『あゝ同期の桜』:1967、日本
昭和18年、太平洋全域に渡る戦局は苛烈の度を加えた。9月23日、時の政府は徴兵猶予撤廃の非常措置を発令した。全国の大学高専校に学ぶ約10万の文科系学生は戦場へ送られることになり、10月21日に雨の神宮外苑で壮行会が行われた。出陣学徒の一部に当たる1万3千名は、最下級の海軍二等兵として本籍地別による各海兵団に入団した。12月10日、白鳥や半沢、福島といった面々は、舞鶴海兵団に入団した。彼らは大沼上曹の厳しい指導を受け、訓練に取り組んだ。
舞鶴海兵団の若者たちは面会が許され、白鳥は父の仙蔵、母の貞子、妹の礼子と久しぶりに会った。半沢は両親を亡くしており、面会人はいなかった。それを知った白鳥は、彼に礼子を紹介した。礼子は大福を持参しており、半沢は笑顔で食べた。しかし禁止されていた飲食を大沼に知られ、白鳥は殴られて面会は中止になった。昭和19年2月1日、各海兵団より選ばれた3200名は第十四期飛行専修予備学生を拝命し、地上用務員は鹿児島航空隊、搭乗員は土浦海軍航空隊に入隊した。
目の悪い福島は地上用務員になり、白鳥と半沢は土浦海軍航空隊に入隊した。土井中尉は予備学生を順番に呼び、検閲を終えた手紙を渡す。南条は妻の則子からの手紙で、男児の誕生を知った。半沢は礼子から手紙が来たと知って喜ぶが、検閲で黒く塗り潰されていた。由井は白鳥に、「精神論で戦争には勝てない。現代の戦争は物量戦だが、今の日本はお粗末すぎる」と語った。そこへ隣の部隊の滝が来て煙草を所望し、「くだらんよ、こんな戦争。俺が死んだら日本の文化は50年遅れる」と告げた。
予備学生の専攻分野が振り分けられ、半沢と由井は偵察として徳島行きが決まった。白鳥は南条や不破たちと共に、操縦として出水へ行くことになった。教官は滝か脱走したが捕まったこと、処刑されることを彼らに語った。昭和19年6月、南九州出水海軍航空隊。白鳥たちは分隊長を務める剣持大尉の下で、訓練を積んだ。外出の日程が繰り上がり、白鳥は赤ん坊を背負って南条を訪ねて来た妻の則子と遭遇した。白鳥は南条を捜索するが、なかなか見つからない。南条は外出時間が終わる寸前に戻り、少しだけ赤ん坊を抱くことが出来た。
白鳥は同乗訓練の際、剣持からサイパンへ向かうことを知らされた。エンジンの不調で訓練機は不時着し、剣持は右目に重傷を負った。昭和19年7月10日にサイパンは陥落し、7月18日に東条戦時内閣は崩壊した。昭和19年9月、東九州宇佐海軍航空隊に移った白鳥たちは、先に出陣する福島と久々に再会した。福島は白鳥に促されて挨拶し、敬礼を交わして別れた。昭和20年、十四期生は少尉に任官していた。大岡大尉は白鳥たちに、フィリピンで敷島隊の体当たり作戦が多大な成果を上げたことを話した。
訓練用の燃料が無くなり、飛行作業は中止された。間宮軍医長は白鳥たちに、入れ替わりに出て行った十四期の用務士官は大半が戦死したことを知らせた。偵察隊が着任し、白鳥たちとペアを組むことになった。半沢は白鳥に、礼子と交際していることを明かした。第十航空艦隊は総力を挙げて特攻作戦に従事することになり、宇佐航空隊でも次期沖縄戦に備えて特攻攻撃の特別訓練に入ることが決まった。訓練を指揮するため、陣之内大尉が着任した。
3月23日、連合軍大機動部隊が沖縄に来襲し、陣之内は白鳥たちに特攻作戦を説明した。半沢は遺された者の悲しみを考え、礼子に別れの手紙を書いた。南条は旅館で則子と会っていたが非常空襲の知らせで戻り、やがて特攻隊として出撃していった。基地が激しい空爆を受け、由井を含む数名の予備士官が命を落とした。その直後、白鳥や半沢たちに第二次出撃命令が下った。予科練の練習生を含む総員27名は陣之内に率いられ、昭和20年4月に南九州串良基地へ着任した…。監督は中島貞夫、原作は海軍飛行予備学生第十四期会編『あゝ同期の桜・帰らざる青春の手記』(毎日新聞社 刊)、脚本は須崎勝彌&中島貞夫、製作は大川博、企画は岡田茂&俊藤浩滋&秋元隆夫、撮影は赤塚滋、照明は金子凱美、録音は荒川輝彦、美術は鈴木孝俊、編集は神田忠男、助監督は牧口雄二、音楽は鏑木創、挿入歌『同期の桜』唄は松方弘樹。
出演は鶴田浩二、高倉健、松方弘樹、千葉真一、夏八木勲、村井国夫、天知茂、西村晃、三益愛子、小沢昭一、佐久間良子、藤純子、小池朝雄、石山健二郎、高橋昌也、三島ゆり子、天津敏、山本麟一、菅井きん、金光満樹、嶋田景一郎、脇中昭夫、蟹江敬三、沢登護、五十嵐義弘、宮土尚治、唐沢民賢、江木健二、水木達男、宮城幸生、香月涼二、江上正伍、名護屋一、波多野博、結城哲也、野口泉、藤沢徹夫、西田良、東竜子ら。
ナレーターは山口幸生。
海軍飛行予備学生十四期会による47編の遺稿集『あゝ同期の桜・帰らざる青春の手記』を基にした作品。
「東映戦記映画三部作」という位置付けの1作目で、この後に『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』『あゝ予科練』と続く。
監督は『男の勝負』『任侠柔一代』の中島貞夫。
脚本は『太平洋奇跡の作戦 キスカ』『あゝ零戦』の須崎勝彌と中島貞夫監督による共同。
陣之内を鶴田浩二、剣持を高倉健、白鳥を松方弘樹、半沢を千葉真一、南条を夏八木勲、由井を村井国夫、間宮を天知茂、貞子を三益愛子、土井を小沢昭一、則子を佐久間良子、礼子を藤純子、大岡を小池朝雄、仙蔵を石山健二郎、大沼を山本麟一が演じている。舞鶴海兵団では訓練シーンの中で笛の合図に会わせて全員が一斉に床の拭き掃除をする様子が描かれる。戦場で何の役にも立たない訓練に思えるが、まだ「精神面の鍛錬」と擁護することは出来なくもない。
ただ、土浦海軍航空隊で描かれる棒倒し対決に関しては、ホントに「全く役に立たないだろ」と言いたくなる。
「こんなことを真剣にやっていたんだから、そりゃあ日本は負けるわな」と言いたくなる。
しかも、これをコミカル、もしくはシニカルに描くならともかくマジで描いているので、どうにも居心地が悪くなる。時間が経つにつれて、だんだん主要キャラが増えて行く。だが、それに比例して人間ドラマが深くなったり厚くなったりするわけではない。
例えば棒倒しで白鳥たちの分隊が負けた後、不破は攻撃担当の半沢に腹を立てて「修正する」と言い出す。「仲間で殴るとは何だ」と白鳥が反発すると、半沢は彼も殴ろうとする。当直学生の南条は不破の勝手な行動を咎め、「搭乗員に必要なのは精神力だけじゃない」と説教する。
だが、ここで南条と不破に因縁が生じるとか、白鳥と半沢が南条に感謝して仲良くなるとか、そんなことは全く無い。
南条が不破を諭すと、すぐに次のシーンへ切り替わってしまう。滝という男が急に登場して「こんな戦争はくだらない」などと言い、その後には脱走して捕まったことが語られる。
でも内面を全く描かず、白鳥や半沢たちとの関係性も薄いので、そんな奴が脱走を図って捕まっても「そうですか」としか言いようがない。
滝に「俺が死んだら日本の文化は50年遅れる」と言わせているけど、従軍までは何をしていたのか、どんな仕事に就きたかったのかは全く教えてもらってないから、その言葉が持つ意味も上手く伝わらないし。予備学生の専攻分野が振り分けられると、半沢と由井は偵察なので画面から消える。
白鳥と同じ分隊になった不破の存在にも触れなくなり、南条が家族と会うシーンでスポットを当てられるだけ。そっちを脇に追いやって、出水から登場した剣持を大きく扱う。
ただ、その剣持にしても申し訳程度の扱いであり、さっさと次のパートへ移っていく。
十四期生の群像劇だけでも色々とやることは多いのに、陣之内や剣持もそれなりに大きく扱わなきゃいけないので、かなり大変だ。「だったら最初から十四期生の群像劇だけにすればいいじゃねえか」と思った人、それは中島と須崎も思っていたことなのだ。
実は中島と須崎が完成させたフィルムと、我々が観賞できる作品には、大きな差があるのだ。
脚本を手掛けた須崎勝彌は第十四期飛行専修予備学生の生き残りであり、監督の中島貞夫は十四期生の妹と友達だった。
そのため2人とも作品に対する思い入れは強かったし、特攻を美化せずに反戦を訴えようと考えていた。
そして中島と須崎は、松方弘樹と千葉真一を中心にした十四期生のドラマを描くつもりだった。ところがシナリオが完成間近になった辺りで、プロデューサーの俊藤浩滋が鶴田浩二と高倉健の起用を勝手に決めてしまった。
「特攻映画なんて当たらない」と製作に消極的だった社長の大川博にゴーサインを出させたのは俊藤の巧みな手腕だし、そもそも立場を考えても中島監督が彼の決定に反対することなど出来ない。
っていうか反対しても通らないので、全くの無意味だし。
なので中島監督は受け入れるしか無かったのだが、これによって「オールスター映画」になってしまい、計算が大きく狂った。当然のことながら、当時の東映でトップスターだった鶴田浩二と高倉健を軽い扱いで済ませることは出来ない。
それぞれの見せ場を用意することが求められるし、松方たちが鶴田&高倉と同じ画面にいるシーンでも「主役は松方たち、鶴田&高倉は脇役」といして扱うわけには行かない。
それだけでも当初の予定からは大幅に外れているのだが、ようやく完成した映画も試写で上層部から激しく批判された。
当時の上層部には戦争経験者もいて、特攻を美化したがったり反戦思想を嫌がったりということがあったのだ。
そんな上層部の要求を受け、中島監督は大幅なカットを余儀なくされたのだ。(観賞日:2025年10月27日)