『フィフス・エステート/世界から狙われた男』:2013、アメリカ&ベルギー&インド

2010年7月、ロンドン。ガーディアン紙の編集長を務めるアラン・ラスブリッジャーや記者のニック・デイヴィスたちは、アフガン戦争の真実に関する内部文書をネット配信する手はずを整えた。彼らはドイツのシュピーゲル誌、アメリカのNYタイムズ紙と同時配信を計画していた。しかしシュピーゲル誌が難色を示したため、アランはNYタイムズ紙のビル・ケラー編集長に待つよう求めた。NYタイムズ紙が従わずに文書を配信したので、ガーディアン紙も後に続いた。
3つのメディアに機密文書を漏洩させたのは、新興サイトのウィキリークスだった。内部文書の漏洩により、民間人の犠牲者や特殊部隊に関する情報、そして兵士の戦争犯罪が明らかとなった。アメリカのロバート・ゲーツ国防長官は会見を開き、強い憤りを示した。ダニエル・ベルクはニュースを見ながら、ウィキリークス創設者のジュリアン・アサンジと連絡を取ろうとする。しかしジュリアンは携帯の着信を見ても、無視して切った。彼は集まった人々に対し、内部告発の重要性を訴えた。
2007年12月、ベルリン。エレクトリック・データ・システムズ社で勤務するダニエルは、上司からコンピュータの天才として信頼されている。カオス・コミュニケーション会議が開催されているベルリン・コングレス・センターへ赴いたダニエルは、チャットで知り合ったジュリアンを目撃する。ジュリアンは講演を開くつもりだったが、申し込みを忘れていた。ダニエルは担当者と交渉し、30分だけ講堂を使わせてもらう許可を問った。
講堂に集まったのは、ほんのわずかな面々だけだった。それでもジュリアンは、「内部告発者が現れたら圧政も倒せる。尻込みするのは報復を恐れるからだ。ならば、その恐怖を取り除けばいい。最高の暗号技術で告発者の身許は分からなくなる」と訴え掛けた。ダニエルは感銘を受け、ジュリアンに協力を申し入れた。ジュリアンはダニエルに、13歳の時に母がカルト教団の男と付き合い始めたこと、男が子供を殴り付けて精神疾患の薬を飲ませたことを話した。
ジュリアンはダニエルに、本物のソースを監視不可能にするウィキリークスのシステムを説明した。スイスの大手銀行であるジュリアス・ベアが資産家の脱税を手助けしているという告発文書が届いたことを明かした彼は、仲間に分析をさせるので内部告発かどうか検証してほしいとダニエルに依頼した。ダニエルは本物だという裏付けを取り、ベルギーのリエージュで告発者と接触する。ダニエルは安全を保証すると約束し、協力を承諾させた。内部文書はウィキリークスで公開され、ジュリアス・ベアのツィルケ頭取は動揺した。
ダニエルは会社の同僚であるアンケに、ジュリアンと共に活動している内容を打ち明けた。ダニエルはジュリアンに促され、会社を退職することを決めていた。彼はアンケとデートし、肉体関係を持った。ダニエルはジュリアンから呼び出しを受け、アメリカのサイトが閉鎖されたことを知る。しかしダニエルは事前にミラーサイトを用意しており、ガーディアン紙とCBSはウィキリークスを支援する姿勢を打ち出してリンクを貼った。閉鎖の仮処分は撤回され、本家サイトも復活した。
ダニエルは「巨大銀行を打ち負かした」と興奮し、仲間を呼んで祝杯を挙げようとジュリアンに持ち掛けた。するとジュリアンは、1人でウィキリークスを運営していること、サーバーも1つしか無いことを告白する。「規模は関係ない。肝心なのは信念と実行計画だ」と彼は語るが、ダニエルは腹を立てた。するとジュリアンは3人組でハッカーとして活動していたこと、仲間に裏切られて刑務所送りになったことを話し、「人は都合が悪くなれば裏切る」と口にした。
ジュリアンとダニエルは幾つもの内部文書を公開し、ウィキリークスの影響力は大きくなっていく。アントワープのグローバル・ボイス市民大会に出席した2人は、ニックから声を掛けられた。ニックは好意的な態度だったが、副編集長のイアンは露骨に嫌悪感を示した。サーバーのダウンが頻発したため、ダニエルは仲間のハッカーであるマーカスの牧場をデータセンターとして使わせてもらうことにした。マーカスが凄腕のハッカーであることから、ジュリアンは「あれだけ経験のある奴は他人に従わない」と警戒感を示した。
その後もウィキリークスは告発文書の公開を続け、ダニエルは充実感を覚える。しかしアンケは国民党の名簿の公開に関して、住所や電話番号といった個人情報が含まれていたことに疑問を呈した。「家族や子供に危害が及ぶのよ」と彼女が告げると、ダニエルは「文書に手を加えるのは、告発者への裏切りだ」と述べた。そこへジュリアンが現れ、「ケニアの警察が暗殺部隊を設置した。サイトで告発しないと」とダニエルに言う。
アンケが憤慨してアパートを出て行くと、ダニエルが後を追う。アンケは「彼を追い出して」と要求するが、「重要な告発だ。出来ない」とダニエルが拒んだので「どうして彼になろうとするの?無理だわ」と言って立ち去った。シュリアンはメルボルンに息子がいることをダニエルに明かし、「1年も会ってない。真の献身は難しい。犠牲が伴うからな」と告げる。以降も告発文書の公開は続き、アイスランドの国会議員であるビルギッタ・ヨンスドッティルのように、実質的なスポークスマンを担当してくれる人間も現れた。
そんな中、ケニアの内部告発者だったキンガラとオウルがバイクに乗ったヘルメットの2人組に殺害された。知らせを受けたジュリアンは、「サイトにはトップで掲載したが、海外では全く報道されなかった。僕らは力不足だ。もっと注目されていれば、彼らは英雄になれた」と悔しがる。ダニエルはマーカスから、「お前たちは世界の大物を敵に回してる。大金で雇われたハッカーは、喜んでOSに侵入する。そして告発者は、身許が割れて追跡される」と警告される。ダニエルはセキュリティーを強化するため、マーカスにサーバーを任せた。それを知ったジュリアンは、ダニエルの勝手な行為に不快感を示した。
アメリカ政府で中東担当の国務次官を務めるサラ・ショウは、国務長官と共に政府専用機で移動していた。9.11同時多発テロの関連データがウィキリークスに暴露されたことを知った彼女は、大統領副補佐官のサム・コールソンにCIAの内部調査を要求した。ジュリアンとダニエルは講演に出席し、支持者たちの前でスピーチを行った。会場に来たダニエルの両親はジュリアンに挨拶し、夕食に招いた。2人は歓迎する態度を示すが、ジュリアンはトイレに行くと言って家から出て行った。
ダニエルが後を追い掛けると、ジュリアンは「君の両親は人を息苦しくさせる」と告げる。彼は『ワイヤード』誌をダニエルに見せると、「ダニエルがウィキリークスの共同設立者」と記されていることを指摘する。ダニエルは「僕は言ってない。記者のミスだ」と釈明するが、ジュリアンは嫌味っぽい口調でダニエルを責めた。ダニエルが憤慨して去った後、ジュリアンはスタッフにしてほしいと頼むジギーという男を仲間に引き入れた。
サラはエジプトのカイロへ到着し、カダフィー大佐の上級国防顧問を務めるタレク・ハリーシ博士と密会した。サラはタレクから内部情報を入手し、ボスウェルに伝えた。アンケはダニエルに、「ジュリアンは天才的な異常者だけど、ブレーキが必要よ。それが貴方」と告げた。ジュリアンはノルウェーを訪れ、ニックから招待を受けたジャーナリストの会合でスピーチする。ジュリアンはニックからCIAの尾行を教えられ、彼の協力でホテルから脱出した。
ジュリアンはアイスランドへ移動し、ダニエルやジギーたちと合流した。ウィキリークスは米軍がロイター社のスタッフを殺害する映像を入手し、ダニエルたちは急いで裏付けを取った。ジュリアンはアイスランドで公表しようと考えていたが、ダニエルは「アメリカ政府と戦おう」と告げる。ウィキリークスは映像に「コラテラル・マーダー」というタイトルを付け、アメリカで公表した。ウィキリークスの影響力が強まる中、マニングという兵士が米軍の機密文書を漏洩した罪で逮捕された。ダニエルは衝撃を受けるが、ジュリアンは彼に内緒で既に機密文書をを入手していた…。

監督はビル・コンドン、原作はダニエル・ドムシャイト=ベルク&デヴィッド・リー&ルーク・ハーディング、脚本はジョシュ・シンガー、製作はスティーヴ・ゴリン&マイケル・シュガー、共同製作はグレッグ・ヨーレン&ジャック・モリッシー&ヒルデ・デ・ラエル&エメリン・ヤン、製作総指揮はリチャード・シャーキー&ポール・グリーン&ジェフ・スコール&ジョナサン・キング、撮影はトビアス・シュリッスラー、美術はマーク・ティルデスリー、編集はヴァージニア・カッツ、衣装はシェイ・カンリフ、音楽はカーター・バーウェル。
出演はベネディクト・カンバーバッチ、ダニエル・ブリュール、ローラ・リニー、スタンリー・トゥッチ、アンソニー・マッキー、デヴィッド・シューリス、アリシア・ヴィカンダー、ピーター・カパルディー、モーリッツ・ブライプトロイ、ジェイミー・ブラックリー、カリス・ファン・ハウテン、ダン・スティーヴンス、アレクサンダー・シディグ、アナトール・トーブマン、アレクサンダー・ベイヤー、リディア・レナード、エトガー・ゼルゲ、フランツィスカ・ワルツァー、マイケル・カルキン、ルドガー・ピストル、ジーニー・スパーク、シルヴィア・ローラー、アクセル・ミルバーグ他。


ダニエル・ドムシャイト=ベルクによる『ウィキリークスの内幕』、デヴィッド・リー&ルーク・ハーディングによる『ウィキリークス アサンジの戦争』という2冊のノンフィクションを基に、内部告発サイトのウィキリークスと創設者のジュリアン・アサンジを取り上げた作品。
フォーブス誌が発表した「2013年で最も製作費回収率の悪かった映画ワースト10」で1位に輝いた。
2位の『バレット』が回収率36%、この映画は21%だから、ダントツの1位である。

脚本はTVドラマ『ザ・ホワイトハウス』や『FRINGE/フリンジ』を手掛けたジョシュ・シンガーで、これが映画デビュー。
監督は『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part 1』『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part 2』のビル・コンドン。
ジュリアンをベネディクト・カンバーバッチ、ダニエルをダニエル・ブリュール、サラをローラ・リニー、ボスウェルをスタンリー・トゥッチ、コールソンをアンソニー・マッキー、ニックをデヴィッド・シューリス、アンケをアリシア・ヴィカンダー、アランをピーター・カパルディー、マーカスをモーリッツ・ブライプトロイが演じている。

映画の冒頭では、歴史的な事件を報じた新聞記事や雑誌、ニュース番組の映像が次々に写し出される。ってことは、ウィキリークスとジュリアン・アサンジを肯定的に描こうとしているのかと予想したが、そういうわけでもなかった。
ただし、じゃあ否定的な内容なのかというと、そうとも言い切れない。どっちつかずで曖昧な状態にしてある。
「判断は観客に委ねます」ってことなのかもしれないが、それが「安易な逃げ」にしか感じられない。そこは覚悟を決めて、ハッキリとしたスタンスを打ち出すべきではなかったか。
もちろん映画によっては、判断を観客に委ねる形にしてあっても、何の問題も無く成立するケースもあるだろう。しかし本作品の場合、ウィキリークスに対するスタンスを曖昧にしたことが、「ジュリアン・アサンジをどういう人物として描くのか」という肝心な部分が定まらないことに直結しているのだ。
あまり批判的に描いてしまったら、機密情報を暴露されてしまうかもしれないと思って腰が引けたんだろうか。

オープニングに「アフガン戦争に関する内部告発」という出来事を配置し、そこから過去に戻って物語を進めて行く形式を取っている。
しかし、その冒頭で描いている出来事が分かりにくい。
個人的なことを書かせてもらうと、ザックリとしたニュースとしては知っていた。でも、ものすごく雑な描写しか用意していないのよね。
だから、その事件について全く知らない人からすると、どういう出来事なのか、いかに重大な事件なのかがピンと来ないんじゃないかと。
そして、そんな粗い描写で済ませてしまうぐらいなら、わざわざオープニングに配置する効果は乏しいんじゃないかと思うのだ。

この映画は明らかに、「ウィキリークスとジュリアン・アサンジに関して、ある一定の知識を持っている」ってことを観客に要求している。そのハードルが、それなりに高いのよね。
何しろオープニングのエピソードが終わって回想に入った時点で、もうウィキリークスは創設されている状態なのだ。
そこまでの経緯や、ジュリアン・アサンジがウィリキークスを作ろうとした理由については何も描かれていない。
なので、ウィキリークスがどういうサイトか知らない人からすると、何が何やら良く分からないんじゃないかと。

ダニエルの視点からジュリアンを描くという方法を取っているので、ウィキリークスが創設されるまでの経緯を描写できないのは仕方が無い。
また、ジュリアン・アサンジという「異質な人間」を描くために、「常識人」であるダニエルを使うってのも理解できる。
ただし、それによって生じたマイナスは、かなり大きい。
そして、その負債を返済できるほど、「ダニエルの視点からジュリアンやウィキリークスを描く」という方法が上手く機能しているわけでもないのだ。

しかも、じゃあウィキリークスやジュリアン・アサンジに関して詳しく知っている人なら楽しめるのかというと、それも難しいだろう。
なぜなら、良く知っている人にとっては「全て分かっていること」だけで構成されている内容だからだ。
例えば「ウィキリークスが最初は1人だけで運営されていた」ってのも、詳しい人なら分かっている事実だ。
なので、劇中で初めて知ったダニエルは驚いているけど、そこには何のインパクトも感じられないってことになるわけでね。

それ以外でも、ウィキリークスやジュリアン・アサンジについて関心がある人からすれば、「一般的に知られている情報を順番に並べているだけ」という状態になっている。
意外な真相が明かされるとか、大胆な切り口で描写するとか、そういった面白味は無い。
ジュリアン・アサンジという人物を多面的に描いて厚みを出すとか、弱さや脆さを見せることで共感を誘うとか、そういう方向性も無い。ジュリアンとダニエルの関係を人間ドラマとして深く掘り下げるとか、そういうアプローチも無い。
ジュリアン・アサンジを描こうとする映画のはずなのに、彼は駒のような扱いに留まっている。

ジュリアン・アサンジは人命を危険に晒す状態であっても、構わずに文書の公開を強行しようとする。
この映画を見ても、そこまで強引な方法を取る理由がサッパリ分からない。
ダニエルが「人命を危険に晒す」と反対しても、彼は「それは我々の使命じゃない」と突っぱねる。だけど、そもそもウィキリークスの使命を彼がどう考えているのかさえボンヤリしているのだ。
ダニエルが「専門用語の分析もしない内に公開する意味は何だ?」と尋ねるとジュリアンは「それは歴史が決める」と言うけど、何の答えにもなっていない。

ジュリアンは「僕らは素材の全文公開が原理原則のはずだ」と言うけど、そこに固執する意味が全く理解できない。彼が機密を暴露することで、悦に入っているだけにしか思えない。そういう軽薄な愚か者にしか見えない。
幾ら文書公開の大義や正当性を熱く訴えたところで、「歪んだ欲望を満たしたいだけでしょ」と言いたくなる。
途中でジュリアンが発達障害に言及するシーンがあるんだけど、もしかすると「発達障害だから他人の痛みが全く分からない。だから人命を危険に晒すのも平気」という解釈で描こうとしているのか。
ただ、そうだとしても全く伝わって来ないけど。

そんなジュリアンに対し、終盤に入るとダニエルやニックは反対の立場を取るようになるのだが、じゃあ映画としても否定的なスタンスを打ち出すのかというと、そうではない。
最終的にダニエルもニックも、ジュリアンを「世界を変えた情報革命の英雄」として称賛している。ニックは「混沌の中で針路を定め、真実を示した」と評価し、ダニエルも同意している。
どないやねんと。
ジュリアン・アサンジ本人は内容が嘘ばかりということで本作品を糾弾したが、興行的に惨敗したのは、それが大きな理由じゃないと思うぞ。

映画の最後は、ジュリアン・アサンジのインタビュー映像になっている。
もちろん本物ではなく、ベネディクト・カンバーバッチがカメラに向かって話すのだ。
そこでジュリアンは、この映画について「ウィキリークスの映画は2冊の悪書に基づいている。嘘と歪曲に満ちた最悪な本だ。映画は僕とウィキリークスを悪者に仕立て上げてる。もし真実が知りたいとしても、人が語る真実は本物じゃない。本当の真実は自分で探すんだ」と語る。
でも、そういうことを彼に言わせるのって、なんか「逃げてるなあ」という印象だわ。

(観賞日:2017年6月10日)

 

*ポンコツ映画愛護協会