『ビニー/信じる男』:2016、アメリカ

1988年、シーザース・パレス。WBC世界スーパーライト級タイトルマッチの計量が迫るが、挑戦者のビニー・パジェンサが一向に現れない王者のロジャー・メイウェザーが先に計量をパスしていると、ギリギリまで部屋で体を動かしていたビニーもようやく会場にやって来た。彼は軽量をパスし、その後の会見ではメイウェザーと互いに挑発を繰り返した。ビニーは父親のアンジェロから「明日に供えて夜遊びはするな」と釘を刺されるが、カジノに繰り出した。部屋に戻った彼は、恋人のヘザーとセックスした。
次の日、ビニーはメイウェザーとの対戦で一方的にペースを握られ、判定負けを喫した。試合後に女医の診察を受けた彼は「ケトーシスよ。法っておいたらダメ」と言われるが、「ただの脱水症だ。何度もやってる」と軽く告げる。ロードアイランド州プロビデンスの実家に戻った彼は、テレビで試合の映像を確認した。するとマネージャーのルーはレポーターから次の試合について問われ、「そろそろ潮時だと思ってる」と答えていた。
次の日、アンジェロはビニーを伴ってルーの元へ行き、「ビニーは終わってない。引退はビニーが決める」と怒りを示す。ビニーが「次の試合がしたい」と告げると、ルーは「根性はあるが、顎が弱い。引退すべきだ」と促す。ビニーは納得できず、「もう1試合だけチャンスをくれ」と訴えた。彼はニューヨーク州キャッツキルへ行き、トレーナーのケヴィン・ルーニーと会った。かつてマイク・タイソンを指導していたケヴィンだが、飲酒運転が原因で解雇されていた。
ケヴィンはビニーに、「現実的な話をしよう。お前は3連敗。最後はタイトルマッチ。もう客も呼べない。ここにお前が来た理由は、ルーが寄越したからだ。捨てられたんだよ」と語る。彼はビニーにスパーリングさせて体重を確認すると、「今がベストだ」と言う。ビニーは「俺はジュニアウェルター級だ」と告げるが、ケヴィンはスーパーウェルター級で戦うよう指示した。2階級のアップにビニーは「リスクが大きすぎる」と難色を示すが、ケヴィンに「だったら、やめるか」と言われると従うしかなかった。
ケヴィンはビニーにトレーニングを積ませ、「お前は打たれ弱い」と防御を重視するよう説いた。ビニーは自宅へケヴィンを招待し、母のルイーズや姉のドリーン、その婚約者のジョンたちを紹介した。アンジェロは2階級アップに賛成しておらず、ケヴィンに不満をぶつけた。数日後、ビニーはアンジェロから、フランス人のジルベール・デュレとのタイトルマッチが復帰戦になったことを聞かされた。ビニーは喜ぶが、ケヴィンは表情を曇らせた。
ケヴィンはルーと息子のダンに会い、「やり方が汚いぞ。3ヶ月後にデュレ対ロッシ戦を組んだな。ビニーは踏み台か」と非難した。ルーは落ち着き払った態度で、「ビニーが勝っても見合う。デュレに勝ったら、次はデュランと対戦させる」と語る。「有り得ない。ビニーは捨て石じゃないぞ」とケヴィンが反対すると、ダンは「2階級アップさせたのは我々ではない」と言う。「我々がアンタに頼んだのか?決めたのはアンタだろ」と指摘され、ケヴィンは言葉に詰まった。
デュレは無敗のまま、ジュニアミドル級王者になった強敵だった。タイトルマッチの会場は、ビニーの地元であるプロビデンスのシビックセンターに決まった。ビニーはデュレと対戦し、KO勝利を収めた。彼はケヴィンたちはストリップクラブに繰り出し、大いに楽しんだ。後日、ルーはビニーにスーパーミドル級王者との対戦を提案し、ケヴィンは「お前なら勝てる」と言う。しかしビニーは交通事故に遭い、首の骨を折う大怪我を負ってしまった。
病院に運び込まれたビニーは、ハローと呼ばれる脊髄固定器具を装着された。主治医はビニーの「どれぐらいで戦えるようになる?」という質問に、「歩けるかどうかも分からない」と言う。主治医はハローが落ち着くまで半年は必要だと説明し、脊髄固定手術を受けるよう勧める。ビニーは「戦えなきゃ意味が無い」と口にするが、結局は手術を了承した。家族はビニーを車に乗せ、家に連れ帰った。ヘザーはハローを不気味だと嫌がり、ビニーに「それが取れたら連絡して」と告げて去った。
ビニーが誕生日にベッドで休んでいると、ケヴィンが来て「外で楽しもう」と持ち掛けた。彼がビニーを車でイタリア料理店へ連れていくと、家族や友人たちがサプライズ・パーティーを用意していた。アンジェロはビニーに、チャンピオンベルトを差し出した。ルーとダンはビニーに「防衛期限まで、あと3ヶ月。3月に試合は不可能だ」と告げ、ベルトを返上するよう促した。ケヴィンはビニーに、「リングを離れた人生を考えよう。もう戦えない。諦めるんだ」と説いた。
ビニーは店を出てタクシーを拾い、馴染みのカジノへ出向いた。カジノで負けた彼は、顔見知りのディーラーに車で自宅まで送ってもらう。ビニーは地下室へ行き、過去の試合映像をビデオで見た。彼は必ず復帰しようと決意し、地下室で密かにトレーニングを開始した。彼はケヴィンにトレーニングしていることを打ち明け、協力を要請した。ケヴィンが「命に関わるぞ」と反対すると、ビニーは「諦めることが簡単なのが怖いんだ」と語る。ビニーの熱い思いを汲み取ったケヴィンは、苦悩の末に手伝うことを決めた…。

監督はベン・ヤンガー、原案はベン・ヤンガー&ピッパ・ビヤンコ&アンジェロ・ピッツォ、脚本はベン・ヤンガー、製作はブルース・コーエン&エマ・ティリンジャー・コスコフ&チャド・A・ヴェルディー&ノア・クラフト&ベン・ヤンガー&パメラ・サー、製作総指揮はマーティン・スコセッシ&ジョシュア・サソン&ミシェル・ヴェルディー&マイルズ・ネステル&リサ・ウィルソン&デヴィッド・ゲンドロン&マイケル・ハンセン、製作協力はベン・マシュー・エンペイ&マリエル・オレンティン&ジーノ・ペレイラ&ロバート・タリーニ&ヴィニー・パジェンサJr.、撮影はラーキン・サイプル、美術はケイ・リー、編集はザカリー・スチュアート=ポンティエ、衣装はメリッサ・ヴァルガス、音楽はジュリア・ホルター、フィーチャリング・ミュージックはウィリス・アール・ビール、音楽監修はスーザン・ジェイコブス。
出演はマイルズ・テラー、アーロン・エッカート、ケイティー・セイガル、キアラン・ハインズ、テッド・レヴィン、ジョーダン・ゲルバー、アマンダ・クレイトン、ダニエル・サウリ、クリスティーン・エヴァンジェリスタ、ティナ・カスチアーニ、リズ・ケアリー、デニース・シェーファー、ピーター・クイリン、ジャンピエール・オーガスティン、エドウィン・ロドリゲス、マーヴ・アルバート、アル・バーンスタイン、ジョー・ジャフォ・カリエール、ポリー・コッタム、キース・ジェフリー、サラ・ニューホース、ティム・フィールズ、ロイ・スーザ他。


2004年に現役を引退した元プロボクサー、ビニー・パジェンサの事故からの復活劇を描いた伝記映画。
監督&脚本は、『マネー・ゲーム』でインディペンデント・スピリット賞新人脚本賞にノミネートされたベン・ヤンガー。
ビニーをマイルズ・テラー、ケヴィンをアーロン・エッカート、ルイーズをケイティー・セイガル、アンジェロをキアラン・ハインズ、ルーをテッド・レヴィン、ダンをジョーダン・ゲルバー、ドリーンをアマンダ・クレイトン、ジョンをダニエル・サウリが演じている。
メイウェザーをピーター・クイリン、デュレをジャンピエール・オーガスティン、デュランをエドウィン・ロドリゲスが演じている。

ビニー・パジェンサの伝記映画であるが、事実と異なる部分が多く含まれている。
プライベートに関する部分なら、ある程度の脚色は許容されてもいいだろう。ただ、プロボクサーとしての経歴を詐称しちゃうのは、伝記映画として果たしてどうなのかと。
具体的に書くと、この映画ではビニーがメイウェザーに負けた後の復帰戦でデュレとのタイトルマッチに勝利したように描いているけど、実際は違うのだ。
メイウェザーに負けた後、同じ階級で2度のタイトルマッチに挑んで連敗している。その後、階級を上げてUSBA全米スーパーウェルター級タイトルマッチに勝利し、その後でデュレを破っているのだ。

ついでに書くと、メイウェザー戦が最初のタイトルマッチではない。1987年にIBF世界ライト級王座を獲得し、翌年の再戦で敗れている。その次にメイウェザーと対戦し、負けているのだ。
ビニーについて詳しく知っている人なら、メイウェザーと対戦するまでの経緯を説明する必要など無いだろう。
でも、知らない人からすると、そこについて何も言及していないから王座初挑戦のようにも思えるわけで。いや、それどころか、その時点でビニーがどれぐらいの評価になっているのかもサッパリ分からないわけで。
「既に王者の経験がある男」と、「初めて王者に挑戦する男」では、かなり違ってくるんじゃないかと。

冒頭、ビニーは夜遊びするなと言われたにも関わらず、カジノへ出掛けて深夜まで楽しんだり、部屋に戻ってヘザーとセックスしたりする。酒は飲んでいないが、それは明らかに「夜遊び」である。
そして翌日の試合に完敗を喫するので、「そりゃあ当然だろ」と言いたくなる。
ルーは「根性はあるが顎が弱い」と評しているが、そういう問題じゃなくて、ボクシングに真摯な気持ちで取り組んでいなかったから負けただけにしか見えない。
つまり冒頭の時点では、ビニーが全く応援したいと思えない奴になっているわけだ。

ただ、そこから「自分の愚かしさを理解し、気持ちを入れ直してボクシングに打ち込む」という成長のドラマがあるのなら、好感度の低い状態から話を始めても構わない。
しかし、そんなドラマは無いのだ。
そもそも、冒頭のビニーを「真剣にボクシングに取り組んでいない」という風に描いているつもりも無さそうなのよね。
だったら、なぜカジノで遊んだりヘザーとセックスしたりする様子を見せたのかと。その狙いがサッパリ分からんよ。

ビニーがケヴィンを訪ねるシーンで、3連敗していることが明らかにされる。
そういう状況なら、メイウェザー戦は余計に「背水の陣」ぐらいの気持ちで必死に取り組まなきゃダメなんじゃないかと。
その試合に夜遊びのせいで負けておいて、ルーが引退を勧告したら「もう一度チャンスをくれ」と訴えるって、バカじゃないのかと。
しかも、「ルーの引退勧告で自分の愚かしさに気付いて」というドラマでもあるならともかく、そうじゃないし。

メイウェザーに負けた後、ビニーは女医から「放っておいたらダメ」と忠告され、「ただの脱水症だ」と軽くスルーしている。
そんな様子を最初に見せているのだから、こっちとしては「実は深刻な症状だった」と判明する展開でもあるのかと思ってもおかしくないだろう。
だけど、「ビニーがトレーニングを積んでいる最中に体の異変を感じる」といった描写も無いまま、粛々と話は進んでいく。そして結局、「放っておいたらダメ」と忠告されたことは何の意味も無いのだ。その症状が原因で、何かが起きることは無いのだ。
だったら、そんな意味ありげなシーンを最初に用意した意味は何なのかと。

っていうかさ、もっと根本的なことを言っちゃうと、デュレと対戦するシーンまでの展開って、丸ごとバッサリとカットしてもいいんじゃないかと思うぐらいなんだよね。
この映画が描きたい核の部分って、「王者だった男が大事故に遭って再起不能となるが、懸命なリハビリで奇跡の復活を果たし、王者に返り咲く」というドラマでしょ。それなのに、伝記映画でありがちな「色んなことを盛り込もうと欲張り過ぎて、焦点がボヤける」という状態に陥っているのだ。
「事故で大怪我を負った男が復活する感動ドラマ」という部分に絞り込めばいいものを、その前にも「引退勧告された男が階級を上げて復帰戦に挑み、王者になる」という物語を配置しているんだよね。
「栄光からドン底に落ちて這い上がる」という後半のドラマだけで充分なのに、なんで余計なことに手を出しちゃうのかと。
それでドラマが厚くなって感動が2倍にでもなれば万々歳だろうけど、そんなに単純ではない。どっちのドラマも薄くなっているだけだ。

ケヴィンはデュレとの対戦が決まった時、ルーとダンを厳しく非難している。
だけどダンが指摘するように、ビニーに階級のアップを指示したのはケヴィンなのだ。その結果としてタイトルマッチが決まったのに、なぜルーを責めるのか良く分からない。
「タイトルマッチは早すぎる」ってことなのかもしれないが、ケヴィンが「ルーはビニーを踏み台扱いしている」と捉える根拠が分かりにくいのよ。
そこに限らず、この映画って背景の説明が不足しまくっていて、状況が見えにくいのよね。

ビニーがデュレに勝つのは、それだけを取ってみれば「感動的な結果」と言えるだろう。ただ、それまでにビニーが抱えていた苦しみや辛さが全く描かれていないので、高揚感はゼロだ。
その後の交通事故にしても、「栄光から奈落の底へ」という転落の悲劇性は薄い。なぜなら、あまりにも「栄光」が弱いからだ。
何しろ、デュレに勝ったビニーが当日の夜にストリップクラブで遊ぶ様子を描いた後、すぐに事故が起きるのだ。
そもそもビニーが王者になるまでのドラマもペラッペラだが、なぜタイトルを獲得した後で「公私共に充実した暮らしを送り、デュラン戦に向けて順調にトレーニングを積む中で突然の事故」という流れにでもしなかったのかと。

ビニーが覚悟を決めて覚悟を決めてトレーニングを開始しても、ケヴィンが苦悩の末に協力を決断しても、何も心を揺るがすモノが無い。
ただ段取りとして淡々と描いているだけで、そこに熱くさせてくれるようなドラマが無いのだ。
IBC世界スーパーヘビー級タイトルマッチでロベルト・デュランと戦うクライマックスにしても、やっぱり感動や興奮は乏しい。
デュランはそこで急に出て来るだけだからキャラとしての厚みがゼロだし、その試合に向けたビニーのドラマも薄いし。

この映画って何から何まで淡々と進めており、メリハリに欠けるのよね。
ビニーの人生って、ホントならものすごくドラマティックのはずなのよ。だけど、なぜかベン・ヤンガーは、やたらと抑制したタッチで演出しているのよね。BGMを使って観客の気持ちを動かそうという意識も無いし。
ビニーのドキュメンタリー・フィルムがあったら、そっちの方が感動できるだろう。
この映画で感動するのは、市川準の監督作品で感動するよりも難しい。
素材が感動に向いていることは確実なので、調理方法を完全に間違えているってことだ。

(観賞日:2019年5月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会