『ラーメンガール』:2008、アメリカ&日本

アメリカ人のアビーは恋人のイーサンと一緒に暮らすため、彼のいる日本を訪れた。アビーは法律事務所のコピー・エディターとして働き、2週間が経った。ある夜、彼女はクラブへ行き、イーサンと会う。イーサンが仕事を理由に席を外している間に、アビーは彼の友人だというチャーリーとグレッチェンから声を掛けられた。グレッチェンは自分がホステスをやっていることを話すが、アピーにはどんな仕事か良く理解できなかった。
イーサンが新しい仕事で大阪へ行くことになり、アビーも今の仕事を辞めて付いて行こうとする。しかし観光気分のアビーに、イーサンは「君と遊んでる暇は無い」と告げる。「いつ戻るかは未定だ。長くなるかもしれない」と言った後、彼は「東京まで押し掛けられて正直なところ、気が重いんだ」と打ち明けた。イーサンは「こんな気持ちで君とは暮らせない。僕はやりたいようにやる。悪いと思うけど、好きに生きる」と語り、タクシーに乗り込んだ。
その夜、アパートに戻ったアビーは、ベランダから見えるラーメン屋が気になった。彼女はイーサンに電話を掛け、留守電に謝罪の言葉を吹き込んでヨリを戻そうとする。雨の中で中華そば『まえずみ』へ行くアビーだが、入ろうとした瞬間に明かりが消えた。店主のマエズミは閉店したことを告げるが、アビーには日本語が分からない。マエズミが怒鳴って追い払おうとすると、アビーは泣き出した。仕方なくマエズミは、座って待つよう身振り手振りで促した。
腹が減っているのだと解釈したマエズミは、奥から出て来た妻のレイコと共にラーメンを作った。マエズミがラーメンを持って行くと、アビーは「私って大バカ。従姉妹のヘザーは博士号を取ったのに、私には何も無い。有名大学を卒業して4年になるのに、何も成功していない。思い切って東京へ来たけど、イーサンにも振られて一人ぼっち」と泣きながら語る。しかし言葉の分からないマエズミはイカれているんじゃないかと捉え、とにかくラーメンを食べるよう勧めた。
アビーはラーメンを完食し、丼を返す。代金を支払おうとすると、レイコは「いいのよ」と断った。アビーは抱き付いて感謝を示し、店を出ようとする。マエズミが傘を差し出した。アビーは通りの向こうだからと遠慮しようとするが、言葉が通じないので借りることにした。翌日、出勤したアビーは、同僚のハナコに「ラーメンの作り方を知ってる?」と尋ねる。ハナコは「まさか。修業したプロじゃないと作れないのよ」と教えた。
その夜、アビーは傘を返すために『まえずみ』を訪れ、マエズミがラーメンを作る様子を熱心に観察した。疲れている様子で座っていた男は、ラーメンを食べ始めた途端に笑い出した。それに釣られるように、アビーもラーメンを食べながら笑った。両親は航空券を送って来たが、まだアビーは帰国したくなかった。また店へ赴いたアビーはレイコが足を捻挫しているのに気付き、手伝いを申し出た。常連客のメグミとミドリに、アビーはラーメンを運んだ。
閉店後、マエズミは眠り込んでいるアビーを起こし、「お姉ちゃん、もう帰るよ」と告げる。アビーは「ここに居させて」と頼むが、英語の分からないマエズミは店から追い出した。だが、すぐに店へ舞い戻ったアビーは、「ラーメン作りたい。私を弟子にして」とマエズミに申し入れる。辞書を見せて先生になってほしいことを説明したアビーは、自分の気持ちを訴えて泣き出した。困ったマエズミは、仕方なく「分かった。明日の朝5時に来い」と告げた。
翌朝、本当にアビーが来たので困惑したマエズミだが、厨房の道具を全て洗うよう命じた。マエズミは布団に戻り、呆れながら再び眠る。彼が目を覚まして厨房に下りて行くと、アビーは指示通りに洗い物を済ませていた。丼に残っている汚れを見つけたマエズミが自分で洗おうとすると、アビーは「私がやる」と強く訴えた。マエズミが次に与えた仕事は、トイレ掃除だった。だが、その途中でマエズミはアビーを裏口から放り出し、ドアに鍵を掛けてしまった。
裏口でずっと時間を潰していたアビーは、レイコが出て来たところで中に入り、トイレ清掃に戻った。店の手伝いで疲れ果てたアビーだが、マエズミは閉店後の後片付けも全て彼女にやらせた。その後もマエズミは意地悪な態度を取り続けるが、アビーは我慢して仕事をこなす。ある時、怒鳴ってばかりのマエズミに耐えかねたアビーは、「ラーメンの作り方を教えてくれる約束よ」と訴える。するとマエズミは、「俺は先生だぞ。お前がいつラーメン作るかは、俺が決めるんだ」と声を荒らげた。
ダンボール箱を投げ付けられたアビーは腹を立て、「これは虐待よ。もう辞める」とマエズミを睨み付け、店を出て行く。だが、すぐに舞い戻り、「お前は根気が無いと父に言われてきた。その通りよ。どの仕事も4ヶ月で投げ出した。全て綺麗にする。私が日本に居る理由は、ただ1つ。貴方の弟子になりたい」とマエズミに告げた。マエズミはアビーの携帯電話を回収し、それを踏み付けて破壊した。
レイコはマエズミに内緒でアビーに給料を渡し、休日を与えた。チャーリーやグレッチェンとレストランに出掛けた彼女は、イーサンに何度も留守電を入れたのに連絡が無かったことを愚痴った。アビーがラーメン屋で修業していることを話すと、チャーリーは呆れた。彼は隣のテーブルにいた日本人3人組に「彼女がラーメン屋になるって信じる?」と話し掛けた。その中の一人、トシという男は、英語で「本気で修業してるの?凄いね」とアビーに言う。彼は大学時代にロスで暮らしていたことがあるのだという。
チャーリーはトシたちを2軒目に誘い、6人で飲んだ。別れる時、トシは「楽しかった。また会える?」とアビーに言い、名刺を渡した。トシがタクシーを停めると、グレッチェンは隣に乗り込んだ。マエズミはアビーを連れて築地へ買い出しに出掛けた時、人気ラーメン店の店主であるウダガワに声を掛けられた。ウダガワは息子を車に同乗させており、「こいつの修業も順調で、もうすぐ本家の師匠のお墨付きを貰って、跡継ぎが出来るってわけだよ」と自慢げに語った。
店に戻ったマエズミは、アビーに「ラーメンは宇宙だ。海から頂いた命、山から頂いた命、全てを組み合わせたのがラーメンだ。完璧な調和が必要なんだ」と説いた。しかし日本語の分からないアビーが指示通りに動かないので、マエズミは苛立った。アビーが部屋で寝ていると、グレッチェンが押し掛けて来た。彼女は「パトロンが友達を連れて来て、私に相手をさせるの」と不満を漏らし、泊めてほしいと頼んだ。トシがグレッチェンの荷物を運んで来たが、彼女は眠り込んでしまった。
トシはアビーに、グレッチェンから「車を持ってる?」とい電話で呼び出されたことを話した。「せっかくだからビールでもどう?」とアビーは誘い、トシと一緒に飲む。アビーはベランダから『マエズミ』の場所を教え、「師匠は英語が分からないし、すぐキレるの」と話す。「辞めれば?」とトシが言うと、アビーは「でも他に行き場所も無いし」と漏らす。「君は着実に人生を歩んでる。いつか君の店に行くよ」とトシは告げた。トシは週末にラーメン博物館へ行こうと誘い、アビーはOKした。
クリスマス・シーズンになり、アビーは『マエズミ』を飾り付ける。しかしマエズミは不快感を示し、「ヤンキー・ゴー・ホームだよ」とアビーに言い放つ。アビーは市場で飼ったトウモロコシを見せて「これをラーメンに入れたら綺麗よ」と言うが、マエズミは「綺麗なんて何の役にも立たねえんだよ」と怒鳴る。するとレイコは、「人様の好意は素直に受け取るもんよ」と静かにマエズミを非難した。
閉店後、アビーはマエズミが写真やエアメールを見ながら泣いている姿を目撃した。アビーがアパートにいると、仕事をクビになったグレッチェンがやって来た。アビーは彼女と飲みながら、「日本に長く居れば居るほど、自分は何も理解していないことが見えてくる。先生のことも。最初は言葉の壁だと思ったけど、理解を超えている」と話した。週末、アビーはトシと一緒にラヘメン博物館へ出掛ける。アビーは夜の波止場を歩きながら会話を交わし、トシとキスを交わした。
ある日、ウダガワはマエズミがアビーを弟子に取っていると知り、「この恥さらしが。本家の師匠が自らお前にお墨付きをくれたんだよ。師匠が聞いたらどう思うか考えろ」と批判した。朝から飲んだくれているマエズミは、「師匠は認めるよ」と軽くあしらった。ウダガワが「2ヶ月後に師匠は東京にいらっしゃる。ウチの息子のラーメンを味見してもらってお墨付きを貰うんだ。何だったら、その金髪女のラーメンも試食してもらったらどうなんだ」と挑発すると、マエズミは「あの娘のスープを飲んだら、師匠もお墨付きを下さいますよ。もし駄目だったらラーメン屋を辞めてやる」と言い放つ…。

監督はロバート・アラン・アッカーマン、脚本はベッカ・トポル、製作はロバート・アラン・アッカーマン&ブリタニー・マーフィー&スチュワート・ホール&奈良橋陽子、共同製作はフィリップ・ホール&ランディー・ダネンバーグ&桜井勉&吉野美玲、製作総指揮は小田原雅文&マイケル・イライアスバーグ&クリーヴ・ランズバーグ、共同製作総指揮は分部至郎、撮影は阪本善尚、編集はリック・シェイン、美術は今村力、衣装はドナ・グラナータ、音楽はカルロ・シリオット、音楽監修はハワード・パー。
主演はブリタニー・マーフィー、共演は西田敏行、タミー・ブランチャード、ガブリエル・マン、山崎努、ダニエル・エヴァンス、石橋蓮司、パク・ソヒ、余貴美子、石井トミコ、岡本麗、前田健、大方斐紗子、金子貴伸、高橋和也、野上正義、藏内秀樹、中嶋しゅう、ウダタカキ、平野貴大、池下重大、植野葉子、桃生亜希子、小林晴樹、安部魔凛碧(現・安部智凛)、羽田昌義、加藤満、松浦佐知子、田辺日太、前川正行、小田豊ら。


主に舞台演出家として活動しているロバート・アラン・アッカーマンが監督を務めた作品。
大学時代に日本で暮らした経験を持つベッカ・トポルが、その時の経験を基にして脚本を執筆している。
アビーをブリタニー・マーフィー、マエズミを西田敏行、グレッチェンをタミー・ブランチャード、イーサンをガブリエル・マン、ラーメンの達人を山崎努、チャーリーをダニエル・エヴァンス、ウダガワを石橋蓮司、トシをパク・ソヒ、レイコを余貴美子が演じている。

ベッカ・トポルが日本で暮らした経験を持っているだけでなく、脚本に手を加えたロバート・アラン・アッカーマンも日本で多くの演出経験がある。
だから、他の数多くのアメリカ映画とは違って、「おかしな日本」が描かれることは無いんだろうと思っていたら、その予想は外れた。
コメディーではあるものの、たぶん意図して「トンデモな日本」を笑いのネタとして描いているわけではないはずだ。
ってことは、親日派の映画人であっても、まだまだ日本に対する認識はヘンテコな部分が多いってことなんだろう。

まずアビーが来日して早々、もう法律事務所のコピー・エディターという仕事を始めているところに驚いた。
日本語が全く話せないのに、どうやって仕事を見つけ、採用されたんだろうか。隣の奴以外は日本人だし、外資系の会社かというわけでもなさそうだ。
っていうか、本人は「法律事務所のコピー・エディター」と説明してるけど、法律事務所にしては社員が多すぎるだろ。写っただけでも数十名が同じフロアで働いているぞ。
そんな中でアビーは何の仕事も与えられずに座っているけど、どういう会社だよ、それって。

アビーが初めてマエズミの作ったラーメンを食べるシーンでは、一口目を箸で口に運ぶ(もちろんアメリカ人なので、すすることは出来ていない)様子が描かれた後、すぐにカットが切り替わり、空っぽになっている丼が写し出される。
その時点で、「ああ、雑だなあ」と感じてしまった。
そこは「悲しみに暮れていたアビーが、ラーメンを食べて元気を取り戻す」という大切なシーンのはずだ。
だったら、まず初めてラーメンを食べた時の反応を丁寧に描写すべきでしょ。
そこを「ラーメンを口に入れました」という事象だけで済ませてしまうというのは、ものすごく残念な処理だ。

完食した後、店内の招き猫の腕がユラユラと動く幻覚を見たアビーが微笑するという描写がある。
それは何を表現したいのか、サッパリ分からんぞ。
それを「アビーは元気を貰った」という意味でやっているのだとしたら、間違っていると言わざるを得ないし。
「ラーメンを食べて身も心も温かくなった、落ち込んでいたけど少し元気になった」ということを表現した後、そこに付け加えて招き猫の幻覚があるという形なら、それは分かるんだけど。

アビーは丼を返す時に「美味しかった」とは言うけれど、本当に美味しいと感じたのかどうかは分からない。
「スープまで全て完食しているんだから、それは美味しいと思った証拠だ」ということだと考えているのかもしれないけど、それじゃあ足りない。そこはアビーの表情が必須なのだ。
アビーがラーメン食べてどんな感想を持ったのかが全く伝わって来ないので、翌日に「マエズミがラーメンを作る様子を熱心に見る」という行動を取るところへ、スムーズに繋がらない。
それは「前日にラーメンを食べて感銘を受けた」ということじゃないと成立しないのだが、食べている時は、そんな様子は全く見えなかったし。
いっそのこと、「悲しみに暮れていたが、ラーメンを一口食べた瞬間、その美味しさに感動してイーサンのことなんて忘れる」というぐらい大仰な描写にしても良かったのに。

あと、ラーメン作りを観察するシーンで中国っぽいBGMが流れて来るのは、「それは違うのになあ」と萎えてしまったよ。
ラーメンは日本食なのに、中国とゴッチャになってるんだよなあ。
まあ暖簾に「ラーメン」ではなく「中華そば」と書いてあるので、その時点で少々マズいことになってるなあとは思ったんだけどね。
もちろん「中華そば」でもラーメン屋に違いは無いんだけど、この映画の作りを考えた時に、そこは「ラーメン」にしておいた方が分かりやすかったんじゃないかと。

疲れ果てている様子の会社員は、マエズミの作ったラーメンを一口食べた途端、思わず笑い出す。我慢しようと思っても、やっぱり笑ってしまう。それに釣られて、アビーもラーメンを食べながら笑う。
そのシーンは、たぶん「ラーメンを食べると幸せな気持ちになる」ということを表現したかったんだろう。
だけどさ、ラーメンを食べ始めた途端に笑い出す奴って、ハッキリ言って気持ち悪いだけでしょ。
それを受けてアビーの「先生みたいに人を笑わせたい」に繋がるんだけど、ラーメンを食べて笑う奴は珍しいからね。

アビーが「弟子にしてほしい」とマエズミに頼むのは、完全にタイミングを間違えている。
頼むのであれば、初めてラーメンを食べた直後が一番だと思うが、せめてハナコから「ラーメンはプロしか作れない」と聞かされた夜、また店を訪れた時に申し入れるべきだ。
店を手伝って眠り込み、追い出されて舞い戻り、そこで「弟子にして下さい」は、タイミングがズレズレ。
しかも、弟子にしてほしい理由を彼女は「人を幸せにしたい。先生みたいに笑わせたい」と言うが、その直後に「イーサンはきっと戻る。日本を出たら二度と会えない」と話す。
結局、帰国したくないから、日本に滞在する理由が欲しかっただけじゃねえか。

で、それならそれで、「最初の動機は不純だったが、次第に本気でラーメン作りに取り込むようになる」という話にすれば、それはそれで成立するのよ。
ところが、ラーメンを食べて幸せな気持ちになったとか、楽しくなって笑ったとか、そういうのは事実であり、だから「ラーメンで人を幸せにしたい」ってのも真っ赤な嘘というわけではないんだよな。
でも、「弟子にしてほしい理由」を2つ用意しても、それはボンヤリしちゃうだけで何の得も無いよ。
どっちか片方に絞り込んでおくべきだ。

アビーが休日にトシと知り合うシーンの後、マエズミは築地へ買い出しに出掛け、店に戻ってからアビーにラーメンの作り方を教え始める。
でも、「どういうきっかけでラーメン作りを教える気になったのか」ってのがサッパリ分からない。ずっと怒鳴り散らしてばかりで、アビーの仕事ぶりを認めるような様子も無かったし。
まさか「ウダガワが息子を順調に後継者として育てているのを知り、焦りが出た」というわけでもあるまい。
そうだとしたら、そのための描写が欠けているし。

そんで、そこで言葉の分からないアビーが自分の思うように動かなかったことでマエズミが怒ってしまい、ラーメン作りの修業は無くなる。
それ以降、マエズミがアビーにラーメン作りを教えることは一度も無い。マエズミがウダガワに「あの娘のスープを飲んだら、師匠もお墨付きを下さいますよ」と自信満々に言う時点で、まだ彼はアビーにスープ作りを全く教えていない。
だから「酔った勢いで約束したけど、後で悔やむ」という展開になるのかと思ったら、そうじゃないんだよな。マエズミが技術的なことを教える様子は皆無だし、ラーメンやラーメン店に関するウンチクも全く盛り込まれていない。
で、いつの間にかアビーは、何度もラーメン作りをやっていることになっている。アビーがラーメン修業を積んで成長していく過程は丁寧に描かれず、マエズミの母の助言を受けて、あっさりと美味しいラーメンを作れるようになる。
そりゃあ最初は掃除や皿洗いばかりをやらされる描写でいいけど、ラーメン作りの技術が上達していく様子もキッチリと描かないと、アビーの成功物語に説得力が出ないぞ。

アビーが初めて『まえずみ』を訪れた時、マエズミはウイスキーを飲み始めている。
ラーメン屋が酒を飲んじゃダメというわけではないが、閉店直後にウイスキーを飲み始めるってのは、店主としては有り得ないわ。まだ後片付けがあるだろうに。
まさか、後片付けを全て終わらせてから明かりを消したわけでもあるまい。
そうだとしたら、そもそも店を営む基本が分かっていないってことになるし。
しかも、閉店後だけじゃなくて、こいつは営業中もラーメンを作りながら飲んでいるのだ。ひでえ料理人だぜ。

マエズミはアビーに閉店したことを告げるが、通じていないと分かると、いきなり怒鳴り散らして追い払おうとする。
それは「ラーメン屋の主人として」とか、「経営者として」とかじゃなくて、人間として欠陥がある。そして、訪問者に対していきなり怒鳴り散らすような奴は、サービス業に携わる人間としても失格である。
ところが、傲慢で嫌な奴として描きたいのかと思ったら、アビーに傘を貸してやったり、ラーメンを食べて楽しそうなアビーや客を見て微笑したりする。
たぶん「無愛想な頑固親父だが、根は優しい」というキャラとして描きたかったんだろうけど、さじ加減を完全に間違えているんだな。

マエズミはアビーが弟子になった初日、厨房の道具を全て洗うよう指示する。
それは裏を返せば、朝の段階で厨房の掃除が全く出来ていないということだ。見事に散らかしっ放しの状態なのだ。
お前は閉店後に後片付けをやってないのかよ。やった後で道具が放置されたままの状態だとしたら、そんなもんは後片付けとは言わないし。
まともに道具も洗っていないって、完全に料理店としてダメだろ。
そんでアビーがやった洗い物を見ると「汚れてる」と言って自分で洗い直すのだが、そもそも洗い物を放置していた時点でアウトだっつーの。
その汚れがこびり付いているのは、前夜の閉店後にちゃんと丼を洗っていないのが問題なんだよ。

次にマエズミがアビーに与える仕事はトイレ掃除だが、その便器はかなり汚れている。
普段からトイレ清掃をちゃんとやっていたら、そんなに汚れがこびり付いていることは有り得ない。
つまり、アピーにはトイレ掃除を命じているけど、テメエは全くやっていないってことだ。
で、なぜか途中で放り出すのだが、またアビーがトイレ清掃に戻ると、それは放置し、そのまま店の手伝いもやらせる。
マエズミのアビーに対する接し方が、どうにもフワフワしている。

その後、マエズミはアビーに対して意地悪な態度を取り、ネチネチとアビーをイジメまくる。
それは「あえて意地悪な態度を取り、アビーに諦めさせようとする」ってことなのかと思っていたんだが、「なぜ諦めさせる必要があるのか」と考えると、その答えが見つからない。
そして実際、辞めさせようとしていたわけではないのだ。だからアビーが「辞める」と言い出すと慌てるし、店を出て行った時に安堵することも無い。
ようするに、それを本気で「厳しい修業」として描いているのだ。
いやいや、それは明らかに「厳しい修業」と「イジメ」を間違えているぞ。完全にブラック企業のやり口になってるぞ。

マエズミのような奴は、ラーメン屋の主人としては完全に失格である。
そういうラーメン屋の店主が存在しないのかと問われたら、存在するだろう。でも、そんな奴の経営している店は繁盛していないし、そんな奴の作るラーメンも美味しくは無い。
美味しいと評判の店、全国的に有名な店は、全て店内が綺麗に掃除されている。店を衛生的にしておくってのは、料理を扱う人間として守るべき基本事項だ。
それが出来ていないような奴に、本当に美味しい料理なんて作れない。
そして店主が弟子に厳しい修業をさせることはあっても、陰湿なイジメ行為はやらない。

やたらと酒を飲んでいる描写も含めて、マエズミを「性格にも行動にも問題は多いし、ちっとも真っ当な奴に見えないけど、ラーメン作りに関しては超一流のプロフェッショナル」というキャラクターにしたかったんだろう。
もちろん、これはコメディー映画だから、かなりキャラクター造形を誇張したり、笑いのために非現実的な設定にしたり、そういう部分もあるんだろう。
なんでもかんでもリアルに描写することが正しいと言いたいわけではないし、誇張する部分があっても構わない。
ただし、「絶対に外しちゃいけない部分」ってのはあるわけで、それは「ラーメンを作る人間としての姿勢」だと思うのだ。そこの部分を変えてしまったら、この映画の根幹が崩れてしまう。

店が汚れまくっていたり、仕事中に酒ばかり飲んでいたり、傲慢な態度で弟子をネチネチと甚振ったりする描写は、コメディーであっても、やっちゃダメな描写だった。
もしも本気で「こういう店主こそが素晴らしい」と思って描いたのであれば、それはもっと問題が大きくて、もはや救いようが無いし。
しかも、「完璧なラーメンを求める彼には頭が下がる」とアビーは言っているけど、マエズミがラーメン作りに対して真摯に向き合い、常に上を目指して努力しているような様子なんて一度も描かれてないのよ。
ラーメンのプロフェッショナルとしての素晴らしさは、まるで見えないのよ。

ロバート・アラン・アッカーマン監督は、この映画で異文化を学ぶきっかけを描きたかったらしい。
ようするに、「アメリカ人が日本に来たなら、日本の文化を学びなさい」ってことだ。
でも、ここに描かれているような物を「日本の文化」とするならば、そんな文化なんて学ばなくていい。むしろ、学んでほしくない。
なぜなら、こんな物が日本の文化だとは思われたくないからだ。
ハッキリ言って、ここで描かれている物は、「日本の恥」なのだ。

(観賞日:2014年6月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会