『ミラベルと魔法だらけの家』:2021、アメリカ
5歳の誕生日を迎えたミラベル・マドリガルは、魔法のギフトを授かる儀式を行うことになった。祖母のアルマは彼女に蝋燭を見せ、そこには家族の奇跡が詰まっていると告げる。アルマは3人の子供を授かったばかりの頃、夫のペドロと故郷を逃れた。アルマたちは多くの人々と共に、新しい家を探した。しかし危険から逃れ切れず、ペドロは命を失った。すると蝋燭は決して消えない魔法の炎になり、安心できる場所、エンカントを生み出した。
蝋燭の炎はアルマたちが暮らす家、カシータも出現させた。子供たちが大きくなると、奇跡は1人に1つずつ魔法の力を授けた。その子供が大きくなると、またギフトが与えられた。アルマはミラベルに、「家族は魔法の力を合わせ、この家を楽園にした。貴方は今日の儀式で自分だけのギフトを貰い、私たちの家を強くして。家族の誇りになって」と話し掛けた。ミラベルは自分のギフトが何になるのかと期待に胸を膨らませ、儀式の場へ向かった。
マドリガル家のアントニオが5歳を迎え、儀式を行うことになった。15歳になったミラベルは、儀式のための準備に走り回った。カシータに住む子供たちからギフトのことを訊かれたミラベルは、マドリガル家の面々について説明した。アルマの子供たちは、ペパが天気を操る魔法、フリエッタが料理で人を癒やす魔法を授かった。ブルーノは未来が見える魔法を授かり、姿を消した。フリエッタの長女でミラベルの姉のイサベラは花を咲かせる魔法、ルイーサは怪力を授かった。
ペパの娘のドロレスは聴力、息子のカミロは変身の魔法を授かった。フリエッタと結婚したアグスティン、ペパと結婚したフェリックスも、マドリガル家の一員となっている。ミラベルは子供たちから自分のギフトについて問われたのに、それについては一向に答えなかった。彼女は儀式を行った時、何のギフトも授けてもらえなかったのだ。ミラベルは頑張って飾り付けを手伝おうとするが、イサベルから「何もしなければ邪魔にならない」と嫌味を浴びせられた。
それでもミラベルは準備を手伝おうとするが、アルマから他の家族に任せて一歩下がっているよう諭された。ミラベルは不安で隠れていたアントニオを見つけ、優しい言葉で元気付けた。儀式に参加した彼女は、自分がギフトを貰えなかった時のことを思い出した。アントニオは動物と話せる魔法を授かり、人々は祝福のパーティーを開いた。ミラベルは寂しい気持ちになり、パーティーの場を離れた。すると壁がヒビ割れを起こしてカシータが激しく揺れ、蝋燭の炎も消えそうになった。
驚いたミラベルは皆の元へ走り、カシータが壊れそうになっていると知らせる。しかし彼女が戻るとカシータには何の異常も無かったため、誰にも信じてもらえなかった。フリエッタはミラベルに、「ブルーノは家族の中で道を見失った。そうなってほしくない」と語る。夜中に寝付けなかったミラベルは、部屋を抜け出して蝋燭の様子を見に行った。するとアルマがロケットに入れたペドロの写真を眺めながら、「助けて。カシータがヒビ割れてる。奇跡が消え掛けてる。二度と家を失いたくない。答えがここにあるなら、探すのを手伝って」と語り掛けていた。
ミラベルは自分が奇跡を助けようと考えるが、どうすればいいか分からなかった。そこで彼女は、何でも聞こえるドロレスから手掛かりを得ることにした。ミラベルが昨夜の魔法の一件について尋ねると、ドロレスはルイーサの目がピクピクしていたことを教えた。ミラベルは会食の席で、ルイーサに質問しようとする。しかしアルマが「マリアーノがイサベラにプロポーズする」と話している間に、ルイーサは逃げるように去ってしまった。
ミラベルはルイーサを追い掛け、何か心配事があるのではないかと問い掛けた。「何も問題は無い」と気丈に振る舞っていたルイーサだが、「怪力が無ければ自分には価値が無い」とプレッシャーに苦しんでいたことを吐露した。ルイーサは昨夜のヒビ割れと共に、自分の力が弱くなっていることを打ち明けた。彼女はミラベルに「ブルーノが姿を消す前に、恐ろしいビジョンを見たらしい。それは今でも謎」と言い、ブルーノの塔でビジョンを探すよう促した。
ミラベルはブルーノの塔へ行き、長い階段を上った。ロープで崖を渡った彼女は、ブルーノの部屋に辿り着いた。中に入った彼女は、砂に埋もれたビジョンの破片を発見した。それを幾つか組み合わせると、ミラベルの姿が出現した。部屋が崩れ始めたので、ミラベルは全ての破片を集めて塔から逃げ出した。彼女がカシータに戻ると、ルイーサが「力が無くなった」と焦っていた。ミラベルはアルマから、今日はマリアーノと母親のグスマン夫人が来るので騒ぎを起こさないよう釘を刺された。
ミラベルはグスマン夫人を歓迎する準備をしているペパを見つけ、「ブルーノがビジョンで誰かの姿を見たとしたら、どういう意味かな」と問い掛けた。ペパは「やめて。準備をしなくちゃ」と返答を避けるが、フェリックスが「彼が恐ろしい物を見たなら、それが起きる」と告げた。ミラベルは自室に戻り、全ての破片を組み合わせた。するとミラベルの姿だけでなく、ヒビ割れたカシータも浮かび上がった。それをアグスティンに見られたミラベルは慌てて誤魔化そうとするが、無理だと悟って「ブルーノの塔でビジョンを見つけた。家族も家もボロボロになってて、魔法もルイーサの力も消え掛けてた。その理由は私?」と口にした。
アグスティンは破片をバラバラに戻して「黙っていよう」とミラベルに言うが、全てをペパに目撃されていた。マリアーノとグスマン夫人を迎えた会食の場で、ペパは隣に座ったカミロに耳打ちした。そこから伝言ゲームで事実が次々に伝わり、ミラベルは何とか誤魔化そうとする。しかしペパが我慢できずに大声で暴露し、ネズミがビジョンの破片を組み合わせてアルマに見せた。会食は台無しになり、ミラベルはビジョンの破片を持ち去ったネズミを追い掛けてブルーノを発見した。
ブルーノは食堂の裏にある部屋に隠れ住み、家のヒビ割れを修繕していた。なぜ自分の姿が見えたのかミラベルが尋ねると、ブルーノは「分からない」と答える。そのビジョンを彼が見たのは、ミラベルがギフトを貰えなかった夜だった。アルマが魔法のことを心配し、未来を見るよう頼んだのだ。ブルーノは「ビジョンは不確かだ。未来は変わる。だが家族がどう思うかは分かっていた。だから出て行った」と言い、ミラベルは彼が自分を守ってくれるために姿を消したのだと悟った。
ミラベルは解決の糸口を探すため、さらに未来を見てほしいとブルーノに持ち掛けた。ブルーノが「広い部屋が必要だ」と難色を示すと、ネズミを追い掛けて来たアントニオが自分の部屋を使うよう提案した。ブルーノがビジョンを見ると、ミラベルが誰かとハグをする背後で蝋燭の炎が輝く様子が映し出された。ブルーノは「この人を抱き締めれば蝋燭が輝くんだよ」と興奮するが、その相手の顔が明確になるとイサベルだったのでミラベルは露骨に嫌悪感を示した。
それでもブルーノが「君が奇跡を救うんだ」と言われ、ミラベルは渋々ながらイサベルの部屋へ赴いた。ミラベルは作り笑顔でハグを要求すると、イサベルは「私の人生を台無しにした」と腹を立てて謝罪を要求した。ミラベルが疎ましそうな態度を示すと、イサベルは文句を言う。ミラベルが罵ったので彼女は憤慨し、2人は口論になった。話の勢いで、イサベルはマリアーノとの結婚が本意ではなく家族のために自分を偽っていただけだと漏らした…。監督はジャレッド・ブッシュ&バイロン・ハワード、共同監督はチャリーズ・カストロ・スミス、原案はジャレッド・ブッシュ&バイロン・ハワード&チャリーズ・カストロ・スミス&ジェイソン・ハンド&ナンシー・クルーゼ&リン=マニュエル・ミランダ、脚本はチャリーズ・カストロ・スミス&ジャレッド・ブッシュ、製作はイヴェット・メリノ&クラーク・スペンサー、製作総指揮はジェニファー・リー、製作協力はブラッドフォード・シモンセン、プロダクション・デザイナーはイアン・グッディング、プロダクション・デザイン協力はローレライ・ボーヴェ、編集はジェレミー・ミルトン、視覚効果監修はスコット・カーサヴェージ、ヘッド・オブ・ストーリーはジェイソン・ハンド&ナンシー・クルーゼ、伴奏音楽はジェルメーヌ・フランコオリジナル・ソングはリン=マニュエル・ミランダ、音楽製作総指揮はトム・マクドゥーガル。
声の出演はステファニー・ベアトリス、マリア・セシリア・ボテロ、ジョン・レグイザモ、マウロ・カスティージョ、ジェシカ・ダロウ、アンジー・セペダ、カロリーナ・ガイタン、ダイアン・ゲレロ、ウィルマー・バルデラマ、レンジー・フェリズ、ラヴィ・キャボット=コニャーズ、アダッサ、マルーマ、ローズ・ポーティロ、ノエミ・ジョセフィーナ・フローレス、フアン・カスターノ、サラ=ニコール・ロブレス、エクトル・エリアス、アラン・テュディック、オルガ・メレディス、ホルヘ・E・ルイズ・カノ他。
ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの60作目となる長編映画。
監督は『ズートピア』の共同監督だったジャレッド・ブッシュと『塔の上のラプンツェル』『ズートピア』のバイロン・ハワード。
脚本はNetflix配信ドラマ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』のチャリーズ・カストロ・スミスとジャレッド・ブッシュによる共同。
ミラベルの声をステファニー・ベアトリス、アルマをマリア・セシリア・ボテロ、ブルーノをジョン・レグイザモ、フェリックスをマウロ・カスティージョ、ルイーサをジェシカ・ダロウ、フリエッタをアンジー・セペダ、ペパをカロリーナ・ガイタン、イサベラをダイアン・ゲレロ、アグスティンをウィルマー・バルデラマが担当している。ジョン・ラセターがやらかした問題も影響しているのか、恐らくハリウッドで最もポリティカル・コレクトネスに縛られている映画会社がディズニーだろう。
それを過剰に意識したせいで、逆に変な方向へ傾いているんじゃないかという気がしないでもない。
そんなディズニーの長編アニメ映画は、ヒロインの設定を白人限定ではなく多国籍に設定することも増えた。
『モアナと伝説の海』はポリネシア、『ラーヤと龍の王国』は東南アジア、そして今回はコロンビアだ。自分で書いておいてアレだけど、しっくり来ていない文言がある。それは「奇跡を救う」という表現。
そんな風に劇中でも日本語訳されているから粗筋でも「奇跡を救う」と書いたけど、これって表現としては変でしょ。
何かが救われる現象自体が「奇跡」と呼ばれるわけで、その奇跡を「救う」ってのは、どういう意味なのか。
救わなきゃいけない時点で、それはまだ「奇跡」じゃないし。それを置いておくとして、その奇跡を救ったとしたら、それは紛れも無く「奇跡」のはずだし。
もうワケが分からんよ。アルマが「危険から逃れ切れず、ペドロは命を失った」と語る時、画面には馬に乗った追手に両手を挙げて降伏するペドロの姿が写る。
明確に説明されるわけではないが、アルマたちが政治的な迫害を受けて逃亡したこと、ペドロは捕まって殺害されたことが示唆されている。
つまり冒頭から、かなり政治的な匂いが強くなっているわけだ。
アントニオの儀式の前に流れる歌の中に「愛するコロンビア。その魅力は永遠に続く」という歌詞があるのも、なんか政治的な匂いを感じるし。ミラベルがマドリガル家の面々について子供たちに教えるシーンは、ミュージカルとして描かれている。つまりミラベルは、それを歌って説明する形になっているわけだ。
だけど、4分ぐらいの歌でザッと語られても、誰がどんな魔法を授かったのかを全て把握するのは難しい。
歌を聞いた子供たちが「誰が姉妹で゛誰が従弟か」「人が多すぎる」と言うけど、こっちも同じ気持ちだ。
人物の相関関係だけでなく、各人のギフトについても、全て覚えるのは難しい。「マドリガル家でミラベルだけがギフトを授からなかった」という情報だけが伝われば充分だと、製作サイドは考えたのかもしれない。
確かに表面的なストーリー進行だけを考えれば、それで充分かもしれない。
ただ、「誰がどんなギフトを持っているのか」って、ちゃんとドラマを描こうとしたら、かなり大切な要素なのよ。
「それが家族のために、どのように役立っているのか」ってのをキッチリと描くことで、「ギフトの無いミラベルは自分が無価値、役立たずだと感じる」という部分に繋がるわけで。あと、ミラベルは「ブルーノが未来を見て姿を消した」と明るく歌っているけど、そこを軽く済ませちゃダメでしょ。
ギフトを授かってマドリガル家を支えるべき家族が姿を消すってのは、かなり重大な問題でしょ。
そして、ひょっとすると一族の恥部と言ってもいいかもしれない。
なので、むしろ「ブルーノがギフトのせいで失踪した」という事実は、一族の中では「触れちゃいけない過去」になっている方が良くないか。婿養子に入ったアグスティンとフェリックスは、そもそも儀式を行っていないので、当然のことながらギフトは無い。なので、実はギフトが無いのはミラベルだけじゃないのよね。
もちろん「アルマの血を引いているか否か」という大きな違いはあるんだけど、このまま一族が続いて行けば、おのずと「ギフトの無い家族」は増えて行くことになるわけで。
あと、アグスティンとフェリックスは外から来た人間ではあってもギフトが無いんだけど、それで肩身の狭い思いをしている様子は無いのよね。
あと、彼らは婿養子だけど、アントニオが成長すると嫁を取ることになるわけだが、その女性もギフトが無いわけで、そこで肩身の狭い思いをすることは無いのかね。
なんかさ、そういう余計なことが気になっちゃうんだよね。ルイーサはミラベルから心配事について問われた時、歌で「怪力が無くなったら価値を失うプレッシャーに潰されそう」と表現する。
そうやって「何のギフトも無いミラベルだけでなく、ギフトを貰った人も悩みを抱えている」ってのを描いているわけだ。
だけど、そもそも「ギフトのある人は周囲から評価されて幸せそうで、それに比べてミラベルは」という比較が充分とは言えないんだよね。
「ミラベルだけが恵まれない子供」ってのは重要なはずなのに、そこの比較が弱いのはマズいでしょ。破片のビジョンを見たミラベルの疑問にフェリックスが「彼が恐ろしい物を見たなら、それが起きる」と言うと、ミュージカルシーンに突入する。
ここではラテンの軽快なリズムに合わせて複数のキャラが歌を繋ぎながら、会食の準備をする様子も描かれる。
だけど、そこは「ミラベルが疑問に対する残酷な答えを知る」という大切なシーンのはずなのに、それを「会食の準備」と一緒に処理するのは、ちょっと雑じゃないか。
あと、ラテンの軽快なリズムで歌っちゃうと、深刻な問題であることも薄れちゃうし。っていうか、そもそもミラベルの対応も、もう少し深刻さがあった方が良くないか。
アグスティンに「ブルーノの塔でビジョンを見つけた。家族も家もボロボロになってて、魔法もルイーサの力も消え掛けてた。その理由は私?」と言う時も、なんか愛想笑いで軽いんだよね。
「家をボロボロにして魔法を消すのは自分のせいなのか」と感じたら、もっとズッシリと重く落ち込んでも良さそうなものなのに。
いや、重くなり過ぎてもマズいんだろうけどさ、話の内容と軽さが合っていないんじゃないかと。ブルーノはミラベルに、「ビジョンは不確かだし、未来は変わる」と話す。
その台詞があるまでは、「ブルーノは未来を見る能力がある」ということだったので、それは「ブルーノは未来を予知する」という意味だと思っていた。
なんか急に都合良くルールを変えられた気分になっちゃうわ。
あと、ミラベルだって「ブルーノがビションで見た内容は確定事項」と思っていたはずで、「ビジョンは不確かだし、未来は変わる」と言われたら、もう少し驚きなり困惑なりの反応を示すべきじゃないか。っていうか、そもそもブルーノの「ビジョンは不確かだし、未来は変わる」という発言が、何か根拠があって「真実」として話している内容なのか、それとも希望的観測なのか、それも良く分からないんだよね。
でも、そこは重要なポイントのはずでしょ。
「未来は自分の手で変えられる」という、大切なメッセージに繋がる情報のはずでしょ。
それを考えても、そこがフワッとしているのは、決して望ましいことじゃないはずで。ミラベルがブルーノを見つけて逃げるのを追い掛けるシーンでは、かなり長い距離を走っている。
でもミラベルの家って、そこまでデカい建物だったかな。そこに正確性を要求するのはお門違いなのかもしれないけど、なんか引っ掛かる。
あと、ブルーノが食堂の裏にある部屋に隠れ住んでいるという設定も、なんか引っ掛かるんだよね。そこに来て急に、ミラベルの家の全体像がサッパリ分からなくなるのよ。
そもそも位置関係は曖昧だったけど、そこで一気に混迷のレベルが深まる。ミラベルの依頼で改めてビジョンを見たブルーノは、「ミラベルがイサベルを抱き締めれば蝋燭が輝く」と断言する。
だけど、その前に彼はミラベルとヒビ割れる家のビジョンについて、「ビジョンは不確かだし、未来は変わる」と説明しているんだよね。だとすると、その新たなビジョンでも同じことが言えるはずで。
つまりミラベルがイサベルとハグしたからって、それで奇跡が救われるとは限らないはず。未来が変わる可能性もあるはず。
だから「ミラベルがイサベルを抱き締めれば蝋燭が輝く」とは限らないでしょ。それはともかく、そんな風に言われたミラベルは、イサベルとハグすることを露骨に嫌がる。
だけど彼女は、「私が奇跡を救う」と強い決意を見せていたはずで。それ以前から、「家や家族のために役に立ちたい」という強い思いを抱いていたはず。
それが「仲が悪いから」というだけでイサベルとのハグを嫌がるって、「なんでだよ」と呆れるわ。
些細なことに固執している場合じゃねえだろ。家と家族の重大な危機が迫っているのに、つまらない個人的な感情を優先するなよ。ミラベルはハグを受け入れないイサベルに非難されると「もっと大きな問題があるんだよ」と罵るけど、「お前が言うなよ」とツッコミを入れたくなるわ。
そこに切迫感や深刻さが欠けていることで、そこからイサベルが歌い出すミュージカルシーンに入っても「歌ってる場合じゃねえだろ」と言いたくなるし。
あとさ、その直前までミラベルへの怒りを示していたイサベルが、歌に入ってから唐突に仲良くなってハグまでするのも、「そこはミュージカルじゃなくてドラマパートで描いた方が良かったぞ」と感じるし。アルマは家と家族を守ることに人生を捧げており、子供たちにもギフトで家族を守るよう諭す。だからミラベルも、ギフトの無い自分でも家族の力になれる方法を模索する。
そのように、カシーノに住むマドリガル家の人々は「家族」に縛られて生きている。
ブルーノが見た「家の崩壊」というビジョンは、家族の崩壊を意味する。政治的な匂いが強いと前述したけど、ミラベルの家族も一種の政治の中で成立している。
それは、アルマが家を守るために持ち込んだ「体制」だ。終盤、カシータは崩壊し、自分のせいだと感じたミラベルは罪の意識に苛まれる。そこへアルマが来て、「蝋燭と奇跡を失いたくないから必死になっていた」と自身の言動を謝罪する。ミラベルは「何かが壊れても、みんなで力を合わせれは直せる」と言い、家族で家を建て直す。
表面的にはハッピーエンドだけど、「これでホントにいいのか」と疑問が否めない。
それだとマドリガル家の人々は以前と変わらず、「家」や「家族」に縛られて生きて行くことになるわけで。
必要なのは縛りからの解放であり、ミラベルがギフトを貰えなかったのも、「古い考えを捨てて新たな一歩を歩み出そう」というトコに繋がるべきなんじゃないかと。(観賞日:2024年3月24日)