象だ。

コンビニで葉子と再会した隆二は彼女を見つめ、シーンが切り替わると2人は同棲生活をスタートさせている。
どういう心情で隆二が彼女と付き合い始めたのか、良く分からない。
しかも、葉子は隆二のことを「隆ちゃん」と呼び、タメ口で喋っている。そのジャンプには、全く付いて行けない。
「この2人は、こうなるだろうな」と思わせるための前フリがちゃんとあれば、そういう飛躍も納得できたかもしれない。だけど、ジャンプする前の段階で、その2人は互いに恋愛感情を抱いている様子も見えなかったし、何も湧き立っていなかった。
だから、それは幾ら何でも省略が過ぎるだろうと。
「再会する」→「付き合い始める」→「葉子がタメ口になる」→「同姓を始める」と、幾つもの手順があるはずなのに、いきなり「隆ちゃん」なので、「なんだよ、そりゃ」と言いたくなってしまう。

葉子と付き合い始めてから、隆二は変化しなくちゃいけないはず。
だけど、その変化があまり見えて来ない。
例えば、「これまで無機質に仕事をこなしていたが、彼女と付き合い始めてからは活力が感じられるようになる」とか、そういうことは見られない。
ただ、「女との交際を始めてからエロ雑誌への意欲や情熱が沸く」ということになると、それはそれで、どうしたもんかと思っちゃうかもね。

ユーカが葉子を気に入り、やたら固執するのも、どういう心情なんだか良く分からない。
作品を気に入ったわけじゃなくて、「きっとあの子、家庭、不幸だよ。私もそうだったから分かる」とことでシンパシーを感じたようだが、そこを伝えるための描写が薄くて説得力が皆無だから、ユーカの存在意義そのものからして怪しくなっている。
隆二と葉子がニースへ移り住んでからの時間は、ほぼ観光映画と化している。
それも、ニースへ行ってみたいという気持ちをまるで喚起しない、退屈な観光映画だ。

(観賞日:2012年11月1日)

 

*ポンコツ映画愛護協会