『ハンナ』:2011、アメリカ&イギリス&ドイツ

フィンランドの人里離れた小屋で、16歳のハンナは父親のエリックと共に暮らしている。エリックはハンナに狩りや格闘の技術を教え、複数の言語も会得させている。小屋には電気が通っておらず、2人は原始的な生活を送っている。エリックはドイツ人としての偽の経歴を与え、いつでも説明できるよう暗記させている。彼は書物を使ってハンナに知識を与える一方、娯楽は何も与えようとしなかった。音楽さえ聴かせてもらえないハンナにとって唯一の娯楽は、隠し持っているグリム童話ぐらいだった。
ずっと小屋での暮らしが続くハンナは、外に出たいと熱望していた。彼女が何度も要求していると、エリックは小屋にある装置を見せて「これを使えばマリッサに発信する。出て行くならスイッチを入れろ。後戻りは出来ない。彼女に殺されるか、お前が殺すかだ」と述べた。エリックが狩りに出掛けている間に、ハンナはスイッチを入れた。CIA局員であるマリッサ・ウィーグラーは信号を確認し、すぐに幹部たちと会合を開いた。
エリック・ヒラーは元CIA工作員であり、1994年に姿を消していた。1996年、ヨハンナ・ガラック殺害事件で使われた拳銃に、彼の指紋が付着していた。ヨハンナはエリックが訓練している女性だった。マリッサは幹部たちに、「エリックは反乱分子よ。排除を」と促した。幹部たちは「インターポールに任せよう」と消極的だったが、マリッサは「彼は情報を知り過ぎている」と訴えた。一方、ハンナが信号を送ったと知ったエリックは、小屋を出て別行動を取ることにした。
ハンナが小屋に残っていると、マリッサの差し向けた武装チームがやって来た。ハンナは乗り込んで来た連中を始末するが、後から突入してきたチームの前では無抵抗な態度を示した。ハンナはCIAの施設へ連行され、尋問室にはバートン博士がやって来た。カメラの位置を確認したハンナは、「マリッサ・ウイーグラーとの面会」を要求した。監視カメラで様子を見ていたマリッサは反対を押し切り、面会の要求を了承した。
マリッサは尋問室へ行かず、自分の偽物を送り込んだ。ハンナは相手が偽者だと気付かないまま、泣く芝居を見せて抱き付いた。彼女は隙を見せた偽者を殺害し、駆け付けたCIA局員たちも始末した。尋問室から抜け出したハンナは、施設内を逃走した。彼女は次々に局員を殺害し、施設の外へ脱出した。一方、マリッサはエリック、ヨハンナ、幼いハンナを乗せた車を襲った時のことを回想した。銃撃を受けた車から、エリックがハンナを抱いて逃走した。瀕死の状態で残されたヨハンナは、マリッサに「あの子は渡さない」と告げた。マリッサは自分が過去に関わった計画の資料を、全て焼却処分した。
ハンナが砂漠を移動していると、ソフィーという旅行中の少女が声を掛けた。彼女は両親のセバスチャンとレイチェル、弟のマイルズと共に、キャンピングカーで旅行中だった。英語の話せないスリランカ人だと思い込んだソフィーに、ハンナは暗記していた経歴や住所などを無感情で説明した。両親から呼ばれたソフィーは「乗って行く?」と誘うが、ハンナは「歩くのが好きだから」と遠慮した。マリッサは部下たちに、ハンナよりもエリックの捜索を優先するよう命じた。
ハンナは地元民の服を盗んで着替え、町に辿り着く。宿の主人に質問したハンナは、そこがモロッコだと知った。「泊まる場所が欲しい」とハンナが言うと、主人は無料で部屋を与えてくれた。電気やテレビなど文明の利器を初めて目にしたハンナは、パニックに陥った。部屋を飛び出した彼女は、ソフィー&マイルズと再会した。マリッサはショーハブで傭兵のアイザックスと会い、ハンナを捕まえる仕事を依頼した。ハンナはソフィーから家族の夕食に誘われ、一人旅を装った。
次の朝、ハンナはソフィーたちのキャンピング・カーに忍び込み、宿を出発した。アイザックスは手下を率いて宿へ行き、主人を脅してハンナの行き先を尋ねる。防犯カメラの映像を確認したアイザックスは、ハンナがキャンピング・カーに忍び込む姿を見た。アイザックスは「車はスペイン行きフェリーに乗った」と聞き出してから、宿の主人を始末した。マイルズは途中でハンナに気付くが、家族には内緒にした。海を渡って宿に落ち着いたエリックの元には、ハンナから「魔女は死んだ」と記された絵葉書が届いた。
ハンナは車がコルドバのキャンプ場で停まった後、外へ出た。張り込んでいたアイザックスの手下が彼女の姿を確認し、ボスに連絡を入れた。ハンナはソフィーと遭遇してしまうが、「親には言わない」と告げられる。ソフィーは自分の部屋に宿泊させる代わりに、青年2人と遊びに行くので一緒に来てほしいと持ち掛けた。2人組のバイクで出掛けたハンナは、ロマの歌と踊りを見物した。彼女は青年のキスを受け入れるが、反射的に相手を投げ倒してしまった。
アイザックスはテントを調べるが、ハンナがいなかったので立ち去った。ハンナがソフィーと共にテントへ戻ったのは、その直後だった。マリッサはヨハンナの母親であるカトリンの家へ乗り込み、ハンナの居場所を教えるよう要求した。しかしカトリンが情報を提供する様子を見せなかったので、マリッサは冷徹に射殺した。翌朝、ソフィーは両親にハンナが来ていることを話し、フランスまで同乗させてほしいと頼んだ。ハンナが一家と共に出発する様子を、アイザックスと手下たちが見ていた。
エリックはドイツのベルリンに到着し、バスターミナルを出た。彼はCIA局員たちに取り囲まれるが、身柄を確保しようとする連中を一掃した。局員に届いた電話連絡を聞いたエリックは、まだマリッサが生きていることを知った。彼はマリッサが宿泊するホテルへ赴き、彼女の部下であるルイスを始末した。エリックはマリッサも殺害しようとするが、窓から逃げられてしまった。一方、ハンナは敵が追跡していることに気付き、車を飛び出して対処しようとする…。

監督はジョー・ライト、原案はセス・ロクヘッド、脚本はセス・ロクヘッド&デヴィッド・ファー、製作はレスリー・ホールラン&マーティー・アデルスタイン&スコット・ニーミス、共同製作はカール・ウォーケン&クリストファー・フィッサー&ヘニング・モルフェンター、製作協力はジョセフィーヌ・デイヴィース、製作総指揮はバーバラ・A・ホール、撮影はアルヴィン・クーフラー、美術はサラ・グリーンウッド、編集はポール・トシル、衣装はルーシー・ベイツ、音楽はケミカル・ブラザーズ。
出演はシアーシャ・ローナン、エリック・バナ、ケイト・ブランシェット、トム・ホランダー、オリヴィア・ウィリアムズ、ジェイソン・フレミング、ジェシカ・バーデン、ジョン・マクミラン、セバスチャン・ハルク、ジョエル・バスマン、アルド・マランド、マルタン・ヴットケ、グートルン・リッター、モハメド・マジド、ミシェル・ドッケリー、ティム・ベックマン、ポール・ビーチャード、ジェイミー・ビーミッシュ、ヴィッキー・クレイプス、アルヴァロ・セルヴァンテス、マルク・ソト、クリスチャン・マルコム他。


『プライドと偏見』『つぐない』のジョー・ライトが監督を務めた作品。
原案と脚本のセス・ロクヘッドは、これが映画初長編。
共同で脚本を担当したデヴィッド・ファーはTVドラマ『MI-5 英国機密諜報部』で数話を手掛けているが、映画は初めて。
ハンナをシアーシャ・ローナン、エリックをエリック・バナ、マリッサをケイト・ブランシェット、アイザックをトム・ホランダー、レイチェルをオリヴィア・ウィリアムズ、セバスチャンをジェイソン・フレミング、ソフィーをジェシカ・バーデンが演じている。

人には向き不向きってのがあるわけで、どうやらジョー・ライト監督はアクション映画が得意ではなかったようだ。
たぶん製作サイドも、あえてアクション畑ではないジョー・ライトに任せてみたんじゃないかとは思う。
今まで手掛けていなかったジャンルに挑戦することで、意外な才能が発揮されることもある。
しかし残念ながら、「ジョー・ライト」と「アクション映画」の組み合わせでは優れた化学反応が起きることが無かった。

この映画でジョー・ライト監督に何よりも欠けていると感じるのは、「ケレン味」のセンスだ。少なくとも「アクション映画のケレン味」ってのが必要だったのに、そこが足りていない(っていうか全く無い)。
これがアクションの能力に長けた役者の主演作であれば、普通に演出しているだけでも成立しなくはない。その役者のアクション能力だけで、観客を引き付けることも出来るだろう。
しかしシアーシャ・ローナンはアクションの得意な女優じゃないので、悪く言えば「誤魔化す」ための演出が必要なのだ。
それが「ケレン味」だ。

アクションシーンにおけるケレン味が用意されていないために、シアーシャ・ローナンのアクション能力の低さが露骨に見えてしまっている。
例えばハンナがCIAの施設から脱出した時に局員が「不可能だ」と驚いているのだが、「普通では絶対に無理なことを、わずか16歳の少女が1人でやってのけた」という凄さが伝わらないんだよね。
何がどれぐらい凄いのかってことが、まるで伝わらない。
そこそこ長めに1カットを取っていることもあって、アイザックス一味との格闘にしても、どうしてもボロが出てしまう。

エリックのアクションシーンに至っては、完全に「アクション俳優としての見せ方」をしている。
彼がベルリンのバスターミナルを出て移動し、CIA局員に包囲されて全滅させるまでの様子を、1カット長回しで撮影しているのだ。
でもエリック・バナだって、シアーシャ・ローナンに比べれば遥かに動けるものの、やはり格闘能力に優れているとまでは言えないわけで。
だから、相手役とテンポを合わせて動いているのが分かってしまう。それと相手役の面々にしても、腕が当たらないように攻撃しているのが露骨に見えてしまう。

ハンナに「厳しい訓練によって研ぎ澄まされたプロフェッショナルな殺し屋」としての動きが感じられないのは、もちろんシアーシャ・ローナンだから当然っちゃあ当然なのだが、それっぽく見せるための細工は施せたはずで。
しかもネタバレになるが、ハンナって単に「鍛えられて強くなった」ということじゃなくて、遺伝子操作で誕生した強化戦士という設定なのだ。
でも見ている限り、そんな風には全く感じられない。エリックの訓練で強くなっただけにしか見えないのよ。
「人間離れした能力の持ち主」という類の凄さは、まるでアピールされていない。
そういう設定を考えれば、ますますケレン味は必要だったはずでしょ。終盤にエリックと戦った時でも「ちょっと強い」という程度の違いしか見せられないってのは、どう考えても表現として失敗でしょ。

ハンナを狙うアイザックス一味は、全く強そうに見えない。
アイザックスがオカマちゃんキャラなのは別にいいとして、そういう造形にするなら「でも戦ったら凄い」というギャップを付けるべきじゃないかと。
だけど冷酷無比な性格こそアピールするものの、戦闘能力という部分ではイマイチなんだよね。
ただし、そもそもハンナは強化戦士なので、普通の人間が彼女と戦っても強そうに見えないってのは、当たり前とも言える。
ところが困ったことに、ハンナ以外にアイザックスたちが戦う相手はいないので、その強さを示すための比較対象がいないという問題もあるんだよね。

終盤に入って「ハンナは強化戦士だった」という事実が判明するのであれば、開き直って「ハンナが圧倒的な強さを見せ付ける」という描写を徹底する方向性にした方が良かったんじゃないかとも思うんだよね。
むしろ、アイザックスたちに苦戦している方が違和感があるぐらいで。
そして、そのためには、襲って来る敵を「質より量」にしておけばいい。
そもそもマリッサはハンナが強化戦士であることを知っており、施設での暴れっぷりを見て予想以上に成長したことも実感しているはず。それなのに、傭兵3人を送り込むだけってのは、どう考えても愚かしいわ。

この映画は、かなり分からないことが多い状態で進行する。
ミステリアスにしてあるのは、もちろん意図的なんだろう。だけど、せめてエリックがハンナにマリッサを狙わせる表向きの理由ぐらいは、最初の時点で観客に提示すべきだろう。そこを隠しておいても、何の効果も生じない。
っていうか、「母を殺された復讐」という理由を示しておかないと、なぜハンナがマリッサを狙うのかサッパリ分からないわけで。
終盤に「実は」と真相が明かされる展開を用意しているが、そもそも真相を隠すための表向きの理由さえボンヤリしているせいで、サプライズの効果が薄れちゃうでしょ。

一方のマリッサにしても、なぜCIAの意向を無視してまでハンナを始末しようとするのかは、終盤まで明かされない。
ここに関しては、「実はハンナが強化戦士であり、その計画を主導していたのがマリッサだった」「計画の中止に伴って遺伝子操作した子供と母親を全て始末したが、唯一の生き残りがハンナだった」という種明かしが終盤にある。
なので、そこまではマリッサの行動理由を明示できないという事情がある。
しかし問題は、その種明かし自体が、終盤まで隠しておくほどの価値を見出せないモノに過ぎないってことだ。

しかも、計画に関する真実が明かされても、それで全ての疑問が解決されるわけではない。
何より引っ掛かるのは、「なぜエリックはハンナを何年も掛かって鍛え上げ、マリッサを始末させようとしたのか」ってことだ。
元CIA局員だったエリックは、マリッサの潜伏先を簡単に突き止められるぐらい優秀な人間なのだ。
そういう様子を見せられると、「自分で動けば良かったじゃねえか」と言いたくなる。それなら何年も潜伏している必要は無かったわけで。
このタイミングで、ハンナが外に出るのを認めた理由も良く分からないし。

それと、エリックがハンナにマリッサを始末させようとしているのなら、もっと情報を与えておくべきでしょ。
マリッサが偽者を尋問室へ送り込んでも、ハンナは全く気付かないんだけど、エリックが事前に彼女の顔写真ぐらい見せておくべきでしょ。
写真が入手できなかったとしても、詳しい特徴を教えておくべきでしょ。あるいは、本物かどうか確認する方法を教えておくべきでしょ。
全く似ていない偽者と出会っても見抜けないのは、エリックの訓練に落ち度があったと言わざるを得ない。
そこって何よりも重要なことじゃないのか。

ハンナがソフィーの家族と知り合って一緒に行動するようになる展開には、もちろん「殺人兵器として育てられたハンナが家族の情愛を知り、人間としての感情に目覚める」というドラマが付随するんだろうと予想していた。
っていうか、これは単なる予想ではなく、絶対にそうあるべきだという「決まり事」と言ってもいい。
「交流によってヒロインに人間的な感情が芽生える」というドラマを用意しないのであれば、そんな触れ合いなど盛り込む意味が無いのだ。
ところが困ったことに、そんなドラマなど用意されていないのである。

一応、ダブルデートに出掛ける様子や、アイザックス一味との格闘をソフィーに目撃されて狼狽する様子などは描かれている。
しかし、世話になった一家がアイザックス一味に捕まっても、ハンナは助けに行こうとしないのである。ハンナは一家を無視してグリムの家へ向かっており、だから交流のドラマは放り出されて終わるのだ。
脅しを受けた家族がどうなったのかは描かれないが、間違いなく殺されているだろう。
だから、ハンナが「優しくしてくれた家族を見殺しにする酷い奴」ってことになってしまい、ますますマズい状態と化している。

(観賞日:2016年6月27日)


2011年度 HIHOはくさいアワード:第9位

 

*ポンコツ映画愛護協会