『ホーム・オン・ザ・レンジ/にぎやか農場を救え!』:2004、アメリカ

アラメダ・スリムとウィリー・ブラザーズは、西武を荒らし回っている牛泥棒の4人組だ。アブナー・ディクソンの牧場でも、雌牛のマギーを除く牛たちが全て盗まれた。アブナーは牧場を閉鎖し、友人のパール・ゲスナーにマギーを預けることにした。パールは楽園農場を営んでおり、牛のキャロウェイ夫人やグレイス、ヤギのジェブ、鶏のオードリーなど多くの動物たちを飼育していた。品評会用の牛であるマギーが静かな田舎の農場へ来たので、キャロウェイたちは驚いた。
陽気なマギーが明るく話し掛けると、動物たちのリーダー格であるキャロウェイが上品に挨拶した。キャロウェイたちが働いていると知ったマギーは、「私にもそんな時代があったわ」と言う。マギーが華麗な芸を披露すると、子豚のトリオは大喜びした。マギーがゲップすると、すぐに3匹は真似をした。暴れ馬のバックを走らせて農場へやって来た保安官のサムは、銀行からの督促状をパールに手渡した。銀行の方針が変更され、支払いの遅れは許されなくなったのだと彼は説明した。
パールはサムから「あちこちの農場が潰れて銀行も大損している。あと3日で支払わないと競売に掛けるそうだ」と聞かされ、ショックを受けた。サムが何頭かの家畜を売却して返済に充てるよう勧めると、パールは「みんな家族よ。売れるもんですか」と腹を立てた。だが、作物の出来は悪く、もはやパールに返済の当ては無かった。動物たちも落ち込み、豚のオーリーは「こんなのフェアじゃないよ」と漏らす。するとマギーは、カウンティー・フェアで賞金を稼ぐことを提案した。ただしカウンティー・フェアは1週間先なので、まずはバックを手懐けて支払いを待ってもらうべきだと彼女は語った。
キャロウェイが反対するので、マギーはグレイスを連れて町へ行くことにした。するとキャロウェイは「自分のようにしっかりした牛が同行しないとマギーとグレイスが心配」という理屈で、彼女たちを追い掛けた。その頃、伝説の英雄気取りで妄想に浸っていたバックは、現実に引き戻されて溜め息をついていた。悪党を退治して活躍したがっているバックに、犬のラスティーは「この町は平和だが、たまには事件も起きるだろう」と声を掛けた。
賞金稼ぎのリコがお尋ね者のジョーを捕まえて連行するという電報がサムに届き、バックは「リコに乗ってもらえたら楽しいだろうなあ」と興奮する。町に到着したマギーたちは、農場では経験の無い大きな物音に驚いた。3頭は保安官事務所と間違えて、酒場へ駆け込んだ。マギーたちがショーの最中だった舞台に乱入してしまったことで、酒場は大騒ぎになった。店を追い出された3頭はバックとラスティーに遭遇し、督促状を返そうとする。しかしバックたちは冷淡に拒否し、3日以内に750ドルを持って来るよう要求した。
リコが町に現れ、ジョーをサムに引き渡して賞金を受け取った。「次は誰だ」と尋ねるリコに、サムは「残っているのはアラメダ・スリムだけだ」と告げる。懸賞金が750ドルだと知ったマギーは、自分たちがスリムを捕まえようと言い出した。新しい馬を求めていたリコは、存在をアピールするバックを使うことにした。キャロウェイはマギーの考えに呆れ、断固として反対する。しかしマギーは能天気な態度で、牛追い用の馬車に付いて行って群れに紛れ、スリムを待ち伏せようと持ち掛けた。
マギーは軽い調子でキャロウェイを叩き、イタズラ感覚で帽子を弾き飛ばした。するとキャロウェイは腹を立て、マギーを突き飛ばした。マギーとキャロウェイが喧嘩を始めると、サムは馬車から逃げ出した暴れ牛だと勘違いした。彼はグレイスも含めた3頭をロープに繋ぎ、御者に引き渡した。
場所で運ばれていく途中、マギーはアブナーの牧場が競売に掛けられている現場を目撃した。雄のロングホーンの群れがいる場所に到着すると、キャロウェイは気を付けるようマギーとグレイスに告げた。ロングホーンのバリーとボブがナンパしてくると、グレイスはスリムを捕まえに来たことをベラベラと喋った。スリムがウィリー・ブラザーズを引き連れて現れたので、マギーは復讐しようとする。しかしスリムがヨーデルを歌い始めると、マギーはすっかり幻惑されてしまった。マギーだけでなく、他の牛たちもスリムの歌声に魅了された。これまでスリムが牛泥棒を見事に遂行していたのは、その特技のおかげだったのだ。
スリムは催眠状態に陥った牛たちを操り、岩場の向こうへ連行する。音痴なグレイスだはヨーデルに幻惑されず、彼女が馬車で突っ込んだことでマギーとキャロウェイも催眠から解けた。リコが仲間たちを引き連れて駆け付けるが、スリムは岩盤を封鎖して逃走した。バックは3頭の前で、リコの選ばれたことを自慢する。だが、その様子を見ていたリコは牛が怖いのだと誤解し、町へ戻る仲間たちに「あの馬を保安官に返してくれ」と頼んだ。リコは別の馬に乗り、その場から走り去った。
バックはスリムを捕まえてリコに認めさせようと考え、捕まえようとする賞金稼ぎたちを振り切って逃走した。その頃、アジトに戻ったスリムは、ウィリー・ブラザーズに向かって自分の悪行を自慢げに話していた。彼は大地主に変装して牛を盗んだ牧場の競売に参加し、土地を安く買い占めることを繰り返していた。かつて牧場で働いていた頃、牧場主たちに歌を認めてもらえなかったことで、彼は復讐心を抱くようになっていた。パールの酪農場の競売を知り、スリムは即座に参加を決めた。
マギーたちは足跡を辿り、リコを発見した。するとリコは猛スピードで蛇行を繰り返し、3頭を撒いた。直後に大雨が降り出し、足跡は消えてしまった。雷雨の中で鉄砲水に襲われた3頭は、大きな石の上に避難した。キャロウェイが「この水が引いたら戻るわよ。私たちに牛泥棒を捕まえられるわけがない。どうせ仕返ししたかっただけでしょ。くだらない計画で時間を無駄にして」と激しく責め立てるので、マギーは「ここからは別々に行く」と宣言した。
翌朝、雨が上がって水がすっかり引いた後、マギーたちは砂漠で暮らすウサギのラッキー・ジャックに出会った。鉄の義足を持つジャックは、一族の住み家をスリムに追い出されていた。スリムがエコー・マイルにいると知ったマギーは、ジャックに案内してもらうことにした。彼女はキャロウェイとグレイスに、「アンタたちは金、私は復讐が目当て。3人で行けば捕まえられるよ」と持ち掛けた。ジャックに導いてもらい、3頭はスリムのアジトへ向かう。その頃、スリムは闇商人のウェズリーに牛の群れを売却していた…。

脚本&監督はウィル・フィン&ジョン・サンフォード、原案はウィル・フィン&ジョン・サンフォード&マイケル・ラバシュ&サム・レヴァイン&マーク・ケネディー&ロバート・レンス、製作はアリス・デューイ・ゴールドストーン、製作協力はデヴィッド・J・ステインバーグ、編集はH・リー・ピーターソン、アート・ディレクターはデヴィッド・カトラー、伴奏音楽はアラン・メンケン、オリジナル歌曲作曲はアラン・メンケン、オリジナル歌曲作詞はグレン・スレイター。
声の出演はロザンヌ・バー、ジュディー・デンチ、ジェニファー・ティリー、スティーヴ・ブシェミ、G・W・ベイリー、キューバ・グッディングJr.、ランディー・クエイド、ランス・ルゴール、チャールズ・デニス、サム・J・レヴィン、ジョー・フラハティー、リチャード・リール、キャロル・クック、エステル・ハリス、チャーリー・デル、ボビー・ブロック、キートン・サヴェージ、ロス・シマンテリス、マーシャル・エフロン、チャールズ・ヘイド、マーク・ウォルトン他。


『トレジャー・プラネット』『ブラザー・ベア』のウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオズが手掛けた長編アニメーション映画。
マギーの声をロザンヌ・バー、キャロウェイをジュディー・デンチ、グレイスをジェニファー・ティリー、ウェズリーをスティーヴ・ブシェミ、ラスティーをG・W・ベイリー、バックをキューバ・グッディングJr.、スリムをランディー・クエイド、ジュニアをランス・ルゴール、リコをチャールズ・デニスが演じている。

あえて古典的なディズニー・アニメーションを復活させてみようという意識で作られた映画らしいが、そのメリットが分からない。
例えばシリーズ作品が行き詰まりを迎えた時に原点回帰を目指すってのは、良くある手口だ。
ピクサーが初の長編『トイ・ストーリー』を公開してからは完全にアメリカのアニメ市場でトップを走るようになり、ドリームワークス・アニメーションも『シュレック』シリーズが大ヒットして、ディズニーは後塵を拝するような状態となっていた。
そんな中でセルアニメの映画を作り続けていたディズニーとしては、ひとまず最初に戻ってみようということだったんだろうか。

まず映画が始まって映像を見た段階で、「これってホントに2004年の映画なのか」と首をかしげてしまう。アニメーションが、2004年のモノには見えないのだ。
例えば2002年の『リロ・アンド・スティッチ』辺りと比べても、キャラクターの描き込みや立体感が落ちているように感じられる。つまりディズニーは、その部分も原点回帰しているわけだ。
だけど、映像表現の部分で昔の作品を意識したようなことをやったら、それは単に古臭いだけじゃないのか。
いや、さすがに昔の質に落としているわけじゃなくて、もちろん2004年としては高い質を保ちつつ、あえて昔っぽい映像にしてあるんだとは思うよ。
でも、そんなのは余程のマニアかプロじゃないと分からないわけで、素人からすると「なんか古い」、もしくは「なんか安っぽい」という印象しか受けない。

キャラクター・デザインも、意図的にクラシカルなモノにしてシンプルに仕上げているんだろうけど、それが好印象に繋がっているとは到底思えない。
原点回帰するにしても、それはキャラクター・デザインを含む映像表現じゃなくて、テーマやプロットに限定すべきじゃないかと。
っていうか、そもそも本当に原点回帰するのが正しい選択だったのかという部分からして、疑問はあるんだけどね。

なんでもかんでもフルCGにすりゃいいとは思わないし、この頃のディズニーがセルアニメにこだわっていたことは全否定したくない。
むしろ、セルアニメの映画を作り続けようとしていた心意気は大いに称賛したい。
それに、この映画だってセルアニメだからポンコツというわけではないからね。
同じ作品をフルCGで作っていたら面白いのかというと、そうじゃないのよ。
結局はシナリオや演出に大きな問題があるんだからさ。

同じ年に、ピクサーは『Mr.インクレディブル』、ドリームワークス・アニメーションは『シュレック2』を発表している。
いずれの作品もフルCGだから、アニメーションの質という部分で単純に比較するのは難しい。
ただ、それ以外の部分でも、明らかに本作品は劣っている。
その両作品が手放しで称賛したくなる傑作だとは思わないが、物語の厚みやキャラクターの魅力、メリハリやテンポの付け方、そういった部分では明らかに本作品より上。

何よりも、この映画、ものすごく地味だ。それと、物語が散漫になっている印象も受ける。使いこなせていない余計なキャラや余計なシーンも気になる。
最初にマギーはアブナーという飼い主と共に引っ越すが、すぐにパールという女性に預けられる。しかしマギーは、アブナーと離れることに何の感情も示さない。
アブナーは二度と登場しないんだし、だったら要らないんじゃないかと思ってしまう。
前の飼い主からパールに預けられた設定が無いと、マギーがスリムに復讐心を抱いている設定も消えてしまうけど、じゃあ消せばいい。
それが必要不可欠な要素だとも思わない。

そもそも、マギーが新参者という設定さえ、別に無くてもいいんじゃないかと思うんだよな。
それを効果的に使えているとは思えない。
「新参者が農場に少しずつ溶け込んでいく」とか、「まるで毛色の違う新参者の出現で農場の雰囲気が変わったり、他の動物たちが影響を受けたりする」という筋があるわけでもなく、さっさとマギーは旅に出てしまうし。
キャロウェイとの確執に関しては、マギーが新参者じゃなくても描写できることだし。

農場を主な舞台にした西部劇かと思ったら、これは冒険活劇だった。
すぐにマギーたちが農場を出てしまうので、そこにいる動物たちは、ほとんど出番が無くなってしまう。
途中で農場のシーンが挿入される時にチラッと顔を出すが、なんか勿体無いと感じる。
ただし、だからと言って「じゃあ他の動物たちも一緒に冒険をしたらどうか」というと、それはそれで難しいだろう。
きっとキャラを捌くことが出来ず、ゴチャゴチャしてしまうだろう。

そもそも、マギーたちが出発したらラストまで戻って来ないという構成自体に難があるんじゃないかと思うんだよな。
農場を本拠地にして、そこからミッションの度に選抜されたメンバーが出掛けて行くという形にしても良かったんじゃないかと。
旅に出ちゃったら、マギーはパールやサムとも全く絡まないし、リコとも全く絡まない。
あと、バックも邪魔になってるなあ。マギーたちに焦点を絞り込んた方がいい。
欲張ってバックの物語も並べたせいで、マギーたちの物語と互いに薄め合っており、一方で相乗効果は発揮されていない。

他の動物たちは「農場やパールを救いたい」という動機があるのだが、マギーからすると来たばかりだし、パールとの絆なんて皆無だ。
だから彼女だけは「スリムに復讐したい」という動機が強いんだけど、それが物語の中で上手く消化されているとは言い難い。
それに、マギーも「パールと農場を救いたい」という気持ちで行動させればいいんじゃないのか。
彼女だけ別の動機を用意していることに、これといった意味を感じない。

キャロウェイから「どうせ牛泥棒に仕返ししたかっただけでしょ」と責められた時、マギーは「この計画は私たちの農場を守るためよ」と反発する。
そこには何の迷いも無いので本心なのかと思ったが、スリムと出会った時には「復讐してやる」と口にしているし、スリムの居場所を知った時も「何が何でも復讐したい」と言っている。その上、「アンタたちは金、私が復讐が望み」とハッキリと言っている。
やっぱり復讐が目的なんじゃねえか。
だったら、キャロウェイの批判は的中していたったことになるぞ。

マギーが農場を救うためではなく復讐のためにスリムを狙っているのなら、キャロウェイに批判された時に堂々と「私たちの農場を守るため」と言い切るのは引っ掛かる。
そこは返答に詰まるか、せめて迷いを示すべきだろう。
っていうか、最初からマギー、キャロウェイ、グレイスは3頭とも「農場を救いたい」という動機にしておけばいいんじゃないか。
で、マギーとキャロウェイが対立した時に「でも目的は同じ」ということで手を組む、という流れにでもすれば、そっちの方が話としてはスウィングするんじゃないかなあ。

別行動を取ると決めたマギーは寂しそうに「これでいい。どうせアンタたちの農場では、私は余所者」と漏らす。
でも、それは「農場に来てから何日か経過し、動物たちの中には懐く者もいるが、まだ完全に受け入れられたわけではない」という状況の描写があってこそ活きてくるようなシーンなんだよね。
マギーが農場へ来た直後に「町へ行ってバックを手懐けよう」ということになって出発するので、マギーが農場にいたのは数分だけ。
そりゃあ、どう考えても余所者でしょ。それで仲間意識が芽生える方がおかしいわ。

もちろん上映時間を考えれば、マギーが農場で過ごすシーンに多くの時間を割くことは無理だと分かっている。だから、そもそも話に無理があるのだ。
そこを解消するには、そもそもマギーを新参者にせず、最初から一緒にいる設定にした方がいいんじゃないかと。
もしくは、新参者であっても、農場を本拠地にして、計画を立てたり行動を取ったりする内容にすれば、マギーが農場で過ごしたり動物たちと触れ合ったりする時間も増える。
たまに農場の様子が写り、悲しそうなパールや動物たちの様子を写し出しても、マギーとの絆は全く深まっていない状態なので、観客の気持ちを操れていない。

(観賞日:2014年5月24日)

 

*ポンコツ映画愛護協会