『見ざる聞かざる目撃者』:1989、アメリカ

耳の不自由なデイヴは道路に突っ立っていたため、車を運転していた人々から早く退けるよう怒鳴られる。彼は右から来ているトラックに気付き、慌てて飛び退いた。デイヴが運転手と罵声を浴びせ合うと、その声を聞いた黒人のウォーリーが「俺のことか」と誤解して怒り出した。彼は盲目で、自分が馬鹿にされたと思い込んだのだ。同行していた妹のアデルが、ウォーリーをなだめて地下鉄構内へ赴いた。地下鉄に乗ったウォーリーが新聞を読んでいるフリを始めたので、アデルは呆れ果てた。「おかしいわよ。白人のフリもするじゃない」と彼女が言うと、ウォーリーは大げさに「俺は白人じゃないのか。なぜ教えてくれなかった?」と騒ぎ立てた。
ウォーリーは所持金を全て競馬に突っ込むが、負けて一文無しになった。盲人扱いされたことに腹を立てたウォーリーは仕事を辞めており、アデルは新しい職を見つけるよう促した。パークサイド・タワーズというビルのロビーで売店を営むデイヴは、耳が不自由という噂がビルで広まっていることを嫌がった。ウォーリーはアデルに車から降ろすよう頼み、「耳は聞こえるから音波探知機があれば大丈夫だ」と杖も使おうとしない。しかし横断歩道を渡ろうとした彼は、間違ってトラックの荷台に乗り込んだ。
デイヴの売店へ赴いたウォーリーは求人広告を見たことを話し、盲目であることを隠して挨拶する。ウォーリーが自分を全く見ないので、デイヴは「なぜこっちを見ない?」と訊く。ウォーリーが盲人であることを明かすと、デイヴは耳が聞こえないことを話した。「情けは受けたくない」とウォーリーが言うと、デイヴは「ひねくれたことばかり言うなら帰ってくれ」と苛立った。ウォーリーは「気に入った。ここで働く」と一方的に決め、「友達を紹介する。一緒に飲もう」と誘った。
デイヴがバーへ行くと、ウォーリーは友人のサリーとレスリーを紹介した。2人は男たちに絡まれ、喧嘩になった。2人は公園で一緒にソフトクリームを食べながら、自身のことを語り合う。ウォーリーは「目が見えなくても今まで通り楽しくやろう」と決めたこと、デイヴは8年前に完全に聴力を失ったことを語る。さらにデイヴは役者だったこと、離婚したタイミングでに聴力を失ったことを話す。「馬鹿にされて生きたくない」というデイヴに、ウォーリーは「そんな悩みは10秒で解決してやる。世間なんか気にするな」と告げた。
ウォーリーが売店で働き始めると、ノミ屋のスコットが訪ねて来た。ウォーリーは配達の品物を取りに外へ出ており、スコットはデイヴに「あいつに貸しがある」と言う。スコットはウォーリーが外にいると聞いて捜しに行こうとするが、イヴという女を見つけると焦った様子でデイヴに「その薬の説明をしてくれ。効能を読んでくれ」と頼んだ。デイヴが背中を向けて薬の説明書きを読んでいる間に、スコットは持っていたコインを売店の小銭入れに混ぜた。
そこへイヴが来て「どこへ行く気?」と凄むと、スコットは慌ててアタッシェケースを差し出す。「空港から直行するんじゃなかったの」と訊かれた彼は、「横取りする気は無かった。危険だと思ったんだ。警察に尾行されたらサザーランド氏に迷惑が掛かるだろ」と釈明する。イヴは拳銃を突き付け、サザーランドの元へ同行するよう要求した。スコットは抵抗したせいで自分の腹に銃弾を浴びてしまい、イヴは拳銃を置いて立ち去った。デイヴとウォーリーは何があったのか全く気付かず、駆け付けた警官2人に容疑者として逮捕された。手錠を掛けられたデイヴは、ウォーリーに小銭を持って来るよう頼んだ。
デイヴとウォーリーは警察署に連行され、ガトリン刑事の事情聴取を受ける。しかしデイヴはイヴの後ろ姿しか見ておらず、ウォーリーは銃声を聞いただけだった。苛立ったブラドック警部が事情聴取を交代するが、有益な情報は得られなかった。弾道検査を担当したカスダ教授は、デイヴたちの犯行意志を証明できるとブラドックに告げた。イヴは相棒のカーゴと共にアタッシェケースを調べるが、目当てのコインが無いので苛立った。
デイヴたちの手に渡ったのではないかと推理したイヴとカーゴは、保釈金を積んで釈放することにした。2人は売店が入っているビルの弁護士を詐称して警察署へ行き、デイヴとウォーリーの釈放を申請した。デイヴは警察署から去るイヴの脚を見て、あの時の女だと気付く。しかしブラドックとガトリンは、彼の証言を完全に無視した。このままだと殺人犯にされてしまうと焦ったデイヴとウォーリーは、逃げ出そうと考えた。
デイヴとウォーリーはブラドックとガトリンに水を浴びせてエレベーターに押し込むと、たまたま警察署に来ていたデモ隊に紛れて脱出した。デイヴは後ろで手錠を掛けられたまま、ウォーリーに手伝ってもらって移動する。しかし2人はイヴとカーゴに見つかり、あっさり捕まる。イヴはウォーリーのズボンのポケットを探り、純金のコインを発見した。彼女は依頼人のサザーランドに電話を掛け、今後の行動について指示を仰いだ。イヴはデイヴとウォーリーの始末をキルゴに頼み、車で去った。
ウォーリーはデイヴの助言でカーゴを殴り倒し、2人は逃亡を図る。彼らはパトカーを盗み、ウォーリーがハンドルを握ってデイヴに指示させる。すぐにイヴが追跡し、キルゴも車を奪って後を追う。途中でデイヴが運転を交代するが、ブラドックとガトリンも追って来て発砲する。デイヴとウォーリーの車は壁を突き破って海にダイブし、ゴミの運搬船に着地した。デイヴはイヴが電話した時の口元を見て、「例の物は明日、渡します。朝、グレース・ジョージの所で連絡を待ちます」と話すのを読み取っていた。
ウォーリーはノコギリでデイヴの手錠を切断し、2人はパトカーを沼に捨てた。ウォーリーはアデルに電話を入れ、金を持ってモーテルに来るよう頼む。ブラドックは警官隊を率いてモーテルへ突入するが、隠れている3人には気付かなかった。デイヴとウォーリーはアデルの運転する車に乗り込み、グレース・ジョージという名前の女を捜そうと考える。それを聞いたアデルは、グレート・ゴージという避暑地の間違いではないかと指摘する。
3人はグレート・ゴージのホテルに行くが、医学会議で満員だった。そこでデイヴとウォーリーは会議に参加する医者を詐称し、スイートルームに宿泊する。翌朝、デイヴたちはイヴとカーゴを張り込みコインの存在を確認した。そこでアデルがカーゴを誘い出し、デイヴが部屋へ侵入した。浴室ではイヴがシャワーを浴びていたが、デイヴは気付かれずにコインの入った鞄を探ろうとする。廊下で待機していたウォーリーはホテルの従業員に見つかり、医学会議に出席する羽目になった。デイヴはコインを見つけるが、イヴが浴室から出て来た。彼は拳銃を隠し持っているように装い、イヴを脅して部屋を立ち去る。しかしイヴとカーゴはアデルが仲間だと気付いて拉致し、デイヴたちにコインとの交換を要求する…。

監督はアーサー・ヒラー、原案はアール・バレット&アルネ・スルタン&マーヴィン・ワース、脚本はアール・バレット&アルネ・スルタン&エリオット・ウォルド&アンドリュー・カーツマン&ジーン・ワイルダー、製作はマーヴィン・ワース、製作総指揮はアール・バレット&アルネ・スルタン&バレット・ハリス、製作協力はエリカ・ヒラー&ジョディー・テイラー・ワース、撮影はヴィクター・J・ケンパー、美術はロバート・ガンロック、編集はロバート・C・ジョーンズ、衣装はルース・モーリー、音楽はスチュワート・コープランド。
出演はジーン・ワイルダー、リチャード・プライアー、ジョーン・セヴェランス、ケヴィン・スペイシー、アラン・ノース、アンソニー・ザーブ、ルイス・ジャンバルヴォ、キルステン・チャイルズ、ハーディー・ロールズ、オードリー・ニーナン、ローレン・トム、ジョン・カポダイス、ジョージ・バーテニエフ、アレクサンドラ・ニール、トーニャ・ピンキンズ、バーニー・マッキナーニー、キース・ランズデイル、ジェイミー・デ・ロイ、メアリー・ケイ・アダムス、アラン・ポッティンジャー、ビル・ルアーズ他。


『大陸横断超特急』『スター・クレイジー』のジーン・ワイルダー&リチャード・プライアーが3度目のコンビを組んだ作品。
監督は『ある愛の詩』『りんご白書』のアーサー・ヒラー。
デイヴをジーン・ワイルダー、ウォーリーをリチャード・プライアー、イヴをジョーン・セヴェランス、カーゴをケヴィン・スペイシー、ブラドックをアラン・ノース、サザーランドをアンソニー・ザーブ、ガトリンをルイス・ジャンバルヴォ、アデルをキルステン・チャイルズが演じている。

まず冒頭シーンの描写で、大いに違和感を抱かざるを得ない。
歩いて来たデイヴは少し道路に出た辺りで立ち止まり、車を運転している人々から「早く退けろ」「通行の妨害になってる」と怒鳴られる。
しかし一旦停止すべき場所からはみ出して道路に出るのは、障害とは何の関係も無い。
「右から来た車に気付いて慌てて退ける」という動きでデイヴの聾唖を表現したいのは分かるが、それは単に「交通ルールを守っていない」というだけなので、紹介の方法として間違っている。
「デイヴが交通ルールなんて無視するような奴」というキャラ設定ならともかく、そうじゃないんだから。

デイヴとウォーリーには共通点があって、それは「障害者扱いされることを極度に嫌がる」ってことだ。
デイヴはビルで耳が不自由という噂が広まっていることを嫌がり、聾者ではないように振る舞う。ウォーリーは目が見えないことを隠して行動し、杖を使うことも避けようとする。
意固地な性格で可愛げは無いが、「障害を認めようとしない」ってのも、やり方次第では笑いのネタに使うことが出来る。
しかし残念ながら、そこが笑いを生み出す動力源としては全く機能していない。

アデルの車を降りたウォーリーは横断歩道を渡ったと思い込み、トラックの荷台に乗り込んでしまう。「ちゃんと渡れただろ」と自慢するウォーリーに、見ていたアデルは「ご立派」と言う。
これは皮肉のはずだが、アデルは兄を助けに行こうとしない。そしてシーンが切り替わると、ウォーリーはデイヴの売店に来ている。
「トラックの荷台に乗りました」ということで、一応はオチが付いていると言えなくもない。ただ、そこから切り替わってウォーリーがデイヴの店を訪れるシーンになると、「ちゃんと繋がっていない」という印象になってしまう。
「どうやってウォーリーが無事に売店まで辿り着いたのか」という過程を省略してしまうやり方を取るのなら、いっそ「トラックが走り出してしまう」ぐらいまで振り切った方がいいんじゃないかね。

デイヴが売店で雇ってもらおうとする時、「350ドルだ。いや、300でいい」と言う。それは希望する週給のことで、それに対してデイヴは苛立った様子で「何のことだ?」と言っている。
ところがデイヴが勝手に働くことを決めてバーに誘うと、デイヴは喜んで赴いている。
何故そうなったのか、サッパリ分からない。
売店で会話を交わした時点では、まるで好感を抱いていなかったはず。むしろ不快感を示していたようにしか見えないのに、どういう心境の変化でそうなったのか。

イヴが売店へ来るシーンでは、「耳が聞こえないデイヴは後ろを向いて説明書きを読んでいたため、殺人に気付かなかった」という形で障害が利用される。しかし、それは笑いに結び付く使い方ではない。このシーンに関しては、ウォーリーの盲目も同様だ。
ただし、ここは殺人というサスペンスの展開なので、笑いが絡まないのは別にいい。
でも、イヴが「デイヴとウォーリーに気付かれていないから弁護士に化けて保釈に行く」という手順を入れておいて、警察署に来たらデイヴが簡単に気付いちゃうのは淡白すぎる。ウォーリーもイヴの匂いは感じているのに、犯人であることには気付かないので、それは中途半端に感じるし。
あと、デイヴとウォーリーはイヴが犯人だと気付いて逃げ出すが簡単に捕まってしまうので、そうなると「何のために逃げる手順を入れたのか」と言いたくなるし。

「デイヴたちがイヴの芝居に気付く」という手順がダメなわけじゃなくて、もうちょっと引っ張ってもいいんじゃないかと。
つまり、保釈されるまでは全く気付かず、警察署を出てから「ウォーリーがイヴの匂いを嗅いで、あの時と同じだとデイヴに伝える。
デイヴがイヴの脚を見て、あの時の女だと気付く」という展開にするような形でもいいんじゃないんかと。
すぐに気付く展開にしたのは、「逃亡したことで警察に追われる」という展開にするためだろう。
「犯人に狙われる手順は使いつつ、警察から犯人として追われる筋書きも残したい」という意図は分かるのだが、その2つの要素を上手く使いこなせていないように感じる。

ウォーリーの障害とデイヴの障害、どちらの方が上手く使っているかというと、それは前者だろう。
例えばバーのシーンでは、ウォーリーは「目が見えないのに元海兵隊員の男に喧嘩を売り、デイヴの助言でパンチを浴びせる」という風に、盲目を喜劇のネタに取り込んでいる。
一方でデイヴの方は、別の男に絡まれるのだが、耳が不自由なことは全くネタとして使われない。
そもそも最初の男と揉めたのもデイヴが上着を踏んでしまったからだが、これも耳が不自由な設定は全く関係ないし。

デイヴがブラドックに事情聴取されるシーンでは、「後ろから質問されるので全く聞こえない」「ブラドックが早口で喋るので口の動きが読み取れない」という形で障害を使っているが、苛立つブラドックの様子を見せられるだけだと笑いの力が弱い。
デモ隊を取材していた女性リポーターに質問されたデイヴが「ホメイニ」と「コメディー」を聞き間違えてコメントするシーンもあるが、やはり力が足りない。
ただし、じゃあ盲目の方は充分に笑えるのかというと、こっちも全く笑えないんだけどね。
全体を通して言えるのは、コメディーとしてヌルすぎるってことだ。

デイヴとウォーリーはスコットがコインを小銭入れに隠したと気付かず、それを持ち歩く。
これは重要な仕掛けのはずだが、イヴが簡単にコインを発見してしまい、「デイヴたちが知らずにコインを持っている」というネタは完全に死ぬ。
その後、パトカーを奪った2人が暴走させるシーンがあるが、これは聾者と盲人のコンビじゃなくても成立する。極端なことを言ってしまえば、健常者コンビであっても「免許が無いから」とか「悪人に追われているから」ってことで焦って車を暴走させる形にすれば、似たような内容になる。
「盲人だから前が見えなくて車を暴走させてしまう」という仕掛けが、笑いに繋がるような演出になっていない。

キルゴの部屋に侵入したデイヴは、シャワーを浴びるイヴに気付かれないよう鞄を移動させて探ろうとする。聾者としての設定は、ここでは全く活用されていない。
ポケットに拳銃を隠し持っているように装って脅すシーンでも、やはり聾者の設定は全くの無関係だ。
そこに限らず、聾者の仕掛けよりも「口八丁で適当に誤魔化す」というキャラの方が活用されている印象を受ける。
それは盲人設定のウォーリーにしても似たようなモノで、そっちの方が使いやすかったんだろう。

ちなみにコインは単に「純金で価値がある」ってことではなくて、サザーランドが「超伝導体で、コインのサイズでも街中の電気が付く」と説明する。
でも、それってどうでもいいことだ。この映画におけるコインってのはマクガフィンなので、終盤に入ってから「実は」と明かしても何の意味も無い。
その後、「実はサザーランドも盲目」と判明するが、これも同じぐらい「どうでもいい」という感想しか無い。
ウォーリーとサザーランドの盲目同士の銃撃戦も、何の笑いにも繋がらないし、対決シーンとしての面白味も無いし。

聾者と盲人を使ったコメディーってのは、アイデアとしては興味深いモノがある。
それと同時に、なかなか思い切った企画だと思う。障害をコメディーのネタに使う場合、どうしても差別に繋がる可能性があるので、批判を浴びるリスクが高い。
これが日本だったら、たぶん企画を立てても通らないだろう。だから企画としては挑戦的なのだが、それを使ったネタの部分が甘すぎる。
まるで攻めていないので、「差別が云々」というトコまで至ることも無い。

(観賞日:2019年1月10日)

 

*ポンコツ映画愛護協会