『ハンニバル』:2001、アメリカ&イギリス

FBIのクラリス・スターリング捜査官が殺人鬼ハンニバル・レクター博士の協力で連続殺人犯バッファロー・ビルを逮捕してから、10年の歳月が経過した。ある日、クラリスは麻薬密売人イヴェルダの逮捕する作戦の指揮を執る。しかし銃撃戦の末に、赤ん坊を抱いたイヴェルダを射殺したことから、マスコミの非難を浴びる。
レクターの患者だった大富豪メイスン・ヴァージャーは、テレビの報道でクラリスの存在を知った。かつてメイスンはレクターに麻薬を飲まされ、顔の皮を剥ぎ取っていた。それ以来、彼はレクターへの復讐心を抱き続けていた。メイスンはは司法省のポール・クレンドラーを使って、クラリスが逃亡中のレクター捜索を担当するよう仕向けた。
レクターはイタリアのフィレンツェに渡り、フェル博士と名乗っていた。彼はイヴェルダの事件を知り、クラリスに手紙を送った。クラリスは手紙を調べて、レクターの居場所を突き止めようとする。彼女は手紙に付いた香りをヒントに、香水店の情報を集めようとする。そんな中、イタリアのリナルド・パッツィ刑事は、フェルがレクターだと気付く。
パッツィはメイスンがレクターに多額の賞金を賭けていることを知り、彼に連絡を取る。パッツィは指紋を入手するため、顔馴染のスリにブレスレットを渡してレクターに接触させる。スリはレクターに殺されるが、指紋の入手には成功した。
クラリスはパッツィの行動に気付いて忠告するが、彼はレクターの元へ出向き、惨殺された。メイスンはレクターをおびき寄せるため、クレンドラーを通じてクラリスを停職処分にした。そしてメイスンは、クラリスに近付いたレクターを捕まえる…。
監督はリドリー・スコット、原作はトマス・ハリス、脚本はデヴィッド・マメット&スティーヴン・ザイリアン、製作はディノ・デ・ラウレンティス&マーサ・デ・ラウレンティス&リドリー・スコット、製作協力はテリー・ニーダム、製作総指揮はブランコ・ラスティグ、撮影はジョン・マシソン、編集はピエトロ・スカリア、美術はノリス・スペンサー、衣装はジャンティ・イェーツ、音楽はハンス・ジマー。
出演はアンソニー・ホプキンス、ジュリアン・ムーア、ゲイリー・オールドマン、レイ・リオッタ、フランキー・R・フェイゾン、ジャンカルロ・ジャンニーニ、フランチェスカ・ネリ、ゼリコ・イヴァネク、ヘイゼル・グッドマン、デヴィッド・アンドリュース、フランシス・ガイナン、エンリコ・ロー・ヴァルソ、マーク・マーゴリス、イヴァノ・マレスコッティー、ファブリシオ・ジフニ、エンニオ・コルトルティー他。


ジョナサン・デミ監督の『羊たちの沈黙』の続編。レクターをアンソニー・ホプキンス、クラリスをジュリアン・ムーア、メイソンをゲイリー・オールドマン、クレンドラーをレイ・リオッタ、パッツィをジャンカルロ・ジャンニーニが演じている。なお、オープニングのクレジットでは、ゲイリー・オールドマンの名前は伏せられている。

前作は非常に恐ろしいサイコ・スリラーだったが、この作品には全く怖さが無い。
そのことに不満を抱く人もいるだろう。
しかし、怖くないのは当たり前だ。
なぜなら、この作品は1作目の存在を前提としたパロディーであり、悪趣味なコメディーなのだから。

これはホラーではない。スリラーはない。サスペンスではない。ミステリーではない。私は未読だが、どうやら原作は、鬼畜のジイサンと変態のネーチャンが無事に人食いカップルになるまでの軌跡を描いた、グロテスクなラブストーリーらしい。
しかし、原作では完全に惹かれ合う2人の恋愛劇だったのを、映画にする時に「それじゃあマズイ」と思ったのか、改変した。クラリスのレクターに対する気持ちを、抑えたのである。その結果、クラリスの存在がすっかりシオシオのパーになった。

原作にあったレクターとクラリスの相思相愛の感情を薄めることで、サイコ・スリラーとしてだけではなく、変態鬼畜恋愛劇としてもユルいモノになった。そして残されたのは、残酷でグロステクなテイストの強い、悪趣味なコメディとしての要素である。
まず、クラリス役のジョディ・フォスターに逃げられたことで、意外なところから笑いが舞い込んで来た。ジュリアン・ムーアがクラリスを演じることで、「10年でヒロインの顔がすっかり変わってしまう」という笑いが誕生した。これで、つかみはOKだ。

クラリスのレクターに対する気持ちを抑えたことで、彼女の存在感はすっかり薄くなった。ほとんど室内でじっとしているだけで、そこで繊細な心理描写があるわけでもない。ヒロインの印象がすっかり弱くなっているあたりも、おそらくギャグなんだろう。
メイソンは登場した時のインパクトはあるが、それでほとんど役目はオシマイだ。いわゆる出オチのギャグである。ほとんど自由に動けないし、レクターの対抗馬としては弱すぎる。偉そうに登場したくせにショボいってのが、これまたコメディーである。

さて、真打ち登場、レクター大先生である。今回、レクターはブルジョアのインテリ鬼畜となって復活する。そして殺人も、人肉を食べるという行為も、格調高い趣味の1つと化す。彼は残酷芸術ショーを披露するが、やはりブラックなギャグにしか見えない。
前作のレクターには、スケールの大きさ、得体の知れない不気味さがあった。しかし、今回の彼からは、「何をしでかすか分からない」という恐怖は消え失せている。しかもクラリスの自宅に侵入して寝顔を眺めるなど、ショボショボのストーカーと化した。

さらに容赦無き殺人鬼だったレクターが、クラリスに対しては心優しき救出者になる。天才的な猟奇殺人鬼だったレクターは、クラリスに執着したことによって、ヘロヘロのエロジジイになった。クラリスのことが関係すると、レクターは単なるエロジジイになってしまうので、天才のはずなのに、簡単にメイスンの手下に捕まってしまう。
前作ではレクターの存在を微妙な位置付けにしたのに対し、今回はハンニバル対メイスンという図式を作り上げ、完全に主役サイドに固定した。ハンニバル・レクター博士は、世にも珍しい“鬼畜のヒーロー”になってしまったのである。それだけを取ってみても、この作品が悪趣味なコメディーであることは間違い無いだろう。

ただ1つだけ問題なのは、どうやらトマス・ハリスの原作は大マジで書かれており、映画スタッフもマジで作っているらしいということだ。
製作サイドがマジな作品として作っているのに、出来上がったモノはコメディーだったという、摩訶不思議な映画である。


第24回スティンカーズ最悪映画賞

ノミネート:【最悪の続編】部門

 

*ポンコツ映画愛護協会