『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』:1982、アメリカ
男は真っ暗な部屋でランプに火を付け、煙草を吸い始める。彼は拳銃を手入れして、銃弾を装填する。廊下を掃除していた母親は、ピンクの部屋のドアを激しくノックする。しかし返事が無いので、彼女は鍵を鍵穴に差し込む。扉を強引に開けた大勢の若者が外へ走り出すと、警官隊が制圧する。独裁者のような格好をしたピンクはバルコニーに現れ、集まった人々に熱く訴え掛ける。戦場の兵士たちは、戦闘機の空爆を受けて倒れ込む。
庭で紅茶とクッキーを傍らに置いた母親は、雑誌を読みながら眠り込んでいる。少し離れた場所には、ベビーカーが置いてある。戦場では多くの死傷者が出ており、赤十字の部隊が対応に当たっている。ピンクは邸宅のプールに入り、血まみれの幻覚に落ちる。教会では母親が涙をこぼして祈りを捧げ、幼いピンクが戦闘機のオモチャで遊んでいる。母親は公園にピンクを置いて、買い物に出掛ける。ピンクは公園にいた別の少年の父親に近付くが、迷惑がられて追い払われる。
ピンクは家に戻って亡き父の部屋に入り、折り畳み式ナイフや銃弾を見つける。彼は軍服に身を包み、鏡で自分の姿を眺める。母親が寝ている庭には野良猫が現れ、狙われたハトは空へ飛び立つ。アニメーション映像の中で、ハトは粉々に砕けて血が飛び散る。そこに巨大な黒い鳥が出現し、戦闘機に変身する。地上には不気味な怪物が現れて要塞に変身し、戦闘機部隊が飛び立つ。イギリス国旗は壊れ、血の十字架になる。
学校では授業が始まり、教師たちが一斉に教室へ赴く。1人の教師はピンクがノートに書いていた詩を見つけ、「くだらん」と嘲って叱責する。自宅で食事中に教師は妻から注意され、暴力で制圧する妄想を膨らませる。ピンクは妻と暮らす家でベッドに横たわりながら、少年時代を思い出す。熱を出したピンク少年は医師の診察を受け、不安に見舞われる。彼は夜中に寝室を抜け出し、母のベッドに潜り込んだ。自宅でピアノを弾いていたピンクは、妻が声を掛けても虚ろな目をしていた。
ピンクがアメリカへ行っている間に、妻は他の男を自宅に連れ込んだ。自宅に電話を入れたピンクは、妻の浮気を知った。アニメーションの中で2つの花が争い、1つがもう1つを食らった。勝利した花が巨大な鳥に変身して飛び立つと、高層ビルが次々に出現した。巨大な長い壁が築かれ、地上では争いが起きた。実写の世界では暴動が発生し、若い女たちは自由に遊び回った。ピンクは1人のグルーピーに気付かれ、部屋に招き入れた。グルーピーが話し掛けても、ピンクは何も反応しなかった。
ピンクは急に立ち上がり、激しく暴れ始めた。ピンクは巨大な壁に顔を押し付け、乗り越えようとするが無理だった。洗面所で髭や胸毛を剃ったピンクは、血が出ても気にしなかった。ピンクが荒野で椅子に座ってテレビを見ていると、少年時代に戻った。ピンク少年が地下通路を見つけて中に入ると、大きな無人の病室があった。奥に進むと不気味な男がいたので、ピンク少年は慌てて逃げ出した。外を歩いていたピンク少年は、兵士の死体を発見した。
駅には大勢の人々が集まり、列車で帰還した兵士たちを出迎えた。子供たちの鼓笛隊が行進し、霧の中へと消えていった。ピンクが部屋の椅子で眠り込んでいると、マネージャーやスタッフたちがドアを押し破って突入した。彼らは焦った様子でピンクに駆け寄り、医師は注射を打った。ピンクが意識を取り戻すと、スタッフは着替えさせてショーの準備をさせた。彼らは部屋からピンクを連れ出し、車に乗せて会場へ向かった。独裁者となったピンクは会場に到着し、待ち受けていた聴衆の喝采を浴びた。彼が同性愛者や薬物中毒者を並ばせて殺害すると、聴衆は熱狂した…。監督はアラン・パーカー、脚本はロジャー・ウォーターズ、アニメーション監督はジェラルド・スカーフ、製作はアラン・マーシャル、製作総指揮はスティーブン・オルーク、製作協力はガース・トーマス、撮影はピーター・ビジウ、美術はブライアン・モリス、編集はジェリー・ハンブリング、衣装はペニー・ローズ、映画音楽プロデュースはロジャー・ウォーターズ&デヴィッド・ギルモア&ジェームズ・ガスリー、音楽はロジャー・ウォーターズ。
主演はボブ・ゲルドフ、共演はクリスティン・ハーグリーヴス、ジェームズ・ローレンソン、エリナー・デヴィッド、ケヴィン・マッケオン、ボブ・ホスキンス、デヴィッド・ビンガム、ジェニー・ライト、アレックス・マカヴォイ、エリス・デイル、ジェームズ・ヘーゼルダイン、レイ・モート、マージョリー・メイソン、ロバート・ブリッジス、マイケル・エンサイン、マリー・パサレリ、ウィンストン・ローズ、ジョアンヌ・ウィアレイ、ネル・キャンベル、エマ・ロングフェロー、ローナ・バートン他。
イギリスのプログレッシブ・ロックバンド“ピンク・フロイド”のアルバム『ザ・ウォール』をモチーフにした映画。脚本をメンバーのロジャー・ウォーターズが担当している。
監督は『ミッドナイト・エクスプレス』『フェーム』のアラン・パーカー。
アルバムのアートワークにも携わった風刺漫画家のジェラルド・スカーフが、アニメーション部分の監督を務めている。
ピンク役はロジャー・ウォーターズが演じる案も出たがアラン・パーカーが却下し、パンクバンド「ブームタウン・ラッツ」のボブ・ゲルドフが起用された。
ピンクの母をクリスティン・ハーグリーヴス、父をジェームズ・ローレンソン、妻をエリナー・デヴィッド、マネージャーをボブ・ホスキンス、アメリカ人のグルーピーをジェニー・ライトが演じている。オープニングで流れて来るのは『ザ・ウォール』の収録曲ではなく、ヴェラ・リンが歌う『The Little Boy that Santa Claus Forgot』だ。
普通に考えれば「なぜアルバムの曲じゃないのか」ってことになるが、ちゃんと意味がある。
そもそもロジャー・ウォーターズは戦死した父親から着想して、アルバム『ザ・ウォール』を製作している。そしてアルバムを作っている時、ヴェラ・リンが第二次世界大戦中に慰問コンサートで英国兵士たちを元気付けた出来事が思い浮かんだ。
そこで彼は、彼女をモチーフにした『Vera』という曲をアルバムに収録した。
それぐらい、『ザ・ウォール』のコンセプトにとってヴェラ・リンは重要な存在なのだ。上に記した粗筋を読んでも、たぶん多くの人は「ワケが分からない」と感じるのではないだろうか。
その感覚は正しくて、実際に「ワケが分からない」のである。
書いた私自身も、支離滅裂で意味不明な内容だと分かっている。というのも、実際のところ、粗筋と言えるような粗筋など無いのだ。なので最初は、粗筋を書かずに済ませようと思ったぐらいだ。
端的に言うと、これは『ザ・ウォール』に収録されている楽曲のミュージック・ピデオ集なのだ。
アルバム『ザ・ウォール』は1つのコンセプトに基づいて製作されているが、だからと言って全ての楽曲が1つの確固たるストーリーを形成しているわけではない。だから、粗筋なんて無くて当然なのだ。『The Little Boy that Santa Claus Forgot』の後は、アルバム『ザ・ウォール』の収録曲が順番に流される(使われない楽曲もある)。そして、それに合わせた映像が流れる。
次の曲に移ると、それに応じて映像も切り替わる。
具体的に、使用されている楽曲と場面の関係を挙げていこう。
真っ暗な部屋で男が拳銃を手入れするシーンは、『When the Tigers Broke Free』。独裁者のピンクがバルコニーで演説するシーンは、『In the Flesh?』。
戦場で赤十字が行動するシーンは、『The Thin Ice』。教会で母親が祈りを捧げたり、ピンクが公園で遊んだりするシーンは、『Another Brick in the Wall (Part 1)』。ピンクが亡き父の部屋で折り畳み式ナイフや銃弾を見つけるシーンは、『When the Tigers Broke Free』。ハトが空へ飛び立ったり黒い鳥が出現したりするシーンは、『Goodbye Blue Sky』。
学校のシーンは、『Another Brick in the Wall (Part 2)』。ピンク少年が医師の診察を受けたり母のベッドに潜り込んだりするシーンは、『Mother』。
アニメーションの中で2つの花が争ったり長い壁が築かれたりするシーンは、『What Shall We Do Now?』。若い女たちが遊び回るシーンは、『Young Lust』。ピンクが激しく暴れるシーンは、『One of My Turns』。そこから『Another Brick in the Wall (Part 3)』と『Goodbye Cruel World』に繋がり、ピンクが巨大な壁の前に立つシーンは。『Is There Anybody Out There?』。
荒野で少年に戻るシーンは、『Nobody Home』。駅で大勢の人々が兵士を出迎えるシーンは『Vera』。
子供たちの鼓笛隊が行進するシーンは『Bring the Boys Back Home』。ピンクの部屋にマネージャーたちが突入するシーンは『Comfortably Numb』。
そこから『Run Like Hell』、『Waiting for the Worms』と移って行く構成になっている。一応は全体を通してピンクという主人公が配置され、彼を追い掛ける形を取っている。幼い頃に戦争で父を亡くしたピンクが人気のロックスターになるが孤独を抱え、ドラッグに溺れて精神を病んでいくという内容だ。
しかし、「ロックスター」として華々しく活躍している様子を充分に描いているとは到底言えないし、「幼少期から孤独や疎外感を抱えている」ってのも背景や経緯の描写が不充分。
楽曲の流れに合わせて場面を構築することが優先されているので、支離滅裂で退屈な映画になっている。
あえて褒められるトコを探すと「楽曲だけは素晴らしい」と言えるが、それならアルバム『ザ・ウォール』を聴けばいいわけでね。(観賞日:2020年12月2日)