『北斗の拳』:1995、アメリカ

混沌とした世界を恐怖が支配していた。かつての誉高き拳法の印、南十字星サザンクロスの幟は、今や恐怖政治の象徴となった。北斗神拳 の象徴、天空に輝く北斗七星は残された唯一つの自由への希望である。北斗神拳のマスターであるリュウケンは、南斗聖拳の達人である シンによって殺された。それから1年を待たずして、サザンクロスの町は新世界を支配するまでに台頭した。新しい法を執行するのは、 クロスマンと呼ばれる凶悪な軍団だ。宮廷の玉座に座るシンは、一大帝国を築く野望を実現しようとしていた。
宮殿の北300キロにあるパラダイス・ヴァレーの勇敢な市民たちは、廃墟の中から食料を掘り出すとともに、汚染されていない貴重な水を 守り通していた。だが、町にクロスマンのジャッカルやスターリンやサンドマン、ストーンたちが現れた。彼らは無差別に人々を殺し、 トラックに火を放って去った。毒の雨が降って来たため、住民のアッシャーやチャーリーたちは水を守り、屋内に避難した。
リュウケンの息子であるケンシロウは、荒野をさまよっていた。彼はポールとジルのマッカーシー夫妻が住む家をノックし、「休ませて ほしい」と申し入れた。夫婦の家で眠り込んだケンシロウは、シンの一味に襲われて恋人のユリアをさらわれた時の出来事を夢に見て うなされた。彼が目を覚ますと、外で助けを求めるジルの声がした。クロスマン3人組がポールを捕まえ、ジルを犯そうとしていたのだ。 ケンシロウは一味を始末し、その場を去った。
パラダイス・ヴァレーで雨宿りをしていたケンシロウは、バットという少年と妹のリンに遭遇した。リンは眼前で両親を殺されて以来、 盲目となっていた。それを知ったケンシロウは、リュウケンに習ったという技でリンの目を治した。ケンシロウは毒の雨に打たれても全く ダメージを受けず、その場を後にした。一方、ジャッカルから「奴らは悲鳴を上げるだけで抵抗は出来ません」と報告を受けたシンは、 「だったら俺に話さず、すぐに始末しろ」と冷徹に告げた。シンはユリアに、「私は未来を築いている」と自らの都市計画を語る。だが、 ユリアは「時間の無駄よ。貴方は過去に捉われている」と冷ややかな視線を向けた。
クロスマンとの戦いのため、パラダイス・ヴァレーの住民たちは準備を進めていた。バットは少年たちにパンチとキックを教えた。そんな 中、リュウケンの魂はアッシャーやバットの肉体を借り、リンに「闇と光のバランスが崩れた時、自然が我々を拒絶する。しかし希望が 戻って来る。一人の男の姿を借りて。彼こそ北斗の拳だ。お前がケンシロウの心の扉を開くのだ」と語り掛けた。ケンシロウはリュウケン の幻影から「運命を拒むのか。運命を自分で決めることは出来ない。私が死んだ時、お前は北斗の拳となった。それが運命だ」と諭される が、「違う、俺は自分で運命を決めた」と激しく抵抗した。
パラダイス・ヴァレーの住民の中で、ネヴィルだけはサザンクロスとの戦いを拒絶していた。彼は「戦いの準備を進めるなんて自殺行為だ 。私は平和の話し合いを進める。サザンクロス・シティーと水を分け合う条例の原案を作った」と語るが、チャーリーは「話し合いに 応じる相手じゃない」と呆れ、アッシャーは爆弾の準備を粛々と進めた。ケンシロウを追って来たバットは、クロスマン2人組に襲われた 。それを目撃したケンシロウは、2人組を殴り倒して彼を助けてやった。
バットが「リンに頼まれて追って来た。パラダイス・ヴァレーがクロスマンに襲撃される」と語るので、ケンシロウは「もう倒したぞ」と 言う。するとバットは「本物のクロスマンだよ。こいつらは単なるチンピラだ」と告げた。その時、ケンシロウは倒れている男の上着に ユリアの写真を見つけ、激昂して殺害した。彼は「無駄足だったな。俺は南に用がある」とバットに告げ、その場を立ち去る。バットは 仕方なくケンシロウを追うが、荒野で倒れて気を失った。
ジャッカル率いるクロスマンの一団が、パラダイス・ヴァレーを襲撃。彼らは次々に住民を襲撃し、使えそうな連中は奴隷として捕獲した 。スターリンに捕まったリンの悲鳴は、遥か遠くにいるケンシロウの耳に届いた。ケンシロウは「父は正しかった。選択の余地は無い」と 言い、バットを伴ってパラダイス・ヴァレーへ向かった。反抗的な態度を取ったリンは、処刑されそうになった。しかし「ケンシロウが 復讐してくれる」と彼女が口にすると、ジャッカルは「お前に聞きたいことがある」と処刑を中止した。彼はスターリンに「宮殿へ行き、 七つの傷と伝えろ」と命じた。
シンはユリアに、「私は未来を作ろうとしている。全ては君のためだ。なぜ分かってくれないんだ」と訴え掛ける。シンはケンシロウを 力で捻じ伏せた時、その体に七つの傷を付け、ユリアに「愛していると言え」と脅しを掛けていた。その時、ユリアはケンシロウの命を 救うため、シンを愛すると口にしていた。だが、ユリアはケンシロウへの愛を今も忘れておらず、シンを冷たく拒絶していた。
ケンシロウはパラダイス・ヴァレーへ戻り、檻に入れられていたリンを救い出した。彼はリンを拷問しようとしていたゴライアスを始め、 複数のクロスマンを始末した。だが、リンを助けようとしたバットが、ジャッカルによって殺されてしまった。ケンシロウが怒りに燃えて いると、リンの体を借りたリュウケンの魂が「復讐は何の意味も無い。復讐ではなく、世界の秩序を元に戻すため、シンに立ち向かえ。 過去は終わった。未来はお前が作るのだ」と語り掛けた。ケンシロウはジャッカルに「行け、パラダイス・ヴァレーには北斗の旗が翻った とシンに伝えろ」と告げ、彼を解放した。そしてケンシロウは、シンの待ち受けるサザンクロス・シティーへ乗り込んだ…。

監督はトニー・ランデル、原作は武論尊&原哲夫、脚本はピーター・アトキンス&トニー・ランデル、製作はマーク・イェレン&アキ・ コミネ(小峯昭弘)、製作協力はロイ・マッカリー、製作総指揮はタカ・イチセ(一瀬隆重)&ゼイン・W・レヴィット、共同製作総指揮 はジョエル・ソワソン、ゼネラル・プロデューサーは渡邊亮徳、共同ゼネラル・プロデューサーは黒澤満、撮影はジャック・ヘイトキン、 編集はソニー・バスキン、美術はクラーク・ハンター、衣装はメリー・ローソン、音楽はクリストファー・L・ストーン。
出演はゲイリー・ダニエルズ、コスタス・マンディロア、クリス・ペン、マルコム・マクダウェル、鷲尾いさ子、メルヴィン・ヴァン・ ピーブルズ、ダウンタウン・ジュリー・ブラウン、ダンテ・バスコ、トレイシー・ウォルター、クリント・ハワード、レオン・“スーパー ・ヴェイダー”・ホワイト、パウロ・トーチャ、ナロナ・ヘレン、ジョージ・キー・チェン、ロウェーナ・ギネス、クリント・ハワード、 アンドレ・ロージー・ブラウン、デヴィッド・シャーク・フラリック、マイケル・チャールズ・フリードマン、ニルス・アレン・ スチュワート、トニー・“ヴァイキング”・ホーム、クリス・デローズ、ダリル・チャン他。


週刊少年ジャンプで連載された同名漫画を基にした作品。
監督は『ヘルレイザー2』『ティックス』のトニー・ランデル。
ケンシロウをゲイリー・ダニエルズ、シンをコスタス・マンディロア、ジャッカルをクリス・ペン、リュウケンをマルコム・マクダウェル、ユリアを 鷲尾いさ子、アッシャーをメルヴィン・ヴァン・ピーブルズ、チャーリーをダウンタウン・ジュリー・ブラウン、バットをダンテ・バスコ 、ポールをトレイシー・ウォルターが演じている。

この作品は、東映の“Vアメリカ”シリーズの1本である。
Vアメリカとは、ビデオ専用の映画であるVシネマの内、ハリウッドと提携して製作された作品のことだ(ちなみに“Vワールド”という シリーズもある)。
「だったらアメリカ映画じゃなくて日本映画、もしくは日本とアメリカの合作映画じゃないのか」と思うかもしれないが、金を出して製作 しているのがハリウッドの会社なので、製作国としてはアメリカということになるわけだ。

“Vアメリカ”シリーズは、この作品以前に、石橋凌と無名時代のヴィゴ・モーテンセンが共演した『ヤクザVSマフィア』、仲村トオル とヴァージニア・マドセンが共演した『刺青 BLUE TIGER』、ロバート・ダヴィとサニー千葉が共演した『ザ・サイレンサー』といった 作品が製作されている。
Vシネマとしての製作だが、本作品も前述した作品も全て劇場公開されている。
とは言え、実質的にVシネマである作品を取り上げるのはどうなのかとも思ったが、ネタ映画としての知名度が高いので、ここで取り 上げることにした。

ケンシロウ役に日本人ではなくイギリス出身のゲイリー・ダニエルズを起用している時点で、製作サイドのテキトーな感覚が良く分かる。
ゲイリー・ダニエルズは日系というわけでもなく、純然たる外国人だ。
そんな彼がケンシロウを演じても、正直に言って質の悪いコスプレにしか見えない。
「日本の漫画が好きなイギリス人が、『北斗の拳』のコスプレをしてみました」という感じにしか見えない。
で、出演者の内、なぜかユリア役だけは日本人の鷲尾いさ子を起用しているが、そこはむしろ外国人の方がいいでしょうに。

内容のベースは原作のサザンクロス編だが、中身は大きく異なっている。
何しろシンがリュウケンを殺している。
ラオウが登場しないので、そこの改変は仕方のない部分もあるのだが、シンってユリアの愛のためだけに生きた男なのに、それだと単なる 悪人になってしまう。
しかも、なんと彼は拳銃でリュウケンを射殺するのだ。
いやいや、南斗聖拳を使えよ。
っていうか、シンってそんな卑怯な手は使わないと思うぞ。まるでジャギじゃねえか。
ところが、この映画のシン一味は拳銃が大好きらしく、手下たちも普通に使っている。

なぜケンシロウが“北斗の拳”になることを激しく拒絶するのか、良く分からない(そもそも「お前が北斗の拳になれ」というリュウケン の表現も引っ掛かるが)。
「親の決めた進路を進みたくない」という、ただの子供じみたワガママにしか見えない。それを拒絶する理由はサッパリ分からないん だよね。
それと、恋人を拉致されたのなら、なんですぐに取り戻そうとしないのかと。
生きる気力を失ったかのように荒野を彷徨っている行動も、「なんでだよ」と言いたくなる。まるで無力な男だったら、どうせ復讐も奪還 も不可能だからってことで、そうなるのも分からんではないけど、北斗神拳の使い手なんだからさ。怒りに燃えてシンの元へ向かえよ。

最初にケンシロウが戦う相手は、夫婦を襲った3人組。その中には、当時はプロレスラーとして活躍していたトニー・ホームもいる。
で、トニー・ホームとは別の奴に対してケンシロウが北斗百裂拳を使うのだが、ここで呆れるか、激怒するか、笑ってしまうか、それは 貴方の感覚次第。
少なくとも、高揚感や爽快感を味わうことは出来ない。
何しろ、ペチペチと体を軽く叩いているだけなのだ。

さらに、北斗百裂拳で拳を出している時の効果音も、ホントに「ダメージが全く無い程度の軽いパンチを入れている」という感じの音だ。
って言うか、体にはパンチを当てているけど、顔面に対しては寸止めだし。
パンチのスピードも、そりゃ人間の出せるスピードとしては素早く腕を動かしているんだけど、それだと百裂拳にならんのよね。
そもそもVFXに頼らず、生身の動きで百裂拳を実写化しようとしている時点で、あまりも無謀だよな。

百裂拳を使わず、普通に戦っている場面だと、格闘アクションとしての動きは、そんなに悪くないのよ。そもそもゲイリー・ダニエルズ ってアクション俳優だし、元キックボクサーでテコンドーも黒帯だからね。
吹き替え版だと神谷明が声を担当し、アニメ版のケンシロウっぽく喋っているので、「アタッ」とか「ワチャッ」とかいう声が、逆に邪 魔になってしまうという問題はあるんだけどね。
ただ、ゲイリーって格闘アクションの技術は持っている人なので、普通にやらせれば、それなりのモノにはなるのよ。
だからサザンクロス・シティーへ乗り込んでのアクションにしても、神谷明の吹き替えの声を消して、動きだけ見れば、そして本作品が 『北斗の拳』の実写版であることを忘れて観賞すれば、動きはなかなかキレがあるのよ。特にキックは速いし、上段回し蹴りや飛び蹴りも 鋭いし。

シンがケンシロウを叩きのめす回想シーンでは、なんと金的を踏み付けている。
リュウケンは銃殺するし、すげえキャラ変更だな。
あと、そこでジャッカルはケンシロウの北斗百裂拳を浴びているが、死んでいない。どうやら、顔を締め付けるマスクを装着することで 破裂を防いでいる設定らしい。
で、終盤、ユリアを襲った時にマスクが歯車に引っ掛かって剥がれると、まるで3年殺しのように頭が破裂して死ぬ。
おいおい、ユリアが襲われた時にケンシロウが助けに来るんじゃなくて、マスクが剥がれたジャッカルが勝手に死ぬって、なんだよ 、それ。
しかも、それをケンシロウvsシンの戦いとカットバックで描いているんだよな。
どういうセンスなのかと。

ケンシロウが回想シーンでシンにやられるのは「まだ未熟だったから」とか、「シンが強敵だから」とか、そういうことのはずなんだけど 、現在のシーンになっても、ケンシロウの強さには疑問が生じるような描写が待ち受けている。
後半、ゴライアスにパンチを浴びせたのに全くダメージを与えられずに反撃を受け、持ち上げられ、投げ飛ばされるのだ。
ゴライアスってボスキャラじゃないのに、そんなに苦戦してどうすんだよ。
ケンシロウって、もっと圧倒的な強さを見せ付けないとダメでしょうに。
そうそう、ちなみにゴライアスを演じているのは、当時は「スーパー・ベイダー」のリングネームを使っていた「ビッグバン・ベイダー」 ことレオン・ホワイト。

バットとリンは兄妹という設定になっており、バットは途中で殺される。
その辺りの改変は受け入れるにしても、バットが殺された直後、リュウケンの魂がケンシロウにメッセージを伝える展開になってしまい、 彼の死が軽く流されるってのはダメだろ。
あと、ケンシロウがわざわざジャッカルを解放した意味って何なんだよ。その直後にサザンクロスへ乗り込むなら、ジャッカルを始末して から乗り込めばいいだろうに。
で、なんとケンシロウがシンを倒すと、宮殿にいたクロスマンの全員が彼に平伏してしまう。
ようするに、ケンシロウは世紀末覇者になるのだ。
いやいや、それってケンシロウじゃなくてラオウじゃねえか。

(観賞日:2012年8月9日)

 

*ポンコツ映画愛護協会