『ブレードランナー 2049』:2017、アメリカ
レプリカントは人間に代わる労働力としてタイレル社が作った人造人間である。だが何度も反乱を起こして製造は禁止され、タイレル社は倒産した。2020年代、エコシステムが崩壊し、企業家のニアンダー・ウォレスが台頭した。合成農業によって飢餓を回避したウォレスはタイレル社の資産を買い取り、従順な新型レプリカントの製造を開始した。旧型で寿命制限の無いネクサス8型の残党は「解任」の対象となり、追跡された。彼らを追う捜査官は、ブレードランナーと呼ばれた。
2049年、カリフォルニア。ロサンゼルス市警のブレードランナーとして働く新型レプリカントのKは、郊外にある農場を訪れた。彼は農場を営むネクサス8型のサッパー・モートンと会い、尋問してから目を調べようとする。モートンは元衛生兵だが、部隊から脱走して姿を消していた。モートンは隠し持っていたナイフで襲い掛かるが、Kに制圧された。モートンは「お前ら新型はクソな仕事に満足してる。奇跡を見たことが無いからだ」と告げ、Kに射殺された。上司のジョシ警部補に報告を入れたKは、庭にある1本の木に目を留めた。彼は根元を調べ、箱が埋まっていることをジョシに伝えた。
警察署に戻ったKは、人間の捜査官から罵りの言葉を浴びせられる。奥の部屋に入った彼は、人間への反抗心が無いことを証明する定期の検査を受けた。自宅アパートに戻ったKは、家庭用ホログラムAIのジョイと会話を交わした。彼は同棲相手のような関係であるジョイのために、拡張メモリのエマネーターをプレゼントした。彼は「これで好きな場所に出掛けられるよ」と言い、ジョイを外へ連れ出した。ジョイは「貴方といると幸せ」と笑顔を見せ、Kに抱き付いてキスをした。
Kへのボイスメッセージが入ったため、ジョイの機能は一時停止した。Kは掘削班が重要な証拠を発見したという知らせを受け、警察署へ赴いた。彼はジョシや鑑識係のココと会い、モートンの農場に埋まっていた箱について説明を受ける。それは兵士のトランクで、中には30年前に埋葬された女性の遺骨が入っていた。女性は妊娠したが分娩中に死亡しており、胎児は見当たらなかった。Kは分析映像を調べ、その女性がレプリカントだと知った。
ジョシはKに「貴方が見た物は現実には起きなかった。秩序を保つのが私の仕事よ」と言い、消えた子供も含めて全ての痕跡を消し去るよう命じた。Kは「生まれて来た者の解任は初めてです」と困惑するが、ジョシの命令に従うことは約束した。ジョシは彼に、「貴方は魂を持たなくても大丈夫よ」と告げた。Kは移動する途中、モートンが言い残した言葉を思い出した。彼は死んだ女性レプリカントのデータを調べるため、ウォレス社地球本部へ向かった。
ウォレス社の担当者はKに、大停電によって大半のデータが失われたことを説明する。そこへウォレスの側近である新型レプリカントのラヴが現れ、Kを奥の部屋に案内する。ラヴが見つけた古いアーカイヴ映像には、ブレードランナーのリック・デッカードがレイチェルというレプリカントを尋問した時の様子が写っていた。その映像を見たKは、レイチェルがデッカードに惹かれていることを見抜いた。彼は老人ホームへ行き、デッカードの元同僚であるガフと会う。ガフはデッカードが退任して居場所が分からなくなっていることを話し、「彼は望みの物を手に入れた」と述べた。
ウォレスはラヴから、新型レプリカントが誕生することを知らされる。ウォレスは部屋を移動し、女性レプリカントの誕生を見守った。彼はラヴに、「我々は全宇宙を支配すべきだ。人間の奴隷化は許されん。レプリカントでないと。だが、製造が追い付かない」と語る。彼はレプリカントの腹をメスで切り付け、その死を冷徹に見届けて「繁殖を試みているが、実現していない。多くのレプリカントが必要だ」と語る。ウォレスはラヴに、レイチェルが産んだ子供を連れて来るよう命じた。
街に出たKの様子を、フレイザという女が観察していた。フレイザは3人の娼婦に接触し、Kに近付いて情報を得るよう依頼した。娼婦の3人はKに声を掛けるが、相手がブレードランナーだと気付いた2人は早々に立ち去った。残ったマリエッタはKと会話を交わすが、本物の女に興味が無いのだと悟って立ち去った。Kはモートンの農場を調べ、木の傍らで赤ん坊を抱く女性の写真を発見した。木の根元を見た彼は、「6-10-21」という数字が彫ってあるのに気付いて驚いた。彼は農場に火を放ち、その場を後にした。
ラヴは警察署に潜入し、ココを殺害してレイチェルの遺骨を盗み出した。警察署に戻ったKは、ジョシから事件のことを知らされた。Kはジョシから「私の部下になる前の記憶はあるの?」と問われ、いじめっ子たちに木馬を奪われそうになって焼却炉に放り込んだ幼少期の出来事を語った。Kは警察の遺伝子データベースで、自分の生年月日である「6-10-21」の記録を調査した。ジョイは彼に記憶映像で木馬を見せるが、その裏面には同じ日付が彫られていた。
Kは日付の一致についてジョイから「偶然?」と訊かれ、「危険な偶然だ」と述べた。ジョイは彼に、「貴方は特別だと思ってた。これがその理由よ」と言う。Kの生年月日と同じ時、レイチェルは男女の双子を産んでいた。双子の遺伝子は完全に合致しており、Kは片方がコピーだろうと推理した。双子は同じモリルコール孤児院に預けられたが、女児は病死し、男児は消息を絶っていた。Kはジョイを伴い、スピナーに乗って孤児院のある産廃処理場へ向かった。
Kが産廃処理場に近付くと地上から砲撃を受け、スピナーは不時着した。Kは襲って来た男を制圧し、略奪を目論む連中を銃で威嚇した。ラヴはミサイルの遠隔攻撃で略奪グループを一掃し、Kの姿を確認して「仕事をしなさい。子供を見つけて」と呟いた。Kが孤児院に入ると、大勢の子供たちが強制労働させられていた。Kは院長のコットンを脅し、30年前の記録を見せるよう要求した。コットンは古い資料を持ち出すが、30年前のデータを記したページだけが破り取られていた。
Kが孤児院の奥を調べ、焼却炉と日付の彫られている木馬を発見した。困惑する彼に、ジョイは「貴方は製造ではなく生まれたの」と言う。彼女は「本物の名前が必要よ」と告げ、Kを「ジョー」と呼ぶ。しかしKは移植された記憶かもしれないと考え、アナ・ステリン博士の元を訪ねた。アナは免疫不全のため、8歳からガラスドームの中で生活していた。最高の記憶創造者である彼女はウォレスと契約していたが、買収は拒んでいた。
アナはKの質問を受け、「レプリカントにも本物らしい記憶があれば、反応も人間らしくなる」と話す。「記憶には本物も使いますか」とKが訊くと、彼女は「それは違法よ」と否定した。Kが「記憶の出来事が本物かどうか、見分けられますか」と尋ねると、アナは「やってみましょう」と述べた。アナはKに、見てほしい記憶をイメージするよう促した。彼女は記憶を確認し、「誰かの記憶。実際の出来事よ」と告げる。Kは「本物だと思った」と嘆き、激しい苛立ちを示した。
アナの元を去ったKは、逮捕されて警察署に連行された。彼はレプリカントの検査を受けさせられ、ジョシはスキャンで異状を感知したと知る。ジョシから批判されたKは、「命令通りに子供を見つけて処理しました」と嘘をつく。ジョシは48時間以内に元の状態に戻るよう指示し、Kを解放した。Kは帰宅し、ジョイに「君は何もかも正しかった」と言う。そこへマリエッタが現れ、ジョイは自分が呼んだことをKに話す。彼女はKに、「気に入ってたでしょ。いいのよ」と告げた。
ジョイは「私も身体を持ちたい」と言い、マリエッタに同期してKとセックスする。翌朝、マリエッタはKの目を盗んで発信機を仕込んだ。ジョイはマリエッタに、「貴方の役目は済んだ。帰っていい」と冷たく告げる。マリエッタは「アンタの奥を覗いたけど、大した中身は無かった」と言い放ち、その場を後にした。Kが「じきに連中が追って来る」と話すと、ジョイは「私も一緒に行く。でも警察は貴方を捜索して私の履歴にアクセスする。私をコンソールから削除して」と言う。Kは「何かあれば消える」反対するが、ジョイの懇願を受けてアンテナを折った。
Kはブラックマーケットで店を構えるバッジャーの元へ行き、木馬を分析してもらう。バッジャーは木馬が強い放射能を帯びていることを話し、「そんな場所は1つしか無い」と告げた。ラヴはKのアパートへ行き、彼が姿を消したことを知る。ラヴはジョシの元へ乗り込み、Kの居場所を教えるよう迫った。ラヴは協力を拒んだジョシを始末し、彼女のパソコンを操作してKの居場所を突き止めた。ラスベガスへ赴いたKは、廃墟と化したホテルで隠遁生活を送っていたデッカードを発見した。デッカードはKに、子供を守るため情報を隠したことを話す。そこへラヴが手下を引き連れて現れ、Kを叩きのめしてデッカードを連行する…。監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ、キャラクター創作はフィリップ・K・ディック、原案はハンプトン・ファンチャー、脚本はハンプトン・ファンチャー&マイケル・グリーン、製作はアンドリュー・A・コソーヴ&ブロデリック・ジョンソン&バッド・ヨーキン&シンシア・サイクス・ヨーキン、製作総指揮はリドリー・スコット&ビル・カラッロ&ティム・ギャンブル&フランク・ギストラ&イェール・バディック&ヴァル・ヒル、共同製作総指揮はイアン・マクグローイン&エイサ・グリーンバーグ、共同製作はカール・O・ロジャース&デイナ・ベルカストロ&ステイーヴン・P・ウェグナー、製作協力はドナルド・L・スパークス、撮影はロジャー・A・ディーキンス、美術はデニス・ガスナー、編集はジョー・ウォーカー、衣装はレネー・エイプリル、視覚効果監修はジョン・ネルソン、音楽はベンジャミン・ウォルフィッシュ&ハンス・ジマー、音楽監修はデーヴァ・アンダーソン。
出演はライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、アナ・デ・アルマス、ジャレッド・レトー、デイヴ・バウティスタ、シルヴィア・フークス、ロビン・ライト、マッケンジー・デイヴィス、カルラ・ユーリ、レニー・ジェームズ、ショーン・ヤング、エドワード・ジェームズ・オルモス、バーカッド・アブディー、ヒアム・アッバス、ウッド・ハリス、デヴィッド・ダストマルチャン、トーマス・レマルキス、クリスタ・コソネン、エラリカ・ジョンソン、サリー・ハームセン、マーク・アーノルド、サリー・ハームセン、ローレン・ペタ他。
1982年の映画『ブレードランナー』の、35年ぶりとなる続編。
監督は『ボーダーライン』『メッセージ』のドゥニ・ヴィルヌーヴ。
脚本は『ブレードランナー』のハンプトン・ファンチャーと『グリーン・ランタン』『LOGAN/ローガン』のマイケル・グリーンによる共同。
Kをライアン・ゴズリング、ジョイをアナ・デ・アルマス、ウォレスをジャレッド・レトー、モートンをデイヴ・バウティスタ、ラヴをシルヴィア・フークス、ジョシをロビン・ライト、マリエットをマッケンジー・デイヴィス、アナをカルラ・ユーリ、コットンをレニー・ジェームズが演じている。
デッカード役のハリソン・フォード、レイチェル役のショーン・ヤング、ガフ役のエドワード・ジェームズ・オルモスが、前作から続投している。ジョシがKに「貴方には魂が無くても大丈夫よ」と言うのは、「Kには魂が無い」ってのが前提となる台詞だ。
もちろんKはレプリカントなので、魂が無いという設定のはずだ。
だけど実際に映画を見ている限り、魂が無いとは感じられない。Kはクールで任務に忠実なだけで、感情も魂も持っているように見える。
だったら、「そんなレプリカントと人間の違いは何なのか」ってのを掘り下げるのかというと、そういうわけでもないのよね。Kが普通に人間のような生活を送っており、ジョイにプレゼントを贈るなど「感情」の見える行動を幾つも取っているので、もはや人間と何が違うのか思ってしまう。違いがサッパリ分からない。
しかし、じゃあ人間らし魅力が感じられるのかというと、そういうわけでもない。デッカードよりも進化したはずなのに、人間的な魅力は遥かに減退している。
Kが何を考えているのか、どんなことを感じているのか、それが一向に見えて来ない。彼の行動だけで説明しているつもりなのかもしれないけど、それじゃ足りていない。
ストーリーもやたらと小難しいし、そして上映時間が長すぎるし。前作は近未来の風景やガジェット、そして意味ありげな雰囲気ってのが高く評価されただけであって、決してシナリオの緻密さやドラマの深さに魅力があったわけではない。
ただ、今回の続編で同じような近未来の景色を用意しても、ファースト・インパクトを与えることは出来ない。
なので「大停電で全てが変わった」という設定にして、全く異なる世界を描こうとしている。
だけど、そこには何の魅力も無い。ただ空虚で無機質なだけだ。前作は、描かれる街の風景が雑然としているトコに、面白味があった。
それを真似しても勝てないので、全く異なる物を見せようとしたのかもしれない。しかし結果としては、完全に裏目に出ている。前作を模倣していた方が、遥かにマシだった。
Kが街に出て娼婦たちが接触するシーンでは、前作を連想させるような風景が描かれている。なので、前作の痕跡を完全に消し去っているわけではない。
ただし、それは「ちゃんと前作から繋がっていますよ。大事にしていますよ」ってことをアピールする言い訳みたいなモノであり、ほんの少ししか用意されていない。ドゥニ・ヴィルヌーヴは作家性の強い人だし、その個性が今までは担当した作品の高評価に繋がっていた。しかし残念ながら今回は、それが邪魔になっている。
理由は簡単で、これが『ブレードランナー』の続編だからだ。
リドリー・スコットが『エイリアン:コヴェナント』で「『エイリアン』シリーズは俺の物」とアピールしたのは間違っていると思うが、『ブレードランナー』に関しては確実に彼の物だ。
だからこそ、『エイリアン:コヴェナント』ではなく、こちらを監督すべきだったのだ。
メガホンを他人に任せたことが、この映画を失敗に至らしめた最大の原因と言ってもいいだろう。前作は、単純に「世界的に大ヒットした映画」ってことじゃなくて、カルト的な人気を得た作品だ。そういうタイプの映画で続編を製作するってのは、ものすごく難しい作業になる。
それでもオリジネイターが手掛ければ、そこは大きな強みになる。裏を返せば、他人が監督を務めた場合には、それだけでは大きなマイナスからのスタートと言ってもいいぐらいだ。
そんなハンデを跳ね返すだけの力が、ドゥニ・ヴィルヌーヴには無かったんだろう。
っていうか、あまりにも作家性が強すぎて、それが『ブレードランナー』の続編を作る上では合っていなかったってことなんだろう。この映画に必要なのは、メッセージを発信したがるセンスではなくて、ヴィジュアリストとしてのセンスだったのだ。
前作にあった「観客をグイグイと引き込む、映像面での圧倒的な力」ってのが、この続編では全く感じられない。
美術的なセンスが皆無ってことではなくて、「無機質な様式美」みたいな絵はCGによって描かれている。でも、そういうことじゃないんだよね、この続編に求められるのは。
っていうか「無機質な様式美」として捉えても、それはそれで徹底されていない弱さを感じるし。この映画に感じる魅力ってのは、ザックリ言うと『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』と同じだ。
ようするに、「気持ちが高揚するのは過去作のキャラが出て来た時だけ」ってことだ。
デッカードが登場すると嬉しいし、まさかショーン・ヤングまで出演するとは思ってもいなかったので大歓迎だ。
実は彼女は正確に言うと「出演」はしておらず、レイチェルの体はスタント・ダブルのローレン・ペタが担当しているのだが、アドバイザーとして撮影には参加している。
ともかく、この映画の魅力は、その大半をノスタルジーの喚起に頼っていると言っていい。(観賞日:2019年5月9日)
2017年度 HIHOはくさいアワード:第1位