『ファイナル・カット』:2004、アメリカ&カナダ&ドイツ

6歳の頃、アラン・ハックマンは両親の用事で訪れた田舎町で、眼鏡の少年ルイスと知り合った。ルイスと一緒に廃工場へ赴いたアランは 、底の抜けた床に剥き出し状態となっている細い梁の上を歩いて渡った。腰の引けているルイスに、アランは渡るよう促した。ルイスは 恐る恐る足を踏み出すが、梁の途中で「もう動けない」と言い出し、ジャンプして向こう側に渡ろうとする。しかし距離が足りず、彼は 床の底へと転落してしまう。アランの手にはルイスのペンダントだけが残された。アランが慌てて下に行くと、ルイスは大量の血を流して 死んでいた。アランは死体を置き去りにしたまま、工場から逃げ出した。
それから数十年後。中年になったアランは、ゾーイ・チップの編集者として働いていた。ゾーイ・チップとは、人間の全生涯を記憶する ことの出来るチップだ。人が死んだ後、取り出されたチップは編集者によって編集され、その映像が追悼上映会で使われる。アランは ダニエル・モンローという男性の依頼で、彼の弟ジャクソンのチップを編集していた。追悼上映会の前に確認したいと言われ、アランは ダニエルに冒頭部分の映像を見せた。ダニエルが去った後、アランはジャクソンのDVの映像を消去した。
アランがバスに乗ると、アイテック社の9世代目となるゾーイ・チップのコマーシャルが流れている。バスを降りた彼は、編集者仲間の テルマと新しい助手マイケル、チップのプログラマーをしているハッサンと会った。アランはテルマから、彼女に来た編集依頼を担当して ほしいと頼まれた。それはジョギング中に心臓発作で亡くなったアイテック社の弁護士チャールズ・バニスターのチップ編集で、依頼者は 彼の未亡人ジェニファーだった。彼女はアイテック社と裁判で争い、チップの所有権を得たのだ。
チャールズは人間のクズと称されるような人物で、テルマは記憶映像を見て不愉快になり、すぐに送り返したらしい。しかしアランは、 どんな記憶でも平気で直視できる人間だった。テルマたちと別れた後、アランは古書店へ行き、交際している店長ディライラと会った。彼 はディライラを自宅マンションに招く。ディライラは、かつて亡くなった彼氏の追悼上映会に出席したが、辛くなったので途中で退出した ことを話した。「あんなのは本当の彼じゃない」とディライラは感じたのだ。
翌日、アランはバニスター邸を訪れ、ジェニファーに「どういう思い出を残したいですか」と質問した。娘のイザベラにも話を訊きたいと 申し入れると、何となくジェニファーは避けたそうな表情を浮かべた。アランがジャクソンの追悼上映会に赴くと、会場の外ではゾーイ・ チップに反対する人々がプラカードを掲げて集まっていた。彼らは会場入りする未亡人のキャロラインを激しく批判した。
上映会の最中、かつて編集者だったフレッチャーがアランの前に現れた。彼はアランに、50万ドルでバニスターのチップを譲ってほしいと 持ち掛けた。アランが「私は規則に従っている。信念を持っている」と言うと、フレッチャーは「君が持っているのは妄想や強迫観念、 罪悪感だ。俺には、そんな物は無いぞ」と告げて立ち去った。会場を出る際、アランも反対派から罵声を浴びせられた。
アランはバニスターの記憶映像の編集に取り掛かった。バニスターはイザベラに性的行為を強要しており、アランはその映像を削除した。 あるパーティーの映像には、ルイスの成長した姿を思わせる眼鏡の男性がいた。アランはテルマの元へ行き、彼女の元助手フレッチャーと 会ったことを話した。アランは、フレッチャーが反ゾーイ運動に関与しているのではないかと推測していた。テルマによれば、彼の妹 ローラは息子を事故で失い、編集されていないゾーイ映像を何日も見続けた後、精神を患ってしまったらしい。
アランは銃の密売人オリヴァーをゾーイの記憶映像で脅迫し、拳銃を手に入れた。彼はフレッチャーと会い、バニスターのチップを渡す ことを拒否した。フレッチャーはチップを手に入れることで、アイテック社の不正を暴こうと考えていた。アランはイザベルに話を訊き、 パーティーにいた男性がルイスであること、かつて彼女の担任だったが1年前に交通事故で亡くなっていることを知った。
アランはハッサンと彼の従弟カリームの協力を得て、アイテック社の倉庫に潜入した、アランはルイスのゾーイ・チップのファイルを捜索 するが、それは存在しなかった。だが、アランは自分にチップが埋め込まれていることを知った。両親が契約している映像を見た彼は、 激しく取り乱した。彼はタトゥー・ショップへ行き、電子合成タトゥーを彫ってチップのデータを破壊することにした。
アランが帰宅すると、ディライラが来ていた。彼女はアランが元恋人の記憶映像で自分に狙いを付け、アプローチしたことを知ったのだ。 うろたえて釈明しようとするアランだが、ディライラは編集中だったバニスターのチップを破壊して部屋を去った。アランはハッサンの元 を訪れ、自分のゾーイ・チップから記憶の一部を取り出してほしいと依頼する。彼はルイスの事故を確認したいと考えたのだ…。

脚本・監督はオマー・ナイーム、製作はニック・ウェクスラー、共同製作はエバーハード・カイザー&ウィリアム・ヴィンス、製作総指揮 はナンシー・パロイアン=ブレズニカー&マルコ・メーリッツ&マイケル・オホーヴェン&マイケル・バーンズ&マイケル・パセオネック &ガイモン・キャサディー&マーク・バタン、撮影はタク・フジモト、編集はデデ・アレン&ロバート・ブレイキー、衣装はモニク・ プリュドム、音楽はブライアン・タイラー。
主演はロビン・ウィリアムズ、共演はミラ・ソルヴィーノ、ジム・カヴィーゼル、ミミ・カジク、ステファニー・ロマノフ、トム・ ビショップス、ブレンダン・フレッチャー、ヴィンセント・ゲイル、 ジュヌヴィエーヴ・ビークナー、ケイシー・デュボワ、リアム・ランガー、ジョエリー・コリンズ、マイケル・セント・ジョン・スミス、 クリス・ブリットン、ワンダ・キャノン、チャカ・ホワイト、ドン・アッカーマン、サラ・ディーキンズ、ジョージ・ゴードン他。


当時26歳だったレバノン出身のオマー・ナイームが監督と脚本を担当し、長編映画デビューを飾った映画。
アランをロビン・ウィリアムズ、ディライラをミラ・ソルヴィーノ、フレッチャーをジム・カヴィーゼル、テルマをミミ・カジク、 ジェニファーをステファニー・ロマノフ、ハッサンをトム・ビショップス、マイケルをブレンダン・フレッチャーが演じている。

既にゾーイ・チップは9世代目になっている。そもそもゾーイ・チップという技術が広く浸透している時点で近未来ではないと感じるが、 何しろ9世代目なのだから、かなり遠い未来と解釈すべきだろう。
だが、それにしては、ゾーイ・チップを除くと、世界観が現代と何も変わっていない。遠い未来としての意匠が全く感じられない。
古書店が登場した時には笑ってしまった。そんなに遠い未来でも、文献は紙媒体として当たり前に流通しているのか。
「紙の書物はレトロで希少価値のある物」という設定なら分からないでもないが、そういう表現は見当たらないし。

ジャクソンの記憶チップの内容を確認するシーンで、出産の時点から彼の視点による映像が流れるが、ってことは赤ん坊として誕生する前 の段階でチップが移植されているとことになる。
だけど、まだ人間として世の中に出る前の段階で、どうやってゾーイ・チップを脳内に埋め込んだのだろうか。
あと、ローンを組まないと購入できないぐらい高額で、にも関わらず追悼上映会で使用されるだけのチップが、そんなに普及するとは 思えないのだが。
「セレブ向け商品」ということなのかと思ったら、フレッチャーは「20人に1人はチップを入れている」と言っているので、もはや金持ち だけの物じゃないし。

あと、ゾーイ・チップって、手術で移植したのだから、逆に取り除くことも出来るはず。初期は難しかったかもしれないが、9世代目にも なれば、それを簡単に取り除くぐらいに技術も進歩しているだろう。
だとすれば、自分に埋め込まれたチップを取り除く人間も出てくるだろうし、誰かの脳内にあるチップを奪おうとする連中だって出てくる だろう。
で、そんなことを思っていたら、後半、アランは電子合成タトゥーを彫ることでチップの機能を破壊しようとしているが、ゾーイ・チップ が9代目まで来ているぐらい科学技術の進歩した時代に、そんな方法しか無いのかよ。
なんで生きている人から普通にチップを除去できない設定なんだよ。

ジェニファーはアイテック社とゾーイ・チップの所有権を巡って裁判で戦ったという設定だが、それは設定として、どうなのよ。
なぜ弁護士が担当していた会社が、チップの所有権を主張できるのか。それは理不尽な主張じゃなくて、当たり前に行われていること なのか。
「会社の秘密を知られているので、それを守るためチップの所有権を主張した」ということであれば、その人が通った学校、勤務した会社 、関わりのあった人々、それらすべてが所有権を主張できるってことになってくるぞ。
そこは「チップは個人の物であり、アイテック社は裏から手を回して密かに入手しようとした」ということでいいんじゃないか。

っていうか、その人物が生涯で見た記憶がすべて記録されているのであれば、そういう問題は、おのずと発生するんだよな。
例えば政府で仕事をしている人間であれば、極秘資料を見ることだってあるだろう。彼が死んだ時、その資料は編集者が見ることになるし 、追悼上映会で流すことだって出来るわけだ。
そういうケースでは、どういう処理になるのか。
これは政治的な陰謀を巡る話ではないが、そういう問題が発生することも考慮すると、やはりゾーイ・チップが当たり前に普及している 世界観は無理があると思うなあ。

大体さ、自分が死んだ後、その記憶を親族や関係者に上映されるなんて嫌でしょ。
ハッサンがテルマたちに「ある不良娘が21歳の時、自分にチップが埋め込まれていると知り、死んだ後にダメな人生の記憶を見られるのが 嫌だから真面目に生きようとした」ということを話しているけど、ってことは、ゾーイ・チップは誰からも歓迎されるようなものでは ないのだ。
だったら、やはり流行するのは不可解だ。
自分の脳にチップが埋め込まれていると知った人間が、成長して親になった時、自分の子供にチップを移植したいと思うだろうか。

ディライラはゾーイ・チップで追悼上映会をするということが全く理解できないようだが、そうであるならば、なぜチップの編集をして いるアランと交際しているのだろうか。
いや、それ以前の問題として、アランという人物には全く魅力が感じられないので、なぜ彼のような人物に、普通に恋人がいる設定に なっているのかと疑問を抱いてしまう。
こいつ、ディライラの気を惹くために、編集した赤の他人の記憶映像を勝手に見せるような奴なんだぜ。
そもそも死んだ恋人の記憶映像でディライラに目を付け、自分に好意を持つ女だという風に目を付けて接近しているわけだし。
倫理観とかゼロじゃねえか。こいつも人間のクズだぞ。

ゾーイ・チップの反対派は、顔に刺青をした怖そうな男もいて、「異様な連中」として描かれているんだけど、むしろ賛成している連中の 方が頭がおかしいと感じる。
テルマは「反ゾーイ派のカルト教団のような過激になっている」と語っており、まるで中絶反対運動をしている連中と同じような扱いに されているんだけど、そりゃ違うだろ。
あと、反対デモも行われているけど、対立軸が今一つ分からない。
どうやら宗教的な観念からの反対ということみたいだけど、そういう問題じゃないと思うんだよなあ。

アランはフレッチャーに、「人間のクズと呼ばれるような連中のゾーイ記憶映像から犯罪行為や悪事を消去することで、自分が死者の罪を 引き受けて魂を清め、来世へ旅立たせるキリスト教の罪食い人(シン・イーター)になっている」という旨を語る。
やはり、監督としては宗教的な概念を絡めたいようだ。
しかし表面を軽くなぞっただけで、中途半端な扱い。
そこを深く掘り下げることは無い。

バニスターの記憶映像を編集していたアランは、パーティーに来ている男がシャツで眼鏡を拭くのを見て、ルイスではないかと疑う。
でも、「確実に死んだ」と思い込んでいる中で、「それがルイスでは」と疑いを持つには、根拠が弱すぎる。
眼鏡をシャツで拭くのはルイスに限ったことではない。それがルイスの良くやる癖だというアピールも無かったし。
そもそも、アランはルイスと幼い頃に数時間だけ遊んだ間柄であり、ずっと仲良しだったわけではないのに、なぜ眼鏡を拭く行為だけで ルイスだと思えるのか。

アランは自分にゾーイ・チップが移植されていると知って激しく取り乱すが、それが理解できない。
大勢の人間にゾーイ・チップが移植されている中で、なぜ自分は移植されていないと思っていたのか。
そっちの方が驚きだ。
あと、自分にゾーイ・チップが移植されているかどうかは、両親から教えてもらわなくても自分で調査できるようなシステムも確立されて いるべきだと思うんだけど。

編集者は死者の記憶を全て見ることが出来るだけでなく、アランがやったように、それを利用して女に接近したり、他人に記憶映像を 見せたりすることも出来る。
だが、それは本人が黙っていればバレないし、取り締まることも出来ない。
それを考えると、遺族が編集を積極的に依頼するというのも、ちょっと考えづらい。
編集させたとしても、秘密がバレるのを恐れて編集者を始末しようとする奴も出てくるだろう。
そういう諸々を考えると、やはりゾーイ・チップの普及した世界観には無理を感じる。

終盤に入り、「編集者はゾーイ・チップを埋め込むことを禁じる」という法律があることを知るが、だったら編集者になる前にチップが 埋め込まれているかどうかのチェックがあるはずでしょ。
なんでノーチェックなんだよ。
っていうか、チップは赤ん坊が誕生する前に移植されているんだから、その法律の文言は変でしょうに。
チップの編集者になった後から埋め込むわけじゃないんだから。

あと、そもそも、そのルールの必要性が全く分からない。
たぶん「他の人々の記憶映像をすべて見ているので、それが編集者のチップに記憶されるのはマズい」ということなんだろう。
だけどね、そもそもチップが移植された人は、様々な物を見て、それを記憶するわけだ。
その中には、その人物と関わった人からすると、見られたくないことだってあるだろう。
そういうことがチップに記録されるのはOKで、編集者のチップに記録されるのはアウトってのは、整合性が取れていないと思うぞ。

結局、これはアランが幼少時のトラウマを克服しようとする話がメインであり、バニスター家の問題や、フレッチャーがチップを奪おうと することは、そこには全く関係が無い。
バニスターが娘に性的悪戯をしていようがいまいが、最終的にはどうでもいいことになっている。
フレッチャーがチップを手に入れようとしても、それはサスペンスに繋がらない。
焦点が定まらない作りになっている。

アランは自分の記憶映像を確認し、ルイスが渡ろうとするのを自分が止めたこと、彼が死んでいなかったこと、床に広がったのが血では なくペンキだったことを知る。
つまり彼は思い違いをしていたわけで、それを知ってアランは安心し、トラウマは克服される。
だけどさ、アランの一番の罪は、転落したルイスを放置し、助けを呼ぶこともせずに逃げ去ったことなんだよ。
そこの記憶は全く間違えていないのよ。
それなのに「ルイスは死んでいなかったし、渡るのを止めようとしたから」ということで罪の意識から解放されるってのは、なんか 間違ってる気がするぞ。

(観賞日:2011年3月6日)

 

*ポンコツ映画愛護協会