『パニック・ルーム』:2002、アメリカ

ニューヨーク。メグ・アルトマンは資産家の夫スティーヴンとの離婚を決め、11歳の娘サラと共に新居を探していた。彼女は友人の紹介で、富豪が遺した豪邸に入居することにした。4階建ての屋敷には、緊急避難用のパニック・ルームが設置されている。ドアを閉じると外からは開けられず、監視カメラで外の様子を見ることも可能だ。
入居した雨の夜、屋敷に3人の男達が侵入した。富豪の遺族の1人ジュニア、覆面の男ラウール、パニック・ルームの設計者バーナムだ。彼らの目的は、富豪が隠した財産だ。ジュニアが計画の立案者で、バーナムに黙ってラウールを雇った。バーナムは犯罪に関わりたくは無かったが、家族を養うために金が必要なため、計画に加わった。
ジュニアの計画では、空き屋となっている豪邸に侵入して金を探すことになっていた。彼の計算では、まず今日は誰も入居していないはずだったのだ。既に入居者がいると知ったバーナムは計画の中止を進言するが、ジュニアとラウールは同意しなかった。
夜中に目を覚ましたメグは侵入者に気付き、慌ててサラを起こす。メグとサラはジュニア達に追われ、パニック・ルームに逃げ込んだ。しかし、別回線の電話を繋いでいなかったため、外部に連絡することは出来ない。メグは警察に電話したと告げて脅すが、無駄だった。バーナムが、外部への電話が不可能だと知っていたからだ。
メグは欲しい物を奪って出て行くよう告げるが、ジュニア達が狙う金はパニック・ルームに隠されているのだ。バーナムは、外からパニック・ルームを開けるのは不可能であり、中からメグ達が出るよう仕向ける以外に方法は無いとジュニア達に告げる。
バーナムは通気口にホースを通し、ガスを流し込んでメグ達を外に出そうとする。バーナムは脅すだけのつもりだったが、ラウールがガスの量を増やす。しかしメグがライターでガスに着火したため、壁の近くにいたジュニアが爆発で火傷を負う。
メグはジュニア達の隙を突き、パニック・ルームの外にあった携帯電話を取った。だが、パニック・ルームの中では携帯電話が通じない。そこで彼女は携帯電話を外部の電話線に繋ごうとする。だが、その動きにバーナムが気付き、電話線を切ろうとする。
メグは警察に電話を掛けるが、他の部署に回されてしまったため、すぐに切ってスティーヴンに電話を掛ける。メグは助けを求めるが、詳しい事情を話す前に電話線が切られてしまう。そんな中、糖尿病を患うサラの血糖値が上がり、危険な状態となる…。

監督はデヴィッド・フィンチャー、脚本はデヴィッド・コープ、製作はギャヴィン・ポローン&ジュディー・ホフランド&デヴィッド・ コープ&セアン・チャフィン、製作協力はジョン・S・ドーシー、撮影はコンラッド・W・ホール&ダリウス・コンジ、編集はジェームズ・ヘイグッド&アンガス・ウォール 、美術はアーサー・マックス、衣装はマイケル・キャプラン、音楽はハワード・ショア。
出演はジョディー・フォスター、フォレスト・ウィテカー、ドワイト・ヨーカム、ジャレッド・レト、 クリステン・スチュワート、アン・マグナソン、イアン・ブキャナン、パトリック・ボーショー、ポール・シュルツ、 アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー、メル・ロドリゲス、リチャード・コナント、ポール・サイモン、ヴィクター・スラッシュ、ケン・ ターナー。


『セブン』『ファイト・クラブ』のデヴィッド・フィンチャーがメガホンを執ったサスペンス。
当初はニコール・キッドマンがメグを演じる予定だったが、他の映画の撮影中に怪我を負ったために降板し、ジョディー・フォスターが代役を務めることになった。
他に、バーナムをフォレスト・ウィテカー、ラウールをドワイト・ヨーカム、ジュニアをジャレッド・レト、サラをクリステン・スチュワート、スティーヴンをパトリック・ボーショーが演じている。また、アンクレジットだが、スティーヴンの愛人の声はニコール・キッドマンだ。

大きな家に、侵入者が現れる。
主人公は、様々な方法で侵入者を撃退しようとする。
侵入者は頭が悪く、主人公はタフで利口なので、もちろん主人公が侵入者を撃退する結果となる。
分かりやすく言うと、これはシリアスな『ホーム・アローン』である。

デヴィッド・フィンチャー監督の作品は、これまで『セブン』『ゲーム』『ファイト・クラブ』と、最後にドンデン返しが待ち受けているパターンが続いた。しかし、この作品にドンデン返しは無い。いわゆる、正攻法のサスペンスとして作られているわけだ。
しかし、そこはデヴィッド・フィンチャー作品、大きなドンデン返しが無い代わりに、観客の予想を裏切る展開が幾つも用意されている。「まさか」「そんなはずが」と思ってしまうような展開、登場人物の行動が、行く手には次々と待ち構えているのである。

メグは、豪邸を見た当日に入居している。何しろ4階建ての大きな屋敷なので、その日の内に詳しい間取りを全て把握するのは難しい。だから、メグが逃げようとして、間取りを知らないためにピンチに陥るという展開を予想する。しかし予想を裏切り、メグは初めて訪れたばかりの豪邸の間取りを、全てキッチリと把握している。
屋敷の中に舞台を限定したサスペンスなのだから、観客に対して家の詳しい間取りが説明されるのであろうと予想する。家の構造、各地点の距離や位置関係を示しておかなければ、メグが移動する行為によって緊迫感を持たせることが難しくなってくる。

例えばメグが外に出た時、ジュニア達とどれぐらい離れているのかが分からないからだ。そうなれば当然、そこでサスペンスが生じる可能性は著しく低下することになる。しかし予想を裏切り、家の間取りや位置関係の詳しい説明は行われていない。

入居者がいると分かったら、利口な犯罪者であれば計画を中止するだろう。サラとメグが留守になる時間を調べて、その時に侵入すればいい。メグ達が財産のことを知らないのだから、パニック・ルームの設計者であるバーナムが「施設のチェック」という名目で、堂々と訪れるという作戦も思い付く。しかし、彼らは計画を続行する。
ジュニアは、何の面識も無い怪しげな男ラウールを仲間に入れる。理由は不明だ。金を奪うのに必要な特技を持っているわけでもなく、利口でもないのだ。そもそも、空き屋に忍び込んで金を奪うのに、余計な奴を仲間に引き入れる必要は無い。

ラウールは覆面を被って、いかにもミステリアスな感じで現れる。だから、彼に関する捻り(「実は〜だった」という展開)が後で出てくるのかと予想する。だが、映画は予想を裏切り、単なるバカな乱暴者としてラウールの存在を終わらせている。
フォレスト・ウィテカーが人の良い男の役というのは、いかにも分かりやすい。だから、ひょっとするとバーナムが途中で変貌するのではないかと考えたりもする。しかし映画は裏の裏をかいて、バーナムを最後まで人の良い男として動かしている。

メグとサラがパニック・ルームに逃げ込んだ後は、「ジュニア達がパニック・ルームに入ってくるかもしれない」という緊迫感で引っ張るのだろうと予想する。しかし予想を裏切り、最初にバーナムが「絶対に侵入は不可能だ」と断言してしまう。
つまり、そのままでは3人組が何をしようとも、スリルは生じないのだ。天井を壊しても、何の意味も無い。ガス作戦だけが唯一の方法であり、それが失敗すると、もう彼らに打つ手は無いのだ。だから、メグはパニック・ルームの中にいれば安全なのに、携帯電話を取るために外に出るという、被害者発信でスリルを作ろうとする。

メグは序盤、パニック・ルームの監視カメラを動かすのに、かなり苦労していたように見える。しかし、それほど機械に詳しいとも思えない彼女だが、「携帯の受話器を外し、外部の電話線に繋いで電話を掛ける」というテクニックは知っていたようだ。
メグとサラは、モールス信号で隣の家に連絡しようとする。しばらくして、電話を掛けて警察や夫に連絡しようとする。しかし、「パニック・ルームの中にいれば絶対的に安全である」ということがバーナムによって断言されている。だから、隣人が気付かなくても、電話が途中で切れても、それは落胆になるだけで、スリルではないのだ。

後半に入って、サラが糖尿病でインシュリン注射が必要だと判明する。普通なら、そのことは最初の内に観客に分かりやすく説明されるものだ。しかし、最初に説明してしまうと、それが後で話に絡むことは用意に推理できてしまう。そこで映画は、最初の説明を省略し、後半に入って唐突に持ち出すという意外な方法を選択している。
ラウール達は、「屋敷にノコノコと現れたスティーヴンを殺されたくなければ外に出て来い」とメグに要求する。しかし、ラウールが過剰な暴力を振るったためにバーナムがカメラを布で隠すので、スティーヴンの様子がメグから見えなくなる。
それに、ラウールやバーナムの脅しによって、メグが外に出ることも無い。彼女がパニック・ルームの外に出るのは、サラのインシュリン注射セットを取りに行くための行動だ。そうなると、何のためにスティーヴンが来たのかが分からなくなってしまう。

終盤、豪邸に警官が訪れる。だが、「もしも何か異変があるなら、気付かれないように瞬きか何かで合図して」と警官が言ったにも関わらず、メグは何もしないで追い返す。瞬きなら監視カメラからは見えないし、そもそも音声はラウール達には聞こえないのだから、普通に異変を説明することだって可能だと思うのだが、何もしない。
サラの安全のために犯人を刺激しないよう、あえてメグは何も警官に知らせなかったのだろうと思ったら、警官が帰った後で、彼女は監視カメラを壊し始める。その行動は、ラウール達を刺激することになるだろう。だったら、警官に知らせるのとリスクは変わらない。
そもそも、そうするぐらいなら、まず警官に事情を説明し、一度は帰ったフリをしてもらう。そして監視カメラを全て破壊し、それから警官に中に入ってもらうという方法を取ればいいのではないかと思うのだ。だが、そんな考えを、もちろん映画は裏切るのである。

普通に考えれば、話が進むに連れて、どんどんスリルは高まって行くという流れを作るだろう。しかし、話が進むに連れて、ジュニア達は愚かさを露呈していき、仲間割れを始める。例えばラウールは、メグ達を殺したらパニック・ルームの中に入れないのに、殺そうとするほどバカなのだ。何がやりたいんだか、ワケが分からない。
一方で、メグはタフで利口なところを見せていく。ということは、話が進むに連れて、スリルではなく、メグが侵入者に勝利する雰囲気を強めているわけである。つまり映画は予想を裏切り、どんどんスリルを失わせていくという方向に進むわけである。

パニック・ルームのメグと外にいる3人組の心理ゲーム、高度な知能戦が繰り広げられるのだろうと、最初は予想する。
しかし、映画は予想を裏切り、基本的には力押しの体力勝負に持って行く。
頭脳や心理よりも、暴力による解決を選択するのである。

 

*ポンコツ映画愛護協会