『燃えよ!ピンポン』:2007、アメリカ
1988年のソウル五輪。アメリカ代表の卓球選手として参加した11歳のランディー・デイトナは、準決勝まで進出した。人気も実力も兼ね備えたランディーは、3歳から海兵隊の軍曹である父のピートに卓球の英才教育を受けて来た。彼はアマチュアで二百勝を積み上げ、五輪に出場していた。準決勝の直前、彼は客席にいる謎の中国人を発見し、父が約束を破って賭けに手を出したと気付いた。父が気になった彼はドイツ代表であるカールとの試合に集中できず、球を追い掛けて転倒した。頭を打って倒れた彼は、棄権と判断されて敗北した。ピートは中国マフィアであるフェンの手下に殺害され、ランディーはアメリカで嘲笑とバッシングの的になった。
19年後、ネバダ州リノ。ランディーはホテルの劇場でピンポン芸人として働いていたが、客には全く受けなかった。彼が1人の男性客に何度もぶつけると、その相手は心筋梗塞で倒れてしまった。劇場支配人のリックからクビを通告されたランディーの元へ、FBI捜査官のロドリゲスがやって来た。彼はランディーに捜査協力を要請し、フェンが何かの密輸を企てていることを告げる。フェンは元中国代表選手の卓球マニアであり、5年に1度の秘密世界大会を主催していた。
大会に出場するのは、フェンの手下が世界中からスカウトした精鋭たちだ。招待されなければ出場できないが、ランディーなら大丈夫だとロドリゲスは考えていた。今回は大会の客として重要な指名手配犯ばかりが招かれており、ロドリゲスは何かあると睨んでいた。彼から潜入捜査を要請されたランディーは、「もう競技は辞めた」と断ったる父の墓参りに赴いた彼は、文字が高くて生没年を省略したことを謝罪した。墓地の所有者が空中権を売却したため、頭上にはウォータースライダーが建造されていた。
ランディーはロドリゲスに電話を掛け、捜査協力を引き受けた。地区予選に参加した彼は、西地区で四連覇しているザ・ハマーと対戦する。余裕の態度で試合に臨んだランディーだが、あっけなく敗北した。彼の腕はブランクのせいで錆び付いていたが、大会までは2週間しか無かった。そこでロドリゲスはランディーを鍛え直してもらうため、中華街で食堂を営む盲目のワン老人を訪ねた。ワンは店の2階で卓球の道場を開き、中国人を教えていた。
ワンは「中国人にしか教えない」と言い、ランディーの特訓を断った。彼はランディーとロドリケズに、フェンが弟子だったこと、犯罪に手を染めたので破門したことを話す。フェンはマフィアの道に足を踏み入れ、組織を抜けようとしたワンの弟は娘を残して殺されていた。ロドリゲスが「ランディーを鍛えればフェンを倒せる」と告げると、ワンは特訓を引き受けた。彼は弟の娘であるマギーを、特訓相手に指名した。道場に来ていたシー=フーが白人を教えることに激昂すると、マギーが叩きのめした。フーはワンに「掟破りだ。ドラゴンが黙っちゃいないぞ」と告げ、その場を後にした。
ワンはランディーにラケットではなく木のスプーンを握らせ、マギーと打ち合うよう命じた。彼はランディーにハエ叩きを持たせ、蜂の群れがいる倉庫に監禁した。特訓が半ばを過ぎるとバックハンドの練習を開始するが、ランディーはマギーの球を全く打ち返せなかった。ロドリゲスはランディーの質問を受け、自分が予備の捜査官だと話した。中華街の長老たちは掟破りに憤慨し、指令を受けたフーがワンの店を荒らした。
ワンはランディーに、長老の前でドラゴンと戦うよう指示した。「大会に招待されるには、何らかの優勝杯を取らないと」とロドリゲスが焦りを示すと、ワンは「優勝杯が全てではない。ドラゴンに勝てばフェンの耳にも届く」と告げた。ランディーはワンと共に、ドラゴンのいる「龍の穴」へ向かった。マギーは父の形見であるラケットを彼に渡し、頬にキスをした。ワンはランディーに、「ドラゴンは中華街で最も恐れられる卓球選手だ」と述べた。
ランディーが龍の穴に入ると、ワンは賭け卓球が行われていることを教えた。ランディーの前に現れたドラゴンは、小さな女の子だった。3点リードで勝利というルールが説明され、ドラゴンは自身に満ち溢れた態度を見せた。ランディーはストレートで勝利し、龍の穴を出た。するとソウルで見たフェンの手下が現れて黄金のラケットを渡し、世界大会に招待した。ランディーはFBIのグースから、追跡装置と発信器を渡した。
ランディーはトレーナーに扮したロドリゲスとワンを伴い、フェンが用意した長距離バスで出発した。中米に到着した一行は、小舟で川を下ってフェンの屋敷へ辿り着いた。フェンはランディーの他に、カナダ杯王者のフレディー・ウィルソンやオーストラリアのウェッジ・マクドナルド、日本のユキト・ナガサキやソウル五輪で優勝したカールたちを招待していた。ワンに気付いたフェンは挑発的な態度を取り、到着が遅れたことを指摘した。彼は侍女のマホガニーに命じ、案内役の側近を吹き矢で始末した。
大会はトーナメント制で、11点先取で勝利となる。ランディーは1回戦でフレディーと対戦し、勝利を収めた。興奮するランディーだが、フレディーが吹き矢で抹殺されるのを見て震えた。デスマッチだと知った彼は、与えられた部屋の窓から脱走を図るが失敗に終わった。フェンはランディーを地下の秘密工場へ連れて行き、銃の密売に手を出していることを教えた。ランディーから情報を聞いたロドリゲスは秘密工場へ忍び込み、銃のケースに発信器を隠した。
大会はランディーとカールが勝ち進み、決勝で対戦することになった。決勝前の休憩に入ると、ランディーはFBIの応援が遅いことに焦りを見せた。ロドリゲスは「B作戦がある」と言い、トイレへ赴いた。ランディーはカールに父を侮辱され、逃げずに戦おうと決めた。しかしランディーの心変わりを知らないロドリゲスは彼をトイレへ誘い、右腕を骨折させた。ランディーの骨折を見たフェンは、棄権を通告する。しかし彼はロドリゲスがFBIだと見抜いており、ランディーに決勝を戦うよう強要した。さらに彼は決勝の対戦相手を変更し、拉致したマギーと戦うようランディーに要求する…。監督はロバート・ベン・ガラント、脚本はトーマス・レノン&ロバート・ベン・ガラント、製作はロジャー・バーンバウム&ゲイリー・バーバー&ジョナサン・グリックマン&トーマス・レノン、製作総指揮はロン・シュミット&デレク・エヴァンス、撮影はトーマス・E・アッカーマン、美術はジェフ・ニップ、編集はジョン・ルフーア、衣装はメアリーアン・ボゼック、音楽はランディー・エデルマン。
出演はダン・フォグラー、クリストファー・ウォーケン、ジョージ・ロペス、マギー・Q、ジェームズ・ホン、ロバート・パトリック、アイシャ・タイラー、トーマス・レノン、ディードリック・ベーダー、ケイリー=ヒロユキ・タガワ、ジェイソン・スコット・リー、テリー・クルーズ、パットン・オズワルト、デヴィッド・ケックナー、デヴィッド・プローヴァル、ブレット・デルブオノ、トビー・ハス、デイヴ・ホームズ、ケリー・ケニー=シルヴァー、フロード・ヴァンバスカーク、ジム・ランプリー、ラ・ナ・シー、マザー・ジッケル、ジム・ラッシュ、フィリップ・デュラン、マシ・オカ他。
『キャプテン・ウルフ』『ナイト ミュージアム』のトーマス・レノン&ロバート・ベン・ガラントが脚本を執筆した作品。
ロバート・ベン・ガラントは同年公開の『Reno 911!: Miami』に続いて、2作目の監督も務めている。
ランディーをダン・フォグラー、フェンをクリストファー・ウォーケン、ロドリゲスをジョージ・ロペス、マギーをマギー・Q、ワンをジェームズ・ホン、ピートをロバート・パトリック、マホガニーをアイシャ・タイラー、カールをトーマス・レノン、フェンの側近ケイリー=ヒロユキ・タガワ、フーをジェイソン・スコット・リー、フレディーをテリー・クルーズ、ハマーをパットン・オズワルトが演じている。冒頭でソウル五輪の様子が描かれ、ランディー少年は大きく弾んだ玉を追い掛けて後ろに下がり、壁にぶつかって転倒してしまう。すると、それまで応援していた実況アナウンサーの声が、「だっせ」と冷たい言葉を吐く。
ランディーは棄権扱いにされるのだが、これが「無様な敗北」として描かれるのは違和感がある。
実際に映像を見ている限り、ちっとも無様な印象が無いからだ。
「フェンの手下と一緒にいる父が気になって集中できない」ってのも、同情を誘う要因になるし。頭を打ったランディーが声を掛けられて「ディズニーランドに行きたい」と漏らすと、アメリカ国民から嘲笑される。
だが、これも「まだ少年なんだし、それで負け犬扱いされてバッシングを浴びるのは変じゃないか」と思ってしまう。
それまで大口を叩いて反感を買っていたとか、そういう設定でもあれば別だけどさ。
そこをコメディーとして描くのであれば、徹底して「マヌケすぎる敗北」という形にしておく必要があるんじゃないか。そういう意識が、中途半端に感じられる。一度はロドリゲスの要請を断ったランディーは電話を掛けて引き受けるのだが、気持ちが変わる動機が薄弱だ。
断った後のランディーは父の墓参りに出掛けているので、そこでの体験が動機になっていることは間違いない。「文字が高くてケチった」とか、「空中権の売却でウォータースライダーが近すぎる」ってことが示されているので、「父の墓を何とかしたい」ということが動機だと思われる。
だけど、ロドリゲスは大金を支払うと約束しているわけでもないし、ちょっと分かりにくい。
また、動機として弱いだけでなく、コメディーのネタとしても弱い。
ベタかもしれないが、「のっぴきならない事情で可及的速やかに金が必要になり、それが手に入るので引き受けることにした」という形にでもしておけば分かりやすかったんじゃないか。そっちの方が、物語を進める力も強くなるだろうし。ランディーとザ・ハマーの試合を丁寧に描かず、スパッと省略してしまうのは一向に構わない。
っていうか当然の処理だと言える。
ただし、ランディーが緩いサーブを打った時点で終了し、カットが切り替わると優勝したハマーが喜んでいる姿が写し出されるという構成だと、ランディーの腕がどれほど錆び付いているのかが全く伝わらない。
そこは例えば「ランディーがハマーのスマッシュに全く反応できない」とか、何か1つぐらい実力の違いを示すシーンが欲しい。ワンはランディーの特訓を中国人じゃないってことで断るが、その直後に頼みを引き受けると決める。彼の考えが変化する経緯には、何の笑いも無い。
簡単に気持ちが変わっているんだし、だったら「すぐに引き受ける」という形でも良くないか。
例えば、「白人だから断るが、高額の報酬をロドリゲスが提示すると即座にOKする」とか、そういうネタでもあれば、「一度は断る」という手順の意味も出てくるだろうけどさ。
「フェンを倒せるから」ってことで引き受けるので、何の笑いも発生しないのよね。ランディーの特訓シーンに多くの時間を費やしていたら後の展開に支障が出るので、短く片付けるのは理解できなくもない。ただ、「特訓も半ばを過ぎた」とワンが口にした時点で、まだ「木のスプーンで打つ」「蜂の部屋に閉じ込められる」という2つしか特訓の内容が描写されていないので、雑に処理しているなあと感じる。
ダイジェスト描写でもいいから、「ランディーが様々な方法で特訓を積む」という様子を見せた方がいいんじゃないかと。
その後にはバックハンドの練習があるが、ランディーは全く打ち返せないまま、ドラゴンと対決する展開に至る。なので、ランディーが特訓によって勘を取り戻すとか、実力が向上するとか、そういう印象が全く無い。特訓で必殺技を会得するとか、そういうのも無い。
バックハンドを練習するシーンは、終盤に入って「フェンは特訓を途中までしか経験していないからバックハンドが苦手」というトコで使っているだけだ。ランディーが龍の穴へ行くとタトゥーだらけで筋肉ムキムキの男がいる。ランディーは彼がドラゴンではないかと思うが、奥の部屋から現れた小学生ぐらいの女の子だと判明する。そういうネタを用意しているにも関わらず、ランディーは本物のドラゴンを見ても緊張を全く崩さない。
そこは「相手が女の子だと知って、余裕で勝てると考えてバカにした態度を取る」というリアクションでも取らせないと、そのネタが死んでしまうでしょ。
ただ、そんな風に思っていたら、ドラゴンはちっとも強くないのよね。「私の必殺サーブは無敵だ」と自信を見せるが、ランディーは簡単に打ち返してポイントを取る。するとドラゴンは「今のは必殺サーブじゃない」と言うが、次のサーブもランディーが簡単に打ち返す。ドラゴンは卑怯な手で奇襲を仕掛けるが、また打ち返されてストレート負けを食らう。
でもさ、「見た目は強そうに見えないけど、いざ試合になるとメチャクチャ強い」というキャラにしておかないと、ドラゴンを女の子にしている意味が無いでしょ。「自信満々で無敵と言ってる奴が弱い」というネタを使うなら、見た目は「いかにも強そう」にしておかないとダメでしょ。ランディーがフェンの屋敷で部屋に案内されると、侍女が来て「セックス奴隷を1人選んで」と促す。そのセックス奴隷が男だと知ったランディーは遠慮しようとするが、侍女が勝手にゲイリーを指名する。
ネタとしては悪くないのだが、今一つ活かし切れていない。
そこに限らず、他のネタにしても同様だ。
見せ方や進め方を間違っていたり、弾ける手前で終わってしまったり、間の取り方が悪かったり、天丼をやるべきなのに無かったりと、そのパターンは色々だ。いざ大会に入ると、ただ普通に試合をするだけ。
実際には有り得ないような軌道で球が飛び交うとか、ケレン味たっぷりに誇張するという趣向も無い。せいぜい、途中でスローモーションが入る程度。
どのキャラクターも、必殺技や選手としての特徴は全く見えない。ほとんど出オチみたいなモンだ。
っていうか、登場シーンのインパクトにしても、それほどではない。カール以外の面々は、トーナメントを成立させるための数合わせみたいな存在に過ぎない。邦題は『燃えよドラゴン』から取っているが、日本の配給会社が内容を無視して勝手に付けたわけではない。そんな『バス男』みたいな愚行ではなく、実際に本作品は『燃えよドラゴン』のパロディーなのだ。
ただし原題の『Balls of Fury』は、『ドラゴン怒りの鉄拳』の英語タイトルである『Fists of Fury』から取っている。
ややこしいのが、アメリカでは『ドラゴン危機一髪』が『Fists of Fury』として公開されているってこと。
まあ、ともかく本作品は『燃えよドラゴン』のパロディーってことだ。
だけどブルース・リー関連のネタが幾つも盛り込まれているわけではないので、そっち方面の期待はしないように。(観賞日:2017年11月1日)