『パンチドランク・ラブ』:2002、アメリカ
ロサンゼルス北部、サン・フェルナンド・バレー。バリー・イーガンは相棒のランスと共に倉庫街で小さな会社を設立し、トイレの詰まり を取る吸盤棒を企業向けに販売している。出社したバリーはヘルシー・チョイス食品に電話を掛け、マイレージ特典について質問する。 商品10個で500マイル、クーポン券を送れば1OOOマイル付くというのは豪華すぎると疑問を持ったのだ。「御社が赤字になるのでは?」と 担当者に質問したバリーだが、返答は曖昧なものだった。 倉庫の外に出たバリーは、その前を通る道路にやって来た車がハーモニウムを置いて走り去るのを目撃した。しばらくして、1人の女性が 隣の修理工場に車を持って来た。しかし、まだ修理工場は開いていない。バリーはその女性リナ・レナードから、修理工場が開いたら車を 渡してほしいと頼まれた。バリーは承諾し、彼女から車の鍵を預かった。 リナが去った後、バリーはハーモニウムをオフィスに運び込んだ。顧客と話をしている最中、バリーには7人いる姉の内の3名から電話が 掛かってきた。電話の内容は全て同じで、今夜のパーティーに来るようにと念を押すものだった。昼休みには姉の1人エリザベスが訪れ、 パーティーで同僚の女性を紹介すると持ち掛けてきたが、バリーは苦手だからと断った。 夜、バリーはパーティーが開かれた姉スーザンの家へ赴いた。しかし姉たちに幼少時のことでからかわれ、バリーは急に窓ガラスを蹴って 次々に割った。バリーはエリザベスの夫で歯科医のウォルターと2人きりになり、自分の行為を詫びた。そして彼は「最近、急に涙が出て 止まらなくなることがある」と相談し、知り合いの精神科医を紹介して欲しい、姉達には知られたくないと頼んだ。 バリーはスーパーへ出掛け、ヘルシー・チョイス食品の商品を念入りに調べた。その結果、バリーはプリンを買えば得をすると知った。 帰宅したバリーは、テレフォン・セックス・サービスの広告に目を留め、電話を掛けた。バリーは受付の女性に促されるまま、カード番号 や社会保障番号、住所や電話番号など個人情報を全て教えた。折り返し、ジョージアと名乗る女性から電話があった。バリーは彼女と会話 をするが、向こうが艶っぽく誘惑しても彼の反応は今一つだった。 翌朝、ジョージアから再び電話があり、金を貸してほしいと言ってきた。バリーが「持ち合わせが無い」と言うと、個人情報は全て知って いると脅してきた。バリーが出社すると、そこにもジョージアから電話があり、金を出すよう脅してきた。そこへ、エリザベスがリナを 連れてやって来た。エリザベスが紹介したがっていた女性とは、リナのことだったのだ。ジョージアからの電話に動揺し、バリーは応対 することもままならない。しかし、リナの方からディナーに誘われ、バリーは喜んで承諾した。 ジョージアは、ユタ州プロヴォでマットレス店を経むディーン・トランベルの手下だった。ディーンは表向きはマットレス店を営んでいた が、裏ではテレフォン・セックス会社を装って強請り屋をしているのだ。ディーンはチンピラ兄弟を集め、バリーの元へ行くよう指示した。 そんなことは全く知らず、バリーはリナとレストランでディナーを楽しんだ。リナは、エリザベスに見せてもらった家族写真を見てバリー に惹かれ、わざと車を預けにいったことを打ち明けた。 リナは、エリザベスから聞かされたバリーの幼少時の出来事を話した。笑って聞いていたバリーだが、トイレへ赴くと、激しく暴れて施設 を破壊した。何食わぬ顔で席に戻ったバリーだが、店のオーナーに呼び出され、退出を求められた。店を出た後、リナは明日からハワイへ 出張すると告げた。リナをホテルの部屋へ送ったバリーは、彼女に呼び戻される形で熱いキスを交わした。 帰宅しようとしたバリーは、ディーンが送り込んだ4兄弟に襲撃され、キャッシュ・ディスペンサーから引き出した500ドルを渡した。 兄弟の1人に殴られたバリーは、慌てて逃げ出した。翌日、バリーはハワイへ行くと決め、マイレージを獲得するために大量のプリンを 買い込んだ。しかしヘルシー・チョイス社に電話をすると、手続きに2ヶ月が必要だと言われてしまう。当てが外れたバリーだが、 それでも気持ちは変わらず、自腹でハワイへ飛んだ。 バリーはエリザベスに電話を掛け、リナの宿泊するホテルを教えてもらう。リナの元へ赴いたバリーは、一夜を共にした。バリーは テレフォン・セックス・サービスに電話を掛け、500ドルを返却しないと警察に連絡すると告げた。バリーはリナと共にロサンゼルスに 戻り、車で自宅へ向かう。そこへ強請り屋兄弟のトラックが突っ込み、リナが怪我を負った。バリーはバールで男たちを殴り倒し、リナを 病院へ運んだ。怒りに燃えたバリーは、ディーンの店を突き止めて乗り込んだ…。
監督&脚本はポール・トーマス・アンダーソン、製作はポール・トーマス・アンダーソン&ダニエル・ルピ&ジョアン・セラー、製作協力 はダン・コリンズ、撮影はロバート・エルスウィット、編集はレスリー・ジョーンズ、美術はウィリアム・アーノルド、衣装はマーク・ ブリッジス、音楽はジョン・ブライオン。
出演はアダム・サンドラー、エミリー・ワトソン、フィリップ・シーモア・ホフマン、ルイス・ガスマン、メアリー・リン・ライスカブ、 アシュリー・クラーク、デヴィッド・スティーヴンス、ネイサン・スティーヴンス、ジミー・スティーヴンス、マイク・D・ スティーヴンス、ロバート・スミゲル、アンドリュー・ヒッグス、リサ・スペクター、ヘイゼル・マイルークス、ジュリー・ハーメリン、 ニコール・ゲルバード、ミア・ワインバーグ、カレン・ハーメリン、リコ・ブエノ、サルヴァドール・カリエル他。
カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した作品。
バリーをアダム・サンドラー、リナをエミリー・ワトソン、ディーンをフィリップ・シーモア・ホフマン、ランスをルイス・ガスマン、 エリザベスをメアリー・リン・ライスカブ、ジョージアをアシュリー・クラークが演じている。
監督&脚本は『ブギーナイツ』『マグノリア』のポール・トーマス・アンダーソン。映画界で「ポール・何とか・アンダーソン」と言えば、2人の監督が思い浮かぶ。
1人は本作品のポール・トーマス・アンダーソンであり、もう1人は『モータル・コンバット』や『バイオハザード』のポール・W・S・アンダーソンだ。
一般的にはトーマスの方が評価が高く、W・Sの方は「ダメな方の」ポール・アンダーソンと称されることが多い。
ただし、W・Sの方は、ダメはダメなりにB級映画としては一定のクオリティーを毎回必ずクリアしていて、ある意味では安定感がある。
それに対してトーマスの方は、『ブギーナイツ』ではポルノ映画やポルノ俳優に対する愛情を感じさせてくれたものの、『マグノリア』、 そして本作品という流れを見ると、どんどんダメになってきている感じがするぞ。
ヘタをすると、いずれW・Sと評価の上下関係が逆転しちゃうんじゃないかとさえ思ってしまう。
ただしW・Sが「優れた監督」になる可能性はゼロだと思うので、その場合は「ダメな方」と「まだマシな方」という区別になるだろうけど。アダム・サンドラーがコントロールしている自らの主演作においては、たぶん本人としては「愛すべきダメ人間」を演じているつもり だろうが、そうは見えないケースが見受けられた。
例えば『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』は単なる暴力的で短気な男にしか思えなかったし、『ビッグ・ダディ』は鼻持ちならない 身勝手な奴にしか見えなかった。
今回の映画は、明らかにアダム・サンドラーではなくポール・トーマス・アンダーソンの統制下にあったわけで、その辺りは 上手く演出して、主人公を「愛すべきダメ人間」として見せることが出来たはずだ。
ところが、監督は何を血迷ったのか、まるで逆の方向へと導いている。
つまり、バリーの欠点をトゲトゲしく飾り立て、不快で神経を逆撫でするモノにしているのだ。
そこに何のメリットがあるのか、何の効果を狙っているのか、ワシにはサッパリ分からんよ。監督はヒューマン・コメディーに出来る素材、そうすべき素材から小気味良さや軽妙さを削ぎ落とし、閉塞感を注ぎ込んでいる。
喜劇の素材にアダム・サンドラーを起用しながら、喜劇俳優として使おうとしない。
7人の姉に逆らえずに振り回されたり、ビクビクしながら従ったりするなんてコメディーにピッタリなのに、なぜ辛気臭いテイストで 描いてしまうのか。姉に怯える彼の姿を、なぜマジに見せてしまうのか。
そうなると、姉の存在も単に不快で嫌悪感に満ちた傍若無人なものになってしまう。バリーの悩みを、なぜシリアスに描くのかも分からない。
もちろん本人は真剣に悩んでいいが、それを可笑しさのあるモノとして見せるのが監督のセンスでしょ。
バリーの不器用さを、マヌケで笑えるモノじゃなく、不憫で哀れなものとして描くのも、なぜなのかと。
バリーの神経質な性格や突発的な暴力も、笑いに変換していないから、ただ薄気味悪くて近くに寄りたくないモノになってしまう。バリーとリナのカップルは、ちっとも「微笑ましい2人、応援したくなる2人」には見えない。
バリーだけじゃなく、やたら詮索したがり、それを相手が嫌がっていると全く気付かないリナも無神経に見えて好感が持てないし。
というか、そもそもリナって「バリーのどこに、なぜ惚れたのか」も分からないし、中身に人間としての味わいが無い偶像に近いモノと 化している気がするぞ。バリーが姉の詮索好きに苛立っているのに自分はリナのことを詮索したがるというのも、何の笑いにもなっておらず、ただ不快なだけ。 ディーンの手下に襲撃される場面も、何の笑いも無い。
ただ痛々しくて恐ろしいものとして描かれている。
終盤のバリーの反撃も、やはりマジなテイストになっている。マジなだけでなく、反撃の内容もスカッとしないし。どうやらジャンル的にはロマンティック・コメディーになるらしいが、ロマンティックでもなければコメディーでもない。 ただゲンナリしたイヤな気持ちにさせられるだけの映画だ。
内向的で根暗な主人公の物語を、内向的で根暗なタッチで描写してどうすんの。
やたら画面から冷え冷えとした空気が伝わってくるし、アンタはケン・ローチかマイク・リーにでもなりたいのかと。
前述したように、一般的な評価はトーマスが付くポール・アンダーソンの方が評価は高いが、ワシにとっては、ポール・W・S・ アンダーソンの方が、それこそ「愛すべきダメな奴」だよ。
まあダメな奴ではあるんだけど。(観賞日:2007年12月11日)
第25回スティンカーズ最悪映画賞
ノミネート:【最もでしゃばりな音楽】部門