『ペーパーマン』:2009、アメリカ

リチャード・ダンは妻のクレアが運転する車に乗り、ニューヨーク州モントークの森にある一軒家へ赴いた。「写真より立派だ」と喜んだリチャードは、イマジナリー・フレンドであるキャプテン・エクセレントと会話を交わす。車を降りた彼は、玄関前に猫の死骸が転がっているのを見つけてゾッとする。クレアは手袋を付けて死骸を捨てるが、リチャードは「やる気が失せた」と漏らす。しかしエクセレントが車の前で腕組みして立っているので、仕方なく家に入った。
ソファーに気付いたリチャードは、複雑な表情を浮かべて凝視した。夜、クレアに明日の予定を問われたリチャードは、「小説の冒頭に取り掛かるよ」と答えた。タイプライターで執筆するつもりの彼は、クレアがノートパソコンをプレゼントしても喜ばなかった。次の朝、クレアは外科医の仕事があるため、車でニューヨークへ戻ることにした。リチャードの様子を見た彼女は、「ここにも彼を連れて来た?」と問い掛ける。リチャードは「まさか」と否定し、クレアを見送った。
リチャードは妻のメッセージカードや夫婦の写真を片付け、タイプライターを取り出した。何も浮かばない彼が自転車で出掛けようとすると、エクセレントは「君が現状と向き合えるようになるまで付きまとってやる」と立ちはだかる。リチャードは「用事がある」と言い、街へ向かった。ホワイツ雑貨店の前にアビーが立っていると、恋人のブライスがキスをして去った。友達のクリストファーがアビーに話し掛け、すぐに立ち去った。
街に着いたリチャードは、紙を燃やしているアビーが気になった。アピーが去ると、彼は急いで火を消して尾行した。アビーに気付かれたリチャードは、「ベビーシッターを探している」と嘘をついた。アビーが快諾したので、彼は金曜の夜6時に来るよう頼んで住所を教えた。別荘に戻ったリチャードはタイプライターに向かうが、まるで文章のアイデアが浮かばなかった。彼はソファーの柄が気になり、乱暴にクッションを退かしてシーツを敷いた。
気分転換に埠頭へ出掛けたリチャードは、エクセレントに「私がいないとダメだな」と言われる。「僕が一人でやっていけない証拠は?」とリチャードが反発すると、彼は「実証済みだ。思い出してみろ、数え切れないぞ」と具体的な例を挙げる。リチャードは一人でも出来ると強気に宣言するが、別荘に戻ってタイプライターに向かっても執筆作業は一行目から進まなかった。アビーが訪ねて来ると、リチャードは子供がいないことを明かす。アビーは困惑するが、「それなら仕事が楽ね」と告げた。
リチャードはアビーに留守番を頼み、海岸へ向かう。アビーは絶滅したヒースヘンの絵が飾ってあるのを見ると、ブライスの顔写真を切り抜いて貼り付けた。彼女はリチャードの書いた『表現者』という小説を発見し、興味を抱いて自分の鞄に入れた。アビーはイマジナリー・フレンドのクリストファーから「男を見る目が無い。ブライスは常に冷たいと注意されて「しつこい」と声を荒らげた。クリストファーはリチャードを変態呼ばわりして逃げるよう勧めるが、アビーはスープを作り始めた。
リチャードはエクセレントから「あの子と何をする気なんだ」と言われ、「何もしない。創作者のプレッシャーが分かるか。高尚な文学を求められているが、3ヶ月しか無い」と話す。リチャードが別荘に戻ると、アビーはスープを勧めた。リチャードは「素晴らしい」と感激し、缶詰じゃなくても簡単にスープが作れることを知った。リチャードがブライスの写真に気付くと、アビーは「ごめんなさい。この絵が彼と重なって。鳥の糞レベルよ」と言って写真を外した。
リチャードはヒースヘンが雷鳥の亜種であること、最後の群れが近くの州立公園にいたことを教え、新しい小説の主役なのだと説明した。アビーはバイト代を受け取り、来週も同じ時間に来ることを承諾した。クレアとロブスターを食べに出掛けたリチャードは、「僕らは別居してるのかな」と質問する。「別居なら貴方に話すわよ」と言われ、彼は安心した。アビーはブライスとデートするが、車内で射精した彼は冷たく帰らせた。リチャードはクレアと別荘で週末を過ごし、仕事に戻る彼女を見送った。
リチャードはソファーが気になり、別荘の外に移した。彼はエクセレントから「ベビーシッターはやめるんだ」と諭されるが、「無理だ」と拒否した。リチャードは他の家具も気になり、運送業者を呼んで運んでもらった。アビーは2度目のアルバイトに来た時、初めて名前を明かした。彼女は父が漁師だと言い、土産としてヒラメを差し出した。アビーは「貴方の小説を読んだわ」と言い、本を返した。その出来栄えについて、リチャードは「悪くない部分もあるが、駄作だ」と評した。アビーが「いい本だった。感動した」と言うと、彼は微笑を浮かべた。
リチャードは幾つかの野菜を用意しており、「気が乗ったらスープに使ってくれ」と告げて外出した。バーに出掛けたリチャードは、店主や常連客と会話を交わした。本の内容について彼が詳しく語ると、彼らは興味を示して聞き入った。悪酔いして別荘に戻ったリチャードは、アビーに絡む。アビーが帰ろうとすると、彼は「僕はヒースヘンと同じだ。僕で一族の血が絶える」と話した。「子供を作れば?」と言われたリチャードは、「言うのは簡単だ。君は分かってない」と告げる。リチャードが「クレアは人間が温かいと分かってない。触れ合いが必要だ」と言って抱き付こうとすると、アビーは殴り付けて逃げた。
翌朝、リチャードを殴ったことへの後悔をアビーが口にすると、クリストファーは「殴って当然だ」と告げた。リチャードが目を覚ますと、クレアが来ていた。スープがあることにクレアが触れると、リチャードは自分が作ったように誤魔化した。別荘には大量のダンボール箱が置いてあったが、その中身は全てリチャードの処女小説だった。理由を尋ねるクレアに、リチャードは「2作目に取り掛かるにあたって、処女作の記録的な売れ行きの悪さを肌で感じたかった」と説明した。
クレアは「悪いけど付き合えない」と言い、シャワーを浴びに行く。その直後、アビーが謝罪のために別荘を訪れるが、リチャードはドアも開けずに「帰ってくれ」と荒っぽく告げた。シャワーを終えたクレアが「今のは誰?」と尋ねると、リチャードは「ガールスカウト」と答えた。アビーが持って来たヒラメをクレアが見つけると、リチャードは自分が釣ったように装った。彼は調理すると言うが、実際は乱雑に切り刻むことしかできなかった。
リチャードは仕事に戻るクレアを見送った後、町へ出てアビーに声を掛けた。彼が前回のバイト代を払おうとすると、アビーは「要らない。子守もしてないし」と断った。アビーが自分を追い払った態度を批判すると、リチャードは「クレアに僕らの友情は理解できないよ」と告げた。「君を尊敬していると伝えたかった」と彼が言うとアビーは笑顔になり、次のバイトを引き受けた。ブライスが不機嫌そうに声を掛けて来たので、アビーはリチャードに別れを告げて去った。
アビーが訪ねて来ると、リチャードは止めようとするエクセレントを振り切った。アビーは「見せたい物がある」と言い、彼を車に乗せて砂浜へ赴いた。リチャードは彼女に、「この手で何かを生み出したいが、僕は薄っぺらい存在だ。ペーパーマン(紙商人)だよ」と自嘲した。アビーはリチャードの書いた文章を朗読すると、上着を脱いで海へ飛び込んだ。リチャードが慌てて呼び掛けると、アビーは浜へ戻った。リチャードは「正気か。二度とあんなことするな」と抱き締めるが、アビーは笑顔だった。しかし崖の上にいたクリストファーが立ち去るのを見た彼女は、表情を曇らせた。
別荘に戻ったアビーは、双子の妹であるエイミーについて語る。負けず嫌いのエイミーはアビーにけしかけられる形で、服を着たまま寒い海へ飛び込んで姿を消した。それから毎年、アビーは海に入って泳いできたのだ。自宅に戻ったアビーは、クリストファーから「僕との行事だった。毎年、僕とやっていた。なぜ彼を連れて行った?」と言われる。「ずっと僕がいると思うなよ。消えてほしい?」という彼の問い掛けに、アビーは何も答えなかった。
次の日、リチャードが新しい本のタイトルを考えていると、アビーは「ペーパーマン」を候補に挙げた。2人がドライブインで食事をしていると、ブライスが友人2人を連れて現れた。ブライスがパーティー会場に困っていることを知ったリチャードは、自分の別荘を使うよう持ち掛けた。別荘を訪れたクレアは、全ての家具が外に出してあること、1週間も電話に出なかったことを咎めた。アビーのヌイグルミを見つけたクレアは、「これは何?」とリチャードに質問した。
リチャードはクレアに、「僕らは不幸せなのか?不幸せなフリをしてるだけなのか?」と告げる。意味が分からず困惑するクレアに、彼は「人生をドラマチックで実感のあるものにしようと、不幸せな夫婦を演じてるのか?僕らの人生は恥ずかしいほど順調だ」と語る。するとクレアは「いいえ、実際に不幸せよ」と告げ、「もう愛嬌では済まないのよ。若い頃とは違うんだから、しっかりして」と苛立って別荘を後にした。タイプライターに向かったリチャードだが、相変わらず作業は一向に進まなかった。
リチャードはアビーの家を訪問し、魚の調理法を教えてもらった。アビーは彼に、新作のお祝いとして紙人形を渡す。リチャードはお返しに、折り紙の白鳥をプレゼントした。リチャードは彼女と食事を取った後、別荘に戻ってパーティーの準備を整えた。アビーも着替えて別荘へ赴き、緊張するリチャードに「楽しんで」と告げた。しばらくするとブライスが訪れ、次から次へと大勢の友人たちがやって来た。リチャードは全員を歓迎してビールを提供し、一緒にゲームをして盛り上がった。
しかしアビーは全く楽しんでおらず、クリストファーと目を合わせた。リチャードはブライスが女とキスしている現場を目撃し、「アビーがいるだろ」と注意する。ブライスが「うるせえ」と追い払おうとすると、彼は「アビーを傷付けるな」と怒鳴った。ブライスは彼を殴り付け、止めに入ったアビーも含めて口汚く侮辱する。アビーが腹を立てて「出てって」と声を荒らげると、ブライスは「オッサンも連れて精神病院に帰れ」と罵った…。

脚本&監督はミシェル・マローニー&キーラン・マローニー、製作はアート・スピゲル&アラ・カッツ&リチャード・N・グラッドスタイン&ガイモン・キャサディー、製作総指揮はダン・ファイアマン&ダリン・フリードマン&アンドリュー・スペルマン&リラ・ヤコブ、撮影はアイジル・ブリルド、美術はビル・グルーム、編集はサム・セイグ、衣装はジュリエット・ポルクカ、音楽はマーク・マクアダム。
出演はジェフ・ダニエルズ、エマ・ストーン、ライアン・レイノルズ、リサ・クドロー、キーラン・カルキン、ハンター・パリッシュ、クリス・パーネル、アラベラ・フィールド、ブライアン・T・フィニー、ルイス・ロサリオ、コンラッド・ウルフ、ブライアン・ラッセル、エリック・ギリランド、ジル・シャックナー、ヴァイオレット・オニール、マイレル・ヘインツマン他。


ダーモット・マローニーの弟である俳優のキーラン・マローニーが、妻のミシェルと組んで初監督を務めた作品。
脚本も2人で手掛けている。
リチャードをジェフ・ダニエルズ、アビーをエマ・ストーン、エクセレントをライアン・レイノルズ、クレアをリサ・クドロー、クリストファーをキーラン・カルキン、ブライスをハンター・パリッシュが演じている。
ハンプトンズ国際映画祭で、エマ・ストーンがブレークスルー・パフォーマーに選ばれた。

粗筋では早い段階で、エクセレントがイマジナリー・フレンドであることを明かしている。
劇中で、「そいつは想像上の友達です」と明示しているわけではない。ただ、エクセレントがヒーローのコスチュームを着用していることや、クレアの「ここにも彼を連れて来た?」という台詞から、実在していないことは登場直後に分かるだろう。
一方、クリストファーに関しては、アビーがリチャードの別荘にを訪ねるシーンでイマジナリー・フレンドってことが明らかになる。
明示しているわけではないけど、いきなり別荘の中に来ているんだから、それだけで分かるよね。

「イマジナリー・フレンド」という存在は、日本では馴染みが薄いかもしれないが、アメリカでは広く知られている概念だ。
ただし、それは幼い子供が見る存在であり、ある程度の年齢になると姿を消すってのが普通だ。
アビーの年齢でさえ、まだイマジナリー・フレンドを見ているってのは、かなり精神的な成長が遅れていると言っていい。
だからオッサンであるリチャードがエクセレントと仲良くしているというのは、かなり異常な状態なのだ。

リチャードが何か精神疾患を抱えているのかと最初は思ったが、そういうことではないらしい。
神経質な部分はあるが、発達障害のような症状を抱えているわけではない。
また、「数年前に何かショックな出来事があり、それからイマジナリー・フレンドを見るようになった」というわけでもない。ただ単に「子供じみた大人」というだけだ。
これといった「特別な事情」が用意されていないのに、いいオッサンがイマジナリー・フレンドと仲良くしている設定は、観客を取り込むには大きな障害となっている。

街へ出掛けたリチャードは、アビーに気付くと凝視する。彼女が紙を燃やすと火を消し、後を付ける。
そこまでアビーを気にして尾行までする理由が、サッパリ分からない。
アビーもイマジナリー・フレンドを見ているので、「同じ匂いを感じた」という設定なのかもしれない。だけど、ただアビーが紙を燃やす様子を見ただけで、「自分と同類だ」と感じ取るのは不可能じゃないか。
少なくとも、そのシーンには「リチャードがアビーに心を惹かれて尾行する」という行動を納得させるだけの説得力など皆無だ。

リチャードがアビーを尾行するのは、ただの変態ストーカーにしか見えないんだよね。
そんな風に見えてしまう問題を解消するためには、例えばエクセレントに「気持ち悪い奴だ」とでも言わせて、それに対してリチャードが「彼女には自分と似た物を感じた」と釈明する手順を用意したりすれば良かったんじゃないか。
いっそのこと、リチャードがアビーと出会うまで、エクセレントを登場させないという方法もあるだろう。
で、アビーを尾行する時点で変態ストーカーのように思わせておいて、その後でエクセレントを出し、その印象を変化させるために利用するとかね。

クリストファーはリチャードについて、「変態だ」とアビーに危険を訴える。
アビーは「作家よ」と否定するけど、変態だと思われても仕方が無いぞ。何しろ、子供がいると嘘をついて、若い女を別荘に連れ込んでいるんだからさ。
リチャードは「創作のプレッシャーがあるから」と言い訳しているけど、「だから嘘をついて若い女を連れ込むことが許される」ってわけではないぞ。
せめてリチャードが罪悪感でも抱いてくれたら何とかなりそうだが、そんな様子も乏しいし。

リチャードはアビーから自分を追い返したことを批判され、「クレアに僕らの友情は理解できないよ」と告げる。
だけど、「友情」という言葉が、あまりにも都合良く使われているように感じるのだ。
ホントに友情を感じており、相手を尊敬しているのであれば、抱き付こうとするのは絶対に違うでしょ。そういう行動を取っている時点で、もはや友情は成立していないでしょ。
っていうかさ、こっちは「2人は共にイマジナリー・フレンドがいる」という共通点を知っているから、「それが2人を結び付けている」と理解することは出来るよ。だけどリチャードとアビーは、相手にイマジナリー・フレンドがいることは知らないわけで。
なので、「2人が友情を感じて付き合う関係」であることを、すんなりと受け入れることが難しいんだよね。

終盤に入って、「アビーはリチャードに理想の父親像を見ていた」ってことを口にする。
だけど、アビーと実父の関係性がどうだったのかは全く表現されていないので、後から取って付けた言い訳のようにしか思えないんだよね。
ただ、そもそもアビーがリチャードに対して親切に接していることに対しては、そんなに大きな問題は無いのよ。
でもリチャードの方は立派なオッサンなわけで、そいつが何の逡巡も無いまま平気でアビーと親しくしているのは、やっぱり人間として問題があると言わざるを得ないぞ。少しぐらいは、「これはマズいんじゃないか」とか「アビーに迷惑なんじゃないか」と思えよ。

リチャードとアビーの交流が続く中で、存在意義を失ったエクセレントとクリストファーは次々に姿を消していく。
最終的にイマジナリー・フレンドが消えるのは、最初から分かり切っていたことだ。ただ、綺麗に退場させればいいのに、クリストファーの始末が酷いんだよな。
なぜか「アビーの部屋で首を吊って自殺する」という方法で退場するのだ。
アビーのイマジナリー・フレンドだから、彼女がそんな風に想像したってことになるんだけどさ、歪み過ぎてるだろ。
ホントに「もうイマジナリー・フレンドは不要」という状態になったのかどうか、怪しく思えてしまうぞ。

あとさ、リチャードはクレアと結婚して、かなり長く一緒に暮らしていたんだよね。それなのにエクセレントはずっといて、でもアビーと交流することで姿を消すわけだ。
そうなると、「じゃあクレアの存在ってリチャードにとって何なのか」と言いたくなる。
クレアの立場から見た場合、アビーが浮気相手でないと分かっても、それで全ての問題が解消されるわけではないのよ。
そうであっても、やっぱり裏切り行為であることに違いは無いのよ。

しかもリチャードはクレアからアビーとの浮気を疑われた時、全面的に自分を擁護するだけでなく、相手を厳しく批判するんだよね。
だが、それはクレアが指摘する通り、全てリチャードの身勝手すぎる言い訳に過ぎない。リチャードは「子供が欲しかった」と言って作ろうとしなかったクレアを責めるが、「貴方が子供だったからよ。赤ん坊だわ。親になる覚悟が無かったのは貴方よ」という指摘は大正解だ。
夫婦生活がダメになった理由についても、「君が笑わなくなった」とリチャードはクレアを悪者扱いする。
後で「僕はクズだ」とは認めているけど、根本的な部分で反省し、ちゃんと成長したようには見えないんだよね。

(観賞日:2020年3月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会