『プレシディオの男たち』:1988、アメリカ

サンフランシスコのプレシディオ陸軍基地で、将校クラブに何者かが侵入し、女性MPのパティ・ジーンが殺された。犯人は基地の外に逃亡し、警官も殺害された。サンフランシスコ市警とプレシディオ基地が、共同で事件を捜査することになった。
ジェイ・オースティン刑事は以前、基地でMPとして働いており、その時の相棒がパティだった。彼はMPの隊長であるアラン・コールドウェル中佐と会う。捜査のためには彼の力が必要だが、オースティンはコールドウェルを快くは思っていなかった。
オースティンはMP時代、パティを侮辱したポール・ローレンス大佐を殴って逮捕した。しかしコールドウェルがすぐにローレンスを釈放し、理由も聞かずオースティンの行動を非難した。オースティンは、その出来事が原因で基地を辞めていたのだ。
コールドウェルの家で彼の娘ドナと出会ったオースティンは、彼女とデートを重ねるようになる。コールドウェルは2人の交際に大反対で、友人のロス・マクルーアに相談したりする。だが、オースティンに惹かれるドナは、父に強く反発する。
オースティンとコールドウェルは、犯人の使用した車の盗難届を出した実業家アーサー・ピールに会いに行く。オースティンはピールの調査を終えてシロだと断定するが、コールドウェルは彼のオフィスにあったコースターに着目していた。
ローレンス大佐の持つトカレフの弾丸が、弾道検査によって事件で使われたものだと判明した。オースティンはローレンスを逮捕しようとするが、逃げられてしまう。追いかけるオースティンだが、ローレンスは車にひかれて死亡してしまった。
捜査は完全に降り出しに戻ってしまった。だが、コールドウェルはコースターを見て、ローレンスとピールの繋がりに気付いていた。さらに彼は、ピールが元CIAだという事実もつかんでいた。オースティンとコールドウェルは、ピールの周辺調査を開始する…

監督&撮影はピーター・ハイアムズ、脚本はラリー・ファーガソン、製作はD・コンスタンティン・コンテ、共同製作はフレッド・カルーソ、製作総指揮はジョナサン・A・ジムバート、編集はジェームス・ミッチェル、美術はアルバート・ブレナー、音楽はブルース・ブロートン。
出演はショーン・コネリー、マーク・ハーモン、メグ・ライアン、ジャック・ウォーデン、マーク・ブラム、マーヴィン・J・マッキンタイヤー、ダナ・グラッドストーン、ジーネット・ゴールドスタイン、ドン・カルファ、ジョン・ディサンティ、ロバート・レッサー、ジェームズ・フックス・レイノルズ、カーティス・W・シムズ、リック・ザムウォルト、ロザリン・マーシャル、ジェシー・ローレンス・ファーガソン他。


カメラマン(写真家じゃないよ)出身のピーター・ハイアムズ監督がメガホンを執った作品。コールドウェルをショーン・コネリー、オースティンをマーク・ハーモン、ドナをメグ・ライアン、マクルーアをジャック・ウォーデン、ピールをマーク・ブラムが演じている。

直情的で単純で考えの足りないオースティンと、思慮深さと落ち着きはあるが頑固なコールドウェル。水と油の関係である2人が次第に打ち解け合っていくという、非常に良くあるパターンの映画だ。飾り付けとなるようなプラスアルファは見当たらない。

ドナがデートの途中で急に猛スピードで車を走らせたり、コールドウェルが酒場で酔っ払いに絡まれてケンカしたり、特に必要と思えない場面がチラホラと出現する。
強引にアクションシーンを挿入しているように思えてしまうが、気のせいだろうか。

途中でオースティン、コールドウェル、ドナの関係が中心となって話が進む。
で、肝心の犯人探しは、一向に進まない。
推理劇の部分は、簡単に流してしまっている。
そこは言葉だけで説明しようとしており、せっかく映像があるのに有効活用していない。

やはりピーター・ハイアムズ監督は、アクション映画が向いているんだろう。
サスペンスとしての深みを持たせることが出来ていない。
まあ、中盤で犯人探しを忘れて、親子&恋人のダラダラした人間ドラマを展開するという、何がメインなんだか良く分からないシナリオにも問題はあると思うが。

終盤になって、ようやくマトモな(強引ではない)アクションシーンが待っている。
しかし派手さには欠けているし、なんだかスケールが小さくてショボクレている。
ハイアムズ、本領を発揮できず。
メインを張るマーク・ハーモンも、今一つパンチ不足なのよね。

ちなみに、コールドウェルが子供達を前にして、戦争で人を殺すことを賞賛するような発言をする場面がある。あれは、アメリカ的にはOKなんだろうか。
しかも、ヴェトナム戦争での殺人だぞ。
映画の出来映えよりも、その部分が最も気になってしまったのだが。

 

*ポンコツ映画愛護協会