『許されざる者』:1960、アメリカ

父であるウィリアム・ザカリーの墓がある家で、レイチェル・ザカリーは母のマティルダと暮らしている。白馬のグイパーゴで出掛けた彼女は、サーベルを持つ老人のエイブ・ケルシーと遭遇した。名前を問われたレイチェルが答えると、ケルシーは「ザカリーじゃない」と言う。レイチェルが「生まれは違うけど、ママが実の子と同じだと。なぜ私のことを知ってるの?」と告げると、彼は「ワシは神の剣。天罰を下し、悪を正して真実を語る」と述べた。
帰宅したレイチェルは、ケルシーにマティルダのことを話した。マティルダはレイチェルを貯蔵室へ行かせた後、家に近付いたケルシーにショットガンを向けた。彼女が「やはり」と口にすると、ケルシーは「長い道のりだった。7年だ」と言う。彼は「殺せるものか。復讐の神が目を潰すぞ」と告げ、その場を去った。ザカリー家の次男のキャッシュ、三男のアンディーが馬を柵に追い込んでいると、ウィチタへ出掛けていた長男のベンが戻って来た。彼が雇った牧童の中には、先住民のジョニー・ポーチュガルもいた。そのことをキャッシュが気にすると、ベンは「最高の調教師だ」と告げた。
ベンの帰還を知ったレイチェルは、大喜びで抱き付いた。近所の牧場主であるゼブ・ローリンズは、妻のヘイガー、長男のチャーリー、次男のジュード、娘のジョージアを荷馬車に乗せてザカリー家へ向かっていた。ヘイガーは木陰で着替える時、川向こうにいるケルシーを目撃して家族に知らせた。ザカリー家とローリンズ家の会食で、ベンとゼブはカイオワ族を撃退した4年前のことを語り合う。レイチェルはチャーリーに、私の兄に話すのよ」と促した。腰が引けていたチャーリーだが、勇気を振り絞ってベンに「レイチェルに求婚したい」と伝えた。ベンは軽く笑い、「考えておく」と受け流した。
ジョージアが「いつもそうね。キャッシュのことも同じ。私、ずっと結婚を待ってるのよ」と不満を漏らすと、アンディーが冗談めかして「俺に求婚すればいい」と告げた。ジョージアが「私と結婚したい?」と言うと、彼は動揺しながら「したいけど、その前にウィチタへ行ってビール楽しむんだ」と告げた。ジョージアがサーベルの男を見たことを話すと、レイチェルは「あのハンターだわ」と言う。「誰か見たのか」とキュッシュが訊くと、マティルダは「誰も来ないわ」と嘘をついた。しかし「サーベルを下げた変な人よ」とレイチェルが説明すると、彼女は「ああ、あの男ね」と白々しく告げた。
ベンはケルシーが来たと知り、夜中に家を抜け出して始末に向かおうとする。それに気付いたキャッシュは、「汚い仕事だ」と同行を申し出た。2人が牧場の周辺を捜索していると、ケルシーが嵐の中でサーベルを掲げて「天罰が下る。ザカリー家は終わりだ」と勝ち誇ったように叫んだ。キュッシュは馬で移動するケルシーを発見し、ライフルで撃った。銃弾は馬に命中し、ケルシーは逃走した。嵐で視界を遮られたベンとキュッシュは、追跡を断念した。
ある日、大勢の男たちが暴れ馬を手懐けようと挑戦するが、誰も成功できなかった。チャーリーが落馬すると、ジョニーは「しょげるな。誰も乗せない馬だ」と述べた。キュッシュが「お前ならどうだ、白人殿」と挑発すると、ジョニーは見事に暴れ馬を手懐けた。レイチェルが眺めていると、ジョニーが近付いて髪に付いたゴミを取った。ベンは彼を馬から引きずり下ろし、無言のまま殴り付けた。グイパーゴがいなくなり、ベンは「犯人は分かってる」と言う。ゼブはカイオワ族の仕業だと断言し、アンディーも同意した。
牧場にカイオワ族の族長であるロスト・バードと2人の部下が現れ、ベンは威嚇発砲する。しかしバートたちが全く動じなかったので、ベンは外へ出た。するとバードは、「お前の家にカイオワの女がいる。長いナイフを持つ白人の老人から聞いた。その男は、女が俺の妹だと言った。会わせてくれ」と話す。バードは金を払ってでも妹を取り戻す考えを明かすが、ベンは「家にいる女は白人だ。両親はカイオワに殺された」と言い、彼らを追い払った。
ベンが家に戻ってレイチェルたちと話していると、カイオワ族の1人が戻って来て扉に槍を突き刺した。キュッシュはライフルを構えて逃走するカイオワ族に発砲するが、射程外なので当たらなかった。ゼブは息子たちから、「カイオワの大部隊が山を下りて来た」と報告を受けた。しかし嘘だと悟ったゼブは、チャーリーだけを残して「何人だった?」と尋ねる。「せいぜい4人だった」とチャーリーが正直に答えると、ゼブは「狩りの途中だ。もう山に戻っただろう」と述べた。
ケルシーがあちこちを回って「レイチェルはロスト・バードの妹」と話したため、噂は広がっていた。ゼブは牧場主の面々から、「この時期にカイオワの出現は奇妙だ。あの老人の話は嘘だろうが、俺たちは牧場をやっていて家族もいる。彼らが来た理由がレイチェルなら」と不安を吐露される。ゼブは「あの子がカイオワの娘だと?そんなことを言う奴はワシが黙っていない」と一喝し、「この4年、ベンのおかげで安心して暮らせたんだぞ」と説教した。
チャーリーは花を持ってザカリー家を訪問し、レイチェルにプロポーズした。レイチェルは喜び、キスをせがんだ。ベンは結婚の承諾を求められ、「考えておく」と言う。レイチェルが「今すぐに考えて」と告げると、ベンは明確な返答を避けて酒を煽った。チャーリーは家に帰る途中、カイオワ族に襲われて命を落とした。ザカリー家の面々が弔問に訪れると、ヘイガーはレイチェルを睨んで「カイオワの女め。お前が私の息子を殺したんだ」と罵った。
ベンはゼブから「どうしてこうなった?気に染まぬ質問だが、知りたい」と言われ、「あの老人を捕まえ、目の前で嘘を暴いて吊るす」と帰した。彼は捜索隊を率いて、ケルシーの捕縛に向かった。グイパーゴに乗って丘の上から見下ろすケルシーに気付いたベンは、ジョニーを差し向けた。ジョニーはケルシーを捕まえ、捜索隊はローリンズ家の前で集まっている面々の元へ戻った。ケルシーは高笑いを浮かべ、「レイチェルはカイオワの娘だ。父親は知っていた」と断言した。
ケルシーはロープを首に巻き付けられ、ゼブは聖書に手を当てて質問に応じるよう要求した。ケルシーはベンやゼブたちに、過去の出来事を詳しく語った。かつてケルシーはウィリアムや仲間たちと共に、虐殺の復讐としてカイオワのキャンプへ乗り込んだ。大勢のカイオワを殺したケルシーは、赤ん坊を見つけた。彼が殺そうとするとウィリアムが赤ん坊を奪い取り、連れ帰って自分とマティルダの子にした。ケルシーは息子のアーロンがカイオワに誘拐された時、ベンに「赤ん坊を渡してくれ。引き換えに息子を取り戻す」と頼んだ。しかしベンは拒否し、アーロンはカイオワに殺された…。

監督はジョン・ヒューストン、原作はアラン・ルメイ、脚本はベン・マドウ、製作はジェームズ・ヒル、撮影はフランツ・プラナー、美術はスティーヴン・グライムズ、編集はラッセル・ロイド、衣装はドロシー・ジーキンス、音楽はディミトリ・ティオムキン。
出演はバート・ランカスター、オードリー・ヘプバーン、オーディー・マーフィー、ジョン・サクソン、チャールズ・ビックフォード、リリアン・ギッシュ、アルバート・サルミ、ジョセフ・ワイズマン、ジューン・ウォーカー、キップ・ハミルトン、アーノルド・メリット、ダグ・マクルーア、カルロス・リヴァス他。


アラン・ルメイの同名小説を基にした作品。
監督は『白鯨』『自由の大地』のジョン・ヒューストン。
脚本は『コロラド』『アスファルト・ジャングル』のベン・マドウ。
ベンをバート・ランカスター、レイチェルをオードリー・ヘプバーン、キャッシュをオーディー・マーフィー、ジョニーをジョン・サクソン、ゼブをチャールズ・ビックフォード、マティルダをリリアン・ギッシュ、チャーリーをアルバート・サルミ、ケルシーをジョセフ・ワイズマンが演じている。
ちなみに、後にジョン・ヒューストンは自伝の中で、「自分の監督した映画で嫌いなのは『許されざる者』だけ」と本作品を扱き下ろしている。

オードリー・ヘプバーンが出演した唯一の西部劇映画なのだが、そんなことよりも「オードリー・ヘプバーンが先住民役」という事実の方が遥かに大きな意味がある。
まあポンコツとしての意味だけどね。
そりゃあ当時のハリウッドでは、アメリカ人が他の国の人間を演じることは当たり前だった。今みたいにポリコレに厳しい時代じゃなかったから、それが大きな批判を浴びて問題視されることも少なかった。
でも、さすがにオードリーの先住民役は無理があるよなあ。

ケルシーが登場してザカリー家に対して「悪を正して真実を語る」「復讐の神が目を潰すぞ」などと言っている時点では、単なる逆恨みの可能性が高いと感じる。
仮にザカリー家に何かしらの非があるとしても、「のっぴきならない事情があった」「その時点では正しい行動だった」という設定なのだろうと感じる。
何しろ、ビリングトップがバート・ランカスターで次はオードリー・ヘプバーンで、ザカリー家の面々が主役なのだ。
普通に考えれば、そこを悪者にするなんて有り得ない。

ただし、「レイチェルがカイオワの娘でロスト・バードの妹」という情報が出て来ると、それに関しては真実じゃないかと感じられる。
そうなると、「どうやってザカリー家を正義の立場に置くのか」ってのが難しくなる。
シンプルに考えると、ザカリー家はカイオワからレイチェルを連れ去った誘拐犯ってことになるからだ。
その場合、「止むを得ない事情があった」「正しい行動だった」として成立させることは、かなり難しくなってしまう。

それでも、例えば「カイオワの集団が全滅している現場を目撃し、赤ん坊だけが生き残っていたので助けて養女にした」というケースは考えられなくもない。これなら、ザカリー家を擁護することは充分に可能だろう。
しかし、この映画ではカイオワが残忍で冷酷な悪党として描かれており、ザカリー家の面々も問答無用で殺そうとしている。
ザカリー家にとっては憎むべき敵なのに、赤ん坊だけには情けを掛けるってのは、整合性を保つのが難しくなる。
ここで「カイオワへの憎しみとレイチェルの愛のはざまで苦悩する」みたいなドラマでも用意されているならともかく、そんなモノは何も無いし。

しかしケルシーの告白によって、ある意味では諸々の問題が一気に解決されてしまう。
それは決して望ましい解決ではなく、「ザカリー家はシンプルに悪人だった」という決着なのだ。
ウィリアムが赤ん坊を連れ去ったのは、決して可哀想だと感じたからではない。自分と妻には子供がおらず、「子供が欲しい」という願望を満たすために誘拐したのだ。
なので、ただの身勝手な行動なのだ。
おまけに、ケルシーが息子を取り戻すための協力を求めると拒否するんだから、そりゃあ恨みを買っても仕方が無いだろう。

レイチェルを誘拐したのはウィリアムだが、長きに渡って真実を隠していたマティルダも同罪と言っていいだろう。
では真実を知らされた後、ベンが罪悪感を抱いたり葛藤したりするのかと思いきや、これが見事なぐらい何も無い。自分たちに非があるとは、これっぽっちも感じていない。
ケルシーは悪党であり、処刑されるのは当然だと感じている。「真実を話していた相手を嘘つきと決め付け、吊るしてしまった」と後悔することは、全く無いのだ。
そして妹の返還を要求するロスト・バードとカイオワに対しても、憎しみのと敵意は一ミリも揺るがない。
「レイチェルを奪おうとする忌まわしい敵」という信念に基づき、始末するための行動する。

ロスト・バードは最初から乱暴な手段を使い、レイチェルを取り戻そうとするわけではない。最初は粗筋にも書いたように、買い取りという形を取ろうとする。
それを拒否されても、まだ力ずくで奪おうとはしていない。まずは交渉によって承諾してもらうため、使者を差し向けている。
ところがベンは、アンディーに使者の1人を射殺させる。さらに彼は、レイチェルにもカイオワの射殺を命じる。
「同族よ」とレイチェルが難色を示すと、「生まれだけだ。何の縁も無い」と言い放って殺させる。
鬼畜生じゃねえか。

たぶん、「肌の色や人種に左右されない家族の絆」を作品のテーマに据えているんじゃないかと思われる。
ベンとアンディーはレイチェルがカイオワだと知っても、彼女を守るために戦う。一度は離脱したキャッシュも、家族のピンチには戻って来る。
そういう家族のドラマを描こうとしているんだろう。
ただ、レイチェルだけは例外的な扱いにしておいて、それ以外のカイオワは全て悪人ってのは、どういう感覚なのかと。
そうやって作り上げた善悪の図式は、完全に破綻している。

ベンはレイチェルがチャーリーとの結婚を望んだ時に「考えておく」と返答を避け、「今すぐ考えて」と迫られると祝福せずに酒を煽る。ジョニーがレイチェルの頭髪に付いたゴミを取っただけで、激高して殴り掛かる。
それは「妹を守ろうとする兄の過剰な行動」なのかと思いきや、そうではなかった。後半に入り、「実はベンが女としてレイチェルを愛していた」ってことが明らかになるのだ。
つまり、彼がレイチェルのカイオワへの引き渡しを拒否して戦うのは、「家族を守るため」ではなく「惚れた女と離れたくないから」なのだ。
おまけに、終盤に入るとベンとレイチェルは結婚すると言い出す。
なので、ますます「家族の絆」としてのドラマは崩壊してしまうのだ。

(観賞日:2024年6月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会