『魔の家』:1932、アメリカ

嵐の夜。フィリップ・ウェヴァートンは車の助手席に妻のマーガレット、後部座席に友人のロジャー・ペンドレルを乗せて、田舎の山道を進んでいた。ぬかるみでタイヤが空回りしたため、フィリップは一時停止した。マーガレットは「早く出して。山中で野宿なんて嫌よ」と文句を言い、夫婦は軽い口論になった。嫌味を飛ばし合う2人は道に迷い、自分たちの居場所が分からなくなっていた。しかしペンドレルは全く慌てず、呑気な態度で歌い始めた。
近くで崖崩れも発生する中、3人は古い屋敷を見つけて車を停めた。ペンドレルたちがドアをノックすると、中からモーガンという不気味な男が姿を現した。ペンドレルが「道に迷ったので一晩泊めてほしい」と頼むと、モーガンは理解不能な言葉を発した。モーガンが手招きするので、3人は屋敷に入った。すると2階から住人のホレス・フェムが現れ、執事のモーガンは口が利けないのだと告げる。ペンドレルが事情を説明していると、ホレスの姉のレベッカがやって来た。
耳の遠いレベッカはホレスから話を聞き、3人を泊めることを嫌がった。フィリップとペンドレルが「雨で山の半分が崩れ、土砂で身動きが取れない」「あのままだと水に沈んでいた」と訴えるとホレスは極度に怯え、「終わりだ。今すぐに家を出ないと」と言う。レベッカは「信仰が無いから死を恐れるんだ」と責めるように告げ、この家は頑丈だから死なないと断言した。ホレスはペンドレルたちに、「責任は持てませんが、泊まるといい。ただしベッドは貸せません」と語った。
マーガレットは「暖炉の近くで眠るわ」と言い、フィリップはモーガンの案内で納屋へ車を入れに行く。ペンドレルは車から鞄を運び出し、ホレスはジンを用意した。ホレスは不安な様子を見せ、ペンドレルに「心配性なのです。野蛮なモーガンが飲んで暴れるかもしれない。酔うと凶暴になるのです」と話す。レベッカはマーガレットから着替えをさせてほしいと頼まれ、面倒そうに2階の部屋へ案内する。部屋に電灯は無く、彼女はロウソクに火を付けた。
レベッカは唐突に、「妹のレイチェルは21歳で死んだ。若い男は彼女の美貌の虜だった。でも落馬して脊椎を痛め、何ヶ月もベッドに寝て苦しそうに叫んでた死を望むから信仰を勧めたが、妹は拒んだ」と語り始める。マーガレットが困惑しながら着替え出すと、レベッカは構わずに「みんな神を信じずに女を崇める。父も兄弟も、女を連れ込んでは私を追い払った。妹はその場に残すのに」と話を続けた。彼女は罪深い父が102歳で存命だと言い、「アンタの若さと美しさは罪深い。考えるのは男を喜ばせることだけだろう?いずれは若さも美貌も腐る」と述べた。
ホレスは夕食を用意し、肉を切ろうとする。レベッカが食前の祈りを忘れたことを咎めると、彼は嫌味を浴びせた。全員で夕食を取っていると、玄関のドアが激しくノックされた。ホレスの命令でモーガンがドアを開けると、ウィリアム・ポーターハウスとグラディスという1組の陽気な男女が駆け込んできた。ポーターハウスは土砂で車が潰れたと説明し、グラディスを友人だと紹介した。2人も食卓に加わり、一緒に夕食を取った。
食事の後、ポーターハウスはペンドレルたちに、「自己紹介を。ここに6人が集まってから2時間になるのに、お互いに何も知らない」と言い出した。グラディスはペンドレルから「僕に何を感じる?」と訊かれ、強欲なポーターハウスと正反対で世間が不似合いだと評した。ペンドレルが「彼は金を稼ぐのに必死のようだが、僕は違う」と言うと、ポーターハウスは腹を立てて金儲けに励む理由を語る。ある時、彼は上司からパーティーに誘われ、妻のルーシーと2人で初めて正装した。しかしルーシーの格好は地味で、周囲から白い目で見られた。昇進の妨げになると感じたルーシーは、心労で死んだ。それ以来、彼は馬鹿にした連中を見返すために必死で稼いだのだ。
ポーターハウスは歌手の卵であるグラディスに、「君だって金持ちの俺が必要なくせに」と告げた。そこへレベッカが現れ、「モーガンが飲んでるよ。渡したのかい?」とホレスに問い掛ける。ホレスは「まさか。止めなければ」と焦り、レベッカはモーガンがキッチンにいることを教えた。ペンドレルはグラディスと2人きりになり、「車にウイスキーがあるから取って来る」と告げる。グラディスは自分も行くと言い、2人は屋敷の外へ出た。
ペンドレルは車へ向かい、グラディスは玄関前で待った。ドアが閉まったのでグラディスは慌ててノックするが、応答は無かった。彼女は車のある納屋へ向かう途中、キッチンで悪酔いしているモーガンを目撃した。グラディスが「ドアが閉まったの。怖かった」と吐露すると、ペンドレルは「風だよ」と言う。「風じゃないわ。気配がした」とグラディスが怖がると、ペンドレルはウイスキーを飲ませた。屋敷の1階では自家発電の電灯が消え、ロウソクの火だけになった。
ポーターハウスが「ランプも無いのか?」と訊くと、ホレスは「無い」と何かに怯えたように答える。レベッカが「ランプが欲しいんだろ。前に使ったのを出せばいい。最上階の踊り場だ。覚えてるだろ」と話しても、彼は何かと理由を付けて行きたがらない。フィリップはホレスに案内してもらい、最上階へ向かおうとする。しかし何者かの声が聞こえると、ホレスは途中で引き返してしまった。フィリップは最上階に着き、ランプを発見した。彼はランプを持って戻ろうとするが、誰かが食事を済ませた形跡を目にして立ち止まった。
レベッカは「窓を開けたね。早くしないと部屋が水浸しだ」と喚き、マーガレットは「私が開けたの」と告げる。ポーターハウスは「俺が行こう」とレベッカに付いて行き、マーガレットは悪酔いしたモーガンに襲われた。駆け付けたフィリップはモーガンと格闘し、ランプを投げ付けて気絶させた。フィリップは「上でドアの奥から子供のような声がした」とマーガレットに教え、一緒に様子を見に行こうと持ち掛けた。ペンドレルはグラディスと会話を交わし、ポーターハウスについて「生活に困らないだけのお金をくれる。それに彼は見返りを求めない。彼は寂しいのよ。私に求めるのも友達の関係だけ」と聞かされる。ペンドレルが「君が恋人だったらと想像した」と口説いて頬にキスをすると、グラディスは「全てを投げ出して貴方と暮らすわ」と告げた。
ペンドレルとグラディスは愛を確かめ合い、納屋を出て屋敷へ戻る。グラディスはポーターハウスに、ペンドレルに恋をしたことを明かす。フィリップとマーガレットが声のした部屋に入ると、衰弱した老人がベッドで横たわっていた。彼はホレスの父のサー・ロデリックで、この家は呪われていると言う。さらに彼は、「長男のサウルが危険だ。悪魔のような子だ。あの子が望むのは破壊し、殺すことだけだ。今は閉じ込めてモーガンが監視している。逃げ出せば家に火を放つ。だが、モーガンが逃がすだろう」と語った。
フィリップとマーガレットが急いで階段を下りると、モーガンは姿を消していた。そこへホレスが現れ、「モーガンはサウルを逃がす気だ。殺さねば」と告げた。フィリップたちはロデリックの部屋に鍵を掛け、1階へ戻った。ホレスはペンドレルたちに、「サウルが逃げた。何とかしないと危険だ、家ごと燃やす気だ」と強張った表情で告げる。階上からモーガンが現れたので、ペンドレルたちはアパレル彼を取り押さえてキッチンへ連行した…。

監督はジェームズ・ホエール、原作はJ・B・プリーストリー、脚本はベン・W・レヴィー、製作はカール・レムリJr.。
出演はボリス・カーロフ、メルヴィン・ダグラス、チャールズ・ロートン、リリアン・ボンド、アーネスト・セジガー、エヴァ・ムーア、レイモンド・マッセイ、グロリア・スチュアート、ジョン・ダッジョン、ブレンバー・ウィルス他。


J・B・プリーストリーの小説『Benighted』を基にした作品。
監督は『暁の総攻撃』『フランケンシュタイン』のジェームズ・ホエール。
脚本は『ウォタルウ橋』『悪魔と深海』のベン・W・レヴィー。
モーガンをボリス・カーロフ、ペンドレルをメルヴィン・ダグラス、ポーターハウスをチャールズ・ロートン、グラディスをリリアン・ボンド、ホレスをアーネスト・セジガー、レベッカをエヴァ・ムーア、フィリップをレイモンド・マッセイ、マーガレットをグロリア・スチュアート、サウルをブレンバー・ウィルスが演じている。
ロデリック役の俳優は「ジョン・ダッジョン」と表記されるが、実際はエルスペス・ダッジョンという女優だ。声が完全に女性だし、なぜ男性役として起用したのかは謎。

冒頭に「PRODUCER'S NOTE」として、「執事を演じたボリス・カーロフは、『フランケンシュタイン』で怪物を演じた役者である」という注意事項が表記される。
そんなことを書くのは、「議論を呼ぶことを懸念して最初に紹介する」ってことらしい。
やや意味が分かりにくい部分もあるかもしれないが、たぶん「今回のボリス・カーロフは『フランケンシュタイン』の怪物とは全く別のキャラだよ」ってことを言いたいんだろうと思われる。

ただ、ビリングトップはボリフ・カーロフなので、彼が重要な役柄なんだろうと観客が考えても、それは仕方がないだろう。っていうか最初に「不気味な執事」として登場するんだし、ここを大きく扱うのは当然の流れと言ってもいいだろう。
だが、すぐにホレスとレベッカが登場し、モーガンよりも不気味な存在感をアピールする。
それでも「屋敷の住人はみんな不気味で恐ろしい連中」ってことなら、それはそれで分かる。しかし残念なことに、その不気味さは表面的なモノに留まっている。
モーガンは、ただ酔っ払うと暴れるだけの男でしかない。ホレスは早い段階で何かに怯える様子を見せ、それに伴って不気味さは消える。レベッカはガミガミと口うるさいが、それによって早々に不気味さは消える。

マーガレットは着替えの最中にレベッカから話を聞かされ、「いずれは若さも美貌も腐る」と体を触られて怖がる。レベッカが部屋を出て行った後、マーガレットが窓を閉めようとすると突風が吹き込む。
鏡を見た彼女はレベッカの幾つかの言葉を思い出し、悲鳴を上げる。彼女はフィリップの名前を呼び、慌てて部屋を飛び出す。
レベッカに触れられて怖がるのは、理屈として分かる。でも、鏡を見てレベッカの言葉を思い出して怖がるのは、どういうことなのかサッパリ分からない。
しかも、レベッカへの恐怖を感じていたはずのマーガレットは、夕食のシーンになると、すっかり忘れたように元気になっている。同じ食卓にレベッカがいるのに、彼女への警戒心を示すようなことも無い。夕食後の会話シーンでも、笑顔で話している。

夕食の後、ペンドレルたちは会話を交わし、ポーターハウスは金儲けに執着する理由を詳しく説明する。粗筋でも書いたように、彼は妻を心労で亡くし、馬鹿にした連中を見返すために金の亡者と化したのだ。
でも、「だから何なのか」と言いたくなる。
ポーターハウスが金にこだわる理由が分かっても、妻の悲しい過去が明らかになっても、それが今回の話に結び付くことなんて全く無いのだ。
ポーターハウスに関しては、極端に言えば「グラディスの愛人の金持ち」ってことさえ分かれば事足りるのだ。そこを掘り下げても、濃密な人間ドラマなど出て来ないのだ。

ポーターハウスが「窓を開けたね。早くしないと部屋が水浸しだ」と怒るレベッカに同行して彼女の部屋へ向かった後、食堂に1人だけ残ったマーガレットは影絵遊びを始める。
あまりにも唐突で違和感たっぷりなのだが、そんなことを始めた理由はすぐに分かった。彼女が影絵で遊んでいると、「そこに何者かの影が近付いて襲い掛かる」という演出があるのだ。
ようするに、これがやりたかっただけなのだ。
でも全く馴染んでおらず不自然だし、その正体がモーガンなのは直後に明かされるので、そういう意味でも演出として完全に外していると言わざるを得ない。

ともかくモーガンは「悪酔いしてマーガレットに襲い掛かる」という行動で恐怖の対象になるが、そこで終了だ。
その後もモーガンは恐怖の対象として動かされるものの、サウルの存在が明かされることもあって、扱いとしては中途半端になっている。
冒頭の注意書きがあったところで、何の免罪符にもならない。
たぶん「The Old Dark House」という原題が示すように、「古い屋敷」そのものを恐怖の場所として描こうとしているんだろう。でも、その目論みは完全に失敗している。

ロデリックはフィリップとマーガレットに、「この家は呪われている。子供2人が20代で急死。そこからは不幸の連続だった。家族は崩壊。私以外はみんな頭が変になった」と話す。
でも、その後に「サウルが危険だ。あの子が望むのは破壊し、殺すことだけだ。逃げ出せば家に火を放つ」と言うんだよね。
そうなると、屋敷で問題なのはサウルだけってことになるでしょ。屋敷そのものが呪われているんじゃなく、「サウルがヤバい奴」ってだけになるでしょ。
家が呪われているのなら、「その家の呪いのせいで住人がヤバくなっている」という状態にしておかなきゃダメでしょうに。

残り10分ぐらいでサウルが初登場し、ペンドレルに「秘密を知ったから監禁された。弟と妹がレイチェルを殺すのを目撃した。モーガンが暴力を振るう」と弱々しい様子で吐露する。
だが、それは彼の芝居で、すぐに狂人としての本性を表す。彼はナイフを手に取り、楽しそうにキヒヒヒと笑う。
頭のイカれたヤバい奴ってことは伝わるが、ラスボスとしての脅威は全く感じない。ペンドレルと揉み合って転落し、あっさりと片付いちゃうしね。
さんざん引っ張っておいて、それに見合うだけの存在感は発揮できずに終わっている。

(観賞日:2021年11月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会