『ワールド・トレード・センター』:2006、アメリカ

2001年9月11日。ニューヨークの港湾局警察では、指揮官カジマティス警部補とパトロール班長のジョン・マクローリンが警官を集合させ、 勤務配置を告げた。フィールズ警部は、ゾーイ・カロリーという家出少女を捜していることを説明した。警官たちは持ち場へと散っていき、 ウィル・ヒメノ巡査はバス・ターミナルの周辺をパトロールした。その最中、彼は轟音を耳にした。
それぞれの担当地区をパトロールしていた警官たちは、本部に戻るよう連絡を受けた。本部のテレビでは、世界貿易センタービルの北棟に 旅客機が激突したニュースが報じられていた。港湾局警察ではチームを派遣し、人々の避難を援護することになった。ジョンはポルニキ、 コルヴィート、ワシントン、ジラルディーといった面々の名前を読み上げ、ワゴン車で現場へ向かう。その途中、南棟にも旅客機が激突 したという情報が入ってきた。だが、警官たちは嘘だろうと考えた。
センタービルの前に到着したジョンは、チームを組んでビルの中に入ることを決めた。候補を募ると、ウィル、ドミニク・ペズーロ、 アントニオ・ロドリゲスの3人が名乗りを挙げた。ジョンは残りのメンバーに「カジマティス警部補を待て」と指示し、3人を引き連れて 第5ビルへ向かった。警官詰め所に立ち寄った後、彼らは地下1階の搬入倉庫へ酸素ボンベを取りに行くことにした。
搬入倉庫へ向かう途中、仲間の巡査クリスが現れ、一緒に行くと申し出た。ジョンはウィルにカートを預け、ドミニクたちと共に搬入倉庫へ 向かった。ウィルが待機していると、ブリッジ担当の巡査レイノルズがススだらけの顔で現れた。「長い一日になりそうだ」と告げ、彼は 立ち去った。ジョンたちは酸素ボンベを抱えてウィルの元へ戻り、第1タワーへ向かう。その途中、彼らはカジマティスのグループと遭遇 した。カジマティスたちは第2タワーへ向かうという。
コンコースのフロアを移動していたジョンたちに、カジマティスから「戻って来い、一緒に登ろう」という通信が届いた。その直後、轟音と 共にビルが激しく揺れた。ジョンはウィルたちに、「エレベーターシャフトへ逃げろ」と叫んだ。ビルは崩壊し、彼らは生き埋めになって しまった。暗闇の中、ジョンは部下に呼び掛ける。離れた場所で、ウィルとドミニクが返事をした。
ジョンとウィルは体が瓦礫に埋まり、動けない状態だった。ドミニクは何とか抜け出し、ウィルを助け出そうとする。ジョンは無線で救援 を要請しようとするが、通じなくなっていた。瓦礫がビクともしないため、ウィルは応援を呼びに行こうとする。だが、ジョンが「ダメだ、 一人で助けろ」と怒鳴った。ドミニクは何とか一人で救出しようとするが、また激しい崩落が起きた。ドミニクは瓦礫に打たれて深手を 負い、そして命を落とした。
ウィルの妻アリソンは仕事場で世界貿易センタービルの出来事を知り、夫の心配をしていた。そこへ弟ジェリーから電話が入り、「警官が トンネルに一人もいない。きっと世界貿易センタービルに刈り出されたんだ」と告げられた。ジョンの妻ドナは、自宅でテレビのニュース を見ていた。友人ジョディーも一緒にいて、夫ジョーを心配していた。ドナは「みんな避難したわよ、大丈夫」と励ました。警官がドナの 家を訪れ、「ジョーの行方が分かった、救援部隊を出す」と告げたので、ジョディーは安堵した。
ジョンはウィルに、「眠ったらダメだ、死ぬぞ。起きていれば必ず助かる」と告げた。その直後、爆発音と共に、複数の炎の塊がウィルに 目掛けて飛んで来た。ウィルは悲鳴を上げるが、突風が吹き込んで炎は消えた。怯えたウィルは、「何か喋ってください」とジョンに頼む。 ジョンは「無理だ、両方の膝が潰れている。ウワァー!」と感情的に喚いた。
アリソンは夫の無事を確かめるため、警察署に電話を掛けた。幼馴染みの警官ブライアンは電話を代わり、「ウィルがビルへ向かったのは 確かだが、中に入ったかどうかは確認中だ」と告げた。元海兵隊員の会計士デイヴ・カーンズは、テレビで世界貿易センタービルの惨事を 知った。信心深いカーンズは教会へ赴いて牧師に会い、「ニューヨークへ行きます」と告げた。
ドナは長男スティーヴン、次男JJ、長女エリン、末娘ケイトリンと共に、自宅でテレビの報道を見ていた。ジョンの親類パットが現れ、 「ジョンがビルに入ったことが確認された」とドナに告げた。カーンズは髪を短く刈り込み、海兵隊の制服に身を包んでビルへ向かった。 ジョンは激しい揺れに襲われ、神に祈った。揺れは収まり、何とか死なずに済んだ。ビルに近付いたカーンズは、消防士に状況を尋ねた。 崩壊の危険があるため、捜索は中断されていた。
ジョンとウィルは、互いの妻のことを語り合った。ウィルにはビアンカという娘がおり、アリソンは次女を身篭っていた。ウィルは死を 覚悟し、ジョンに「次女の名前はオリヴィアにするよう無線で言ってください、妻に愛してると伝えるよう言ってください」と頼んだ。 ジョンは通じない無線機に向かい、そのことを語った。その言葉を聞きながら、ウィルは目を閉じた。ジョンは「俺の家族にも愛してると 伝えてくれ」と言い、目を閉じた。意識が薄れて行く中、ジョンはイエス・キリストの幻影を見た。
カーンズは懐中電灯を片手に、崩壊した世界貿易センタービルに足を踏み入れた。すると、トーマスという海兵隊員が一人で捜索を続けて いた。カーンズはトーマスと一緒に、上の階へと向かった。意識を取り戻したジョンとウィルの頭上に、カーンズとトーマスが現れた。 カーンズたちは彼らの存在に気付き、無線で応援を要請する。現場には緊急救助隊の警官スコット・ストラウスや元救急隊員チャックたちが 駆け付け、まずはウィルの救助活動に取り掛かった…。

監督はオリヴァー・ストーン、脚本はアンドレア・バーロフ、製作はマイケル・シャンバーグ&ステイシー・シェア&モリッツ・ボーマン &デブラ・ヒル、製作総指揮はノーム・ゴライトリー&ドナルド・J・リーJr.、撮影はシーマス・マッガーヴェイ、編集はデヴィッド ・ブレナー&ジュリー・モンロー、美術はヤン・ロールフス、衣装はマイケル・デニソン、音楽はクレイグ・アームストロング。 出演はニコラス・ケイジ、マイケル・ペーニャ、マギー・ギレンホール、マリア・ベロ、
マイケル・シャノン、スティーヴン・ドーフ、フランク・ホエーリー、ウィリアム・メイポーザー、ジェイ・ヘルナンデス、アーマンド・ リエスコ、ニック・ダミチ、ジュード・チコレッラ、ジョン・バーンサル、ワス・スティーヴンス、ブラッド・ウィリアム・ヘンケ、トム ・ライト、ネッド・ァイゼンバーグ、ニコラス・タートゥーロ、ダニー・ヌッチ、タイリー・シンプソン他。


9.11米国同時多発テロの際、崩落した世界貿易センタービルから救出された港湾警察官2名の実話を映画化した作品。
ジョンをニコラス・ ケイジ、ウィルをマイケル・ペーニャ、ドナをマギー・ギレンホール、アリソンをマリア・ベロ、カーンズをマイケル・シャノン、 スコットをスティーヴン・ドーフ、チャックをフランク・ホエーリー、トーマスをウィリアム・メイポーザー、ペズーロをジェイ・ ヘルナンデス、ロドリゲスをアーマンド・リエスコ、カジマティスをニック・ダミチが演じている。

米国同時多発テロの当日に起きた出来事で、舞台は世界貿易センタービル。
人々を避難させるために出動した警官が、崩壊したビルの下敷きになる。
こうやって列記すると、米国同時多発テロを描いた作品だと考えるだろう。
しかし実際には、同時多発テロを題材に取っているにも関わらず、オリヴァー・ストーン監督は、そこから目を背けている。

この作品を、「もしも米国同時多発テロという要素を除外した内容にしたら」と仮定してみる。
テロとは何の関係も無く、2001年9月11日とは異なる別の日に、あるビルの崩落事故が起きて主人公が生き埋めになるという話だったら、 どうだろうかと考えてみる。
それでも、ほとんど影響は無い。
ってことは、これが同時多発テロを題材にしている意味は、全く無いのではないか。
単に「ビル崩落で下敷きになる主人公と、心配する家族」という形にしても、それで成立してしまう。
っていうか、そういう話になっている。

大規模な事件をマクロではなくミクロな視点で描くこと、2名の警官と家族に絞り込んで描写すること自体は、間違いだとは思わない。
ごく個人的な出来事として、狭い人間関係を描く中で、その後ろにある大きな事件の悲惨さや痛ましさが浮き彫りになるという形を取る ことはある。
例えば日本では、原爆を題材として扱う時に使われることのある手法だ。
だが、この映画の場合、「ピル崩落で生き埋めになった2人が助かって良かったね」という、そこで描かれている表面的なモノしか 見えない。その向こう側にある、同時多発テロの脅威や悲劇性は見えない。
そして同時多発テロに関して何をどう描きたいのかという主張や考え方も全く見えない。
「テロ」ではなく「災害」に関する物語として作られている。

オリヴァー・ストーン監督と言えば、これまで政治的な題材を取り上げ、かなりスキャンダラスな方向性で、強い主義・主張を盛り込んだ 映画を撮ってきた人だ。
しかし今回は、同時多発テロ事件の発生から、まだ5年しか経過していないということで及び腰になったのか、単純に映画人としての感覚 が枯れてしまっただけなのか、テーマやメッセージが何も無い。
テーマやメッセージがゼロでも、娯楽性だけで魅了する類の映画もあるが、これは、そういう類の映画でもない。
オリヴァー・ストーン監督の政治色をギラつかせた映画作りには、時に悪意さえ感じるようなこともあり、それを全面的に肯定したいとは 思わない。
ただ、この映画に関して言うならば、「9.11」を扱いながら、「9.11」を描こうとしない逃げの姿勢はイカンだろう。

事件から5年しか経過していないので、デリケートな題材ではあるだろう。
だが、むしろ、5年しか経過していないからこそ、ヒロイズムと感動で安易にまとめてしまうのは、映画人として不誠実な態度ではない のかと思うのだ。
その辺りは、アクの強いオリヴァー・ストーンも、映画人である前にニューヨーカーだった(だからニューヨークの人々にエールを贈る ような、善意と希望に満ち溢れた内容の作品を撮ることしか出来なかった)ということなのかな。

信心深いカーンズが英雄として描かれ、意識を失ったジョンはイエス・キリストの幻を見る。
まるで「神の啓示によって救われました」とでも言わんばかりの描写になっている。
同時多発テロには宗教的な問題も関わっているのに、まあ能天気なことだ。
まあ、困ったら「神様のおかげ」という形に頼るってのは、いかにもアメリカらしいと言えなくもないが(もちろん皮肉である)。

これが『ユナイテッド93』のように、そこにいる人々が助からないことが分かっていれば、妻を思い浮かべる主人公や、心配する家族の姿 に心を揺り動かされたかもしれない。
ただ、困ったことに、この映画は『ユナイテッド93』とは逆で、主人公が助かることが、あらかじめ分かっている。
だから、「ジョンとウィルは助かるんだろうか」というハラハラドキドキも無い。
ところで、ジョンとウィルは助かったが、冒頭でフィールズ警部が「捜索している」と言っていた家出少女の行方はどうなったん だろうね。

(観賞日:2009年9月15日)

 

*ポンコツ映画愛護協会