『武器よさらば』:1957、アメリカ

第一次世界大戦中の北イタリア、アルプス山地。イタリア軍の救急隊に所属するアメリカ人のフレデリック・ヘンリー中尉は休暇を終え、オルシノの町に戻って来た。オーストリア軍の爆撃は最低限に留まっており、町は平穏だった。ヘンリーは修理工のボネロや救急隊員のアイモ&パッシーニに声を掛けた後、スタンピ少佐の元へ赴いた。スタンピはヘンリーに、山道の雪が解けたら進軍することを告げられた。ヘンリーはガリ神父とリナルディー少佐の元へ行き、挨拶を交わした。
リナルディーはヘンリーに、イギリスが病院を開いたこと、看護師のキャサリン・バークレーに恋をしたが気難しくて自分になびかないことを話した。ヘンリーは彼から娼宿の「バラの館」に誘われるが、「もう女は充分だ」と断った。翌日、リナルディーはヘンリーを病院へ連れて行き、キャサリンを紹介された。ヘンリーはアメリカ人なのにイタリア軍の救急隊にいる理由を問われ、「従軍記者を希望したが叶わず、人を殺さずに観察できる赤十字に入った。観察して、後で文章にする」と語った。キャサリンは婚約者だった幼馴染を1年前に戦争で亡くし、彼の母から譲られた遺品の杖を大切にしていた。
その夜、ヘンリーは病院へ行き、キャサリンを呼び出した。キャサリンは自分が正式な看護婦ではなく、戦時中だけの奉仕隊だと語った。ヘンリーが「人生は短い。戦争は忘れて楽しもう」と口説くと、彼女は「行きずりの恋には賛成できない」と言う。ヘンリーが強引にキスを迫ると、キャサリンは咄嗟に平手打ちを浴びせた。彼女が謝罪して「看護婦は遊んでいると思われたくなかった」と釈明すると、「平気さ。前にも叩かれたことがある」とヘンリーは告げた。彼が明朝に出発することを明かすと、キャサリンはキスを受け入れた。
大雨が降り出したので、ヘンリーとキャサリンは建物の中に入った。キャサリンは「昔から雨が怖いの」と言い、理由を訊かれて「雨の中で死ぬ気がするから」と答えた。彼女が震えるので、ヘンリーは強く抱き締めた。キャサリンは「キャサリン、戻って来たと言って」と頼み、ヘンリーは要求に応じた。するとキャサリンは「愛してる、辛かった」と言い、雨が止むと「私にこんなことが起こるなんて思いもしなかった。初めて会った人なのに」と口にした。「君が好きなんだ」とヘンリーが話すと、彼女は「私がキスしたのは貴方じゃないわ。恋人が戻った気がした」と述べた。
キャサリンは「貴方はいい人よ。でも愛してるフリは無理」と語り、全て忘れて進軍するよう促した。「戻って来る。こんな別れは嫌だ」とヘンリーが言うと、彼女は「おやすみなさい」と告げて去った。ヘンリーが病院を後にした後、キャサリンはベッドの中で考え込んだ。翌朝、山へ向かう部隊が町に姿を見せると、大勢の人々が見送りに集まった。ヘンリーが車の中から周囲を見回していると、キャサリンが人混みの中から姿を現した。キャサリンはヘンリーに駆け寄り、「戻って来ると約束して」と告げたキスを交わした。
ヘンリーはリナルディーが勤務する野戦病院を確認した後、山へ向かった。前線を視察した彼は激しい砲撃を見て、ケーブルカーで救急車まで戻った。そこにも激しい空爆が襲い掛かり、パッシーニが死亡してヘンリーは右足に怪我を負った。彼は救急車で野戦病院に搬送され、リナルディーは「アメリカ人は新しく開設されたミラノの病院に送れという命令だ」と説明する。ヘンリーが「オルシノへ送ってくれ」と頼むと、その理由を悟ったリナルディーは「彼女をミラノに送ってやる」と約束した。
ヘンリーは最初の患者としてミラノの病院に送られ、看護主任のヴァン・キャンペンと看護婦のヘレン・ファーガソンに会った。ヘンリーはヘレンに、酒を持って来るよう頼んだ。ヘレンはキャンペンに内緒で病室へ酒を持って行き、夜8時の列車でキャサリンが来ることを教えた。キャサリンは病院に到着し、ヘンリーと抱き合ってキスを交わした。2人は肉体関係を持ち、翌朝を迎えた。リナルディーの恩師であるヴァレンティーニ大佐が病院を訪れ、ヘンリーの手術を担当した。
ヘンリーが結婚を口にすると、キャサリンは「私も同じ気持ちだけど、結婚したら国に返される。既婚女性は前線を去る」と告げる。彼女はヘレンに、ヘンリーから求婚されたことを話す。ヘレンが「脚が治ったら彼は貴方を捨てる。国に奉仕している兵士は女を捨ててもいいと思ってる」と言うと、キャサリンは腹を立てた。妊娠したキャサリンは、そのことをヘンリーに打ち明けた。キャサリンは改めて求婚され、「イギリスに帰される。戦争が終わるまで待ちましょう。貴方と一緒にいたいの」と告げた。
キャサリンがヘンリーの病室で話していると、キャンペンがやって来た。キャンペンは「病室を情事の場所にしないで」と注意し、「もう中尉は患者じゃない。今夜、もう全快したと司令部に報告します」と述べた。ヘンリーは出発前にキャサリンと町に出て、ホテルに入った。2人はワインを飲んで会話を交わし、キスして抱き合った。ヘンリーはキャサリンと馬車で駅へ向かうが、途中で別れることにした。キャサリンは子供を産んで育てると告げ、ヘンリーは必ず戻ると約束して駅へ向かった。
ヘンリーはスタンピの元へ戻り、「戦況は最悪だ。ドイツがロシアと組んだ。この前線にも来る」と聞かされた。ヘンリーはリナルディーとガリの元へ行き、再会を喜んだ。リナルディーは医者不足で過酷な労働を余儀なくされ、精神的に追い込まれていた。ガリはヘンリーに、「リナルディーの休暇を将軍に申請する」と告げた。オルシノの町は激しい爆撃を受けるようになり、軍は退却を開始した。患者の面倒を見ていたリナルディーは、司令部から軍と共に移動するよう命じられた。ガリはヘンリーの説得に応じず、患者と共に病院で留まることを選択した。彼は患者に呼び掛け、一緒に大声で歌った。
ヘンリーとリナルディーは、市民と共にオルシノから脱出した。リナルディーは多くの患者を置き去りにしたことに苦悩し、自分を責めた。アイモは惹かれ合っている娼婦のエスメラルダが無事なのを見つけ、喜んで抱き合った。リナルディーは「我々は祖国の役に立たない。降伏がふさわしい」と大声で喚き、憲兵にドイツの手先として逮捕される。ヘンリーは彼を擁護しようとするが、検査官は銃殺刑を宣告する。リナルディーは「卑怯者を撃ち殺して勝利を手にしろ」と検査官を罵り、銃殺された。
ヘンリーはリナルディーの仲間として処刑されそうになり、隙を見て逃走した。ミラノ北駅でヘレンを見つけた彼は、キャサリンの居場所を教えるよう頼む。ストレーザのホテル・ヴァレリアにいることを聞いたヘンリーは、キャンペンが憲兵を呼んだので駅から逃走した。彼はホテルに行き、キャサリンと再会した。ヘンリーが簡単に事情を説明して「勝利を祈るが、僕は抜ける」と言うと、キャサリンは「一緒にいましょう」と告げた。翌朝、キャサリンはヘンリーが捕まれば銃殺刑になると聞き、ボートを盗んでスイスへ行くことを提案した。夜を待って、2人はボートを盗んでホテルから脱出した…。

監督はチャールズ・ヴィダー、原作はアーネスト・ヘミングウェイ、戯曲はローレンス・スターリングス、脚本はベン・ヘクト、撮影ピエロ・ポルタルピ&オズワルド・モリス、美術はアルフレッド・ユンゲ、編集はジェラルド・J・ウィルソン&ジョン・M・フォリー、音楽はマリオ・ナシンベーネ。
出演はロック・ハドソン、ジェニファー・ジョーンズ、ヴィットリオ・デ・シーカ、アルベルト・ソルディー、オスカー・ホモルカ、マーセデス・マッケンブリッジ、エレイン・ストリッチ、カート・カツナー、ヴィクター・フランセン、フランコ・インターレンギ、レオポルド・トリエステ、ホセ・ニエト、ジュルジュ・ブレハット、ヨハンナ・ホファー、エドゥアルド・リンカーズ、エヴァ・コットハウス他。


アーネスト・ヘミングウェイの同名小説を基にした作品。
監督は『白鳥』『抱擁』のチャールズ・ヴィダー。
当初はジョン・ヒューストンが監督を務めていたが、プロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックと揉めて解雇された。他にもセルズニックとの衝突によって、多くのスタッフが辞任したり解雇されたりしている。
脚本は『モンキー・ビジネス』『ユリシーズ』のベン・ヘクト。
ヘンリーをロック・ハドソン、キャサリンをジェニファー・ジョーンズ、リナルディーをヴィットリオ・デ・シーカ、ガリをアルベルト・ソルディー、エメリッヒをオスカー・ホモルカ、キャンペンをマーセデス・マッケンブリッジ、ヘレンをエレイン・ストリッチ、ボネッロをカート・カツナー、ヴァレンティーニをヴィクター・フランセン、アイモをフランコ・インターレンギが演じている。

この映画が酷評を浴びた理由はハッキリしていて、それは「単なるメロドラマになっている」ってことだ。
原作にあったはずの「戦争」という問題に対するテーマやメッセージ性が、完全に削り落とされている。
この映画における戦争は、ロマンスを盛り上げるための舞台装置に過ぎない。極端に言ってしまえば、セカイ系における世界観と同じようなモノだ。
しかも、そこだけに特化して強調したメロドラマにしても、ものすごく安っぽくて陳腐なのだ。

キャサリンは8年も婚約していた幼馴染を戦争で亡くし、心に深い傷を負っているはずだ。その経験によって、恋愛に関して心を閉ざしているはずだ。
ところがヘンリーに口説かれると、簡単によろめいてキスする。雨が止んだ後、「私がキスしたのは貴方じゃないわ。恋人が戻った気がした」「貴方はいい人よ。でも愛してるフリは無理」と語り、距離を置くような態度を取る。
でも翌朝になると、ヘンリーの元へ赴いてキスを交わす。まるで我慢できないのだ。
っていうか、「恋人が戻った気がした」という説明は何だったのかと。ただの真っ赤な嘘だったのかと。

ヘンリーはミラノの病院へ送られる際、ものすごく偉そうな態度を取る。搬送してくれた男たちを怒鳴り付け、キャンペンとヘレンにも高慢な態度を取る。
まだ男たちに関しては、荒っぽい作業だったので腹を立てるのは分かる。でもキャンペンとヘレンに関しては、普通に看護婦として仕事をしただけだ。
それなのに偉そうな態度で「酒を出せ」と言ったりするので、ただのワガママな奴になっている。
なぜかヘレンが酒を持ち込んで仲良くなることでヘンリーの不快指数を下げているけど、そんなに偉そうに振る舞わせる意味は無いだろ。

キャサリンがミラノの病院に来ると、しばらくは「ただヘンリーとキャサリンがイチャイチャするだけ」という時間が続く。キャサリンはヘンリーが「人生は短い。戦争は忘れて楽しもう」と軽い口調で口説いた時に腹を立てていたのに、自身も戦争を忘れて楽しむようになる。
もはやメロドラマとさえ言い難いような、ノホホンとしたラブラブ模様が描かれる。
ヘンリーにしろキャサリンにし、自分の職務など完全に忘れてしまう。キャサリンはヘンリーの部屋に入り浸り、キャンペンから注意される始末だ。
茶化すための表現ではなくて、本当の意味でのバカップルになっている。

ヘンリーがキャサリンと別れてオルシノに戻ると、町は激しい爆撃を受けるようになっている。病院には大勢の患者がいるし、町では人々が逃げる準備を急いでいる。リナルディーは過酷な仕事で苦悩を抱え、ガリは病院に残って患者と共に死ぬことを選ぶ。
このように、戦争を真正面からキッチリと描く意識が一気に強くなる。
ヘンリーがオルシノを去った後も、老女が力尽きて動けなくなったり、死んだ母親の乳を吸う赤ん坊がいたりという描写が入る。戦争の残酷さ、理不尽さが明確に示される。
さっきまでのお気楽恋愛モードからガラリと変化するのだが、それも当然だ。
何しろヘンリーとキャサリンが離れているので、恋愛模様なんて描けないからね。

ヘンリーとキャサリンがボートでスイスに渡る時は、大雨が降り出す。
しかし、それで何かピンチが訪れるようなことは無く、あっさりとスイスに到着する。
スイスではジマーマン中尉に目的を訊かれてパスポートの提示を求められるが、これまたピンチに陥るようなことは何も無い。それどころか、ジマーマンは母が営むホテルを紹介してくれる。
それは見せ掛けの優しさじゃなくて本心での対応であり、後になってヘンリーとキャサリンが怪しまれるような展開も無い。

ヘンリーとキャサリンがジマーマン夫人のホテルで暮らし始めると、また2人がイチャイチャするだけの時間に突入する。
キャサリンが出産するシーンになって体力を消耗して苦しみ、ようやく緊張感が生じる展開が訪れる。結果、男児は死産となり、キャサリンも衰弱して命を落とす。そしてヘンリーが悲嘆に暮れて、そのまま終幕になる。
でも、それって戦争とは何の関係も無い悲劇なのよね。戦争という要素が無くても成立する話なのよね。
「戦争に翻弄された1組の男女」という図式は、全く成立していないのだ。
だったら戦時中を舞台にした意味は何だったのかと。リナルディーの銃殺も、最終的には無意味なモノと化しているし。

(観賞日:2022年6月21日)

 

*ポンコツ映画愛護協会