『ボディ・ハント』:2012、アメリカ&カナダ

ある日の深夜、ジェイコブソンで幼い娘のキャリー・アンが母のメアリーと父のジョンを次々に惨殺して姿を消した。それから4年後、そんな事件があった田舎町に、シカゴから離婚したばかりのサラ・キャシディーと一人娘のエリッサが引っ越してきた。2人は大家のダンに案内してもらい、州立公園に囲まれた郊外の新居を訪れた。窓から外を眺めたエリッサは、すぐ近くに4年前の事件があった空き家があるのを発見した。新居の家賃が安いのは、その家が近くにあるからだった。その夜遅く、窓の外に目をやったサラは、空き家に明かりが付くのを目撃した。
翌日、サラとエリッサは近所に住むベン・レイノルズが開いたバーベキュー・パーティーに参加した。サラはダンに、「ジェイコブソン家には誰か住んでいるの?」と昨晩のことを話した。するとダンは、息子のライアンが住んでいることを教えた。ベンの妻であるボニーはエリッサをプールへ連れて行き、子供たちと遊んでいる息子のタイラーを紹介した。ボニーはタイラーのことを、「生徒会長で慈善活動もしている」と自慢した。
昼食の時、エリッサは4年前の事件について「ライアンはどこにいたの?」とベンたちに尋ねる。タイラーは「叔母さんと一緒に別の場所で暮らしていた」と言い、「キャリー・アンの死体は見つかってないから、今も森で生きてるって信じてる人もいる」と語る。大人たちは「ただの都市伝説よ」と笑い飛ばした。帰り道、エリッサとサラと共に森の近くを通る。「こんな森で生きられると思う?」とエリッサが問い掛けると、サラは「思わない」と軽く笑った。
次の日、サラは母と映画に行く約束をしていたが、電話で遅番を任されたことを聞かされる。タイラーから飢餓救済パーティーに誘われ、サラはOKした。しかし会場の一軒家へ行ってみると、若者たちが遊ぶために集まっているだけだった。タイラーは「去年はアフリカの飢餓撲滅に1200ドル寄付した。実は親父のカードを使ったんだけどね。募金集めなんて面倒だろ。でも、こういうことをやっておけば大学進学には有利だ」と述べた。「そうとうな悪知恵ね。感心するわ」とエリッサは呆れて口にした。
酔っ払ったタイラーがベッドに誘って来たため、エリッサは呆れて立ち去ることにした。夜道を歩いていると、一台の車が通り掛かった。運転していた青年は、「送って行こうか?引っ越して来たのを見たよ。ウチ、隣なんだ」と言う。彼はタイラーだった。「雨も降りそうだし、15キロもある」とタイラーは言うが、エリッサは「ママが迎えに来るからいいの」と遠慮した。実際は、母が迎えに来る予定など無かった。直後に天気が嵐となったため、エリッサはタイラーの車に乗せてもらうことにした。
エリッサは唐突に「御両親は殺されたの?」と問い掛けてしまい、すぐに謝った。タイラーは「別にいいよ、当然の疑問だ」と軽く言い、「本当はみんな知りたくてウズウズしてる。なぜ両親が殺された家に住んでるのかって」と口にする。エリッサが「なぜ住んでるの?」と尋ねると、彼は「7歳で叔母に預けられた。親との思い出は、あの家だけだ。でも実際に住んでみると大変で、だから修理して売ろうと思ってる」と述べた。
タイラーはエリッサを家の前まで送り、「夜明けになると裏庭で書き物をしてる。あの時間はみんな眠ってるから、まだ空気が消耗してないんだ」と語った。帰宅したエリッサは、ライアンに送ってもらったことを母に告げた。家に戻ったタイラーは、地下室へ食事を運ぶ。ドアの鍵を開けた彼が中に入ると、一人の女性が飛び掛かって来た。タイラーは「落ち着け、キャリー・アン」と叫び、彼女に鎮静剤を注射しておとなしくさせた。
翌日、エリッサが高校のテラスにいると、ジリアンという同級生が声を掛けて来た。パーティーでジリアンが悪酔いしてベッドにいるのを見たエリッサは、彼女に毛布を掛けてあげていた。そのことでジリアンは、エリッサに礼を言う。兄のジェイクと友人のロビーが来たので、ジリアンはエリッサに2人を紹介した。エリッサがシカゴでバンドを組んでいたことを、ジェイクはネットの情報で知っていた。彼はエリッサに、高校のバンド・コンテストへの出場を持ち掛けた。
病院で働いているサラは、警官のビル・ウィーヴァーにライアンのことを尋ねる。ウィーヴァーはライアンに同情的で、「問題を起こしたことは無いけど、不動産価値のことでは色々と非難されているみたいだ」と述べた。放課後、サラはライアンの家を訪ね、自作のCDをプレゼントした。家族写真を見て「いいよね、家族が一緒にいるって」とエリッサが漏らすと、ライアンは「キャリー・アンは家族の要だった。でも事故があって事情が変わった」と言う。
タイラーはエリッサに、幼い頃に妹とブランコ遊びをしていて誤って突き落としてしまったこと、脳に障害を負った彼女が喚き散らしたり物を壊したりするようになったことを明かした。帰宅したエリッサは、ライアンの家へ行っていたことをサラに話す。「彼って大きな家にたった一人で」と言うエリッサに、サラは「分かってるのよ。救うつもりでしょ。博愛精神が旺盛なのね。でも、助けてあげられない人もいるのよ」と忠告した。
タイラーが地下室の鍵を掛け忘れたので、キャリー・アンはジェイコブソン家を抜け出した。気付いたタイラーは、キャシディー家へ走る彼女を慌てて追い掛けた。タイラーはエリッサが気付く前に、キャリー・アンを捕まえて口を塞いだ。後日、サラはライアンを夕食に誘う。ライアンはエリッサとサラに、叔母が入院したので町に戻って来たのだと説明した。ライアンを招いた母の意図を見抜いたエリッサは露骨に不快感を示し、嫌味を口にした。サラはライアンに、エリッサと2人きりで会わないよう鋭い口調で要求した。タイラーが約束して立ち去った後、エリッサは母を激しく非難した。
翌日、エリッサはライアンを学校へ呼び出し、昨晩の母の態度を謝罪した。エリッサはジリアンを紹介し、「2人きりじゃないから家まで送って」とライアンに告げた。ジリアンが帰った後、エリッサはライアンの家へ行く。彼女は母から連絡が来ることを予期し、自宅の電話が携帯に転送されるように細工していた。タイラーはエリッサに、「人は周囲の秘密に気付かない。昔からずっと、すぐ近くで見つけてもらうのを待ってるのに」と語る。エリッサは「その考え方も、私を見る目も素敵」と言い、彼にキスをした。
ライアンが自宅にエリッサを招き入れ、抱き合って何度もキスを交わす。キャリー・アンはドアを強く叩き、出っ張り部分に置いてある鍵を紙の上に落とした。ドアの隙間から紙を滑り込ませた彼女は、鍵を使ってドアを開けた。キャリー・アンが逃げたのに気付いたタイラーは、「ウチに来たのが間違いだ、帰れ」とエリッサを追い出した。タイラーは森へと走るキャリー・アンを追い掛けた。キャリー・アンは若いカップルを見つけて駆け寄ろうとするが、タイラーに阻止された。口を塞がれた彼女は、窒息死してしまった。
キャリー・アンの遺体を車で運んだタイラーは、翌朝になってダイナーへ出掛けた。沈んだ様子のタイラーにウェイトレスが声を掛け、サービスとしてケーキを出した。ライアンはエリッサに電話を掛け、「会って話したいことがある」と告げた。電話を切った後、彼は地下室のドアに新しい錠前を取り付けた。ライアンはエリッサに誘われ、バンド・コンテストの会場へ赴いた。タイラーと仲間たちは、彼の車をバットで破壊した。タイラーに暴行されたライアンは反撃し、彼の足を骨折させた。ライアンが逃げるように去った後、タイラーの仲間たちは「あいつの家に火を付けてやる」と言って車に乗り込む…。

監督はマーク・トンデライ、原案はジョナサン・モストウ、脚本はデヴィッド・ルーカ、製作はアーロン・ライダー&ピーター・ブロック&ハル・リーバーマン、製作協力はベアトリス・スプリングボーン、製作総指揮はアリソン・シルヴァー&ソニー・マリー&スティーヴ・サミュエルズ&アンソニー・ヴィスコンジ二世&ドミニク・ヴィスコンジJr.&ライアン・カヴァナー&タッカー・トゥーリー、撮影はミロスラフ・バシャック、編集はスティーヴ・ミルコヴィッチ&カレン・ポーター、美術はリサ・ソーパー、衣装はジェニファ・ストロード、音楽はテオ・グリーン、音楽監修はスティーヴ・リンジー。
出演はジェニファー・ローレンス、マックス・シエリオット、ギル・ベローズ、エリザベス・シュー、エヴァ・リンク、ノーラン・ジェラード・ファンク、アリー・マクドナルド、ジョーダン・ヘイズ、クリスタ・ブリッジス、ジェームズ・トーマス、ヘイリー・シセラ、クレイグ・エルドリッジ、ジョナサン・ヒギンズ、オリヴァー・ソウル、ロリ・アルター、ジョイ・タナー、ボビー・オズボーン、グレイス・タッカー他。


『ターミネーター3』『サロゲート』のジョナサン・モストウ監督が原案を担当した作品。
脚本は『エディー/勝利の天使』『ドリームハウス』のデヴィッド・ルーカ、監督は『監禁ハイウェイ』のマーク・トンデライ。
エリッサを『ウィンターズ・ボーン』『X-MEN:ファースト・ジェネレーション 』のジェニファー・ローレンス、ライアンをマックス・シエリオット、ウィーヴァーをギル・ベローズ、サラをエリザベス・シュー、キャリー・アンをエヴァ・リンク、タイラーをノーラン・ジェラード・ファンク、ジリアンをアリー・マクドナルドが演じている。

まず、「この邦題はダメだろ」と感じた。
タイトルで完全にネタバレしちゃってるでしょ。
そりゃあ「House at the End of the Street」が原題だから、そのまんま日本語にして『ハウス・アット・ジ・エンド・オブ・ザ・ストリート』ってのは有り得ない。別の邦題を考えるべきだ。その際、何となく内容が伝わるような内容にするのは理解できる。
だけど、映画として「重要な秘密」として隠されている部分をタイトルで明かすような形にしちゃダメだろ。
それは伝えるべき箇所を間違えているぞ。

もう邦題でバラしているようなモンだから、ここでも何の迷いもなく書いちゃうが、ライアンは妹の代わりになるボディーをハントしている。最初にエリッサが見たキャリー・アンは拉致監禁されていた偽者で、ウェイトレスもやはり拉致監禁される。
邦題はネタバレしているが、映画の作りとしては、最初からライアンが女性を拉致して妹の身代わりをさせていることが明らかになっているわけではない。それは当たり前っちゃあ当たり前だ。
そこをバラした上で進めても観客の恐怖を喚起するのが不可能ってわけではないが、かなり難しい。
そこを隠しておいて、「実は」という種明かしが後半に用意されている構成の方が、ベタに怖がらせることが出来る。

この映画の致命的な欠点は、ちっとも怖くないってことだろう。
前述した「実はキャリー・アンが拉致された別人」という秘密はあるが、そこのミステリー要素だけで観客を満足させられるような映画ではない。やはり、怖くなければ価値が無い。そして実際、明らかに演出としては怖がらせることを意識しているのだ。
にも関わらず怖くないってことは、演出のセンスに問題があるってことだ。
ぶっちゃけ、シナリオは特にこれといった新鮮味もなく、これといった捻りも無く、ベタで凡庸なので、演出で相当に頑張らないと厳しいのだが、そこも凡庸で冴えない。

「シナリオに新鮮味が無い」と書いたが、「ヒロインは最初から近所に殺人事件があった家があることを知っている」というのは、ある意味では新しいと言えるかもしれない。
普通なら、この手の映画では「主人公は不気味な雰囲気の家が近くにあるのを見つける」→「過去にその家で起きた事件のことを知る」という手順を踏むのがセオリーだからだ。
で、そのパターンを使わないことで何か映画に面白味や新鮮さが生じているかというと、答えはノー。特にこれといった効果は無い。
っていうか、むしろ「知っていながら平然と引っ越しているってことは、あまり怖がっちゃいない」ということになるわけで、マイナスなんじゃないかと。

エリッサの行動が、かなり不自然なことになっている。
嵐の夜にライアンの車で送ってもらったからって、彼の家を訪れるってのは違和感が強い。車内の会話でエリッサがライアンに対して好印象を持ったことは理解できるが、だからって家まで押し掛けるかね。
まだ家庭訪問は受け入れるとしても、家の中を勝手にうろつき回り、キャリー・アンの寝室にまで入り込むって、どんだけ無作法なのかと。
家族について色々と詮索するような態度も違和感ありまくり。いつの間に、そんなに興味を持ったんだよ。
サラが「救ってあげるつもりでしょ。博愛精神か旺盛なんだから」と言ってるけど、後付けの理由にしか思えんよ。そこまでに、エリッサが博愛精神の旺盛な人間だということを示す描写なんて皆無だったので。

序盤で「キャリー・アンが今も生きていて、森に潜んでいるのではないか」という疑惑を提示し、ダンの家からエリッサとサラが帰る時に森の中で何者かが動いている様子を描く。こうすることで「キャリー・アンがヒロインを襲うのか」というところでスリルを煽ろうとしているわけだ。
しかし、ここには1つ大きな欠陥があり、それは「まだライアンが登場していない」ってことだ。
「森にキャリー・アンが潜んでいるのではないか」という都市伝説チックな部分で不安や恐怖を煽りたいなら、ライアンの部分はハッキリさせておくべきだ。
そこを謎の存在にしたままだと、キャリー・アンの方に意識が集中できない。

物語の中身を考えると、実際は既に死んでいる(つまり森の中など潜んでいない)キャリー・アンに観客の意識を向けさせ、ライアンには全く不信感を抱かせないようにすべきだろう。
そういうミスリードを図るためには、先に「ライアンは同情すべき過去を持つ男であり、なんら忌み嫌われるようなトコロは無い」ということをアピールした方がいい。そして、それから「キャリー・アンが今も生きていて、森に潜んでいるのではないか」というミスリードのための作業を色々と散りばめて行った方がいい。
ところが本作品の場合、「空き家だったはずの家に明かりが点く」というところで観客の不安を煽り、「実はライアンが住んでいる」という事実が後から明らかにされることで、彼に対して「不審な人物」という印象を観客が抱きやすくなってしまう。
その後には近所の住人が「ライアンは閉じ篭もっていて全く外に出て来ない」と言っているし、実際にライアンは姿を見せていないので、ますます彼に対するイメージは悪化する。

嵐の夜にライアンが登場し、エリッサと話して「オイラ、怪しいモンじゃないよ」ということを態度でアピールしようとする。
しかし残念ながら、ちっとも怪しさは払拭できていない。まあ払拭というか、そこが初登場なんだけど、「やっぱり実際に登場しても怪しさがある」と感じる。
おまけに、帰宅した彼が地下室に監禁している少女に食事を運ぶシーンまで描いてしまう。
ってことで、あっさりと「ライアンが好青年じゃない」ということが確定しまう。

それでも、その段階では「危険人物であるキャリー・アンの面倒を見ている」という状態を装っているので、まだ「ライアンがキチガイ犯罪者である」ということを明かしているわけではない。
ただ、キャリー・アンを地下室に監禁していることが描かれると、「キャリー・アンは森に潜んでいる」という都市伝説は明確に否定されてしまう。
そうなると、そこまでに何度か行っていた「森に誰かが潜んでいる」ということを匂わせるための描写は、無意味なモノになってしまう。

早い段階で「悪霊が登場する類のホラー映画ではない」ってことが明らかになるので、当然のことながら「怪奇現象でヒロインが怯える」ということも期待できない。
実際に事件が発生しないと、ヒロインを怖がらせることは難しい。
しかし、この映画、殺人事件も殺人未遂も、一度も起きない。
殺人事件が起きれば「キャリー・アンが地下室を抜け出して殺したのでは」という疑惑を生じさせることが出来るが、そういう展開が用意されていないとなると、「じゃあ我々は何を怖がればいいんだろう」と思ってしまう。

キャリー・アン(とりあえず呼んでおく)が地下室を抜け出してキャシティー家へ向かうシーンが用意されているので、たぶんシナリオ的には「彼女がエリッサに襲い掛かろうとしている」という風に見せたいんだろう。
まず「キャリー・アンがエリッサの命を狙っているように見えない」という問題があるが、それは置いておくとしても、エリッサが「自分が狙われている」「自分の周囲で恐ろしいことが起きている」ということに全く気付いていないので、当然のことながら全く怖がらない。
ヒロインが全く恐怖も不安も抱いていない中で、観客を怖がらせるってのは難しい作業である。
2度目の脱走に至っては、キャリー・アンはエリッサに目もくれずに家から抜け出しているので、「誰かを襲うことではなく脱走が目的」ってのが露呈しちゃうし。

ライアンを「危険な妹の面倒を見ている兄貴」という位置付けに見せ掛けているので、そこを恐怖の発信源にすることが出来ないという厄介な問題もある。
しかも、ライアンは拉致した女性を監禁して面倒を見ているだけで満足なので、後から「実は彼の仕業」ということが明らかになる事件を持ち込むことも難しい。
恐怖を生み出す存在がキャリー・アンしかいないのに、そのキャリー・アンが「2度に渡って地下室を抜け出す」という行動しか取らないのだから、そりゃあ怖くなろうはずがない。

2度目にキャリー・アンが抜け出した際にはライアンが彼女を殺害するが、まだ上映時間はたっぷりと残っている。
だから、その辺りでライアンの本性を明かし、恐怖の対象をスライドさせて観客を怖がらせようとするのかと思ったら、なぜか知らんが「タイラーの一味がライアンの車を壊したり、ライアンに暴行したり、ライアンの家に火を放ったりする」という展開を用意する。
結果として、火事を消したエリッサが監禁部屋を発見する流れには繋がっているけど、そこに暴力という恐怖を用意するのは違うんじゃないかと。

ともかく、開始から70分ほどが経過してライアンが本性を現し、ようやくヒロインが恐怖を感じる状況が訪れる。
そして、それが訪れると同時に彼女は「新しいキャリー・アン」として拘束され、もう物語は佳境へと突入する。
「ひょっとすると、そこでのサプライズと落差を効果的に機能させるために、そこまでは低調なサスペンスとして推移させていたのかもしれない」という風に、何とか好意的に解釈しようとしたが、やはり無理だった。

ライアンの正体を明らかにするのが終盤だったり、回想シーンを除けば初めての殺人事件が起きるのが終盤だったり、そういうのは別に構わない。
ただし「そこまでに観客を怖がらせたり、緊張感を醸し出したりするための仕掛けを充分に用意してあれば」という条件付きだ。
そういうことが満足に実行されていないのに前述のような構成になっていると、それは単に「恐怖の著しく不足している恐怖映画」ということになってしまう。
で、エリッサが監禁された後は、この手の映画では良くある「警官が来るけどキチガイ殺人鬼に殺される」とか「逃げ出したエリッサがキチガイと格闘して始末する」というベタな展開があって、どんとはらい。

(観賞日:2014年8月25日)

 

*ポンコツ映画愛護協会