『ラスト・クリスマス』:2019、アメリカ

1999年、ユーゴスラビア。少女時代のケイトは聖歌隊でソロを務め、教会に来た両親と姉のマルタは嬉しそうに見ていた。2017年、ロンドン。ケイトはパブで酒を飲みながら、ジョージ・マイケルの『ヒール・ザ・ベイ』を何度も聴いていた。エドという男が声を掛けると、彼女は「ジョージ・マイケルは同志なの。私も歌手よ。お互いに評価がイマイチだから」と話す。ケイトはスーツケースを持っており、明日はオーディションがあること、友達の家に泊まっていたが追い出されたことを語った。
エドから家に来るよう誘われたケイトは、彼とセックスして翌朝を迎えた。ケイトがシャワーを浴びているとエドの恋人が現れ、怒って家から追い出した。ケイトは勤務しているクリスマスショップへ赴き、店主のサンタと会う。ケイトは男とセックスして泊めてもらうことを繰り返しており、サンタは「その病気を治さないと、友達を失うわよ」と忠告した。姉で弁護士のマルタが店に来たので、ケイトは「電話してよ」と腹を立てる。マルタは「出ないくせに」と指摘し、話すために店の外へ出るよう要求した。
マルタはケイトに、「貴方がママを無視すると、私に電話して来る」と苦言を呈した。「自由が欲しいの」とケイトが反発すると、マルタは「電話だけよ。診察をドタキャンしたでしょ。明日は必ず行かないと」と告げた。仕事に戻ったケイトは、店の外で上空を眺めるトムという男を目撃した。気になったケイトが外に出ると、トムはアーケードに停まった鳥を眺めていた。鳥の糞が目に落下したので、ケイトは慌てて店に入った。
ケイトは親友のジェンナに電話を掛け、泊めてもらう承諾を貰った。母のペトラからは何度も着信が入っているが、ケイトは無視していた。彼女は黒人男性に興味を抱いて声を掛け、サンタから「客をナンパしないで」と注意された。そこへトムが来て「散歩しないか」と誘うと、ケイトは「タイプじゃない」と冷たく断った。閉店時間が間近になった頃、1人の紳士が緊張した面持ちで現れた。サンタは彼を見た途端に緊張し、2人はぎこちない会話を交わした。紳士が去った後、サンタはケイトから一目惚れを指摘されて狼狽した。
ケイトはオーディションの時間が過ぎていることに気付き、慌てて劇場へ向かった。何とかオーディションは受けさせてもらうが、彼女は歌を酷評された。落胆して歩いていたケイトは、配達の仕事を終えたトムと遭遇した。改めてトムが散歩に誘うと、ケイトは「そんな気分じゃない」とオーディションに落ちたことを話す。トムが諦めないので、ケイトは彼に付いて行った。トムは秘密の庭にケイトを案内し、ベンチに座っている面々について説明した。
ケイトはバス停までトムに送ってもらい、彼と別れた。彼女は妊娠中のジェンナと夫のルーファスが暮らす家へ行き、ソファーに倒れ込む。酒が無いと知った彼女は、外へ飲みに出掛けた。ルーファスは自分勝手なケイトを快く思っておらず、ジェンナに文句を言う。9カ月前に泊めた時に、彼は帆船のペーパークラフトをケイトに燃やされていた。今回もケイトは男とセックスして朝帰りし、ペーパークラフトを踏み潰した。ルーファスの怒りを買った彼女は、家を追い出された。
ケイトが店に行くと、サンタが2人の警官から事情聴取を受けていた。泥棒が入ったことを聞いたケイトは、昨日の夜に店を去る時、ドアの鍵を掛け忘れたことを思い出す。警官が去った後、そのことをサンタに指摘されたケイトは謝罪する。彼女が「弁償する」と告げると、サンタは「貴方を見込んでフルタイムで採用した。客あしらいも上手だし、嬉しかった。でも貴方は変わった。戻ってからの貴方は集中力が無い」と語る。彼女は保険金のために窓を割って偽装工作したことを告白し、悲しそうな表情で「またやったら今度はクビよ。自分の不始末は自分で何とかして」と述べた。
夜、行く当ての無いケイトが店の前で佇んでいると、トムが自転車で現れた。ケイトが「今夜から宿無しでホームレス」と言うと、トムは付いて来るよう告げる。トムがホームレスを支援するシェルターへ案内したので、ケイトは「泊まる場所はあるわ。家が嫌なだけ」と語る。トムがシェルターのボランティアに向かったので、彼女は呆れて笑う。ケイトは電話で父のアイヴァンを呼び出し、家まで送ってもらうことにした。彼女は車の中で、「ママは私が病気の方がいいの。自分が重要人物になれるから。手術以来、ママがやったのは私の人生を操縦することだけ」と愚痴をこぼした。
家に着いたケイトが「なぜ離婚しないの?」と尋ねると、アイヴァンは「金持ちじゃない」と答えて去った。ケイトは大声で騒ぎ、母のペトラにドアを開けてもらった。ペトラはケイトが電話もしないことに不満を抱いており、「家にいない父親と同じ」と吐露した。ケイトはベッドで寝うとするが、母が枕元で子守唄を歌い出したので辟易した。翌朝、ケイトはペトラと共に病院へ行き、主治医のアディスから「ケイトは心臓を大切に。お母さんは心配しすぎ」と注意された。
その夜、ケイトが1人で店にいると、トムがやって来た。ケイトは旧ユーゴから逃げて来たこと、父は弁護士だったが今はタクシー運転手をしていること、母といると落ち込むので家を避けていることを話す。トムが「ママが明るかったのは?」と訊くと、彼女は「私が重病の頃。医師や看護師に注目されてたから。私が回復したら、また暗くなった」と語った。トムはケイトを閉館後のアイスリンクへ連れて行き、一緒に滑った。そこへ警備員が来たので、2人は慌てて逃げ出した。
トムは夜の仕事をしていることに告げ、「もう行くよ」と言う。「また店に行く」という彼の言葉に、ケイトは「サンタに嫌われてるから、クビになるかも」と告げる。トムは「いいことをすれば?」と助言し、その場を後にした。仕事に赴いたケイトは店に入ろうか躊躇している紳士に気付き、声を掛けてサンタと2人きりにした。次の日、ケイトはアイスショーのオーディションでアイスリンクへ行くが、また落ちたと確信した。夜、サンタは紳士とデートに出掛けるためにメイクしており、ケイトは厚塗りすぎだと助言した。紳士の名前は発音が難しいため、サンタは「ボーイ」と呼ぶことにしていた。彼女はケイトに、「サンタ」が店に合わせた変名だと教えた。
ケイトはトムを捜してシェルターに行くが、彼の姿は無かった。職員のダニーと話した彼女は、成り行きで少しだけ仕事を手伝った。彼女が帰宅すると、両親がマルタの昇進祝いをしていた。マルタはケイトに嫌味を浴びせ、ペトラと言い争いになった。ケイトが仲裁に入ると、マルタは「アンタはどうでもいい。アンタは自分が恥なだけよ」と罵った。ケイトは憤慨し、「同居人のアルバはどうしたの?昇進祝いに彼女は欠席?いつも隠されていて可哀想」と言い放った。
家を出たケイトがシェルターへ行くと、既に営業時間は終わっていた。彼女はシェルターを去ろうとすると、トムが自転車で通り掛かった。トムが自宅へ案内すると、ケイトは心臓の移植手術を受けたことを告白する。「前は歌えたのに、今は何一つ出来ていない」と彼女が漏らすと、トムは「日常の小さな行動が、その人の人格を作る」という言葉に助けられたことを語る。彼はケイトに眠るよう促し、子守唄をせがまれると「君が歌え。歌手だろ」と微笑む。ケイトが歌い出すと、途中からトムも加わった。次の夜、ケイトはシェルターの前で歌い、金を稼ごうとする。わずかな金しか稼げなかったが、ケイトは満足な気持ちでシェルターに寄付した…。

監督はポール・フェイグ、着想はジョージ・マイケル、原案はエマ・トンプソン&グレッグ・ワイズ、脚本はエマ・トンプソン&ブライオニー・キミングス、製作はデヴィッド・リヴィングストーン&エマ・トンプソン&ポール・フェイグ&ジェシー・ヘンダーソン、製作総指揮はサラ・ブラッドショウ、製作協力はデヴィッド・オースティン、撮影はジョン・シュワルツマン、美術はゲイリー・フリーマン、編集はブレント・ホワイト、衣装はレネー・アーリック・カルファス、音楽はセオドア・シャピロ。
出演はエミリア・クラーク、ヘンリー・ゴールディング、ミシェル・ヨー、エマ・トンプソン、リトゥ・アルヤ、ロブ・ディレイニー、パティー・ルポーン、アンス・カビア、リディア・レオナルド、スー・パーキンス、ピーター・セラフィノウィッツ、ローラ・イヴリン、イングリッド・オリヴァー、レベッカ・ルート、ピーター・マイジンド、ベン・オーウェン=ジョーンズ、デヴィッド・ハーグリーヴス、ボリス・イサコヴィッチ、マキシム・ボールドリー、マディソン・インゴールズビー、ルーシー・ミラー、マーガレット・クラニー、ジェイド・アヌーカ、ジョン=ルーク・ロバーツ他。


イギリスのポップデュオ「ワム!」が1984年に発表した同名の大ヒット曲から着想を得た作品。
監督は『ゴーストバスターズ』『シンプル・フェイバー』のポール・フェイグ。
脚本は女優で『ナニー・マクフィー』シリーズのエマ・トンプソンと、アーティストのブライオニー・キミングスによる共同。
ケイトをエミリア・クラーク、トムをヘンリー・ゴールディング、サンタをミシェル・ヨー、ペトラをエマ・トンプソン、ジェンナをリトゥ・アルヤ、劇場の支配人をロブ・ディレイニー、店の常連客のジョイスをパティー・ルポーン、ルーファスをアンス・カビア、マルタをリディア・レオナルドが演じている。

ケイトはエドにナンパされると簡単にセックスし、店では黒人男性に色目を使ってサンタに注意される。ジェンナの家に泊まった時も、男とセックスして朝帰りしている。それぐらいアバズレなのに、トムから散歩に誘われると冷たく拒否する。
なぜトムにだけ強烈な嫌悪感を示すのか、サッパリ分からない。トムが上空を眺めていた時には、気になって自分から接触したぐらいなのに。そりゃあ「男なら誰でもいい」ってことじゃないだろうけど、下手すりゃアジア人ヘイトにも感じるぞ。
あと、それぐらい拒否していたのに、いざ一緒に散歩すると、あっという間に仲良くなるのよね。だったら嫌悪や拒否の手順は、何の意味も無いでしょ。
散歩の誘いを断るのは、「まだ仕事があるから」とか「オーディションの予定が入っているから」という理由にしておけばいい。

サンタがケイトに「戻って来てから」と言う台詞や、ケイトがアイヴァンに「手術以来」と言う台詞などで少しずつヒントが出て、病院のシーンで「ケイトは重病を患った過去があり、今も医師から食事療法を指示される状態にある」ってことが明らかになる。
でも、具体的にどんな病気だったのか、どれぐらいの時期に病気だったのかは教えてくれない。
トムもケイトから「ママが明るかったのは私が重病の頃」と聞いた時、詳細を知りたがることは無い。
でも、ケイトの病気について中途半端に隠したまま話を進めても、何の意味も無いでしょうに。早い段階で、ハッキリと説明しておけばいいでしょ。

ケイトは母について、「手術以来、ママがやったのは私の人生を操縦することだけ」「私が回復したら、また暗くなった」などと評している。
だけど、ペトラがケイトを操縦しようとしているとか、暗くて落ち込んでいるとか、そういうことを思わせる描写は乏しい。
なので、ケイトが極端に家を避けたがっている理由もピンと来ない。
「私が重病の頃は明るかった」ってのもケイトの台詞で言及しているだけで、ホントかどうか怪しいと思っちゃうわ。

ケイトは心臓移植手術を受けたことをトムに告白した後、「医者は私の心臓を取り出して、どこかへ捨ててしまった。大事な物を失ったみたいで、すごく変な感じ。生きてるって実感が無いの。貴方といる時だけ、私は大丈夫だと感じられるの」と話す。
だけど、その感覚が良く分からないんだよね。
手術で助かったのに、それをネガティヴに考えるってのは、どういうことなのかと。
手術で体が弱くなったとか、日常生活に支障をきたすようになったとか、そういうことでもなさそうだし。

ケイトは「前は歌えたのに、今は何一つ出来ていない」と語っているので、ひょっとすると心臓移植の影響で以前のように歌えなくなったという事情はあるのかもしれない。
ただ、仮にそうだとしたら、それを上手く表現できていない。
それなら手術を受ける前の、ちゃんと歌えていた状態を「ケイトが特別だった頃」として先に見せておくべきだろう。幼少期のシーンが冒頭にあって、そこから現在に飛ぶのは構成としてマズい。
ケイトが手術を受けたのって、終盤に入るまで明かされないけど、去年のクリスマスなのよ。オチに関連するから終盤まで隠しておきたかったのかもしれないけど、デメリットしか感じない。

完全ネタバレだが、トムは去年のクリスマスに事故で死んでいる。その時、彼の心臓を移植手術で貰ったのがケイトなのだ。
それを恋愛劇のように進めているのは、どう考えてもマズいでしょ。
迷いや悩みを抱えるケイトを導く役目として、トムは出現しているわけで。だけどケイトは惚れちゃってるし、トムにしても恋人関係に発展しようとすることは無いけどキスはするし。
これだけじゃ話が薄いと思ったのか、サンタの恋愛劇も盛り込んでいるけど、まるで上手く本筋と絡まずに浮き上がっているし、そして薄味だし。

「どうしてこうなった?」と、激しい口調で何度も言いたくなるような作品だ。ワム!の『ラスト・クリスマス』をちゃんと聴いたのなら、こんな映画を作ろうとは絶対に思わないはずだ。
本国であるイギリスの面々が製作しているんだから、歌詞の意味もキッチリと理解しているはず。それなのに、こんな内容に仕上がる感覚は理解に苦しむ。
日本でも昔は歌謡映画が多く作られていたが、その中には全く元ネタの歌と無関係な内容になっているケースもあった。
この作品は、かぐや姫の同名曲をモチーフにした1974年の『赤ちょうちん』と同じぐらい、基になった歌と完成した映画の乖離が酷すぎる。

既にネタバレを書いたように、「トムは既に死んでおり、その心臓を移植手術で貰ったのがケイトだった」という話である。そしてケイトがトムに元気付けられ、前向きに生きる気持ちになる話である。
しかし「ワム!」の『ラスト・クリスマス』は、失恋ソングだ。つまり説明不要だろうが、映画の内容は大きく乖離している。
ただし歌詞の「Last Christmas, I gave you my heart」を「去年のクリスマス、僕は君に心臓をあげたんだ」と訳すと、映画の内容に近付く。
でも、それはダメでしょ。歌詞の解釈を、ジョージ・マイケルが意図した内容から勝手に変えちゃダメだろ。そりゃあ、イギリスで酷評を浴びるのも当然だよ。

(観賞日:2022年10月3日)

 

*ポンコツ映画愛護協会