『ロスト・エモーション』:2015、アメリカ

近未来。起床したサイラスは準備を整え、職場へ向かう。市民は全員が白い服を着用し、整然と移動する。手首には身分を証明するタグが埋め込まれており、建物に入る際には、それをゲートにかざして承認を得るのが決まりだ。自身が勤務する部屋へ赴いたサイラスは、端末の画面で過去の出来事を確認する。かつて世界規模の戦争が勃発し、28日間に渡る爆弾投下で陸地の大半が破壊された。わずか2つの区域だけが存続し、その内の1つに集まった人々は「共同体」を作って生活している。その西側には半島があり、戦争で荒廃した建物が残っている。半島の人々は原始的な生活を送り、感情や欲望に支配されている。
サイラスはレナードが主任を務める出版部署で、同僚のニナやマーク、ケイト、ゾーイ、セス、レイチェル、レナードたちと共に働いている。彼らは常に冷静で、粛々と仕事をこなす。昼食を取る時も、全く表情を変化させない。受胎役だったアイリスは欠陥が判明し、昨日の内に戻されている。保健安全局員が市民を監視しており、性行為に及んだ男女は医療施設のDENへ連行された。感情を抱いた人間は病気と診断され、抑制するための治療が実施される。最初は薬でステージの進行を抑制するが、症状が進むとDENに収容される。
ある日、投身自殺した男が中庭で発見され、サイラスの同僚たちは眺めながら淡々と会話を交わす。そんな中、サイラスはニナの表情や手の動きに感情を見て取った。それ以来、彼はニナのことが気になり、目で追うようになった。翌日の夜、サイラスは自分が投身自殺をする悪夢を見て飛び起きた。鏡を見た彼は、額に傷を負ったことに気付いた。心配になった彼は、保健安全局へ診察に赴いた。ジョナスという男に話し掛けられたサイラスは、彼がステージ2だと知る。健康そうに見えるジョナスだが、「症状には波がある」と説明した。
サイラスは医師に採血され、陽性でステージ1と診断された。サイラスの「職場の女性が受胎不適格になりました。感染した可能性は?」という質問に、医師は「仮に病気でも伝染は無い」と答えた。職場へ赴いた彼は額の傷について同僚に問われ、太極拳の授業で怪我をしたと嘘をつく。すぐに授業には出ていないはずだと指摘されるが、ニナが来て「出ていました。私は見ました」と助け舟を出した。その夜、サイラスは感情の暴走を抑制するための薬を受け取り、迷いながらも服用した。
ステージ1では光線過敏の症状が出るというコンピュータの説明を聞き、サイラスはサングラスを掛けて出勤した。ステージ4に至るとDENで安楽死の処置が取られることもあると知った彼は、仕事中に泣いてしまった。同僚に見られると問題になるため、すぐに彼は涙を拭いた。その日も彼はニアが気になり、帰宅する彼女を尾行した。部屋に戻った彼は、薬を飲まなかった。次の日、サイラスは仕事の内容についてニアに質問し、近くで彼女を観察した。
翌日、会議の最中にサングラスを落として発見されたサイラスは、同僚たちにステージ1だと告白した。途端にニアを除く同僚たちは彼と距離を取り、専用のマグカップを使うよう要求した。その夜もニアを尾行したサイラスだが気付かれてしまい、「付きまとうなら通報するわよ」と告げられる。サイラスが「君も感染者だろ」と指摘すると、ニアは否定した。次の日、サイラスはニアが職場で1人になるのを待ち、彼女の手や唇に触れる。ニアは全く抵抗せず、彼を受け入て抱き締め合った。
ニアは1年3ヶ月前から感染していること、検査を受けていないことを告白した。しかし感情は日に日に増すばかりで罪悪感に悩まされ、彼女は特効薬の完成を待っていた。翌日、ゾーイが受胎命令を受け、しばらく職場を離れることになった。サイラスとニアは周囲の目を気にしながら、密会を重ねた。そんな中、サイラスはレナードから、終業後にニアの端末を覗き見ていたことを警告されたと聞く。通報の必要性が生じるので行動には注意するようにと、彼は釘を刺した。
サイラスはニアと会い、レナードに察知されたことを話した。距離を置く必要があると考えた彼は、植物管理の部署へ異動した。新人のドミニクと組むことになったニアは、ゾーイが受胎したことを知る。サイラスはジョナスに声を掛けられ、ニアを恋しく思う気持ちを告白した。するとジョナスは、自分も1年前に女性と関係を持ったが、悲しい結末を迎えたことを語る。サイラスが薬を使っていないことを知った彼は、他にも同じような患者が大勢いることを打ち明けた。ベスというDENの医師がリーダーで、そのグループにジョナスも属しているのだという。
サイラスはジョナスに紹介してもらい、グループのマックスやギルたちが集まる会合に参加した。ベスはサイラスに、DENへ運び込まれた患者の半数が自殺に追い込まれることを話す。サイラスはジョナスたちから、感情を持つことは健康だと聞かされる。耐え切れなくなったニアの訪問を受けたサイラスは、激しく肉体を求め合った。それ以降、サイラスとニアは普段通りに仕事をしつつ、2人で過ごす時間も増やした。何度も肉体関係を持ち、2人の幸せな日々は続いた。そんなある日、特効薬が開発されたというニュースが報じられた。首に注射することで、完全に感情を消してしまう効力があるというのだ。大量出荷の準備が進められていると知り、サイラスとニアは動揺する。2人は感情を失うことを嫌がり、半島へ逃れようと考えた。
サイラスはニアを会合へ連れて行き、逃亡のための協力をメンバーに要請した。ベスは自身の不幸な体験を語り、危険すぎると反対する。しかしサイラスとニアの考えが変わらなかったため、ジョナスたちは協力を承諾した。ジョナスはサイラスに、境界に着いたらオリヴァーという男に会うよう指示した。ニアは受胎命令が下ったことで不安を抱くが、サイラスは「すぐに注射されるわけじゃない。検診を受けてから逃げるんだ」と告げる。しかし検診でニアの妊娠が発覚したため、彼女はDENへ連行される…。

監督はドレイク・ドレマス、原案はドレイク・ドレマス、脚本はネイサン・パーカー、製作はマイケル・シェイファー&マイケル・プルス&アン・ロアク&ジェイ・スターン&チップ・ディギンス、製作総指揮はリドリー・スコット&ラッセル・レヴィン&イ・ジェウ&チェ・ピョンホ&ジャレッド・D・アンダーウッド&アンドリュー・C・ロビンソン、共同製作はアナディル・ホセイン&ドリス・ベンヤクレフ&キム・スンボム&クリス・リットン&メーガン・ヒューズ&ジェイク・ブレイヴァー、製作協力はサミュエル・Y・ハー&ミン・ヤンホン、撮影はジョン・ガレセリアン、美術はケイティー・バイロン&ティノ・シェードラー、編集はジョナサン・アルバーツ、衣装はアビー・オサリヴァン&アラーナ・モーシェッド、視覚効果監修はジェイク・ブレイヴァー、音楽はサッシャ・リング&ダスティン・オハローラン、音楽監修はティファニー・アンダーズ。
出演はニコラス・ホルト、クリステン・スチュワート、ジャッキー・ウィーヴァー、ガイ・ピアース、レベッカ・ヘイズルウッド、スコット・ローレンス、カイ・レノックス、リズワン・マンジ、オーロラ・ペリノー、ベル・パウリー、デヴィッド・セルビー、ケイト・リン・シール、トム・ストークス、ムーク・デントン、ヨー・テオ、ウマリ・シラカラスナ、パク・ユファン、ハーシェル・ペッパーズ、ジェニファー・ローレン、アンソニー・ギルモア、ネイサン・パーカー、ジェシカ・ロイス、ハンナ・グレース、トビー・ハス、トーマス・ジェイ・ライアン、アンナ・モウリー他。


「X-MEN」シリーズのニコラス・ホルトと「トワイライト」シリーズのクリステン・スチュワートが共演し、リドリー・スコットが製作総指揮を務めた作品。
脚本は『月に囚われた男』『ブリッツ』のネイサン・パーカー。
監督&原案は『今日、キミに会えたら』『あなたとのキスまでの距離』のドレイク・ドレマス。
サイラスをニコラス・ホルト、ニアをクリステン・スチュワート、ベスをジャッキー・ウィーヴァー、ジョナスをガイ・ピアース、ゾーイをレベッカ・ヘイズルウッド、マークをスコット・ローレンス、マックスをカイ・レノックス、ギルをリズワン・マンジ、アイリスをオーロラ・ペリノー、レイチェルをベル・パウリー、レナードをデヴィッド・セルビー、ケイトをケイト・リン・シール、ドミニクをトム・ストークスが演じている。

無機質な建物、厳格に管理された社会、様々なことを禁じられている市民。
この映画が用意した近未来の世界観に、新鮮味を感じる観客は皆無に等しいだろう。「どこかで見たような」という既視感に満ち溢れた設定である。
過去に様々な作品で使われてきた設定を幾つか組み合わせて構築したような近未来の社会なので、新鮮味やインパクトという部分で勝負することは難しい。
使い古された世界観なので、そこから先のプラスアルファが求められる。

これがジョージ・オーウェルの小説『1984』やジャン=リュック・ゴダールの映画『アルファヴィル』みたいに、管理社会や全体主義への警鐘を鳴らそうとする社会派映画じゃないことは分かるのよ。レイ・ブラッドベリの小説みたいに、本格SFとして作られているわけじゃないってことも分かるのよ。
この映画が描きたいのはザックリ言うならば「禁じられた恋」であって、「感情の許されない世界」という設定は、男女の関係に障害を与えるための道具に過ぎないわけよ。終盤の展開には、『ロミオとジュリエット』も感じるしね(でも実は、『1984』や『アルファヴィル』を連想しちゃう中身になっているんだけどね)。
近未来の世界観を背景や道具として使い、恋愛劇を描こうという仕掛けは、別に悪いわけじゃない。その手の作品なんて、世の中には幾らだって転がっている。いわゆる「セカイ系」の作品なんて、それが全てだと言ってもいいぐらいだ。
だけどね、「所詮は道具に過ぎないから、デイティールは適当で浅くても構わない」ってことではないのよ。そこに主眼が無かろうと、特殊な世界観を持ち込んだ以上、それなりに丁寧な設定や説明が求められるモノなのだ。
その点において、この作品は手抜きをしていると言わざるを得ない。

何より問題なのは、「みんな感情を出しまくっているじゃないか」ってことだ。
サイラスがステージ1だと知った途端、同僚たちは彼と距離を取るようになり、専用のマグカップを使うよう要求する。それは明らかに、「嫌悪」や「恐怖」といった感情から来る言動だよね。
どちらかは分からないけど、ともかく感情が附随していることは確かだ。何の感情も無かったら、ステージ1であろうと無かろうと態度に変化は生じないはずでしょ。
他にも、「それは感情じゃないのか」と思う言動が色々と出て来る。表情を崩さなければ、淡々と対応していれば、それがイコール「感情が無い」ってことではないからね。
それは「ちゃんと感情を表現しているけど、喜怒哀楽が激しくない」というだけだからね。
「感情が無い」のと「感情が伝わりにくい」のは、全く別物なのよ。

根本的な問題として、「感情を排除すれば争いは無くなる。感情を排除すれば誰もが平等に生きられる」という理屈がメチャクチャではある。
そんなのは、独裁主義の共産主義者でもなかなか考え付かないことだろう。その理屈に、説得力は全く無い。
しかし前述したように、その手の社会的だったり政治的だったりするテーマやメッセージに主眼が置かれているわけではない。
だから、そこはまあ適当でも良しとしておこう。

ただし、「どういう方法で政府が市民から感情を奪っているのか」という部分には甘さを感じる。
遺伝子操作で感情の無い人間を作っている設定のようだが、「全ての市民から直ちに感情を排除したいのなら、それじゃ無理だよね」と言いたくなる。本気で全ての市民から感情を排除するのなら、ロボトミー手術でも施した方が確実なわけでね。
あと、「こいつには感情がある」と決めているのは誰なのか。
それが感情だと分かっているのなら、そいつにも感情があるってことにならないかと。そのための細かいマニュアルが用意されていて、機械的に判断しているという描写は無いんだから。

この映画の舞台となっているのは、政府が徹底的に市民を管理している社会のはずだ。感染者の密告が推奨されており、違反した者は容赦なく連行される様子も描かれている。
しかし、それにして監視体制があまりにも杜撰だ。
何しろサイラスとニアは、簡単に密会できている。サイラスの家は全く監視されていないし、職場にも監視カメラは無い。レナードが警告した後も、サイラスとニアは平気で何度も密会できている。
薬を飲まない人が大勢いるが、それを政府がチェックする方法も無い。だから薬を飲みたくなければ、飲まないまま暮らし続けるのは簡単だ。ジョナスたちは会合を開いているが、政府は気付いてもいないので、まるで警戒する必要も無い。
管理社会は全く機能していないのだ。

この映画では、セックスによる妊娠が禁じられている。セックスは感情を伴う行為なので、妊娠は受胎命令を受けた女性が呼び出されて人工授精するという形に限定されている。つまり一般市民は、セックスを知らずに暮らしているわけだ。
ってことはサイラスとニアが関係を持った時、それが初めてのセックスのはずでしょ。
だとしたら、激しく求め合うセックスは不可解だ。何もやり方を知らないんだから、ぎこちなく動かないと変でしょ。
仮に書物で情報を得ていたとしても、実践は初めてなんだからさ。

終盤、サイラスとニアは半島へ逃げようと目論み、ジョナスたちが協力を承知する。どうやら境界線までは列車が通っているので、それを使うことが出来るらしい。
だとしたら、その気になれば簡単に半島へ行けるんじゃないかと思っちゃうんだよね。
サイラスたちは警戒する様子を見せているけど、何しろ監視体制がユルユルなんだからさ。
市民の動きが全て政府にチェックされているわけでもないし、大勢の警備兵が目を光らせていて少しでも不審な動きをすれば捕まるという気配も無いし。

ちなみに「管理されている無機質な社会」を表現するために使われたロケ地の多くは、日本の建物である。
サイラスやニアたちが勤務する職場のシーンでは、大阪府の狭山池博物館と兵庫県の淡路夢舞台が使われている。他にも新潟県の長岡造形大学、埼玉県立大学、静岡県のMOA美術館が使用されている。
どうやら製作サイドは、安藤忠雄の建築物が作品の世界観に合致すると思ったようだ(狭山池博物館と淡路夢舞台が彼の設計)。
そういう建築物が映画に使われているのを堪能したい人なら、見ても損は無いだろう。

(観賞日:2018年6月7日)

 

*ポンコツ映画愛護協会