『ホリデイ』:2006、アメリカ

クリスマス休暇に入る直前のイギリス。ロンドンの新聞社でコラムを担当しているアイリスは、3年間も同僚のジャスパーを愛し続けていた。それは周囲の仲間たちも知っていることだが、プレイボーイのジャスパーは他の女を作ってアイリスを捨てていた。それでも彼女はジャスパーに未練があり、友達付き合いを続けている。アイリスはジャスパーのために、クリスマス・プレゼントまで用意していた。しかしクリスマス・パーティーの席上で、編集長はジャスパーが販売部のサラと結婚することを発表した。アイリスはショックで泣きそうだったが、必死に堪えた。そして一人ぼっちの自宅に戻り、号泣した。
ロサンゼルス。映画の予告編製作会社を経営するアマンダは、同棲している作曲家のイーサンが浮気したことに激昂した。イーサンは浮気を否定して釈明するが、アマンダは怒りは収まらない。「触れたくないのは分かってるけど、僕らは問題を抱えてる」とイーサンが言うと、彼女は「問題があるのは分かってる。貴方は私を本気で愛してないのよ」と告げて彼を家から追い出した。「彼女と寝たんでしょ」とアマンダが追及すると、イーサンは面倒そうに「寝たよ。これで満足か」と言う。アマンダは彼の顔面を殴り付けた。
町を離れて静かにクリスマスを過ごしたいと考えたアマンダは、ネット検索で休暇用の貸家を紹介するサイトに辿り着いた。彼女が選び出したのは、アイリスのコテージだった。アイリスはアマンダからの連絡を受け、ホーム・エクスチェンジしか受け付けていないことを説明した決められた期間だけ、家も車も全て交換して過ごすという意味だ。相手がロサンゼルス在住だと知ったアイリスは気に入り、条件を了承したアマンダと翌日から家を交換することにした。
アメリカへ向かう飛行機の中で、アイリスはジャスパーから「休暇中の連絡はどうすればいい?」というメールを受け取った。アイリスは必死に気持ちを落ち着かせ、「貴方への愛を断ち切りたいの」というメッセージを彼に送信した。ロサンゼルスに到着した彼女は、走るタクシーから見える景色に興奮した。一方、タクシーの中でアイマスクをして眠っていたアマンダは、運転手に起こされた。コテージまで行くと方向が変えられないということで、アマンダはスーツケースを引きずって雪道を歩くことを余儀なくされた。
アイリスはアマンダの邸宅に到着し、その豪華さに驚愕した。自分の住む田舎の質素なコテージとは大違いで、彼女は庭のプールや大きなベッドにいちいち興奮した。アマンダは車で外出するが、アメリカとは反対側の走行なので不安一杯だった。何とか町に辿り着いた彼女は、酒や食料を買い込んだ。コテージに戻った彼女は、寒いので暖炉に火を入れた。彼女は酒を飲みながら、大音量で音楽を流して熱唱した。ソファーに寝そべって読書を始めたアマンダだが、すぐに退屈してしまった。
アイリスがDVDを見ようとしていると、イーサンの仕事仲間であるマイルズが恋人のマギーと共に訪ねてきた。死ことで必要な物を取りに来た旨をマイルズが告げると、アイリスはアマンダが休暇でイギリスへ行ったことを教えた。マイルズはイーサンのPCが必要なこと、2人とも作曲家であることを説明した。アイリスが「明日、また来てくれる?アマンダのアシスタントに訊いてみる」と言うと、マイルズは了解した。マイルズの車が出て行った直後、アイリスは老人のアーサーが看護婦に付き添われて歩いて行くのを目にした。
アマンダが夜中になっても寝付けずにいると、玄関のドアが激しくノックされた。「僕だ、早く開けて」と言われたアマンダがドアを開けると酔っ払った男が立っており、「アイリスじゃない」と困惑した。彼は家に入れてもらい、「グラハム。アイリスの兄だ」と自己紹介した。アマンダは彼に、アイリスと家を交換して休暇を過ごしていることを説明した。アマンダはグラハムが泊まることを承諾し、質問を受けて自身が男と別れたばかりであることを語る。「良い夢を」とグラハムがキスすると、アマンダは「もう一度して」と求めた。さらに彼女は「二度と会わないと思って興奮したからよ」と言い訳し、セックスを持ち掛けた。
翌朝、グラハムが言葉に迷いながら「僕は」と切り出すと、アマンダは「今回のことは気にしなくていいわ。貴方と会えたのは素晴らしいことだし」と告げる。その時、グラハムの携帯電話が鳴り、アマンダはソフィーという名前を見てしまった。グラハムは「掛け直すよ。もう行かないと」と言い、「僕の生活には色々とあって、君が残るとしても」と説明しようとする。アマンダは「気にしないで。自分で解決できることだし。私たちは互いを良く知らないしね」と平静を装って告げた。
グラハムが「僕は君より裕福だし、君を保障したい」と告げると、アマンダは「いいわ」と断った。グラハムが「そうか、分かった。君が平気なのか確信したいだけだ。僕は女性を傷付ける傾向にあると分かったからね」と語ると、彼女は「貴方には恋しない。約束するわ。自分を知ってるの。絶対に恋はしないって」と言う。グラハムは「何らかの理由で飛行機をキャンセルしたら、僕は友人と待ち合わせでパブにいるから」と述べた。空港へ赴いたアマンダは、グラハムのことを考え続けていた。
朝を迎えたアイリスはベッドで「ありがとう、アマンダ」と呟き、大音量で音楽を掛けて踊った。ジャスパーから電話が掛かって来たので、彼女は動揺した。「僕の本で問題が起きたから手を借りたい。数ページ送ってもいいかい。僕を助けられるのは君だけだ」と言われたアイリスは、「私が必要なら」と承諾した。パブへ赴いたグラハムはアマンダがいないかキョロキョロしながら、友人たちのテーブルに就いた。すると別のテーブルにアマンダがいたので、グラハムは笑顔を向けた。
車で出掛けたアイリスは、昨日の老人が一人でいるのを見掛けた。道に迷っている様子だったので、アイリスは「家まで送りましょうか」と声を掛けた。アイリスが車で家まで送ると、老人のアーサーは饒舌に語った。かつて映画脚本家だったというアーサーに「素敵な出会い、楽しかった」と告げ、アイリスは立ち去ろうとした。しかし散らかっている室内の様子を見た彼女は、一緒にディナーへ出掛けないかと誘った。2人はレストランへ行き、アーサーは若い頃に仕事をしたハリウッドのことを語った。
「なぜ君のような女性がクリスマス休暇に知らない人の家へ行き、土曜の夜にワシのような爺さんと一緒なんだい?」とアーサーに質問されたアイリスは、1人の男から逃げたかったのだと話す。その男が元カレであること、自分に内緒で別の女と婚約したことを喋っていると、アイリスは泣き出してしまった。アーサーが「映画には主演女優がいて、親友役がいる。君は主演女優なんだよ。それなのに、ある理由で親友のように振る舞っている」と語ると、アイリスは「その通りよ。3年間もセラピーに通ったけど、セラピストはそんなこと教えてくれなかった。残酷だけど素晴らしい説明よ。ありがとう」と告げた。
アマンダはコテージでグラハムと過ごし、翌朝を迎えた。しかし飲み過ぎた彼女は、目を覚ましても昨晩のことを全く覚えていなかった。セックスしていないと知って安堵するアマンダに、グラハムは「意識不明の女性とはセックスできない」と笑った。「なぜ居るの?」とアマンダが訊くと、彼は「君が頼んだから」と答えた。その時、グラハムの携帯電話が鳴り、アマンダはオリヴィアという女性の名を見てしまった。グラハムがコテージを出てオリヴィアと話す様子を、アマンダは密かに観察した。
グラハムは「一緒にドライブして、ランチして、互いを知るべきだ」と告げ、アマンダを車に乗せて町へ向かう。2人はレストランで昼食を取り、グラハムは編集者をしていること、両親が出版界の人間であることを話す。アマンダも彼に、自分の仕事や家族のことを語った。彼女は15歳の時に両親が離婚したこと、父が家を出てから「強くならなきゃ」と気付き、それからは泣けなくなったことを話した。食事を終えた後、2人は散歩しながらキスをしたり抱き合ったりした。
グラハムにコテージまで送ってもらったアマンダは、「ここでいいわ。あと9日しか休暇は無いの。複雑な関係になったら、対処できるか分からない」と笑顔で告げる。アマンダは彼にキスし、コテージに入った。一方、マイルズがアイリスを訪ねると、彼女はアーサーや彼の友人であるアーニー&ノーマンとハネカ・パーティーの最中だった。アイリスはマイルズもパーティーに誘い、酒を飲みながら会話に花を咲かせた。
アーサーから恋人について訊かれたマイルズは、「5ヶ月前から美しい女優と付き合っている」と話す。すぐにアイリスはマギーのことを思い出し、「あの人ね」と口にした。「何に出演しているの?」と彼女が尋ねると、マイルズは「まだ出演していないんだ」と答えた。その彼女がどこにいるのか問われた彼は、「ニューメキシコでインディーズ映画のロケだ。10日後には戻って来るよ」と述べた。
アマンダはグラハムの家を訪れ、驚く彼に「貴方のことを考えてた。それで気付いたの。誰も傷付かないし、複雑にもならないってね。だかに家に招待しなかったことを謝りたくて」と語る。奥で物音がしたので、アマンダは「1人じゃないのね」と言う。「そうなんだ。すまない」とグラハムが告げると、彼女は「いいのよ、ただ謝らなきゃって思っただけで」と言い訳じみたことを口にした。すると家の中から、グラハムの幼い娘であるソフィーとオリヴィアが現れた。
ソフィーとオリヴィアは「中に入って」とアマンダを誘い、グラハムも賛同した。戸惑いながらも家に入ったアマンダは、グラハムが2年前からシングル・ファーザーであることを知った。「ホット・チョコレートを飲んで行かないか」と言われたアマンダは、「そうしたいと思っていたところなの」と告げた。グラハムは娘たちの前で、良き父親としての姿を見せた。アマンダが娘たちに誘われてベッドに入ると、隣に寝転んだグラハムは静かに手を繋いだ。
グラハムが娘たちを寝かし付けた後、アマンダは「なぜ言わなかったか分かる気がするわ」と告げる。「でも少し混乱してるの。お互い分かり合うためにランチに誘ったのは貴方だから」と彼女が言うと、グラハムは「言い訳はしない。僕が誰かと知り合うには、独身男の方が簡単だった。僕は父親としての役割が絶えず続くんだ。この前の週末、子供たちは祖父母といて、祖父母が帰ると僕はデートの方法も分からない人間に戻るんだ。そして、怖かったんだ。僕らがどうなるのか」と語った。「私は1週間で帰る人間だし、話す必要は無いと思ったのよね」とアマンダが言うと、彼は「難しいと思ったんだ。二度と会えないかもしれないから」と弁明した。
朝を迎えたアイリスは、元気な様子でアーサーを訪ねた。アーサーの元にはガスと電話の請求書の他に、全米脚本家協会からの手紙が届いていた。アーサーは手紙を読まず、ゴミ箱へ直行させた。アマンダが「読まないの?」と訊くと、彼は「同じ内容だ。賞を贈りたいとか。不愉快だよ」と言う。表彰式に出席することを嫌がるアーサーに、アイリスは「少し運動すれば歩けるようになるわ。それに、私も一緒に行けるし」と話す。「どうすれば歩けるようになる?」とアーサーが質問するので、アイリスは彼をプールで歩かせた…。

脚本&監督はナンシー・マイヤーズ、製作はナンシー・マイヤーズ&ブルース・A・ブロック、製作総指揮はスザンヌ・ファーウェル、製作協力はジェニファー・イーツ、撮影はディーン・カンディー、編集はジョー・ハッシング、美術はジョン・ハットマン、衣装はマーリーン・スチュワート、音楽はハンス・ジマー。
出演はキャメロン・ディアス、ケイト・ウィンスレット、ジュード・ロウ、ジャック・ブラック、イーライ・ウォラック、エドワード・バーンズ、ルーファス・シーウェル、ミフィー・イングルフィールド、エマ・プリチャード、サラ・パリッシュ、シャニン・ソサモン、ビル・メイシー、シェリー・バーマン、キャスリン・ハーン、ジョン・クラシンスキー、ジェイ・シンプソン、ホープ・ライリー、マーセル・ブラウン、マリーナ・モーガン、リンデン・エドワーズ、ブンドル・ウィリアムズ、リディア・ブランコ他。


『ファミリー・ゲーム/双子の天使』『恋愛適齢期』のナンシー・マイヤーズが脚本&監督&製作を務めた作品。
アマンダをキャメロン・ディアス、アイリスをケイト・ウィンスレット、グラハムをジュード・ロウ、マイルズをジャック・ブラック、アーサーをイーライ・ウォラック、イーサンをエドワード・バーンズ、ジャスパーをルーファス・シーウェルが演じている。
アンクレジットだが、ジェームズ・フランコ、ダスティン・ホフマン、リンジー・ローハンが本人役で出演している。ジェームズ・フランコとリンジー・ローハンはアマンダが宣伝を担当する映画の出演者で、ダスティン・ホフマンはDVDショップの客という設定だ。
ちなみに、冒頭でキスするカップルの女性を演じているのはオデット・アナベル。

この映画はリアリティーを追及した恋愛劇ではない。甘ったるいファンタジーであり、虚構だらけの御伽噺だ。
クリスマス映画ということを考えても、御伽噺なのは一向に構わない。むしろ話の内容からすると、御伽噺としての方向性を打ち出すのは正しいと言ってもいい。
ただし御伽噺なら御伽噺で、その世界に観客を引っ張り込んで、映画を見ている内は夢から醒めないようにドップリと浸らせる内容にしておく必要がある。
この映画の抱える問題は、「御伽噺として作っているのがダメ」ってことではなくて、御伽噺としての出来栄えが悪いってことだ。

アイリスは女好きのジャスパーに騙されても未練タラタラで友達付き合いを続け、失恋のショックで泣き続ける。
アマンダは浮気したイーサンを怒鳴って殴り付け、別れても一滴の涙さえ出ない。
そんな風に最初の登場シーンで2人を紹介しているんだけど、実は「対照的な2人」として描かれていることが、今一つ伝わりにくい形になっている。
せっかく対照的なキャラクター造形にしてあるわけだから、その印象付けが弱くなっているのは勿体無い。

もっと勿体無いことがあって、それは「そうやって対照的な性格のキャラにしていることが、物語の中で大きな意味を持っていない」ってことだ。っていうか、もはや何の意味も無いと言ってもいいかもしれない。
と言うのも、序盤にアマンダとアイリスはネットで軽くやり取りするものの、それ以上の交流は無いのだ。
なんせ互いに家を交換するんだから、一緒に過ごす期間は無い。ホーム・エクスチェンジの期間中、頻繁に電話やメールで交流することも無い。
で、そうなると「対照的な2人が交流する中で感化され、考え方や行動が変化する」といったドラマが無いのだ。
だったら、対照的にしている意味なんて無いんじゃないかと思ってしまうのよ。

後から考えると「酔っ払っていたから」ということを言い訳に出来るかもしれないが、ともかくグラハムは初登場の際、プレイボーイ的なキャラに見える。
アマンダに対する態度や言葉は、明らかに彼女を口説き落としに繋っているように見える。
そして実際、「僕がいたら不快?君が起きる前に消えて、二度と姿を見せないと約束する」と言ったり、「ドアをノックしてくれて嬉しかった」と言われて「僕もだよ」と間髪入れずに返してアマンダを見つめたり、「見ず知らずの人とキスするなんて変な気分」という言葉に対して「そう?僕はいつもだけど」と告げたりしている。
完全にナンパな男の言動である。

アマンドとグラハムの恋愛劇に関する最大の失敗は、最初にグラハムをプレイボーイのように描いてしまったことにある。
グラハムが実際にプレイボーイなら、その描写は間違っていないということになる。ただし、アマンダが恋する相手をプレイボーイに設定したら、そのことが間違いってことになる。
で、実際のグラハムはプレイボーイじゃなく、2人の子供を育てるシングル・ファーザーなわけで。
そこは「そんな風には全く見えなかったけど、実は子煩悩のシングル・ファーザー」という見せ方をするために、あえて実際とは異なるイメージを最初に与えようという狙いがあったんだろうってことは分かる。
しかし、それが大きな失敗だった。なぜなら、「出会ったばかりのアマンダを口説いて簡単にセックスするプレイボーイ」と、「子煩悩なシングル・ファーザー」ってのが脳内で上手く合致せず、「上半身と下半身は別人なのか」と言いたくなってしまうからだ。

現実社会に「子煩悩だけど女好きのシングル・ファーザー」が存在しないのかと問われたら、たぶん存在すると思う。
っていうか、確実に存在するはずだ。子煩悩なのと女好きなのは全く別物だし、それは両立できる性格だからだ。
しかし、この映画では、それを「同一人物の性格」として受け入れさせることが出来ていない。そこが大きな問題なのだ。
それに御伽噺としても、その2つの設定を1つの人物に与えることが、望ましいとは思えない。

その問題を回避する方法ってのは簡単で、「出会った直後にグラハムがアマンダにキスしてセックスに及ぶ」という部分をバッサリと排除すればいいのだ。
「アマンダがグラハムに好意を抱いた」というだけで済ませればいい。
たったそれだけで、この問題は解決できるのだ。
逆に「出会った直後に2人がセックスする」という展開を用意したことのメリットが何かあるのかと考えると、何も思い付かないし。

最初はソフィー、次はオリヴィアという女性からの着信があるし、グラハムが「僕の生活には色々とあって」などと話すので、アマンダが彼をプレイボーイだと勘違いする。
そして、「実際はソフィーもオリヴィアも彼の娘で」という真相が明かされるオチへ繋げるわけだ。
で、「アマンダがグラハムをプレイボーイだと誤解する」という展開を作るためには、それだけで充分でしょ。
出会った直後にグラハムがアマンダを口説いてセックスする手順なんて踏まなくても、彼をプレイボーイに偽装することは余裕で出来てるでしょ。

後になってグラハムは、アマンダへの言動に関して「難しいと思ったんだ。二度と会えないかもしれないから」と言い訳している。
だが、だったら彼女を口説いてセックスするのは、単に不誠実な奴ってことになるでしょうに。
そこに限らず、アマンダとグラハムの会話って「小粋なロマンスとしての会話劇」をやろうとしていることが強く感じられるんだけど、ちっともオシャレじゃない。
そこに魅力的なモノが何一つとして感じられない。

アイリスがマイルズと初めて対面するのが、映画開始から約35分後。アマンダがグラハムと初めて会うのは、映画開始から約40分後。
上映時間は138分だから長編映画としては長めに取ってあるが、それにしてもカップルになる2人を会わせるタイミングが遅いと感じる。
っていうか、もう少し早目に会わせておけば、138分も使わずに済んだんじゃないかと。対面シーンまでに充実した内容が描かれているならともかく、そうでもないんだぜ。
「アマンダとアイリスが互いの住居や生活環境に触れる」ってのを見せるシーンって、そんなに多くの時間を割かなくてもいいでしょ。以降の展開に、それほど影響を与えるわけでもないし。

その後の時間配分や構成も上手くない。
空港でアマンダがグラハムのことを考えるシーンの後、朝になって目を覚ましたアイリスが電話でジャスパーと話すシーンに移行する。そこからアイリスのターンに入るのかと思いきや、パブでグラハムがアマンダを見つけるシーンになる。で、それを挟んで、またアイリスのターンに移るのだ。
だったら、ジャスパーと電話で話すシーンは後回しにして、空港でアマンダが悩むシーンから、パブのシーンに移った方がいい。
そうやってアマンダのターンを終わらせてから、アイリスがジャスパーと電話で話すシーンに移り、その次に彼女がアーサーと遭遇するシーンへ移った方が構成としてはスッキリする。

アマンダがグラハムと初めて会った後、そのまま2人のターンが続く。次にアイリスが登場すると、彼女はジャスパーと電話で話している。その次に彼女が登場すると、今度はアーサーとの触れ合いが描かれる。
つまり、アイリスがマイルズと再会するエピソードが、なかなか訪れないのである。
結局、この2人が再会するのは、映画開始から1時間12分ほど経過した頃。もう映画は後半に突入しているのだ。
初対面の時点では、まだ「とりあえず挨拶しました」という程度であり、まるで関係は進展していない。それなのに2度目の対面が後半ってのは、どう考えても計算がおかしいぞ。

映画開始から1時間35分ぐらい経過して、ようやく2人の関係を進展させようとするけど、そりゃ始動が遅すぎるわ。
しかも、その2度目でもマイルズとの関係は全く進展せず、むしろアイリスは「アーサーとの交流によって変化する」という部分が大きな扱いになっている。
いっそのことマイルズなんて登場させず、アーサーとの関係に絞り込んだ方がスッキリするぐらいなのだ。アイリスにとってマイルズってのは、生き方や考え方を変える上で全く影響を及ぼさない人物なのだ。
アイリスにジャスパーへの未練を断ち切らせ、生き方を変えさせるには、アーサーがいれば事足りる。

もちろん「アイリスの新しい恋の相手」としてはアーサーじゃ無理だけど、そもそも「新しい恋の相手」の必要性が薄いのよ。
ぶっちゃけ、アイリスがジャスパーと完全に決別し、映画の最後で「次の恋が始まりそうな予感」として恋人候補をチラッと登場させる程度でも構わないのよ。
ただし、それはあくまでも「アイリスの物語」だけで構成される映画として捉えた場合であって。
アマンダの物語と2つを組み合わせて構成している以上、アイリスの方も恋愛劇を用意した方がバランスがいい。っていうか、そうすべきだ。

ただし、それを言い出しちゃうと、「だったらアイリスとアーサーの絡みを重視するのは間違ってるでしょ」と言いたくなる。
バランスを考えれば、どう考えたってマイルズとの関係を重視すべきでしょ。アイリスとアーサーの関係を重視する状態が最後まで続くわけではなく、途中でマイルズの扱いが大きくなるんだけど、アーサーより後回しってのはダメでしょ。
っていうか、「最初にアイリスとアーサーの関係を描き、次にマイルズとの関係を描き始めるとアーサーはカヤの外」というのは、それはそれでキャラの出し入れがおかしいし。
アイリスが関わる重要人物として2人を登場させるなら、もっとバランス良く両方を扱うべきでしょ。

意図的なのか計算ミスなのかは知らないが、前半はアマンダとグラハムの恋愛劇が重視されている。
アイリスとマイルズの関係は、「ホーム・エクスチェンジを絡めて2つの恋愛劇を描く」という内容にするために後から付け加えたかのように感じられる。
だったら、いっそのことホーム・エクスチェンジの要素をバッサリと削り落とし、割り切ってアマンダとグラハムの恋愛劇に絞り込んでもいいんじゃないかと思ったりもする。
ただし、それだと、ただでさえ新鮮味に欠けている作品が、ますます凡庸になってしまうんだよな。

それと皮肉なことに、充実度が全く足りないアイリスとマイルズの関係の方が、恋愛劇として面白くなりそうな可能性は感じるのよね。
むしろ、こっちだけに絞り込んで、恋愛劇に厚みを持たせた方がいいんじゃないかと思ったりするぐらいだ。
まあケイト・ウィンスレットはともかくとして、ジャック・ブラックの恋愛劇にどれぐらいの訴求力があるのかと考えると、配役を変えるべきだろうとは思うけどね。
配役に関しては、ジャック・ブラックは「4人の中の1人」だからOKなわけで、1組のカップルで男が彼だとキツいでしょ。

(観賞日:2015年6月14日)


第29回スティンカーズ最悪映画賞(2006年)

ノミネート:【最悪のクリスマス映画】部門

 

*ポンコツ映画愛護協会