『レーシング・ストライプス』:2005、アメリカ&南アフリカ

ケンタッキー州。嵐の夜、サーカス団は動物を急いでトレーラーに乗せ、走り去った。一行は、シマウマの赤ん坊が入ったカゴを置き去り にしたことに全く気付いていなかった。しばらくして、ウォルシュ農場の主人ノーランが車で通り掛かった。彼はシマウマを農場へ 連れ帰り、一人娘チャニングにせがまれて飼うことにした。
農場には壮年ポニーのタッカー、メスヤギのフラニー、雄鶏レジーらが暮らしており、ウォルシュ家の飼い犬ライトニングもいる。彼らに 囲まれ、チャニングにストライプスと名付けられたシマウマは成長した。農場から見下ろす場所にある競馬場を見るストライプスに、 タッカーとフラニーは昔のことを語る。かつてノーランは競走馬を育てていたが、2年前に妻を落馬事故で亡くして調教を辞めたのだと いう。ストライプスはレースに興奮し、「自分もサラブレッドになる」と宣言した。
ストライプスは、隣の牧場で訓練を受けているサラブレッドのトレントンズ・プライドとラフショッドに出会った。プライドの父 トレントンは偉大な成績を残した名馬で、息子が立派な跡継ぎになるよう厳しく接している。ストライプスは郵便配達夫の車と競走する など、独自のトレーニングで競走馬を目指す。
競馬場の理事長クララ・ダルリンプルは、調教師クーパーに優秀な馬に育てるよう厳しく命じる。新入りの障害馬サンディーと親しくなった ストライプスは、プライドから勝負を要求される。ストライプスは、クライズデールが主催する馬だけの大会「ブルームーン・レース」に 出走する。自信満々のストライプスだが、コーナリングの技術が無かったためにプライドに惨敗した。
ウォルシュ農場には、ペリカンのグースが迷い込んできた。タッカーやフラニーに「マフィアのヒットマンだったがファミリーと揉めて 追われている」と偉そうに言うグースだが、実際は単なるパシリだった。競馬に出てプライドと対決したいと考えるストライプスは、 タッカーの言葉を受け、チャニングに乗ってもらおうと考える。
ストライプスへの協力を買って出たグースは、夜中にチャニングのバイクを壊し、ノーランの車のタイヤをパンクさせた。翌朝、仕事場で ある競馬場へ行くのに困ったチャニングは、ストライプスに乗って行きたいとノーランに告げる。妻の死後、娘の乗馬には反対していた ノーランだが、一度だけならという条件で許可した。
競馬場では、サシバエのバズとスカズが常連客ウッジーの周囲を飛んでいる。夜、ストライプスはチャニングを乗せて無尽の競馬場を 走った。それを見ていたウッジーは、タイム・トライアルに出るよう勧めた。「またストライプスに乗りたい」と頼むチャニングに、 ノーランは「一度だけの約束だったはずだ」と猛反対する。
タイム・トライアルの日、集まったマスコミはプライドに注目していたが、ストライプスが現われると一斉に移動した。いざタイム・ トライアルが始まると、ストライプスはスタートで大きく出遅れた。必死に猛追したストライプスだが、途中でチャニングを振り落として しまった。クララはマスコミの前で、ストライプスをケンタッキー・オープンに特別招待すると宣言した。
ストライプスはトレントンから、「シマウマは死んでも競走馬になれない」と告げられる。一方、チャニングの出走希望を聞いたノーラン は、ウッジーからストライプスの驚異的なタイムを聞かされても大反対するしたが、結局は思い直して調教を買って出た。しかし自分が サラブレッドでないと知ったストライプスは激しく落ち込み、競馬への意欲を完全に失っていた…。

監督はフレデリック・デュショー、原案はデヴィッド・シュミット&スティーヴン・P・ウェグナー&カーク・デ・ミッコ&フレデリック ・デュショー、脚本はデヴィッド・シュミット、製作はブロデリック・ジョンソン&アンドリュー・A・コソーヴ&エドワード・ マクドネル&ロイド・フィリップス、製作総指揮はスティーヴン・P・ウェグナー、撮影はデヴィッド・エグビー、編集はトム・フィナン &ジュリー・ロジャース、美術はウルフ・クローガー、衣装はジョー・カツァラス、音楽はマーク・アイシャム。
出演はヘイデン・パネッティーア、ブルース・グリーンウッド、M・エメット・ウォルシュ、ウェンディー・マリック、ゲイリー・ブロック 、ジョン・レスリー、キャスパー・ポイック他。
声の出演はフランキー・ムニッズ、ダスティン・ホフマン、ウーピー・ゴールドバーグ、マンディー・ムーア、マイケル・クラーク・ ダンカン、ジェフ・フォックスワーシー、ジョシュア・ジャクソン、スヌープ・ドッグ、ジョー・パントリアーノ、マイケル・ ローゼンバウム、スティーヴ・ハーヴェイ、デヴィッド・スペード、フレッド・ダルトン・トンプソン他。


『ベイブ』のジョン・コックスズ・クリーチャー・ワークショップがアニマトロニクスを担当した動物映画。
『みどりのマキバオー』の実写版、ではない。
チャニングをヘイデン・パネッティーア、ノーランをブルース・グリーンウッド、ウッジーをM・エメット・ ウォルシュ、クララをウェンディー・マリック、クーパーをゲイリー・ブロックが演じている。

出演者よりも、吹き替え担当者の方が豪華な顔触れとなっている。
ストライプスはフランキー・ムニッズ、タッカーはダスティン・ ホフマン、フラニーはウーピー・ゴールドバーグ、サンディーはマンディー・ムーア、クライズデールはマイケル・クラーク・ダンカン、 レジーはスタンダップ・コメンディアンのジェフ・フォックスワーシー。
プライドはジョシュア・ジャクソン、ライトニングはスヌープ・ドッグ、グースはジョー・パントリアーノ、ラフショッドは マイケル・ローゼンバウム、バズとスカズはコメディアンのスティーヴ・ハーヴェイとデヴィッド・スペード、トレントンはフレッド・ ダルトン・トンプソンといった陣容になっている。

どうやら人間社会の排他的な問題を投影しようとする意識があるらしく、それらしいセリフがチラホラと出てくる。
ただ、やや無理な使い方をしている箇所もあって、例えばトレントンがストライプスと遊んでいる息子を叱り付けた時にタッカーが「自分と違うものを 怖がっているんだ」と言うが、そりゃ違うだろ。ただ教育熱心だから、遊んでいる息子を叱っただけだろ。
構成としては、序盤からギクシャクしたものを感じる。
最初の内に、ストライプスを農場の動物と親しくさせるのはいい。ただし、最初に 彼を拾ったのはノーランであり、育てようと言ったのはチャニングだ。にも関わらず、この2人との関係、絆を描く作業を放り出したまま 、先にプライドやラフショッドとの関係に目を向けるのはいかがなものか。
非人間キャラの登場に関しても、幾つかはスムーズでないと感じる。
グースが登場した時、彼と出会うのはタッカーとフラニーだ。そこでグースの自己紹介がなされている。だが、なぜ初登場シーンでストライプスが関わっていないのか。バズとスカズにしても同じことで、 なぜ初登場の段階でストライプスを絡ませないのか(この2匹は存在そのものが浮いている感も強いが)。
動物を多く出したいという意識は分かるが、その出し方が雑すぎるのではないか。

ストライプスが「競走馬になろう」と考える、きっかけとなる場面が弱い。
ストライプスは遠くから競馬場を眺めるだけで、間近でレースの迫力やスピード感に触れるわけではない。遠くから眺めたレースが、彼を惹き付けるほど魅力的に描かれているわけでもない。
そもそも、レースの場面はマトモに描かれていないのである。
そこからストライプスは「サラブレッドになる」と決意し、競走馬になるという目的のためだけに行動するようになっていくのだが、その きっかけとしては貧弱すぎる。「軽いノリだった」と解釈するにしても、ちと苦しい。
もう1つ気になるのは、タッカーやフラニーが「ボス(ノーランのこと)は奥さんを落馬事故で亡くして競走馬の調教を辞めた」と言った直後に「自分はサラブレッドになる」と 言い出すのは、あまりにも無神経ではないかということだ。

バイクが壊れているのを知ったチャニングは、ノーランに「ストライプスに乗って仕事場へ行きたい」と頼む。
だが、そこはストライプスが態度で自分に乗るようチャニングに求めるべきだろうに。
なぜストライプスが積極的にアピールするのでなく、チャニングが言い出す形にしてしまうのか。何のためにストライプスがグースにバイクを壊してもらったのかと。
そのシーンでも強く感じたのだが、動物が人間と同じ場面にいるケースでは、絶対にセリフを喋らせていない。
これは失敗だったと思う。
別に言葉が通じる必要は無いが、ストライプスが人間の言葉でチャニングやノーランに語り掛けるという演出をすべきではなかったか。
「何となく通じ合った」という絆を表現するには、その方が良かったと思う。
言葉が通じなくても、交互にセリフを言わせたり、セリフの 後で反応を見せたりすれば、観客に「コミュニケーションが取れている」と感じさせることは出来たはずだ。

初めて競馬場へ行ったストライプスがコースに出た時、チャニングは「分かってる、私も走りたいわ」と告げるのだが、そのセリフが 唐突にしか思えない。それまでのシーンで、チャニングがジョッキーになりたいという願望、レースに対する意欲を示したことは無かったはずだ。
いつから思っていたのか。ずっと思っていたのかと。
っていうかさ、そもそも筋書きとして、まずチャニングがレースへの意欲を持っているが事情があって走れないというところから入って、 それを知ったストライプスが「自分がサラブレッドになって彼女を乗せよう」と決意する流れにした方が良かったんじゃないの。それなら 、きっかけがハッキリするし、チャニングとの絆も描けるし、ストライプスが「ひたすら自分の目的のためだけに邁進する」という 自分本位のキャラクターになることも避けられるし、何かと都合が良かっただろうに。
タイム・トライアルでストライプスが出遅れたりチャニングを振り落としたりする際にも、そこで彼が何も言わないため、どう思っていた のか全く分からない。レースの後、振り落としたことへの反省や謝罪を口にすることも無い。大事なパートナーを振り落としておいて、 そのことには全く触れないまま話を進めてしまう。

話が戻るが、ストライプスが競馬場を眺めているシーンで「どうして、みんなシマ模様が入っていないの?」と尋ねた時、タッカーも フラニーも明確な返答を避けているのだが、それが解せない。後になって、どうやら普通の馬とシマウマの違いを知らなかったらしいと 分かるのだが、そのことが分かりにくいため、そのシーンでは「シマウマを知らないわけでもなければ、競馬のルールを知らないわけでも ないだろうに」と首を傾げてしまうのだ。
その場面は「タッカーもフラニーも無知だった」ということで無理矢理に納得するとしても、例えばプライドやラフショッドなど他の全て のキャラクターが、ストライプスに対して「お前はシマウマだからサラブレッドになることは出来ない」と言わないのが解せない。
トレントンが言い出すまで、なぜ誰も指摘しないのか。
それは筋書きとして無理があるんじゃないか。

チャニングが「またストライプスに乗りたい」と言った時にノーランが「一度だけという約束だ」と反対するシーンでも、「それが理由 かよ。そうじゃなくて、ストライプスは競走馬じゃなくてシマウマだということを指摘しろよ」と思ってしまう。
こっちは「そもそもシマウマはルールとして競馬には出られないだろう」と思いながら見ているため、そこを放っておいたまま話を進められると、そのことが 引っ掛かって仕方が無い。
さらに困ったことには、ようやくトレントンが「シマウマはサラブレッドになれない」と指摘した後も、その事実はストライプスを落胆 させ、意欲を失わせるという部分でしか使われない。その前にクララが特別招待を決めているため、「シマウマだからレースに出られない」 という障害としては使われないのだ。
しかし、そこはルールの壁として使うべきじゃないのか。


第28回スティンカーズ最悪映画賞

ノミネート:【最悪のアニメーション映画】部門

 

*ポンコツ映画愛護協会