『ラスト・エクソシズム』:2010、アメリカ&フランス

ルイジアナ州バトンルージュ。コットン・マーカス牧師は妻のシャナ、息子のジャスティンと3人で暮らしている。彼の父であるジョンも、町の教会で牧師をしている。ジョンはコットンが子供の頃から、牧師としての勉強を積ませた。彼は説教壇に立たせて、聖霊が息子に宿ったと信者に告げた。それは子供の牧師を売りにして、信者から金を出させるための計画だった。コットンは優れたパフォーマーであり、手品を説教に取り入れて信者たちの心を掴んだ。
コットンは信者が真剣に説教の内容など聞いていないと分かっており、実際にバナナケーキのレシピを語っても気付かれなかった。彼は少年時代から悪魔祓い(エクソシズム)を何度も引き受けているが、悪魔の存在など信じていなかった。彼は助けを求める人々が「悪魔に憑依されている」と思い込んでいるだけであり、それを取り除けば救われると考えていた。彼は神さえも信じていなかったが、家族を養うために仕事として牧師を続けていた。しかしヴィクター・ターロイという少年が悪魔祓いの最中に窒息死した事件を知り、コットンは手を引くことにした。
コットンは悪魔祓いが詐欺だと示すため、ドキュメンタリー映画を製作することにした。ルイジアナ州のアイヴァンウッドから助けを求める手紙が届いたため、彼は監督のアイリスとカメラマンのダニエルを伴って出発した。ルイス・スウィーツァーの農場へ向かう途中、一行は遭遇した少年に道を尋ねた。しかし少年が「道が違う。Uターンして、元の場所に戻る」と言ったので、一行は無視して車を進めることにした。すると少年は、石を車に投げ付けた。一行が農場に到着すると、少年がルイスの息子のケイレブだと判明した。
コットンはルイスに撮影許可を得た後、家畜が次々に殺されていることを聞く。ルイスは娘のネルがやったと確信しており、家畜が殺害される度に彼女の服が血まみれになることを説明した。しかしネルは何も覚えておらず、怯えるので質問するのを止めたとルイスは語る。ルイスは2年前に乳癌で妻が死亡してから、子供たちに対してキリスト教を熱心に教えるようになっていた。ネルは在宅学習に切り替え、教会の日曜学校へも通わせないようになった。
ルイスは「妻が贈った十字架で娘は火傷を負った」と言うが、コットンは単なるアレルギーだと考える。彼はケイレブと話し、「親父は迷信深いアル中さ。ネルは問題ない。だから助けは不要だ」と告げられる。妹に何かあったらアンタを殺す」という脅し文句を軽く受け流し、コットンはネルの症状を診る。いつものようにトリックを使って偽装した彼は、アバラムという悪魔が憑依しているとルイスに説明した。ケイレブはコットンの細工に気付くが、むしろ歓迎して「これで問題解決だ」と喜んだ。
コットンは細工を施して儀式を執り行い、悪魔を追い払ったように見せ掛けた。代金を受け取ったコットンは、ルイスに感謝されて立ち去った。その夜、モーテルに泊まったコットンはアイリスに呼び出され、ネルが来ていることを知らされる。アイリスは「目が覚めたら彼女がベッドに座っていた」と言い、ネルは呼び掛けても全く話さなかった。ネルが口から泡を吐いたので、コットンは病院へ運んだ。しかし血液検査の結果は正常で、精神科の検査には親の同意が必要だった。
連絡を受けて駆け付けたルイスは検査を拒否し、すぐにアイリスを退院させてしまった。コットンは専門家の治療が必要だと訴えるが、ルイスにとっては信仰が全てであり、妻を救えなかった医者を全く信じていなかった。コットンはルイスを説得してもらうため、地元の教会へ赴いてマンリー牧師と会う。マンリーはネルが隔離されている状況を望ましくないと考えており、精神科医を紹介するので農場へ行く許可をルイスから貰ってほしいと求めた。
コットンたちが農場へ戻ると、ルイスがネルの腕を荒っぽく引っ張っていた。コットンと撮影クルーが家に入ると、ケイレブが顔から血を流していた。ルイスはコットンに、ネルがケイレブをナイフで襲ったと説明する。コットンはケイレブの「妹を奴と2人にするな」というメモを発見し、ルイスに息子を病院へ連れて行くよう指示した。コットンたちがネルの寝室へ行くと、鎖で足を繋がれていた。一行は鎖を切断し、ネルから「叫び声がして目を覚ますと、兄の顔に傷が」という証言を得た。
その夜、ネルは夢遊病のように起き上がり、人形を入浴させる。コットンが触れると、彼女は絶叫した。コットンか彼女をなだめ、ベッドに連れていく。寝室には惨殺された猫の絵があったが、ネルは描いていないと告げる。アイリスが録音したテープを再生すると、ネルはバスルームでラテン語を話していた。コットンたちは留守番電話に吹き込まれた医師のメッセージで、ネルの妊娠を知った。アイリスはネルがルイスにレイプしたと確信し、連れ出そうと主張する。コットンはルイスが戻るのを待つよう求め、仮眠を取った。ネルは納屋へ行き、猫を惨殺した。彼女はコットンの元へ行くが、アイリスが声を掛けると「ごめんなさい」と正気に戻った様子で告げた。
コットンたちがネルの部屋を確認すると、炎の中で十字架を持つ男の絵と、3人が死んでいる絵が飾られていた。帰宅したルイスは医師のメッセージを聞くと、「本の通りだ。悪魔が娘を汚した。処女の娘が、どうやって妊娠を?」と言う。彼はコットンに、改めて悪魔祓いを依頼する。コットンが「必要なのは医者です」と説くと、ルイスは「貴方が救えないのなら私がやります」と言い出す。コットンはネルを連れ出そうとするが、彼女は激しく暴れて抵抗する。そこでコットンは悪魔祓いを承諾し、ネルに妊娠を告白させようと考える…。

監督はダニエル・スタム、脚本はハック・ボトコ&アンドリュー・ガーランド、製作はエリック・ニューマン&イーライ・ロス&マーク・エイブラハム&トーマス・A・ブリス、製作総指揮はハック・ボトコ&アンドリュー・ガーランド&フィル・アルトマン&ロン・ハルパーン、共同製作はパティー・ロング&ガブリエル・ニーマンド、共同製作総指揮はダグ・プラッセ&パトリック・カード、撮影はゾルタン・ホンティー、美術はアンドリュー・ボーフィンガー、編集はシルパー・サヒー、衣装はショーナ・レオン、音楽はネイサン・バー。
出演はパトリック・ファビアン、アシュリー・ベル、アイリス・バー、ルイス・ハーサム、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、トニー・ベントレー、ジョン・ライトJr.、シャナ・フォレストール、ジャスティン・シェーファー、キャロル・サットン、ヴィクトリア・パテナウデ、ジョン・ウィルモット、ベッキー・フライ、デニース・リー、ローガン・クレイグ・リード、ソフィア・フジャブレ、アダム・グライムス他。


『キャビン・フィーバー』『ホステル』のイーライ・ロスが製作に携わった作品。
監督のダニエル・スタムは、AFI映画祭で観客賞を受賞した2008の『A Necessary Death』に続く長編第2作。
脚本のハック・ボトコとアンドリュー・ガーランドは、2004年の『Mail Order Wife』に続いてのコンビ。
コットンをパトリック・ファビアン、ネルをアシュリー・ベル、アイリスをアイリス・バー、ルイスをルイス・ハーサム、ケイレブをケイレブ・ランドリー・ジョーンズが演じている。
インディペンデント・スピリット賞で新人作品賞と助演女優賞(アシュリー・ベル)にノミネートされた。

『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の大ヒット以降、雨後の竹の子の如く作られ続けているPOV方式のモキュメンタリー・ホラーの1つである。
まあ「その雨はいつまで降り続くんだよ」と言いたくなるぐらい、モキュメンタリーがホラーの主流という状況は長く続いているけどね。
そもそもホラーというジャンルは低予算で作られることが多く、だから「モキュメンタリーなら安上がり」ってことで主流になっているんだろう。それで当たりが出れば、かなりの儲けが出るわけでね。
実際、この映画も180万ドルの予算で製作され、アメリカでの興行収入が約4100万ドルだったので、大きな儲けが出ている。制作費の高い映画だと、4100万ドルの興行収入では黒字が出ないこともあるからね。

いきなりネタバレを書いてしまうが、この映画の中身をザックリと表現するならば、基盤は『エクソシスト』で、最後だけ『ローズマリーの赤ちゃん』だ。
こんな簡単な説明でも、もはやネタバレになってしまうのだが、それは仕方が無い。
そもそも「神父が悪魔憑きの人間に儀式を行う」というプロットの時点で、大半の映画は『エクソシスト』の亜流になってしまうのだ。
それだと捻りが無いと思ったのか、この映画は最後の最後になって急に『ローズマリーの赤ちゃん』を放り込んでいるわけだ。

モキュメンタリー・ホラーで厄介な問題の1つに、「その状況でカメラを回し続けるのは不自然だろ」ってことが挙げられる。
例えば、目の前で恐ろしい出来事が起きており、自分が死ぬかもしれないという危機的状況に陥ってもカメラを回し続けるってのは、かなりのプロ根性があっても難しいだろう。モキュメンタリーの場合は素人がカメラを回している設定も多いので、そこは余計に難しくなる。
この作品の場合はドキュメンタリー映画のカメラマンが撮影している設定なので、「素人なのに」という問題は回避される。
同時に「素人なのに、やたらと撮影が上手い」とか、「素人だから、やたらと画面がブレまくる」といった問題も回避できている。

もう1つ、「それは誰が撮影した映像なんだよ」と言いたくなる問題も、モキュメンタリー・ホラーでは良く起きる。そこにいる人物が撮影している設定なのに、誰もいないはずの場所からの映像が入ったり、不可解なアングルの映像が写し出されたりするケースがあるのだ。
この映画も、その問題から逃げ切れていない。
1台の手持ちカメラを回し続けているはずなのに、途中でカットを割るシーンが何度もある。
同じシーンで台詞が続いているのにカットが切り替わるってのは、絶対に不可能なはずだ。まだカメラが複数台のカメラを使っているならともかく、1台で撮影しているんだから。

開始から50分ほど経過した辺りで、それとは異なるボロも出る。そのボロが出るのは、コットンたちが仮眠を取った直後のシーンだ。
仮眠を取っているので、もちろんカメラを回す人間もいない。だから普通に考えれば、カットが切り替わると、ルイスが帰宅してコットンたちが目を覚ましてからのシーンに移っているはずだ。
ところが、なんと「アイリスがカメラを回し、自分の行動を撮影する」という展開を用意するのである。
いやいや、それは変だろ。
もはや笑いを取りに行っているとしか思えないぐらい、無理のある展開だぞ。

そもそも私はモキュメンタリー・ホラーに恐怖を感じるのは難しいと思っている人間なのだが、「それにしても」と言いたくなるぐらい、これっぽっちも恐怖を感じない。
それは「キリスト教を信じているか」とか「悪魔を信じているか」という問題とは、全くの無関係だ。この映画に恐怖を感じないのは、そういう理由ではない。
単純に、内容が地味なのだ。
じゃあジワジワと忍び寄る恐怖で観客の不安を煽ることが出来ているのかというと、それも著しく弱いのだ。

「そこと比べるのは酷だろ」と思うかもしれないが、『エクソシスト』の場合、信仰に苦悩する主人公の心理を掘り下げるドラマが用意されていた。
しかし本作品の場合、一応は「神の悪魔も信じていなかったコットンの気持ちが変化していく」という経緯こそ用意されているものの、そこの掘り下げは浅い。
POV方式のモキュメンタリーであり、「悪魔祓いの偽りを暴露する映画を撮っている」という体裁で進めているため、主人公の心理を厚く描写することは出来ないのだ。
登場人物の心理描写が浅くなってしまうというのは、本作品だけでなく全てのモキュメンタリーに付きまとう問題だ。

だからモキュメンタリー・ホラーってのは大抵の場合、登場人物の心理描写が重要な意味を持たないような内容になっている。そんなことは二の次、三の次で、とにかく観客を怖がらせようとしている。
本作品も、そういう所だけに集中すればいいはずなのに、恐怖を醸し出すための描写が弱い。
何がマズいって、それは悪魔憑きの描写だ。つまり、ネルの行動を見せるシーンの描写だ。
そこが地味なので、おのずと退屈を招いてしまうのだ。

これまた『エクソシスト』を例に出してしまうが、あの映画にはコケ脅しの面白さがあった。
悪魔憑きの少女であるリーガンが立ったままで放尿したり、寝転んだ状態で激しく飛び跳ねたり、ナイフで自分の性器を突き刺して血だらけになったり、首から上が後ろに回転したり、緑のゲロを吐いたりと、そういう描写が幾つもあった。
しかし本作品は、そこでのケレン味が全く足りていない。
口から泡を吐くとか、人形を入浴させるとか、そういう地味な行動ばかりなのだ。

なぜ地味な描写だけになっているかというと、そこには「ミスリードを狙うため」という事情がある。
「ネルは悪魔憑きではなく、レイプされたことが原因で精神を病んでしまった」と観客に思わせる必要があるので、おかしな行動も「現実の範囲内」に留めているのだ。
そこで人間離れした行動を取らせてしまうと、「精神を病んでいるだけでは絶対に有り得ない」ってことになってしまう。
ミスリードが台無しになってしまうので、どうしても地味な行動に限定せざるを得ないのだ。

しかし、そういう事情を理解した上で、地味な行動ばかりに限定したことは愚かしい判断だと言わざるを得ない。
なぜならば、そもそも「ネルがレイプされて精神を病んだ」というミスリード自体が失敗しているからだ。
そんな引っ掛けに騙されてくれるような観客なんて、たぶん皆無に等しいだろう。作品の内容を考えても、そこまでの流れを考えても、「コットンは悪魔憑きを信じていなかったけど、ネルは実際に悪魔憑きでした」という着地に至ることはバレバレなのだ。
そうじゃなくて「実は悪魔憑きじゃなかった」というオチにするのは、よっぽど勇気のあるバカじゃないと無理だよ。

おまけに、そのミスリードも下手なのよね。
ルイスがネルをレイプした」というミスリードに繋げようとしているけど、そのためのエサが全く足りていない。むしろ、ネルがモーテルへ来たり人形を入浴させたりする行動は、「本物の悪魔憑き」という答えに向かっている。
ひょっとすると、そこで悪魔憑きだと思わせておいて、医師の留守電で「そうじゃなくてルイスがレイプしたショックで」という展開へという捻りを狙っていたのかもしれない。
ただ、そうだとしても、まあ失敗だよね。何しろ、「ルイスがレイプしたショックでネルは変になった」と観客に誤解させるための情報が少なすぎるんだから。
アイリスはネルの妊娠が判明しただけなのに「ルイスがレイプした」と決め付けるけど、それは全く乗れない意見だし。

前述したように、最後のシーンは『ローズマリーの赤ちゃん』だ。
具体的なネタバレを書くと、「マンリーをリーダーとする悪魔崇拝の面々がルイスを縛り上げ、ネルに人間ではない生き物を出産させる」というオチが待っている。そして寝室の絵に描かれていたように、3人は殺されるわけだ。
でも、そのオチに繋がる伏線など全く無い。
これもモキュメンタリーに付きまとう問題だが、撮影者が持っているカメラが捉えた情報しか提供できないので、どうしても視野が狭くなってしまうのだ。そのため、伏線を巧みに張り巡らせ、それを回収して綺麗にオチを付けることが難しい。
だから本作品のオチも、ものすごく唐突で強引な印象になってしまうのだ。

(観賞日:2017年10月5日)

 

*ポンコツ映画愛護協会