『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』:2022、アメリカ

1994年、ホイットニー・ヒューストンは全米音楽アワード(AMA)のステージに立ち、観客席で母のシシーや夫のボビー・ブラウン、娘のボビー・クリスティーナたちが見ている中でメドレーを披露した。1983年、ニュージャージー州。ホイットニーは教会の聖歌隊に参加し、歌手である母から歌を教わっていた。ロビン・クロフォードという女性と知り合った彼女は、母のバックコーラスで出演しているライブを見に来るよう誘った。ロビンはクラブ「スウィート・ウォーターズ」へ行き、ホイットニーの歌を聴いた。
シシーは夫のジョンが浮気を繰り返していることに腹を立て、2人は自宅で激しい口論になった。ホイットニーは辛くなり、兄のゲイリーとマイケルがいる部屋に駆け込んだ。ロビンと恋仲になった彼女は、家を出て同棲を始めた。アリスタレコードのジェリー・グリフィスはホイットニーの歌と美貌に目を付け、社長のクライヴ・デイヴィスを「スウィート・ウォーターズ」に呼び寄せた。シシーはホイットニーをソロで歌わせ、クライヴは即座に契約することを決めた。
クライヴはホイットニーに、「全てのアルバムの独占犯罪権をアリスタレコードが所有する」という契約書を見せた。ジョンが「会社を出る時は娘を連れて行く」という条件を提示すると、クライヴは承諾した。ホイットニーはマーヴ・グリフィンが司会を務める番組に出演し、歌声を披露した。彼女はクライヴと相談して新曲をレコーディングし、プロの歌手としてデビューした。ホイットニーはロビンの元へ行き、制作助手になってほしいと頼んで快諾してもらった。
ホイットニーはジョンのオフィスを訪れ、ロビンを助手として雇う考えを伝えた。ジョンは2人の関係を見抜いており、「人目に付く」と否定的な見解を示した。彼はロビンを雇う条件として、「若い男とデートしてマスコミに写真を撮らせろ」と要求した。ホイットニーはデュエット相手であるジャーメイン・ジャクソンと性的関係を持ち、それを知ったロビンは激怒した。ホイットニーは「家族が欲しいの」と訴え、ロビンは彼女の「親友になってほしい」という頼みを受け入れた。
ホイットニーはシングルが全米ヒットチャート1位を記録し、アルバムはAMAとグラミー賞を獲得した。ラジオ番組に出演した彼女は、DJから「君の音楽は黒人っぽくないという批判が増えてる。黒人くアーティストの魂を売った」と言われて「歌い方に黒人も白人も無い。私は歌うだけ。音楽には人種も国境も無い」と返した。ロビンとの関係が「同性愛か」とゴシップ記事になり、ホイットニーはジョンに「ロビンを解雇しろ」と命じられる。ホイットニーは「解雇しない」と拒否し、「指示に従え。俺はマネージャーだ」と言う父に「ボスは私よ」と鋭く告げた。
ソウル・トレイン・アワードに出席したホイットニーは、激しいブーイングを浴びた。前の席に座っていた歌手のボビー・ブラウンが「気にするな。奴らはクズだ」と言うと、ホイットニーは名刺に連絡先を書いて渡した。2人は一緒にビルボード音楽祭の会場へ行き、記者の前でキスをしてみせた。ホイットニーはクライヴに新しいソングライターの起用を求め、テーマが愛ではない曲を要望した。彼女はロビンから「ボビーは女好きの浮気症よ」と忠告されるが、「私を理解してくれるし、面白い」と述べた。
ホイットニーはボビーから求婚され、喜んで承諾する。ボビーは「秘密がある。今の内に話しておいた方がいいと思って」と言い、元カノのキムが妊娠したことを打ち明けた。ホイットニーは激怒するが、ボビーが「俺にはお前しかいない。俺たちは同じ境遇で育った。世間と戦おう」と話すと受け入れた。ホイットニーは第25回スーパーボウルで国歌斉唱を任され、観客の喝采を浴びた。映画『ボディーガード』のオファーを受けた彼女は、一度は断るが、相手役であるケヴィン・コスナーの希望だと聞いて快諾した。
映画撮影に入ったホイットニーは体調を崩し、流産してしまった。彼女が病室で「皆の期待に応え続ける自信が無い」と弱音を漏らすと、ボビーは「頑張れ、俺が付いてる」と励ました。ホイットニーはケヴィンが見つけたドリー・パートンの曲を、映画の中でカバーすることにした。1994年に南アフリカでネルソン・マンデラのためのコンサートが開かれた時、その曲を彼女は歌唱した。
映画撮影を終えたホイットニーは結婚式を挙げ、娘のボビー・クリスティーナを産んだ。疲労を覚えた彼女は、煙草を吸い始めた。ボビーの浮気を知ったホイットニーは激怒し、反発する彼と口論になった。会社の帳簿を調べた彼女は、ジョンが金を使い込んでいると知った。非難されたジョンは全く反省の色を見せず、世界ツアーに出るよう促した。彼が「これで大金が入る。契約したら俺がボスだ」と言うと、ホイットニーは「私にボスはいない。父親もいない」と怒りをぶつける。しかし彼女は、世界ツアーに出ることを決めた…。

監督はケイシー・レモンズ、脚本はアンソニー・マクカーテン、製作はクリスティーナ・パパジーカ&マシュー・サロウェイ&マット・ジャクソン&モリー・スミス&サッド・ラッキンビル&トレント・ラッキンビル&ラリー・メステル&クライヴ・デイヴィス&パット・ヒューストン&アンソニー・マクカーテン&ジェフ・カリジェリ&デニス・オサリヴァン、製作総指揮はマリーナ・カピ&エリカ・ハンプソン&ウィリアム・イーロン&ジヨシュ・クルック&ナオミ・アッキー&ケイシー・レモンズ&レイチェル・スミス&セス・スペクター&デニス・カサリ&ジャニス・ビアード&レキシー・ビアード&タナー・ビアード&マシュー・ギャラガー&マッケンジー・オコネル&ステラ・メギー&ジェーン・バージェレ、共同製作はデイシャ・ブロードウェイ&ポール・A・レヴィン&エリック・ファルケンスタイン&ミッチェル・ボーンスタイン&ラムゼス・デル・ヒエロ、製作協力はポリー・ベネット&ジェニファー・ヘファーナン&ナンシー・オブライエン&ジョシュア・クシュナー&ライアン・R・レイテル&スザンヌ・B・グラント&ロス・メナヘム・ケスティン、撮影はバリー・アクロイド、美術はジェラルド・サリヴァン、編集はデイシャ・ブロードウェイ、衣装はチャーリーズ・アントワネット・ジョーンズ、視覚効果監修はポール・ノリス、振付はポリー・ベネット&ジェームズ・アルソップ、音楽はチャンダ・ダンシー、音楽監修はモーリーン・クロウ、音楽製作総指揮はロドニー・ジェンキンズ。
出演はナオミ・アッキー、スタンリー・トゥッチ、アシュトン・サンダース、タマラ・チュニー、ナフェッサ・ウィリアムズ、クラーク・ピータース、ダニエル・ワシントン、バイリー・ロープス、ブリア・ダニエル・シングルトン、ジャクアン・マリク・ジョーンズ、クリス・シドベリー、デイヴ・ヒアード、ケルヴィン・コフィー、ランス・A・ウィリアムズ、ルーク・クローリー、ジェフリー・L・ブラウン、アンドレア・エヴァーズリー、デヴォン・クール、ジェイソン・ハンター、スティーヴン・デマルコ、ポール・ヘルド他。


世界的な人気歌手であるホイットニー・ヒューストンの生涯を描く伝記映画。
監督は『クリスマスの贈り物』『ハリエット』のケイシー・レモンズ。
脚本は『博士と彼女のセオリー』『ボヘミアン・ラプソディ』のアンソニー・マクカーテン。
ホイットニーをナオミ・アッキー、クライヴをスタンリー・トゥッチ、ボビーをアシュトン・サンダース、シシーをタマラ・チュニー、ロビンをナフェッサ・ウィリアムズ、ジョンをクラーク・ピータースが演じている。

伝記映画にありがちな、「あれもこれもと色んなことを盛り込み過ぎて、焦点のボヤけた仕上がりになる」という状態に陥っている。
序盤でホイットニーがロビンと知り合うシーンがあり、すぐにライブに呼んでいる。
その展開を急ぐぐらいだから、2人の関係を軸に据えて話を進めるのかと思いきや、そうではない。両親の不和があり、父による抑圧と支配があり、クライヴとの信頼関係がある。
ホイットニーとロビンの関係描写は、そんなに厚みを持たないままで話が進んでいく。

ホイットニーがロビンを制作助手に指名し、距離的には近い関係になる。
だが、その後も慌ただしいストーリー進行は変わらない。すぐに「ホイットニーがシャーメインと寝たのでロビンが激怒する」という展開がある。
父を納得させたいのなら、デートしてマスコミに写真を撮らせるだけで充分なはずだ。
「なぜ寝たのか」とロビンに詰問されたホイットニーは「家族が欲しい」と言い出すが、そこまでに「家族を持つことへの強い憧れや欲求」は全く匂わせていなかったので、かなり唐突に感じる。

ロビンから「私たち、愛し合ってるよね?」と訊かれたホイットニーは、「レビ記にある。地獄に落ちてもいいの?私は嫌」と返す。
急に聖書を持ち出して、「同性愛は許されない行為だから、ちゃんと男性と付き合って家族を持つべきだ」という考えを語る。
だけど、聖歌隊に入っていたり、カトリック系の学校に通っていたりという設定はあったものの、そんなに「厚い信仰心」を感じさせるような描写は全く無かったでしょ。
それに、今までは普通にロビンと付き合っていたでしょ。

ちなみに、ホイットニーはホビーの影響でドラッグに手を出したわけじゃなく、マイケルの影響だ。
つまりボビーと出会う前から、薬に手を出していたのだ。
また、ホイットニーの死後、「ホイットニーには幼少期にディーディー・ワーウィックから性的虐待を受けていた」「シシーが牧師とダブル不倫関係にあり、ホイットニーは隠れ蓑に利用されていた」ということが明らかになっている。
その辺りは、彼女がロビンに惹かれた理由や家族を欲しがった理由に関係しているんじゃんないかとも思うけど、劇中では全く触れていない。

途中でホイットニーが「黒人らしくない」と批判されたり、授賞式でブーイングを浴びたり、それで悩んだりする様子が描かれる。
だが、それがテーマとして掲げられているわけではない。
そういう要素に触れる一方で、ホイットニーが父に反発して「ボスは私よ」と主張する様子もあったりする。そして唐突に、「映画に出たい」と言い出したりもする。
なぜホイットニーが急に映画出演への意欲を見せるようになるのか、理由はサッパリ分からない。

ホイットニーは出会ってすぐにボビーを気に入り、自分から積極的にアプローチする。次のシーンでは、もうマスコミの前で堂々とキスをするぐらいの関係になっている。 「ただの尻軽かよ」と呆れてしまう。
ここの「出会ってから結婚まで」を描くドラマは、ものすごく雑で拙速だ。
しかもホイットニーは、ボビーが女好きであることも、元カノと関係が切れずに妊娠させたことも分かった上で結婚している。
なので、その後に待っている不幸な結婚生活に関しても「自業自得だろ」と同情心を大きく削がれる。

ホイットニーの伝記映画を作るに当たって、映画『ボディーガード』に出演した出来事に触れるのは当然っちゃあ当然かもしれない。
だが、ケヴィン・コスナー役の俳優が登場するわけでもないし、ケヴィンとホイットニーの関係も全く描かれていない。撮影シーンも無いし、ブレミア上映や映画がヒットしている様子も描かれない。
主題歌『I Will Always Love You』を歌う経緯も、台詞でサラッと触れるだけ。
そんな雑で適当な扱いで済ませるぐらいなら、思い切って丸ごとカットしてもいいぐらいだ。

ホイットニーが結婚して娘が誕生した後、酷く疲れている様子が描かれる。
しかし疲労が蓄積するまでに至る流れは、全く描かれていない。
浮気したボビーと口論するシーンで「さっさと出てって。また警察を呼ぶわよ」と言っているからには、以前にも同じことがあったんだろうけど、そこもカットしている。
「色んな事を盛り込み過ぎ」と前述したが、一方で「ここに触れなくてもいいのか」と言いたくなる要素が色々と排除されているのだ。

世界ツアーに出たホイットニーの元にボビーが来ると、一緒にドラッグを楽しむ様子が描かれる。だが、いつ頃からホイットニーがヤク中になったのかは描かれない。
「ボビーが保釈中に逮捕された」というニュースの音声が入るが、何をやらかしたのかも描かれていない。
そんな風に問題だらけのボビーなのに、ホイットニーが別れずに尽くし続ける理由もサッパリ分からない。
ホイットニーの死までを描くんだから、その辺りは重要なはずでしょうに。おざなりも程があるだろ。

ホイットニーとボビー・クリスティーナの関係は、終盤になってから思い出したように描いている。
だが、もう残り時間も少ない中で、今さら取り戻そうとしても全く足りていない。そこだけに集中するわけにも行かないので、他のことも描いているし。
そんで色々なことに手を出した煽りを最も食らっているのは、たぶんロビンだろう。
ホイットニーとロビンの関係描写は、話が進むにつれて、どんどん脇へと追いやられていく。そして完全に放り出されたままで、映画は終幕を迎えてしまうのだ。

(観賞日:2024年12月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会