『私ときどきレッサーパンダ』:2022、アメリカ
2002年のカナダ、トロント。13歳のメイ・リーの家で一番大切なルールは、親を敬うことだ。親は懸命に働き、自分の人生を子供に捧げ、子供を守る。子供に出来る何よりの恩返しは、親の指示を何でも聞くこと。それがリー家の教えだ。メイは人目を気にせず、やりたいことをやっている。学校では仲良しのミリアム、アビー、プリヤと共に、楽しく過ごしている。学業は優秀で、何事も積極的だ。そんな彼女の言動を快く思わなかったり、不快感を示したりする者もいる。しかしメイは、周りにどう思われても全く気にしていない。
ミリアムたちはコンビニ店員のデヴォンをセクシーだと感じているが、メイはどこが良いのか全く分からない。しかし4人は人気ボーイズグループ「4TOWN」の熱烈なファンということでは、意見が一致している。ミリアムたちからカラオケに誘われたメイは、家の掃除があると言って断った。メイは思い通りに生きていると自覚しているが、実際は母であるミンの言いなりだった。ミリアムたちは洗脳されていると感じているが、メイは「我が道が母の決めた道」という認識だった。
メイの実家は由緒ある寺で、彼女は管理アシスタントとして母を手伝っていた。寺ではリー家の先祖が祀られており、その中でもサンインは特別な存在だった。サンインはレッサーパンダを愛しており、一族は赤きパンダの恩恵で?栄してきた。ミンはメイが少し遅く帰宅しただけでも何かあったのかと気にするぐらい、娘に干渉的だった。彼女が4TOWNを快く思っていないので、メイはファンであることを内緒にした。メイは部屋で勉強中、何気なくデヴォンの絵を落書きした。妄想を膨らませた彼女は、デヴォンが自分を抱き締めてキスする絵をノートに描いた。
ミンはメイの絵を発見し、デヴォンが娘をたぶらかしてキスしたと決め付けた。メイは単なる落書きだと釈明するが、ミンは信じなかった。彼女はコンビニへ乗り込んでデヴォンに詰め寄り、メイの絵を叩き付けた。店に来ていたクラスメイトのタイラーたちが絵を見て、メイを嘲笑った。メイは母に何も言えず、家に戻った。部屋に入った彼女は、デヴォンの絵を描いてしまったことを反省した。翌朝、彼女が目を覚ますと、巨大なレッサーパンダに変身していた。ミンに見つかりそうになった彼女は、慌てて誤魔化した。メイの言葉を聞いたミンは、娘に生理が来たのだと誤解した。
メイはリラックスすれば元の姿に戻ると気付くが、髪の毛だけは黒から赤く変化していたため、帽子を被って登校した。タイラーから絵のことで馬鹿にされたメイは興奮して体の一部分だけ変身し、慌てて誤魔化した。ミンが学校におしかけて生理用品を渡そうとするので、メイは激しく動揺してレッサーパンダに変身した。生徒たちに見つからないよう学校から脱出した彼女は、家に逃げ込んだ。すると父のジンは娘の姿を見て、「もう来てしまったか」と呟いた。
メイが説明を求めると、ジンはミンに真実を教えるべきだと促した。両親はメイに、事情を説明した。サンインは戦いの中で神に願い、強靭なレッサーパンダの力を手に入れた。その力は一族に受け継がれたが、新大陸に渡ると厄介な力になった。ミンは自分の身にも起きたことだと言い、次の赤い月の夜に儀式をすればレッサーパンダに変身することは無くなると話した。強い感情での変身を何度も繰り返すと封じ込めるのは難しくなること、消し去るチャンスは一度しか無いことを彼女は説明した。
次の赤い月の夜は5月25日で、まだ1ヶ月も先だった。ミンとジンは、それまで学校を休んで部屋に閉じ籠もるようメイに指示した。心配したミリアムたちが窓からメイに呼び掛け、4TOWNがトロントに来ることを教えた。興奮したメイはレッサーパンダの姿を見られてしまい、慌てて3人を部屋に連れ込んだ。彼女は遺伝子の問題であること、いずれ治ることを3人に説明した。5月18日に4TOWNが来ると聞いたメイは、「行くのは絶対に無理よ」と泣いた。
ミリアムたちが歌で励ますと、気持ちが落ち着いたメイは人間の姿に戻った。彼女はミリアムたちを思い浮かべれば、感情をコントロール出来ると気付いた。メイは両親に感情をコントロールできると言い、興奮するような物を次々に見せられても変身せずに済んだ。「世界で一番大好きな人たちを思い浮かべればいいだけ」とメイは言うが、ミンが嬉しそうな顔で見るので「ママとパパをね」と嘘をついた。メイが4TOWNのライブに行きたいと言うと、ミンは「興奮するに決まってるでしょ」と却下した。
ミンは母から電話を受け、激しく狼狽した。母はメイが変身したことを知っており、ミンが「儀式は自分たちだけでやれます」と言うと「援軍を連れて行く」と通告した。メイは登校し、両親の説得に失敗したことをミリアムたちに伝えた。タイラーから母のことで馬鹿にされた彼女は怒りで右腕が変身し、ボールを投げて窓ガラスを割ってしまった。メイはトイレでミリアムたちと話し合い、両親には嘘をついてライブに行くことを決めた。
チケット代を工面する方法を考えようとしたメイは、アビーからモフモフを触らせてほしい頼まれた。彼女が変身して体を触らせていると、その姿をクラスメイトのステイシーたちに見られてしまった。しかしステイシーたちがレッサーパンダを「可愛い」と受け入れたので、メイたちは金を稼ぐ方法として使うことにした。メイはミンに「数学部の活動」と嘘をついて放課後も学校に残り、レッサーパンダとのハグや写真撮影で生徒たちから代金を徴収した。
ライブの日が迫ってもチケット代には100ドルも不足しており、メイは焦りを覚えた。そんな中、タイラーが誕生日パーティーにレッサーパンダを登場させることを持ち掛けたので、メイは200ドルで承諾した。当日、メイが数学部の活動だと嘘をついて家を出ようとすると、ミンが同行すると言い出した。メイは慌てて止めようとするが、ミンは全く耳を貸さなかった。そこへメイの祖母が4人の伯母と姪を引き連れて現れたため、メイは足止めを食らった。
メイは部屋で休むと嘘をつき、家を抜け出そうと目論む。祖母は彼女に、「野獣は解放する度に強くなる。儀式でも引き離せなくなる。赤いパンダが私と貴方のお母さんの絆を奪った。あんなことは起きてほしくない」と語った。誕生日パーティーに赴いたメイは、レッサーパンダに変身せずに済まそうとする。しかしミリアムたちが「4人で行けないなら、ライブに行くのは中止しよう」と寂しそうな表情で言い出すので、結局は変身した。
ミンはメイの部屋を訪れて抜け出したことを知り、誕生日パーティーのチラシを見つけた。メイは18日のライブ会場がトレドであること、トロントでのライブは25日であることを知り、感情を抑え切れなくなった。タイラーの批判を受けた彼女は激怒してレッサーパンダに変身し、彼に襲い掛かった。そこへミンが駆け付け、タイラーの両親に謝罪した。彼女はミリアムが娘をそそのかしたと決め付け、激しく非難した。ミリアムは否定するが、メイは何も言わずに母と去った。
25日、ミリアムたちはライブが行われるスカイドームへ行き、メイは家で儀式の準備を始めた。ジンは彼女に、「ママのレッサーパンダは狂暴だった」と告げる。彼は母が自分を認めなかったことで、ミンがレッサーパンダに変身して大喧嘩したのだと明かした。その上で彼は、「人には色々な一面がある。悪い所も追い払わずに受け入れて、共に生きないと」と告げる。ジンはメイに、レッサーパンダを消すのは簡単だが、その姿の時のメイも好きだと語った…。監督はドミー・シー、原案はドミー・シー&ジュリア・チョー&サラ・シュトライヒャー、脚本はジュリア・チョー&ドミー・シー、製作はリンゼイ・コリンズ、製作総指揮はダン・スキャンロン&ピート・ドクター、製作協力はサビーネ・コッチ・サリヴァン、製作協力はエイドリアン・モリーナ、ストーリー・スーパーバイザーはロザーナ・サリヴァン&ビル・プレシング、編集はニコラス・C・スミス、共同編集はスティーヴ・ブルーム、撮影はマヤル・アブサイディー&ジョナサン・パイコ、プロダクション・デザイナーはローナ・リウ、視覚効果監修はダニエル・フェインバーグ、アニメーション・スーパーバイザーはアーロン・ハートライン&パティー・キーム、キャラクター・スーパーバイザーはクリスチャン・ホフマン、音楽はルドウィグ・ゴランソン、オリジナル・ソングはビリー・アイリッシュ&フィニアス・オコネル。
声の出演はロザリー・チアン、サンドラ・オー、エイヴァ・モース、ヘイン・パーク、マイトレイ・ラマクリシュナン、オリオン・リー、ワイ・チン・ホー、トリスタン・アレリック・チェン、ロリー・タンチン、ミア・タガノ、シェリー・コーラ、リリアン・リム、ジェームズ・ホン、ジョーダン・フィッシャー、フィニアス・オコネル、トファー・ンゴー、グレーソン・ヴィジャヌエヴァ、ジョシュ・リーヴァイ、サッシャ・ロイズ、アディー・チャンドラー、リリー・サンフェリッポ他。
ピクサー・アニメーション・スタジオの25作目となる長編アニメーション映画。劇場公開ではなく、Disney+での配信という形を取った。
2018年の短編アニメーション映画『Bao』でアカデミー賞短編アニメ賞を受賞したドミー・シーが、長編初監督を務めている。
脚本はTVドラマ『FRINGE/フリンジ』『ビッグ・ラブ』のジュリア・チョーとドミー・シー監督による共同。
メイの声をロザリー・チアン、ミンをサンドラ・オー、ミリアムをエイヴァ・モース、アビーをヘイン・パーク、プリヤをマイトレイ・ラマクリシュナン、ジンをオリオン・リー、メイの祖母をワイ・チン・ホー、タイラーをトリスタン・アレリック・チェンが担当している。メイは中国系カナダ人、ミリアムはユダヤ系カナダ人、アビーは韓国系カナダ人、プリヤはインド系カナダ人で、メインの4人は外国にルーツを持つという設定がある。
その設定には作品のメッセージに繋がる意味が込められているはずなのだが、それは全く伝わって来ない。劇中で4人が出自について言及することも無ければ、そのルーツが物語に深く絡んで来ることも無いしね。
一応、メイだけは「先祖が云々」という部分があるけど、これも「中国系だから」ってのが大きな意味を持っているわけではないし。
なので、単純に「ハリウッドがやたらと神経質になっているポリティカル・コレクトレスを、過剰に意識しただけのキャラ設定」にしか思えない。粗筋の冒頭に書いたように、この映画は2002年という設定だ。だが、この時代設定に何の意味があるのかサッパリ分からない。
現在のメイが、過去を回想しているという形式で作っているわけではない。2002年の出来事や世相が、物語に大きく絡んで来るわけでもない。
なぜ2002年なのかという疑問に対する答えは、「ドミー・シーが2002年にメイと同年代だった」ってことだ。つまり監督が自身の少女時代を重ね合わせたから、2002年にしているってことだ。
だけど、それ以外に「2002年である必然性」が何も無いのなら、やっぱり2002年にしている意味は無いと思うのよ。2022年でいいと思うのよ。
それで何か不都合があるかと考えると、何も見当たらないし。メイは部屋でノートに少年の絵を落書きして、デヴォンに似ていると感じる。彼女は「ミリアムの趣味が分からない」と言いながらも、デヴォンにキスされる絵を描いて妄想を膨らませる。
でも、なぜ急にそんな気持ちになるのかサッパリ分からない。
じゃあ彼女はデヴォンに惚れたのかというと、そうではなさそうだし。
結局、そこは「ミンの行動でメイが恥ずかしい思いをする」というエピソードを消化するために、無理な展開を用意しているだけにしか思えない。メイが初めてレッサーパンダに変身した朝、学校でクラスメイトのピーターにウットリするシーンがある。ミリアムから「なんでピーターに見とれてるの?」と訊かれて「見とれてない」と嘘をつくが、見とれていた理由がサッパリ分からない。
わざわざ否定するぐらいだから、ピーターに見とれた行為には、それなりに意味があるはずなのだ。ピーターに惚れているってことなのか。
だとしたら、そのタイミングで初めて示すのは遅い。このタイミングだと、ピーターにウットリする行動は、レッサーパンダへの変身と何か関連があるように見える。
あと、それ以降にメイとピーターの関係を描くストーリーが何も無いので、だったら丸ごとカットでいいでしょ。メイは少しでも感情が揺さぶられるとレッサーパンダに変身してしまうので、ミンがライブに行くのを反対するのは当然だろう。仮にミンが認める音楽グループのコンサートが対象であっても、そこに関しては反対していたはずだ。
「レッサーパンダの姿を目撃される危険があるのでライブに行くのは反対」ってのと、「ミンが4TOWNをチャラチャラした雑音と酷評している」ってのは、まるで別問題だ。
でも、そこをゴチャ混ぜにすることで、「ミンの意見は間違いで、メイはライブに行くべき」と観客が考えるように誘導している。
仮にメイが行きたがるライブのアーティストをミンが認めている設定なら、そこの印象は大きく変わったはずだ。
っていうか、説得に失敗した翌朝、ちょっとタイラーから馬鹿にされただけでメイは右腕が変身しているので、「そりゃあミンがライブに行くのを却下しても当然だろ」と言いたくなるぞ。メイは落書きのことで母に恥をかかされても腹を立てず、「自分が落書きをしたのが悪い」と反省する。それぐらい母に従順だったメイが、ライブへ行く説得に失敗した翌朝のシーンではミンへの激しい苛立ちを吐露し、文句を並べて反抗を決意する。
それは、あまりにも唐突に訪れた反抗期に見えてしまう。
「それまでも母への不満はあったが、それを我慢していた。でも、ついに耐えられなくなって爆発した」という感じには見えないんだよね。
しかも、その後は「ミンへの明確な反発」ってな感じでエスカレートしていくのかと思ったら、再びミンに従順な娘に戻ったりするので、どないやねんと言いたくなる。メイたちはチケット代を稼ぐ方法をトイレで考えようとする時、アビーが「レッサーパンダになってモフモフさせて」と頼む。
モフモフがあれば考えられるってことらしい。
で、メイが変身してアビーが触っていると、ステイシーたちが来る。言うまでもないだろうが、それは「メイのレッサーパンダ姿をクラスメイトに目撃される」という出来事を描くために設けられた展開だ。
でも、そこまで強引な方法しか思い付かなかったのか。メイはミンから「何度も変身していたら封じ込めが難しくなる」と説明されているのに、チケット代を稼ぐために何度も変身している。「封じ込めが難しくなる」というリスクに対して、何の不安も抱いていない。
学校の全員がレッサーパンダのことを知っているのに、そこから情報が外部に漏れることは無い。タイラーは自分だけレッサーパンダとのハグも写真撮影も拒否されているのに、その情報を漏らして嫌がらせをすることは無い。
この辺りは、あまりにも都合が良すぎる。
誕生日パーティーの件はタイラーの罠じゃないかとミリアムたちは警戒するが、特に何も無いし。レッサーパンダが「固定観念に囚われない女性の解放された姿」のメタファーなのは分かるし、「レッサーパンダを危険な存在として否定せず、個性として受け入れよう」ってのがメッセージなのは分かる。
ただ、感情や強大な力をコントロールできないのなら危険視するのも仕方が無いんじゃないかと。
あと、答えに至るまでのメイの行動に身勝手さが目立つので、そのメッセージが心にすんなりと入って来ない。
終盤にはメイを「自分の望む良い子」にしようと目論むミンを暴れさせることで、メイの非を隠している。
だけど、メイの身勝手さに気付いちゃうと、ちょっと甘受できなくなるんだよね。(観賞日:2023年10月7日)