『マジック・クリスチャン』:1969、イギリス

独身で大富豪のガイ・グランド卿は邸宅で起床し、優雅に朝食を取る。公園で野宿していたサングラスの浮浪者は、「芝生で寝るな」と管理人に追い出される。噴水の近くで歯を磨いていた彼は、「王室の水で歯を磨くな」と注意される。ガイが高級車で外出しようとすると、バイオリン弾きの大道芸人が待ち受けていた。無言で金を無心されたガイは、無視して車に乗り込んだ。しかし大道芸人が執拗に演奏を続けたので、彼は金を渡した。
公園に出掛けたガイは、鳥にエサをやっている浮浪者に目を付けた。彼は去ろうとする浮浪者を追って話し掛け、車に乗せた。ガイは書類に署名させ、浮浪者を養子にした。彼は養子に高級スーツを与え、「私の道楽だ。スマートな服装で、観客に金の威力を見せ付ける」と告げる。ガイは養子とヘリコプターで移動し、『ハムレット』が上演されている劇場へ赴いた。彼は客席へ行き、姉のアグネスとエスターに養子を紹介した。ハムレットを演じるローレンス・ハーヴェイは、困惑する観客の前でストリップを始めた。
またヘリコプターに乗ったガイは、養子に「私の仕事のモットーは、信頼できる優秀な社員を雇うことだ」と語る。「パパの仕事って?」と問われた彼は、「一言では説明できない」と答えた。ガイは養子に、「街の至る場所に奇妙な食料品店がある。“新装開店で大特売”の看板が掛かっていて、値段はバカバカしいほど安い。客は使い切れないほどの商品を購入し、すぐに店は空っぽになる。“新しい場所に移転”と看板が出るが、新しい場所は書かれていない」と述べた。
ガイは「新しく買収した会社の重役たちに会わせる」と言い、重役たちの元へ赴いた。彼は朝刊を開き、重役のウインスロップに「この新聞社を買収した時、発行部数は英国一だった。真心のある新聞だった」と語る。それから彼は、現在の新聞でフランス語やポーランド語が使われていることを批判した。ガイは「英国は小型車の国になりつつある。車に合わせて国民まで小型化しては大変だ。だから国家の利益のために立ち上がり、アメリカの大型車にも負けない新車を発表する。だが気品と機能性を無視してはならん」と語り、「ゼウス」と名付けた新車のCMを見せた。彼は重役たちにキャッチフレーズを提案させるが、どれも気に入らなかった。
ガイはグランド家に跡継ぎがいないことを話し、養子を「ヤングマン・ブランド」として紹介した。重役たちがヤングマンを歌で歓迎すると、ガイは「君たちは優秀だが、成績に反映されていない」と全員にクビを通告した。彼は重役たちに、1ヶ月分の給料と次への雇い主への招待状を用意していた。一行は走行中の列車で会議を開いており、重役たちは次の駅で降ろされた。ガイは車両を移動し、待っていたアグネスとエスターの元へ行く。ガイの友人のジンジャー・ホートンが来たので、ヤングマンは挨拶した。
ガイは駅の売り子からホットドッグを買い、5ポンド紙幣を渡した。「お釣りが無い」と売り子は困惑するが、ガイは無視した。列車が出発すると売り子が必死で追って来たので、ガイは豚のお面で威嚇して追い払った。彼はヤングマンに、「教えるだけでは不充分だ。罰が必要なこともある」と言う。客室にいる紳士を見て「あの男は悪どい方法で富を築いた」と述べ。2人で懲らしめて改心させようと持ち掛けた。2人は紳士のいる客室に入り、不気味な体験をさせた。
列車がアウヘンギラン駅に着くと、ガイは迎えに来ていたワインステイン公をヤングマンに紹介した。ガイたちが車で狩りに向かおうとすると、パトカーが来て停止させた。警部はガイに、「明晩はOK。アイクとジョー」と書かれた電報を渡した。ガイは仲間のバリーたちと合流し、狩猟に行く。彼は「犬には頼りたくない」と言い、準備していた戦車に鳥を砲撃させた。鳥が墜落すると、シェフが火炎放射器で調理した。
ガイはヤングマンを連れて実家の豪邸に帰宅し、執事のソウルや婚約者のクレマンス、そして大勢の使用人たちを紹介した。「言葉は人を堕落させる?」とヤングマンに問われたガイは「試してみよう」と言い、アグネスに「オッパイ」と話し掛ける。アグネスが軽く受け流すと、ガイはヤングマンに「肉体的変化は起きない」と話す。ヤングマンが「ポルノ小説を売ろう。エロの部分を白紙にして、読者が刺激的なことを書く」と提案するとガイは興味を示し、「聖書をネタにしよう」と告げた。
テレビのニュース番組では、ドッグ・ショーで起きた事件が報じられた。西アフリカから来たムボンゴという男が猫に似た新種を連れて来たが、他の犬たちに襲い掛かったという事件だ。ムボンゴが連れて来たのは犬でも猫でもなく、明らかに黒豹だった。ガイとヤングマンは寺院を砲撃して破壊するゲームに興じた後、エドワードのレストランへ夕食に出掛けた。美食家として知られるガイはワインでうがいをした後、エプロン代わりに安全ベルトを装着した。彼はキャビアや玉ねぎをグチャグチャにかき混ぜ、手で掬って顔に塗り付けた。アヒル料理が出て来ると、ガイは手で千切って食べた。それから彼は厨房へ行き、シェフと踊った。
世界ヘビー級王者のジョーンズと挑戦者のトンプソンが対戦するボクシングの試合を、ガイは屋敷でヤングマンや姉たちとテレビ観戦した。試合が始まると、ジョーンズとトンプソンは戦わずに接吻した。ケンブリッジ大学の対抗戦を控えたオックスフォード大学ボート部の練習を見学したガイは、コーチに大金を渡した。駐車違反の切符を切られたガイは、駐車監視員に屁理屈で反論した。彼が金を渡して取引を持ち掛けると、監視員は切符を食べて無かったことにした。
新聞を読んでいたヤングマンはガイから「何が出てる?」と問われ、豪華客船のマジック・クリスチャン号が復活祭に処女航海するという記事に触れた。ガイはヤングマンと別れ、クラウス船長に大金を渡した。サザビーズを訪れたガイは、ディレクターのダグデールに「3万ポンドでレンブラントの絵を購入する」と持ち掛けた。ダグデールが承諾すると、彼は絵の一部を切り取って「後は焼いてくれ」と去った。ガイはオークションに参加し、ハーミニカを吹いたり旗を振ったりした。ボート・レースの当日、オックスフォード大学のコーチは選手たちにガイを紹介した。ガイが「面白いレースにしたい」と大金を見せると、選手たちは買収に応じた。選手たちはケンブリッジ大学のボートに激突して沈没させ、レースをメチャクチャにした…。

監督はジョゼフ・マクグラス、原作はテリー・サザーン、追加原案はテリー・サザーン&ジョゼフ・マクグラス&ピーター・セラーズ、脚本はテリー・サザーン&ジョゼフ・マクグラス、製作はデニス・オディール、製作総指揮はヘンリー・T・ワインステイン&アンソニー・B・アンガー、撮影はジェフリー・アンスワース、美術はアシェトン・ゴートン、編集はケヴィン・コナー、衣装はヴァンジー・ハリソン、音楽はケン・ソーン、主題歌作詞作曲はポール・マッカートニー。
出演はピーター・セラーズ、リンゴ・スター、イザベル・ジーンズ、キャロライン・ブラキストン、ウィルフリッド・ハイド・ホワイト、リチャード・アッテンボロー、ローレンス・ハーヴェイ、レナード・フレイ、クリストファー・リー、スパイク・ミリガン、ロマン・ポランスキー、ラクウェル・ウェルチ、トム・ボイル、ヴィクター・マッダーン、テレンス・アレクサンダー、ピーター・ベイリス、ジョーン・ベンハム、パトリック・カーギル、ジョン・クリーズ、クライヴ・ダン、フレッド・エムニー、ケネス・フォーテスキュー、パトリック・ホルト、デヴィッド・ハッチンソン、ハッティー・ジャックス、ジェレミー・ロイド、デヴィッド・ロッジ他。


テリー・サザーンの同名小説を基にした作品。
監督は『おかしな夫婦・大逆転!?』のジョゼフ・マクグラス。
ガイをピーター・セラーズ、ヤングマンをリンゴ・スター、アグネスをイザベル・ジーンズ、エスターをキャロライン・ブラキストン、クラウスをウィルフリッド・ハイド・ホワイト、ボート部のコーチをリチャード・アッテンボロー、ハムレット役者をローレンス・ハーヴェイ、駐車監視員をスパイク・ミリガンが演じている。
他に、船の吸血鬼役でクリストファー・リー、船のキャバレーで飲んでいる男の役でロマン・ポランスキー、女奴隷長役でをラクウェル・ウェルチが出演している。
アンクレジットだが、船の女装歌手役でユル・ブリンナー、乗客のハーバート卿役でローランド・カルヴァーが出演している。

ガイとヤングマンが『ハムレット』を観劇していると、ローレンス・ハーヴェイが音楽に合わせて喋りながら服を脱いでいく。どうやら、ガイが金を渡してローレンス・ハーヴェイにストリップをさせたという設定らしい。
しかし、映画を見ていても全く分からない。何しろ、ただガイがストリップを見物している様子しか描かれていないからね。
それより何より、「何が目的なの?」と言いたくなる。
会場にいた観客は困惑しているが、それが狙いってことなんだろう。でも、「それで?」と言いたくなる。「ブルジョアな人々を困らせたい」ってことが目的だとして、「それによってガイは何が得られるのか?」ってのは全く分からない。
「楽しいから」ってことなのか。そうとでも解釈しないと、他に何も見当たらないからね。

そもそも、なぜガイが浮浪者に目を付けるのか、その理由からして全く分からない。浮浪者を養子にする理由も、これまた良く分からない。
そんな風に説明が足りないままで、どんどん話が進んでいく。
だが、細かいことを気にしていたらキリが無いので、完全に無視して見るべきなんだろう。「そういう映画だから」ってことで、受け入れた方がいいんだろう。
とは言え、じゃあナンセンスな喜劇ってことで割り切れば楽しく観賞できるのかと問われたら、それでも面白いとは思えないってのが困ったトコではあるんだけどね。

原作がテリー・サザーンなので、お金や上流階級に対する風刺とか皮肉とか、そういうことを描こうとしているんだろうとは思う。ただし、そういう意識で観賞しても、腑に落ちない描写も出て来る。
例えば、ガイが重役たちと話す場所が走行中の列車なのは、どういう意味があるのか。もしかすると、急に会議室が揺れて「実は列車の中でした」ってトコでオチを付けているつもりなのか。
でも、意外性はあるけど、唐突なだけで笑いには繋がっていないよね。
さらに謎なのが、ガイがホットドッグを買うシーン。
5ポンド紙幣を渡された売り子が「お釣りが無い」と追い掛けるとガイは「一泡吹かせてやる」と豚のマスクで脅かすのだが、どういうつもりなのか。売り子がそんなに非難されるような行動を取ったようにも思えないぞ。

ガイが客室の紳士を見てヤングマンに「2人で力を合わせて改心させよう」と持ち掛けた後の描写も、ワケが分からない。
紳士の隣に眼鏡の男が座っているのだが、その背後にある板がクルッと回転し、別人と入れ替わる。紳士が気付かない内に、また板が回転して元の男に戻る。
どういうことなのか、何を狙っての描写なのか、全く分からない。
いつの間にか潜水服の男が客室にいて、紳士は席ごと背後に引きずり込まれる。激しく点滅する映像とロックンロールの中で、サイケな光景が繰り広げられる。
ここは文章で上手く説明できないのだが、説明したとしても「ワケが分からない」という感想は変わらないだろう。

で、「どうやってガイはそんなことが出来たのか」ってのは、何も説明されない。魔法でも使わないと、絶対に無理だからね。
この映画は、リアリティー・ラインってモノを完全に無視している。幻想的な光景を「実際に起きたこと」として描いているのに、それを実現できた方法については説明を放棄している。
あと、「それが男を改心させることに繋がるのか」と考えた時、絶対にノーと断言できるでしょ。なので、「それは何のため?」という疑問が残るぞ。
おっと、疑問なんて感じちゃダメだったね。「そういうモノ」として受け入れないとダメだったんだよね。

ドッグ・ショーに黒豹が乱入するのも、ガイの仕業という設定らしい。でも、ここもハムレットの時と同じで、サッパリ分からないのよ。
このシーンは、たぶん「ドッグ・ショーに血統書付きの犬を出すような上流階級の面々を痛い目に遭わせてやろう」ってことなんだろう。
ただ、そもそもドッグ・ショーの描写や説明が薄いから、「高貴な人々の遊び」ってのが充分に伝わって来ない。
それに比べれば、ガイがレストランで夕食を取るシーンは喜劇として分かりやすいっちゃあ分かりやすい。だけど素直に風刺が笑いとして成立しているのって、ここぐらいなんだよね。
しかも、あくまでも「機能している」ってだけで、そんなに面白いわけではないし。

ボクシングの試合のシーンに関しては、「そこじゃないでしょ」と言いたくなる。
ボクシングは「貴族の遊び」なんかじゃなくて、「庶民の娯楽」としての格闘技でしょ。そこに手を出しても、何も風刺なんか生まれないんじゃないかと。
実際、何を風刺する狙いがあったのかサッパリ分からないし。
もしかすると「ボクシングに金を賭ける人々」を揶揄する意図があるのかもしれないけど、そんなの映画を見ていても全く伝わって来ないし。
もちろんテリー・サザーンとしては明確な答えがあるんだろうけど、結果として「完全に外している」ってことは紛れも無い事実だ。

途中までは「1つの出来事を描いたら、そこを片付けてから次へ」という構成になっていた。しかしボクシングのエピソードの後からは、そういう串刺し式の構成が崩れる。
ガイはオックスフォード大学ボート部のコーチに会って大金を渡すが、その結果として何が起きるのかを描くのは、オークションのシーンの後だ。豪華客船に関しても同様で、ガイが誰かに大金を渡す様子は描かれているが、それが何のための行動なのか分かるのは、ボート・レースの後だ。
途中から「結果は別の出来事を描いた後に回す」という構成に変えている理由は、全く分からない。
そして理由がどうあれ、それがプラスに作用していることなど微塵も無い。順番に片付けた方がいい。

結局のところ、金に物を言わせて次々に騒ぎを起こし、悦に入っているガイが、最も愚かしくてカッコ悪い奴に見えちゃうんだよね。でも、それは本来の狙いと違うはずなので、まあ失敗ってことだよね。
あと、「いつになったら浮浪者を養子にした意味が生じるエピソードが描かれるんだろう」と思っていたんだけど、最後まで何も用意されていないんだよね。
劇中で描かれる全ての出来事って、ガイさえいれば事足りるのよ。ヤングマンって「そこに同席している」ってだけで、何の役にも立っていないのよ。
ガイは浮浪者を養子にしたのなら、それを利用して何かを仕掛けなきゃダメでしょうに。

(観賞日:2021年6月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会