『マッド・シティ』:1997、アメリカ

テレビ局の事件記者マックス・ブラケットは、生中継で大物アンカーマンのケヴィン・ホランダに恥をかかせたのが原因で地方局に飛ばされていた。彼はルー局長から、新米記者のローリーを連れて数名の職員が解雇された博物館の取材に向かうよう指示される。
マックスは博物館のバンクス館長にインタビューを行い、ローリーを車に戻らせて自分はトイレに入っていた。そこへ、博物館を解雇されたサム・ベイリーが姿を現した。彼はバンクス館長に隠し持っていたライフルを突き付け、自分の話を聞くよう脅しをかける。
サムは脅しのつもりで銃を発砲するが、それが元同僚の警備員クリフに命中してしまう。サムはそのまま、館長や見学に来ていた子供達を人質にして博物館に立てこもる。マックスはトイレからローリーに連絡し、警察を呼はずに局長に報告し、生中継を始めるよう指示する。
マックスはトイレからテレビの生中継で現場報告を始めるが、サムに見つかってしまう。しかし、この特ダネをネットワークに戻るチャンスと考えるマックスは、サムを上手く言いくるめて独占インタビューを行い、視聴者が彼に同情するように誘導していこうとする。
マックスの狙い通り、世論はサムに同情的な方向に傾いていく。しかし、妻が説得に現れたのを見て興奮したサムは、外に向けて発砲してしまう。サムに対する同情論が消えていく中で、現場に乗り込んだホランダがマックスのインタビューに疑問を呈するリポートを開始する…。

監督はコスタ・ガブラス、原案はトム・マシューズ&エリック・ウィリアムズ、脚本はトム・マシューズ、製作はアーノルド・コペルソン&アン・コペルソン、製作協力はリンダ・ウォーレン、製作総指揮はウォルフガング・グラッツ&スティーヴン・ブラウン&ジョナサン・D・クレイン、撮影はパトリック・ブロシェ、編集はフランソワーズ・ボネ、美術はキャサリン・ハードウィック、衣装はデボラ・ナドゥールマン&デニス・クローネンバーグ、音楽はトーマス・ニューマン。
出演はジョン・トラヴォルタ、ダスティン・ホフマン、ミア・クリシュナー、アラン・アルダ、ロバート・プロスキー、ブライス・ダナー、ウィリアム・アザートン、テッド・レヴィン、タミー・ローレン、ウィリアム・オレーリー、レイモンド・J・バリー、ルシンダ・ジェニー、アコスア・ブシア、エッブ・ロー・スミス、ビングワ、クリス・バーン他。


社会派映画を作り続けるコスタ・ガブラス監督が、テレビ報道の問題を描いた作品。
ジョン・トラヴォルタが銃を持った元職員サムを、ダスティン・ホフマンが事件記者アンジェロを演じている。アンクレジットだが、クリフを演じるのはビル・ナン。

最初の失敗は、ちっともサムがかわいそうに見えてこないことだろう。
彼はそれほど理不尽な形で解雇されたというわけでもないし、銃を持ってくるほどに追い詰められているという印象は受けない。
つまり、社会の犠牲者ではなく、単なる考え無しのマヌケ男にしか見えないのだ。

サムの態度は気になる。
彼は「ただ仕事が欲しいだけだ」と言うのだが、子供達を解放しようとしないのはイカンだろう。その理由が見えてこない。
もし子供達をずっと解放しないのならば、行き掛かり上で仕方なく解放できないような理由を作ってあげるべきではなかっただろうか。

サムが生意気な態度、強気な態度を取るのも気になる。
それが彼の印象を悪くしている。
「こうなったのは自分のせいではない」と言い訳するなど、サムの罪悪感が弱いのも気になる。サムは自分の犯した行為に反省しきりの臆病男というキャラ造形の方が良かったのではないだろうか。

ラストシーンで多くの取材陣に囲まれたマックスが「俺達がサムを殺した」と叫ぶのだが、そこまでの展開と全く合っていない。
マックスが中途半端な偽善者にしか見えないし、そもそもサムの行動に説得力を持たせる展開が用意されていないのだ。

コスタ・ガブラス監督の資質を考えると、シリアス一辺倒の演出が合っているのだろうが、この映画に関しては笑いを盛り込んだ方がいい。
そのせいか、どこまでもシリアスにいくのか、ユーモアを織り混ぜるのか、その辺りの切り口が中途半端になっている感じがある。

“愚かしい笑い”を盛り込むことが出来たら、もっと面白くなっていたかもしれない。
例えば全く無関係の男がサムの友人としてインタビューを受ける場面で、今作品ではサムの家族の苛立ちが描かれる。
そこを「滑稽なことだ」という“笑い”の視点から描いていたら、どうだっただろうか。

マックスがサムに独占インタビューを行った後、「しばらく待つ」という以外に方針が定まっていないのは、ツライところではある。
それによって、完全に中だるみの時間が生まれてしまうのだ。
ここでも「サムが行動を起こすが全て逆効果になってしまう」とか、そういう笑いの演出を盛り込んでいたらどうだっただろうか。

マスコミの醜悪さを、滑稽な笑いに出来れば良かったのかもしれない。
しかし、今作品では醜悪であることが全面に出すぎているためか、エンターテインメントの枠の中で、社会的なメッセージを上手く描き出すことが出来ていない。


第20回スティンカーズ最悪映画賞

ノミネート:【最悪の主演男優】部門[ジョン・トラヴォルタ]

 

*ポンコツ映画愛護協会