『フロム・ヘル』:2001、アメリカ&イギリス&チェコ

1888年、ヴィクトリア朝末期のロンドン。貧民街ホワイトチャペル地区では、大勢の娼婦が客を取るために街頭に立っている。赤毛の娼婦メアリ・ケリーと5人の仲間たちも、その中にいる。しかし娼婦たちは、どれだけ仕事をしても、ギャングのニコル組に稼いだ金の大半を奪われる。ニコル組に逆らえば生きていけないので、娼婦たちは苦しい生活に耐えるしかない。
しかし、そんな生活から奇跡的に抜け出した女もいる。アン・クルックだ。元娼婦の彼女は富豪のアルバートに見初められ、結婚して赤ん坊のアリスも授かった。メアリはアンから頼まれ、アリスを彼女の両親に預けに行くことになった。その途中、メアリと仲間のマーサ・タブラムは、アンとアルバートが何者かに連れ去られるのを目撃した。
マーサが死体となって発見された。彼女は陰部を切除され、ノドを切られていた。フレッド・アバーライン警部は、部下のピーター・ゴットレイ巡査部長たちと共に捜査を開始する。アバーラインは2年前に妻子を亡くして以来、アヘンに溺れる日々を過ごしていた。彼には、幻覚の中で未来の出来事を読み取る特殊な能力が備わっていた。
娼婦ポリーの死体が、街頭で発見された。アバーライン警部は、複数犯が別の場所で彼女を殺害し、死体を運んだのだと推理する。死体の近くには、高価なブドウの房があった。アバーラインは犯人が上流階級の人間ではないかと考えるが、警視総監チャールズ・ウォーレン卿は彼の考えに同意しなかった。アバーラインは娼婦たちに話を聞こうとするが、これといった情報は得られない。娼婦たちは犯人がニコル組だと確信しており、報復を恐れて何も話さないのだ。
娼婦の1人アニー・チャップマンは、アンを連れ去った犯人は役人ではないかと仲間に語った。そのネタを新聞社に売ろうと提案するアニーだが、メアリはアバーラインに相談することを勧める。その夜、アニーはネットリーという男に声を掛けられる。ネットリーは自分の主人がアニーを求めているのだと話し、彼女を馬車に乗せた。
3人目の犠牲者はアニーだった。死体の近くには、コインが五角形に並べられていた。犯人が医学の心得を持っていると確信したアバーラインは外科医のフェラル博士に協力を求めるが、即座に断られる。そこへ王室の侍医ウィリアム・ガル卿が現れ、アバーラインに協力を申し出た。ウィリアム卿はアバーラインに、犯人が右利きであり、人体に精通していると告げる。
アバーラインは心を惹かれているメアリと会い、アンとアルバートの一件を聞く。アバーラインは公安部のベン・キドニーが関わっていると確信し、公安の特別支部に潜入する。ファイルを発見したアバーラインは、アンはメリルボーン救貧院に、アリスは孤児院に入れられていることを知る。アバーラインはメアリと共に救貧院を訪れるが、アンはロボトミー手術を施されていた。アバーラインがアリスの父親の名を尋ねると、彼女は夫が王子だと口にする。
アンはメアリに対して、夫は画家だと説明していた。アバーラインはメアリを画廊に連れて行き、ヴィクトリア女王とエドワード・アルバート・ヴィクター殿下の絵を見せた。それを見たメアリは、アンの夫がエドワード殿下だと気付く。アバーラインは殿下が連続
殺人犯ではないかと考え、ウィリアム卿に面会する。
ウィリアム卿はアバーラインに、殿下が梅毒だと明かした。殿下は病気のために手が震える上に体力が無く、しかも人体の専門的知識も無いという。アバーラインは、殿下を容疑者から外さざるを得なかった。同じ頃、警視総監、ハーシャム卿、キドニーの3名は、フェラル博士が秘密結社フリーメーソンに入る儀式を見守っていた。彼らは、ウィリアム卿の名を口にする。
メアリの仲間は次々に殺され、生き残っているのはリズ・ストライドとケイト・エドウズの2人になった。そして、その2人も次々に殺されてしまう。ケイトの殺人現場には、「ユダヤ人に文句があるか」という犯人のメッセージが書き残されていた。アバーラインは、「Jews」のスペルが「Juwes」になっていることに着目する…。

監督はザ・ヒューズ・ブラザーズ、原作はアラン・ムーア&エディ・キャンベル、脚本はテリー・ヘイズ&ラファエル・イグレシアス、製作はジェーン・ハムシャー&ドン・マーフィー、製作総指揮はトーマス・M・ハメル&アルバート・ヒューズ&アレン・ヒューズ&エイミー・ロビンソン、撮影はピーター・デミング、編集はジョージ・ボウワーズ&ダン・レベンタル、美術はマーティン・チャイルズ、衣装はキム・バレット、音楽はトレヴァー・ジョーンズ。
出演はジョニー・デップ、ヘザー・グレアム、イアン・ホルム、ロビー・コルトレーン、イアン・リチャードソン、ジェイソン・フレミング、カトリン・カートリッジ、テレンス・ハーヴェイ、スーザン・リンチ、ポール・リス、レスリー・シャープ、エステル・スコーニック、ニコラス・マッゴーフィー、アナベル・アプシオン、ジョアンナ・ペイジ、マーク・デクスター他。


同名のグラフィック・ノヴェルを基に、双子の兄弟アレン&アルバート・ヒューズが監督した作品。
アバーラインをジョニー・デップ、メアリをヘザー・グレアム、ウィリアム卿をイアン・ホルム、ゴッドレイをロビー・コルトレーン、ウォーレン卿をイアン・リチャードソン、ネットリーをジェイソン・フレミング、アニーをカトリン・カートリッジ、キドニーをテレンス・ハーヴェイ、リズをスーザン・リンチ、フェラルをポール・リス、ケイトをレスリー・シャープが演じている。

ヘザー・グラハムは『ブギーナイツ』や『キリング・ミー・ソフトリー』で大胆に脱いでいたが、今回は娼婦の役なのに全く脱がない。監督が指示すれば間違いなく脱いでくれたと思うんだが、「アバーラインにとっての天使」的なイメージを強調したかったんだろうか。
ただ、印象が云々という以前に、ホントにヒロインなのかと思うほど出番が少ないぞ。
あと、アバーラインとメアリが、いつ頃から、どんなところに惹かれ合うようになったのか全く分からんな。

阿片窟にフリーメーソンにロボトミー手術、さらにはジョン・“エレファントマン”・メリックまで登場させて退廃的な雰囲気を醸し出そうとしているのかもしれないが、残念ながら上手く行っていない。
そこにいる人々の息遣い、生活風景が今一つ伝わってこないってのも、マイナスに働いていると思う。
まあしかし、バリバリのアメリカンであるヒューズ兄弟に、当時のロンドンの空気を演出しろってのは難しい注文かもしれないが。
ジェームズ・アイヴォリーじゃないんだしね。

わざわざ言うまでも無く、これは有名な切り裂きジャック事件を題材にした作品だ。ここではジャックの正体や目的を隠したまま、ミステリーとして話を進めようとしている。
しかし一方で、序盤から公安や貴族が関与していることを示すなど、多くのヒントを惜しみなく見せていく。もったいぶらず、サクサクとネタを明かしていく。
もっと恐ろしいことに、切り裂きジャック事件に関して詳しい人ならば、前半の内に犯人が分かる仕掛けになっている(具体的に言えば、御者が登場した時点で彼の主人であるチョメチョメさんが犯人だと分かるわけだ)。
謎解きの部分を突き詰めたいのか、あるいは謎解きを作品の肝として考えていないのか、どっちにしても見せ方、扱い方が半端だと思う。

そもそもアバーラインには幻視能力があるので、本当ならば、「地道に捜査して証拠を積み上げ、ヒントを組み合わせて犯人や動機に少しずつ近付いていく」という必要が無いはずだ。
ところが都合のいいことに、アバーラインは犯行現場を幻視することが出来るにも関わらず、犯人の顔を見ることは出来ないのである。
結局、アバーラインの幻視能力は何の意味も無いと言い切っていいだろう。その能力によって、彼が事件を解決するわけではない。彼は普通の刑事と同じように、その目で実際に見た物や調べた情報から犯人を割り出している。
ではメアリを助けるために特殊能力が効果を発揮するのかというと、そうでもない。
何だったんだろ、その意味ありげな設定。

メアリや仲間の娼婦が犯人はニコル組だと確信して恐怖におののいても、観客は彼女たちの推理が間違っていることを最初から知っている。
よって、そこでシンクロさせることによるサスペンスというのは成立しない。
アバーラインがジャックに狙われないことも分かっているので、そこにもサスペンスは無い。
しかし演出としてはサスペンスを意識しているようだ。
ちょっと苦しい。

この映画の難しいところは、実際にあった事件を扱っているということだ。
切り裂きジッャク事件は、実際には犯人が判明せずに未解決でお蔵入りとなっている。そういう事実があるため、歴史を変えるわけにはいかないので、犯人に辿り着いても「事件解決で全てスッキリ」という終わり方に出来ない。
だから、この作品はモヤモヤしたモノが残る形になっている。

この映画が提示する人物を犯人だとすると、厄介な疑問が2つ浮かび上がる。
1つは、それが儀式だとしても、そこまで残酷にする必要があったのかということだ。それは儀式だけが目的というよりも、自己存在の誇示にも思える。
もう1つは、なぜ全てを知ったアバーラインが始末されなかったのかということだ。
アンのようにロボトミー手術を施されてもおかしくないと思うのだが。

 

*ポンコツ映画愛護協会