『ボーン・レガシー』:2012、アメリカ

CIAの諜報活動により、ロンドンのサイモン・ロスという記者がガーディアン紙にジェイソン・ボーンとトレッドストーン計画及びブラックブライアー計画について暴露記事を掲載することが判明した。CIA長官のエズラ・クレイマーは行方をくらましたボーンの仕業ではないかと考え、不安を募らせた。記事が出れば自分の地位も危ういため、彼は退役軍人のマーク・ターソに相談する。国家調査研究所のリック・バイヤーに頼むつもりだとクレイマーが言うと、ターソは「私から話す」と告げた。
リック・バイヤーが部下のディタ・マンディーたちと共に資料の収集を進める中、ロスは狙撃されて死亡した。バイヤーはアルバート・ハーシュ博士とステリシン・モルランタ社のダン・ヒルコット博士が会議の場で親しくしている映像をユーチューブで発見し、ターソとステリシン・モルランタ社の医療統括責任者であるテレンス・ウォードに報告する。2人はトレッドストーン計画とアウトカム計画の中心人物であり、暴露記事が出れば攻撃対象になることは確実だ。それだけでなく、アウトカム計画も潰されることになるとバイヤーは話す。彼はデータを保存し、ほとぼりが冷めるのを待つべきだと提案した。
雪山で特訓を積んでいたアーロン・クロスは山を越え、待っていた男と遭遇する。予定より早かったな」と言われ、「山を越えたんだ」とクロスは告げる。「記録を更新した」と男が教えると、クロスは「考えもしなかった。薬のキットを無くしたので、仕方なく山を越えた」と説明する。男はクロスを山小屋に入れ、「本部に報告してサンプルを取りに行こう」と告げる。薬について彼に質問されたクロスは、身体用に緑の錠剤、精神用に青の錠剤を服用していることを話す。
CIA対テロ局秘密調査部長ノア・ヴォーゼンの部下であるレイ・ウィリスは、ボーンがニューヨークに戻ったことをバイヤーに知らせる。バイヤーはアウトカム計画の中止に反対するポールセン将軍と会い、承諾を求める。世界各地に散らばっているアウトカム計画の工作員は「今後は緑と青の錠剤ではなく、これを服用するように」と騙され、黄色の錠剤を服用して次々に死亡する。雪山の男はナンバー3の工作員であり、クロスはナンバー5だった。
クロスたちは吹雪のために出発を遅らせようとするが、飛行機の接近に気付く。危険を察知した2人は、別行動を取って山小屋から出ることにした。クロスが外に出た直後、小屋は無人飛行機からのミサイル攻撃を受けて爆発した。操縦者はナンバー3の始末を命令されており、クロスが既に到着していることは知らなかった。しかし発信機の信号を確認したため、無人飛行機で追跡する。クロスはライフルで飛行機を撃ち落とし、太腿に埋め込まれていた発信機を取り出して狼に飲み込ませた。
バイヤーは発信源がクロスと知り、第二の無人飛行機を飛ばした。無人飛行機が狼を攻撃したため、バイヤーはクロスが死亡したと思い込んだ。ウォードは上院の公聴会で証言するCIA内部調査局長のパメラ・ランディーが危険人物だと考えるが、バイヤーは「我々の計画については何も知らない」と余裕の態度を示す。ターソはウォードに、パメラの行動は全て把握していること、国家に対する反逆者として捉えていることを教えた。
ステリシン・モルランタ社のドナルド・フォイト博士は研究室を封鎖し、いきなり拳銃で同僚を撃ち始めた。マルタ・シェアリング博士が逃亡を図るが、フォイトは彼女も始末しようとする。そこへ警備員が駆け付けて発砲すると、既にヒルコットを射殺していたフォイトは自害した。クロスは薬を手に入れるため、森の中にあるマルタの家へ向かう。マルタはコニー・ダウド博士と特別捜査官たちの訪問を受け、自殺に見せ掛けて殺されそうになる。そこへクロスが現れ、一味を始末してマルタを救った。
クロスの「薬を持ってないか」という質問に、マルタは「持っていない」と答える。新たな刺客の到来を察知したクロスは家に火を放ち、マルタと共に逃走する。マルタはクロスの名前を知らず、定期的に送られてくる血液サンプルに書いてある「ナンバー5」としか認識していなかった。クロスから詰問されたマルタは、「私は何も知らない。車から降ろして」と叫ぶ。しかしクロスから「別行動を取って生き残れるのか?俺の計画は簡単だ。アンタを殺しに来る奴から薬の在り処を聞き出す」と言われ、同行することにした。
マルタはクロスに、アウトカム計画のために自分たちが続けていた作業は全て科学的な目的のためであり、薬はフィリピンのマニラで製造されていたと話す。クロスは彼女に、青が残りわずかであり、緑に関しては51時間前から飲んでいないことを話す。彼が「不思議なことに、体調に変化は無い」と言うと、マルタは「緑は8ヶ月前に服用中止の指示が出ているはずよ。活性ウイルスのおかげで身体的に安定したから、もう不要になったの」と話す。インフルエンザの治療と騙されてウイルスを投与されていたことを知ったクロスは、マルタに激しい怒りをぶつけた。
「青も要らなくなるのか」とクロスが尋ねると、マルタは「理論的には可能よ」と答える。活性ウイルスを接種するため、クロスはマルタを連れてマニラへ飛ぶことにした。「なぜ薬がそんなに必要なの?」と訊かれたクロスは、自分が表向きは戦死していること、試験官がIQの低さに目をつぶったおかげで合格したことを明かし、「薬が無ければ生き残れない」と告げる。クロスは自身とマルタのパスポートを偽造し、飛行機でフィリピンへ向かった…。

監督はトニー・ギルロイ、原案はトニー・ギルロイ、脚本はトニー・ギルロイ&ダン・ギルロイ、製作はフランク・マーシャル&パトリック・クローリー&ジェフリー・M・ワイナー&ベン・スミス、製作総指揮はヘンリー・モリソン&ジェニファー・フォックス、撮影はロバート・エルスウィット、美術はケヴィン・トンプソン、編集はジョン・ギルロイ、衣装はシェイ・カンリフ、音楽はジェームズ・ニュートン・ハワード。
出演はジェレミー・レナー、レイチェル・ワイズ、エドワード・ノートン、ジョーン・アレン、ステイシー・キーチ、デニス・ボウトシカリス、オスカー・アイザック、アルバート・フィニー、デヴィッド・ストラザーン、スコット・グレン、ドナ・マーフィー、マイケル・チャーナス、コーリー・ストール、ジェリコ・イヴァネク、シェーン・ジェイコブソン、エリザベス・マーヴェル、ジョン・ダグラス・トンプソン、ルーイ・オザワ・チャンチェン、デヴィッド・ウィルソン・バーンズ、ニール・ブルックス・カニンガム、コーリー・ジョンソン、マイケル・ベレッシー他。


“ボーン”シリーズの第4作。これまでのシリーズで脚本を手掛けてきたトニー・ギルロイが監督を務めている。
脚本はトニー・ギルロイと弟のダン・ギルロイが担当。
パメラ役のジョーン・アレン、ハーシュ役のアルバート・フィニー、ヴォーゼン役のデヴィッド・ストラザーン、クレイマー役のスコット・グレンが、前作から続投。
クロスをジェレミー・レナー、マルタをレイチェル・ワイズ、バイヤーをエドワード・ノートン、ターソをステイシー・キーチ、ウォードをデニス・ボウトシカリス、ナンバー3をオスカー・アイザックが演じている。

本来なら、“ボーン”シリーズは2007年の第3作『ボーン・アルティメイタム』で終わるはずだった。
原作小説も全3作で完結しており、『ボーン・アルティメイタム』は最終作である『最後の暗殺者』を基にしていた。3作目ではボーンの過去が明らかになり、「これで物語は完結」という形になっていた。
原作と同じ進め方をしてきたのだから、終了するのが当たり前だ。
ところが3部作が大ヒットを記録したもんだから、製作したユニバーサル・ピクチャーズとしては「まだ稼げるだろう」と考えて、続編を企画したのだ。

ユニバーサル・ピクチャーズにとっては、シリーズ続行に適した材料があった。
原作者であるロバート・ラドラムが死去した後、シリーズを引き継いだエリック・ヴァン・ラストベーダーが2004年に第4作『ボーン・レガシー』を発表したのだ。
ベースとなる原作もあるわけで、これなら第4作を作ることが難しくない。
後は、ジェイソン・ボーン役のマット・デイモンと、2作目と3作目の監督だったポール・グリーングラスに続投の契約を結んでもらうだけだった。

ところが、ポール・グリーングラスが降板し、それに伴って「彼が監督しなければシリーズの続行は有り得ない」と発言していたマット・デイモンの降板も決定した。
監督と主演俳優が降板したことで、計画は大幅に狂った。
だったら計画を中止すればいいんじゃないかと思うかもしれないが、稼げる可能性が高いコンテンツなので、そう簡単に諦めることは出来ない。
そこでユニバーサルは、シリーズの脚本家であるトニー・ギルロイに監督も務めてもらい、小説とは全く無関係のシナリオを書いてもらうことにした。
マット・デイモンが降板したので、ジェイソン・ボーンを別人に演じさせるのではなく、別のキャラクターを主人公に据えた。

こういう経緯で出来上がったのが、この『ボーン・レガシー』である。タイトルは小説の4作目と全く同じだが、内容は全く異なる。
この映画を端的に表現するならば、「“ボーン”シリーズの名を騙った偽物」である。
続編ではないことは確かだが、もはや「スピン・オフ」という表現さえ適当ではないと感じる。
一応、前作までの要素を盛り込んでいるし、前作までの登場人物も姿を見せる。
しかし、そういう作業によって3部作との関連性を持たせても、それでもなお「バッタモン」という印象が強いのである。

ジェイソン・ボーンが登場しないのに“ボーン”シリーズを名乗っている時点で、かなりバッタモン感が強い。
タイトルの「ボーン・レガシー」は「ボーンの遺産」という意味だから、「ボーンが登場しなくても遺産があればいいんじゃないか」ってことかもしれないが、そういう問題ではない。
ボーンが登場しない“ボーン”シリーズってのは、ブギーマンが登場しない『ハロウィンIII』やジェイソンが登場しない『新・13日の金曜日』と比べても、もっとタチが悪い。

ジェイソン・ボーンとの差別化を図るためか、今回の主人公であるアーロン・クロスには「2種類の薬によって知能と肉体を強化しており、元々はオツムの弱い男だった」という設定が用意されている。
しかし、まず「2種類の薬で強化されている」という時点で、ちょっとSFチックなモノを感じるし、それが“ボーン”シリーズの世界観にはミスマッチだと感じる。
それと、「薬が無ければ生き残れない」とクロスは言うけど、そこに悲劇性が感じられるわけでもない。
むしろ、「薬のために必死で行動する」という彼の動機が、おバカなノリならともかくシリアスで重厚に演出されているせいもあって、何となく陳腐にさえ思えてしまう。

ジェイソン・ボーンとは別の男を主人公として登場させるなら、それはそれで「新シリーズのスタート」ということにすべきじゃないかと思うのだが、そこまで割り切った作りになっておらず、旧シリーズに寄せることでファンを呼び込もうとする方針が、ますます本作品の価値を下げていると言っていい。
旧シリーズに寄せようとした結果として何が起きているかというと、「前3作を全て見ていないと、話が分かりにくい」ってことだ。
そうやって新参者に対するハードルを無駄に上げておいて、一方でシリーズのファンからすると「こんなのは“ボーン”シリーズじゃない」と思わせる内容になっているのだから、すっかり手詰まり状態である。

っていうか、これって前3作を見ている人からしても、無駄に話が分かりにくくなっていると思うんだよね。
まず、4つの計画について触れているのが、無駄にややこしい。
前3作に登場したトレッドストーン計画とブラックブライアー計画ってのがあって、新たにクロスが被験者となっているアウトカム計画がある。さらには終盤に入り、ラークス計画という別の計画が進行していたことも明らかにされる。
だけど、それだけ多くの計画に言及することで、話に厚みが出ているわけでも何でもないのよね。

ハッキリ言って、この映画だけに限れば、アウトカム計画だけで充分だと思うのよ。
トレッドストーン計画とブラックブライアー計画に関しては、「前3作との関連性を持たせる」という目的のために持ち込まれた部分が大きいのよね。でも、そこが無い方が、むしろ話としてはスッキリするんだよね。
ラークス計画に関しては、終盤に入ってクロスを始末するためにバイヤーたちが差し向ける暗殺者が「ラークス計画で生み出された工作員」という設定なんだけど、それって全く必要性が無いでしょ。
例えば「クロスと同じアウトカム計画で生み出されたけど、何かの事情で例外的に始末するリストから外されていた工作員」とか、そういう設定でも全く支障は無い。

今回のメインであるアウトカム計画については、「アウトカム計画とは何ぞや」ってのをボカしたまま話を進めている。
しかし、その答えを後半まで引っ張っても、何の効果も得られていない。
「薬によって工作員を生み出す計画」という大枠は前半の内に何となく分かるし、詳細が分かっても「だから何なのか」という程度の情報でしかない。
今回はボーンのような「失った記憶を取り戻そうとする」という設定が主人公に無いので、別の部分で「謎」の要素を用意して観客を引き付けようとしたのかもしれないけど、完全に外している。

ラークス計画によって生み出された暗殺者は「人間的な感情を排除された」という設定だけど、だから何なのかと言いたくなる。
残り時間が少なくなってからの登場だから、そういう設定って、ほとんど効果的に作用していないし。
ラークス計画の暗殺者がクロスの殺害指令を受けるタイミングが終盤になってからってのは、全体の構成を上手く計算できていないんじゃないかと感じてしまう。そこまでの話が序盤からテンポ良く進んで観客を引き付けていたのかというと、そうじゃないからね。
だったら、クロスの抹殺に向かうタイミングはひとまず置いておくとして、少なくとも前半の内から暗殺者を登場させておいた方が良かったんじゃないかと思うのよ。

あと、終盤にクロスを狙う敵として動くんだから、暗殺者は強敵じゃなきゃいけないはずでしょ。設定としても、究極の殺人マシーンということになっているはずだし。
ところが、まず見た目からして「最強の敵」にしては凄みや脅威が全く足りていないし、実際の行動もヘナチョコだ。
何しろ、武器や素手による格闘シーンはゼロで、車とバイクで追って来るだけ。しかも、クロスと戦って始末されるのではなく、マルタにバイクを蹴られ、バランスを崩して柱に激突して死亡するのだ。
それって、ただの雑魚じゃねえか。

たぶん意図的なんだろうけど、トニー・ギルロイが説明を控えめにしているってのもマイナスだ。
それが「主人公や物語をミステリアスにしたり深みを持たせたりして観客を引き付ける」という効果に繋がっていればいいんだろうけど、「話が分かりにくい」という単純なマイナスにしか繋がっていない。
何しろ、映画が始まってからしばらくの間は、そいつは誰なのか、何の目的で動いているのか、そのシーンが何を描いているのか、そういう基本的なことからして、ものすごく分かりにくいのだ。
何度か回想シーンが挿入されるが、これも物語を分かりやすくするための説明ではなく、むしろ無駄に複雑化させるための構成になっている。

暗殺者はあくまでも下っ端の戦闘要員に過ぎず、クロスにとって本当に倒さなきゃいけない敵は、まだ他にもいる。
だが、そこも無駄にややこしい。
計画を主導しているのはCIAなんだから、CIAだけを「敵組織」として配置しておけばいいものを、そこに「国家調査研究所」「ステリシン・モルランタ社(の親会社であるキャンディット社)」という2つの組織が絡んで来る。
本来ならCIAの人間であるヴォーゼンやクレイマーが悪玉の親分的な存在であるはずだが、実際にはターソの方がラスボスっぽい。で、そのターソがどういうポジションなのかは分かりにくい。

あと、クロスを始末しようとする計画を指揮しているのはバイヤーなので、こいつをラスボスと捉えた方がいいのかもしれないけど、どう見てもラスボス感が足りない。
何しろ、常にクロスの後手を踏んでばかりで失敗を繰り返すので、キレ者っぽさが感じられないし。
とは言え、それだけ存在感をアピールしたのなら、とりあえずは「クロスがバイヤーの元へ乗り込む」という展開になるんだろうと思いきや、「まだ敵は大勢残っているけど、クロスがマルタと共に旅立つ」という、全てを放り出しちゃったようなエンディングになっているのだ。
いやいや、どういうことだよ。カタルシスとか爽快感とか、そういうのは完全無視かよ。
シリーズを続けるつもりだから全てを解決せず、食べ残したままにしたのかもしれんけど、スッキリしない終わり方だわ。

(観賞日:2015年12月6日)


2012年度 HIHOはくさいアワード:第5位

 

*ポンコツ映画愛護協会