『ハルク』:2003、アメリカ
1966年、砂漠基地。デヴィッド・バナーは人間の細胞を強化し、超人的な免疫システムを構築する研究を進めようとしていた。しかし 免疫システムに手を加えることは危険だという判断により、大統領の科学顧問に研究の続行を却下された。デヴィッドは上司のロスに直訴 するが、人体実験は禁じられた。しかしデヴィッドはロスに内緒で、自らの体を実験台にして注射を打った。
1967年、デヴィッドは遺伝子改造のヒントを得たのと同時期に、妻エディスから妊娠していることを告げられた。やがて誕生した息子 ブルースは、すくすくと成長していった。そんな中、デヴィッドは研究を続けていたことがロスに知られ、規則違反で解雇を通告された。 帰宅した彼は、幼児のブルースを居間に残し、扉の向こう側で妻と激しい言い争いを始めた。
高校生となったブルースは、両親が隣の部屋で言い争う夢を見た。彼は幼い頃に両親を亡くしたと聞かされ、クレンズラー夫人を育ての母 として暮らしていた。ブルースは研究者になるため、家を出て大学へ進学することにした。そんな彼に、クレンズラー夫人は「貴方には 特別な力がある。その力を、いつか人々のために役立ててほしい」と告げた。
ブルースは大人になり、バークレーの核物質バイオテクノロジー研究所で勤務するようになった。ブルースは同僚のベティーと交際したが、 彼が心を開かないため、関係は終わった。しかし2人は、険悪になって別れたわけではない。ベティーからプレゼンに向けた実験への協力 を要請されたブルースは、それを承諾した。研究所では、傷付いた細胞を再生させる“ナノメッド”の研究が進められていた。しかし実験 では、ナノメッドを投与された蛙は破裂してしまった。
軍から民間の軍事企業に移ったベティーの元恋人グレン・タルボットが、研究所にやって来た。タルボットはナノメッド研究に興味を 抱いており、ベティーをスカウトするが、断られた。ベティーの父はロス将軍だが、関係は疎遠になっている。しかしベティーはブルース に、「タルボットを遠ざけるという名目が出来たので、父に連絡して圧力を掛けてもらう」と告げた。
ナノメッドの実験は繰り返し行われていたが、その最中に機械のトラブルが発生した。ブルースは同僚ハーパーを助けるため機械の前に 立ち塞がり、大量のガンマ線を浴びた。気を失ったブルースだが、体の異常は検知されなかった。それどころか、膝の古傷も治癒された。 心配するベティーに、ブルースは「ナノメッドのおかで傷が癒されたのだ」という推理を述べた。
その夜、病室に一人の男が現れた。男は夜勤の清掃員だとブルースに告げた。その男はデヴィッドだったが、ブルースは自分の父だと 気付かない。デヴィッドはブルースに、「お前は私の息子で、私の頭脳も受け継いでいる」と語った。さらに彼は、「私が追い求めていた 物が、お前の中にある。それをコントロールしろ」「ベティーには気を付けろ。面倒の種だ」と告げた。ブルースは相手が父親だとは 信じられず、「出て行け」と怒鳴って追い払った。
ブルースが深夜の研究室で怒りの感情を爆発させると、彼の肉体に変化が生じた。その肉体は大きくなり、緑色の皮膚を持つ怪物に変貌 したのだ。怪物は研究室を破壊し、驚異的な跳躍力を発揮した。跳躍した先に、デヴィッドの姿があった。ブルースの脳裏には、忘却の 彼方にあった幼少時の記憶がかすかによぎった。怪物は駆け付けた警官を蹴散らし、研究所を飛び出した。
翌朝、ベティーがブルースの家を訪れると、彼はベッドで眠り込んでいた。目覚めたブルースに、ベティーは「爆発があって研究所に 入れなくなった」と教えた。「昨夜、研究所にいたの?」と尋ねるベティーに、ブルースは「いなかったが、清掃員がいた。あの男は父親 だった」と語った。そこへロス将軍が、部下のミッチェルたちを伴って現れた。将軍はブルースに、彼の身分証を見せた。昨夜、ブルースは 研究所に身分証を落としていたのだ。
将軍はベティーを外に出し、ブルースと2人きりになった。将軍は、かつてデヴィッドを幽閉したのが自分だと明かし、「その気になれば 、君も同じように出来る。4歳の時、あの出来事を見ているはずだ」と詰め寄った。しかしブルースは、何も覚えていない。彼の記憶が 抑圧されていると知った将軍は、「研究所は封鎖する」とブルースに告げ、今の研究の続行を禁じた。さらに「娘に近付くな。破ったら、 一生、刑務所暮らしをさせてやるぞ」と脅した。
夜、ブルースにデヴィッドから電話が入った。デヴィッドは、「お前には変化した遺伝子を投与した。体は変化し、驚異的なパワーを発揮 する。その力を私に預けろ」と告げた。ブルースは拒否し、「その力を葬ってみせる」と言う。するとデヴィッドは、「私の犬にお前の DNAを植え付け、ベティーに差し向けた」と告げる。ブルースは急いでベティーの元へ向かおうとするが、乗り込んできたタルボットに 掴み掛かられた。ブルースは怒りの感情で怪物に変化し、タルボットを殴り倒した。
ベティーは変貌したデヴィッドの犬に襲われるが、駆け付けた緑の怪物に救出された。緑の怪物は、ベティーの眼前でブルースの姿に 戻った。気絶したブルースを介抱し、ベティーは父に助けを求めた。翌朝、目覚めたブルースに、ベティーは「ナノメッドが怒りに影響を 及ぼす」と告げ、心的外傷が見えないところで連鎖反応を起こしている可能性を示唆した。
そこへ将軍の差し向けた軍隊が現れ、ブルースは注射を打たれて眠り込んだ。ブルースは拘束され、砂漠基地に移された。ベティーは彼を 生家へ連れて行き、過去を思い出させようとする。だが、ブルースの記憶は蘇らない。ブルースは基地に戻され、ベティーは立ち去った。 基地にはタルボットが現れ、「変身した極限状態の細胞を取って、金を儲けたい」と言う。タルボットに痛め付けられたブルースだが、 怒りの感情を抑えた。するとタルボットはブルースを昏倒させ、研究所に連行した。
ベティーが帰宅すると、そこにはデヴィッドが待ち受けていた。デヴィッドは「今から出頭するが、その前に息子に会いたい。将軍に 頼んでほしい」と告げる。ベティーは「既に父の管轄を離れている」と告げ、自分のエゴにブルースを巻き込んだことを非難した。すると デヴィッドは、「妻が妊娠を告げた時に実験を止めるべきだったが、好奇心に負けた」と釈明する。さらに彼は、息子を救うためには殺害 するしか無いと考えたが、それを妻に制止され、誤って彼女を殺してしまったことを告白した。
研究所で強い電流を流されたブルースは、緑の怪物に変貌した。彼は拘束していた機械を破壊し、暴れ始めた。モニターで状況を知った 将軍は、全員の退去を命じた。タルボットは細胞を採取するために無視して留まるが、命を落とした。将軍は研究所を封鎖するよう指示し、 武装チームを送り込んだ。彼は怪物を研究所から誘い出し、外で決着を付けようと考えた。
将軍の差し向けた軍用ヘリは怪物を攻撃するが、仕留めることは出来なかった。将軍は怪物がベティーの元へ向かうと確信し、彼女に連絡 を入れた。武装した部隊に包囲された怪物の元に、ベティーが駆け付けた。すると怪物はブルースの姿に戻り、気を失って倒れた。意識を 取り戻したブルースは、倉庫にいた。そこへ、将軍が拘束したデヴィッドが連行されてくる。デヴィッドは研究の完成にブルースの力が 必要だと主張し、自分に委ねるよう要求した…。監督はアン・リー、原案(story)はジェームズ・シェイマス、脚本はジョン・ターマン&マイケル・フランス&ジェームズ・シェイマス、 製作はゲイル・アン・ハード&アヴィ・アラッド&ジェームズ・シェイマス&ラリー・フランコ、製作協力はデヴィッド・ウォーマック& チェリル・A・カック、製作総指揮はスタン・リー&ケヴィン・フェイグ、撮影はフレッド・エルムズ、編集はティム・ スクワイアズ、美術はリック・ハインリクス、衣装はマリット・アレン、視覚効果製作はトム・ペイツマン、視覚効果監修はデニス ・ミューレン、アニメーション監修はコリン・ブレイディー、、音楽はダニー・エルフマン。
出演はエリック・バナ、ジェニファー・コネリー、サム・エリオット、ジョシュ・ルーカス、ニック・ノルティー、 ポール・カージー、カーラ・ブオノ、トッド・テセン、ケヴィン・ランキン、セリア・ウェストン、マイク・アーウィン、ルー・ フェリグノ、スタン・リー、レジ・デイヴィス、クレイグ・デイモン、ジェフリー・スコット、レジーナ・マッキー・レッドウィング、 ダニエル・デイ・キム他。
マーヴェル・コミック社のアメコミを基にした作品。
ブルースをエリック・バナ、ベティーをジェニファー・コネリー、将軍をサム・エリオット、タルボットをジョシュ・ルーカス、 デヴィッドをニック・ノルティーが演じている。
また、アメリカのCBSで1977年から1982年まで放送されたTVシリーズ『超人ハルク』でハルクを演じていたルー・フェリグノ (デヴィッドは別の俳優が演じていた)と、マーヴェル・コミックの名誉会長スタン・リーが、バークレーの研究所の警備員役で出演して いる。ブルースが怪物に変貌するようになったのはガンマ線を浴びる事故がきっかけだ(根源は父親の実験だが)。
そんな重要なシーンなのに、それにしては盛り上がりが足りない。
そこだけじゃなくて全体的に言えることだが、アメコミ映画、ヒーロー映画としてのケレン味が不足している。その手の演出が全く出来て いない。
そりゃアン・リーにオファーを出した時点で、かなり大穴狙いのギャンブルだし、ある意味では想定内の失敗と言えるかもしれないが。漫画のコマ割りのような画面分割を何度も見せるが、ただ目にうるさいだけで、効果的に作用しているとは言い難い。
あと、全体的に、やたら暗くて冷たい。
陰が感じられるとか、ダークなタッチになっているとか、そういうことじゃない。ただ陰気臭いだけだ。
しかも、ドラマ部分が陰気臭いだけじゃなく、アクション・シークエンスになっても解放感や高揚感が全く感じられない。
ドラマ部分を陰気に作るにしても、アクションになったら弾けないとダメでしょうが。研究所で働く現在のブルースが登場するまでに、なぜデヴィッドが自らで実験を行うところからからブルースが青年になるまでの話を ダイジェストで描写したのだろうか。
そこを隠して、いきなりブルースが研究者になっているところから始めた方が良かったんじゃないか。
で、「ちょっと感情的になると小さな異変が肉体に生じるので心を閉ざしている」という設定にでもすればいい。
そして、後から「実はイカれた父親が息子を実験台にしていた」と明かす流れにした方がいい。ブルースは夜の研究所で初めて怪物に変貌するが、暗いので何が何やら良く分からない。
最初の変身シーンで、ブルースの姿が変貌する様子をハッキリ見せないなんて、愚の骨頂としか言いようが無い。
タルボットに襲われて変身する時も、やはり暗い。
砂漠の戦闘だけは昼間の屋外なので明るいが、最後の親子対決になると、またもや暗くて何が何やら良く分からない。ゴム鞠のように飛び跳ね、猛スピードで走るCGハルクは、ものすごく安っぽい。
どうやら伸縮自在らしいジーパンは(変身して巨大化したら上半身は裸なのに、下半身は膝丈のジーパンを履いているのだ)、タチの悪い 冗談にしか見えない。
まあTVシリーズでも同様のことをやっていたし、性器が見えないようにするための配慮なのは分かるけど、何とかならんかったのか。将軍はブルースに「君の父親を幽閉した。その気になれば君も同じ目に遭わせられる」と鋭い口調で告げるが、記憶が抑圧されていると 分かると急にトーンダウンする。
ヌルい、ヌルすぎる。
将軍は、もっと徹底して「お国のためなら平気で非人道的なこともやりまっせ」という冷徹さを示すべきだ。
ブルースが幼年時代のことを覚えていようがいまいが、お構い無しに幽閉しようとするぐらいの断固とした態度を示すべきだ。
憎まれ役として、あまりにも中途半端だ。ブルースは早い段階で、自分が怪物に変貌することを分かっている。
「無自覚のままで暴れて、翌朝に目覚めたら良く分からない傷がある」といった、ジキル氏とハイドのようなキャラ設定ではない。
しかしベティーから「昨夜は研究所にいたの?」と問われた時のブルースは、無表情で応対する。
ブルースは自分が怪物に変身することを、淡々と受け止めているのだ。タルボットに襲われた時も、ブルースは怒りの感情を抑えようとする気が全く無い。むしろ、自ら望んで変貌しようとしている。「変身 してはいけない、頼むから俺を怒らせないでくれ」といった類の心の叫びは、全く聞こえてこない。自分が得体の知れない怪物になった こと、怒りで暴走する存在になったことへの苦悩や葛藤、悲しみといった感情を、これっぽっちも表現しない。
でも、そこで悩まないで、どこで悩むのよ。
いや、実は「どこで悩むのか」という問いに対する答えは、劇中で出ているんだよな。
ブルースが悩むのは、抑圧されて覚えていない4歳の頃の記憶や、父との関係についてだ。
でもね、過去の問題も重要かもしれないけど、目の前に「自分が操縦不能な怪物になってしまう」という深刻な問題があるのに、そっちは 全くの無関心って、どういうことなのよ。ベティーがブルースに「過去の心的外傷が記憶を抑圧して云々」と語るシーンもあるなど、どうも話が「ブルースが記憶を取り戻そうと する」という進行になっているようだ。
だけど、「記憶を取り戻したら何なのか」と言いたくなる。それによって、怒りによる変身が無くなるわけじゃないし、怪物の暴走を コントロールできるようになるわけでもないでしょ。
過去のトラウマがあろうと無かろうと、ブルースが怒りで変身する怪物になったことに変わりは無いのよ。なのに、そっちばかりに気を 取られすぎじゃないのか。
そもそも「抑圧された記憶を思い出そうとする」という展開って、すげえ邪魔じゃねえか。最初から記憶が抑圧されている設定を排除して しまうか、もしくは序盤でさっさと記憶を取り戻した方がいいよ。ベティーはすぐに怪物の正体を知り、あっさりと受け入れてしまう。いやいや、そんなヌルいことではダメでしょ。そこは「ブルースは 愛する女にさえ怖がられる」という流れを用意して、そこで主人公の孤独や悲哀をアピールすべきでしょうに。
最終的にベティーがブルースを受け入れる展開になるのは構わないけど、その前に「怪物を怖がる」という手順は踏むべきだよ。
ベティーはブルースを生家に連れて行き、記憶を取り戻させようとする。でも、トラウマがあるのなら、記憶を取り戻したら、そのせいで 怒って変身する可能性もあるんじゃないの。
タルボットは砂漠基地に収容されたブルースの前に現れ、「細胞が欲しいから変身しろ」と要求して痛め付ける。でも細胞を採取するだけ なら、変身させる必要なんて無いでしょ。それに、目の前でブルースが変身してしまったら、一捻りで殺されるかもしれないぞ。アン・リー監督は、キング・コングやフランケンシュタインの怪物をモチーフにしていると公言しているし、実際、ハルクはそのような 存在であるべきだ。
しかし本作品のハルクは、「悪意は無いのに迫害される悲しきモンスター」になっていない。
迫害の代表であるべき将軍もタルボットも、その行動がヌルい。
この映画ってヴィラン(悪漢)が登場しないんだから、この2人がもっと頑張らないと。
あと、ハルクが一般市民から恐れられ、迫害される描写が無いのも大きなマイナス。将軍がハルクを外に誘導して戦闘を開始し、そこがクライマックスになるのかと思いきや(っていうか、そこをクライマックスにすべきだ) 、ベティーが現れて怪物はブルースに戻ってしまう。
で、倉庫にデヴィッドが現れて、最後はブルースとデヴィッドのモンスター対決になる。
そこに向けた道程を、全く辿っていないぞ。
ブルースの父に対する愛憎、親子の感情のぶつかり合い、忌まわしい親子関係ってモノが充分に描かれていないから、「父殺し」という シェークスピア的なテーマも薄くなっている。そもそも、ブルースが怪物になったのは父親のせいなのに、そのデヴィッドを連れて来るなんて、アホでしょ。
そんなの「変身して暴れてください」と言っているようなモンじゃねえか。
なのに将軍はホイホイとデヴィッドを連れて行き、それをベティーも止めようとしない。
バカ親子だな。
っていうか将軍にしてもデヴィッドにしても、何がしたいのかイマイチ良く分からない部分があるな。
で、最後に父親との対決を持って来るものだから、ベティーが完全にカヤの外になってしまう。
締まりの無い脚本だなあ。(観賞日:2009年1月22日)
第26回スティンカーズ最悪映画賞
ノミネート:【チンケな“特別の”特殊効果】部門