『ベル・カント とらわれのアリア』:2018、アメリカ

1996年、東京。オペラ歌手のロクサーヌ・コスのファンである実業家のホソカワは、息子に「火曜日に戻るよ」と告げて家を出た。南米の某国に着いた彼は通訳のゲンと合流し、車に乗る。国民の貧しい生活を見たホソカワは、新工場の建設は時期尚早だと感じる。副大統領のルーベン・オチョアは電話を受け、ホソカワの歓迎パーティーにマスダ大統領が欠席することを知らされる。彼は工場建設が流れることを懸念し、「いつも尻拭いをさせられる」と苛立った。
夜、ルーベンは公邸でホソカワを歓迎し、「大統領はイスラエルとの緊急会議で欠席です」と釈明した。フランス大使のシモン・ティボーと妻のエディットが来たので、ルーベンはホソカワに紹介した。ゲストに呼ばれたロクサーヌはエージェントに電話を入れ、「フライトは長いし、来たら兵隊だらけ」と文句を言う。彼女は大広間へ出向き、ホソカワに挨拶した。オペラが好きなアルゲダス神父は、先輩に同行してパーティーに出席した。
ロクサーヌのコンサートが始まった直後、ベンハミンとアルフレードが率いるゲリラが公邸に乱入した。一味は銃を構えて公邸を制圧し、マスダを出すよう要求した。ルーベンは欠席していることを伝えるが、ゲリラは信じずに殴り付けた。しかし捜索してもマスダはおらず、ようやくゲリラはマスダの不在を理解した。警察が公邸を包囲すると、ゲリラはルーベンに「発砲を中止するよう言え」と命じた。テレビを見たゲリラは、マスダが「暴力には屈しない」と緊急声明を出したことを知った。ベンハミンの妻が政治犯として収容されていることも、テレビでは報じられていた。
翌朝、赤十字国際委員会のメスネルが公邸に到着し、交渉人として中に入った。彼はスペイン語が不得手なため、ゲンが通訳を担当した。メスネルが人質の解放を要求すると、ベンハミンは「大統領が来れば引き渡す」と告げる。メスネルがルーベンの治療に救命士を呼ぼうとすると、ベンハミンは裁縫セットを渡して「お前が手当てしろ」と指示する。しかしメスネルは応急手当てが出来ず、ゲリラのカルメンが傷口を縫合した。
メスネルは「要求を出せ。1時間後に戻る」と述べ、公邸を出た。しばらくして呼び戻されたメスネルは、ベンハミンから「女性と使用人、神父と病人は解放する」と言われる。ベンハミンは必要な物のリストと、全ての政治犯の解放を要求する声明文をメスネルに渡した。ロクサーヌはピアノ伴奏者のクリストフが糖尿病でインシュリンが切れたと知り、「彼も解放して」と叫んだ。アルゲダスは「神父が必要になる」と言い、留まることを選んだ。
ロクサーヌが他の女性たちに続いて外へ出ようとすると、アルフレードが髪を掴んで「お前は戻れ」と命じた。ベンハミンが「女は解放すべきだ」と言うと、アルフレードは「有名人だ。解放すべきじゃない」と告げた。クリストフはロクサーヌがいないことに気付き、公邸に戻った。若いゲリラのヒルベルトが咄嗟に発砲したため、クリストフは命を落とした。メスネルは改めてロクサーヌの解放を求めるが、ベンハミンは拒否した。
ヒルベルトが動揺していると、ベンハミンは「お前は人民のための兵士だ。血が流れても、それは人民のためだ」と説いた。ヒルベルトが退出許可を求めると、ベンハミンは了承した。ロクサーヌはゲンから、今回の件でホソカワが責任を感じていると聞かされる。ロクサーヌが「違います」と言うと、ホソカワは「工場を作る気は無く、貴方の歌を聴きに来ただけだ」と告げた。政府が水を止めると、ベンハミンはロクサーヌを呼んで「アルフレードは見せしめに誰か殺すと言ってるが、私に代案がある。外に聞こえるよう大声で歌ってくれ。人質が誰か思い出させるんだ」と語った。
ロクサーヌが「貴方のためなら断るわ」と言うと、ベンハミンは英語で「歌ってくれ」と頼む。ロクサーヌが「どこで英語を?」と訊くと、ベンハミンは「大学で学んだ。以前は歴史の教師だった」と述べた。ロクサーヌはホソカワに相談し、「彼を喜ばせるためなら歌いたくない」と話す。ホソカワが「貴方の声は誰の物でもない」と言うと、彼女は歌うことに決めた。ゲンは伴奏者を捜し、ピアノをたしなんでいたティボーが引き受けた。
ベンハミンはメスネルに拡声器を用意させ、ロクサーヌをバルコニーに移動させた。ロクサーヌは1週間も歌っていなかったが、拡声器を使わずに歌った。マスダは「人質の安全を最優先に考えている」とコメントし、給水を再開した。ゲンはメスネルから、カルメンが自分を見ていることを知らされた。メスネルは「彼女と話したい」と言い、ゲンに通訳を頼んだ。ゲンはカルメンに声を掛け、ロクサーヌの歌について個人的に質問した。
ロクサーヌは歌った礼としてベンハミンから寝室を与えられ、カルメンがシーツを運んだ。メスネルが楽譜や化粧水の入った箱を運び込むと、ベンハミンが隠されていた盗聴器を発見する。詰め寄られたメスネルは、「私が知っていたと思うのか?連中から聞かされていたと?嫌なら他の者を探せ」と怒鳴った。ホソカワはロクサーヌから寝室にあったチェス盤を見せられ、遊び方を教えた。夜、カルメンは寝ていたゲンを起こし、「スペイン語と英語の読み方と手紙の書き方を教えてほしい」と頼む。ゲンが承諾すると、彼女は午前2時に第3当直が終わってから食器棚の所へ来てほしいと頼んだ。
その日からゲンは深夜2時になると、ゲリラに内緒でカルメンにスペイン語と英語を教えるようになった。ホソカワはティボーとチェスで遊んだり、ロクサーヌからピアノの弾き方を教わったりして日々を過ごした。ロクサーヌはカルメンから、英語で「結婚してます?」と質問された。ロクサーヌは2度の経験があるが失敗に終わったと話し、ホソカワが既婚者か気になっていることを明かす。ゲンはホソカワにスペイン語を教え、カルメンにも教えていることを明かした。
カルメンはゲンに、ロクサーヌがホソカワに惹かれていることを教えた。「でも奥さんがいる」とゲンが言うと、彼女は「遠い日本でしょ。それに彼は帰ることが無い。ここが私たちの家」と語る。「遅かれ早かれ、この状況は終わる。長くは続かない」とゲンが口にすると、カルメンは「誰も不幸じゃない」と言う。ゲンが「みんな不幸だ」と告げると、彼女は「貴方も不幸?」と問い掛ける。ゲンは少し狼狽してから、彼女を抱き締めてキスをした。
物資を届け大使館へ赴いたメスネルは、人質のヒョードロフから「政府は我々を射殺してゲリラに罪を着せるのではないか」という疑念を聞かされる。彼はベンハミンと会い、「政府が奥さんと10人程度の囚人を釈放したら、人質を解放するか?」と持ち掛ける。メスネルは「君らはベネズエラに脱出し、ヨーロッパにいる子供にも会える」と話すが、ベンハミンは提案を拒絶した。メスネルはロクサーヌから「政府は交渉を続ける気?」と問われ、「何も聞いてない。そろそろ限界だ」と答えた。その夜、ロクサーヌはゲンとカルメンに協力してもらい、ホソカワを寝室へ招き入れた…。

監督はポール・ワイツ、原作はアン・パチェット、脚本はポール・ワイツ&アンソニー・ワイントラーブ、製作はキャロライン・バロン&アンソニー・ワイントラーブ&ポール・ワイツ&アンドリュー・ミアノ&リジー・フリードマン&カレン・ローダー&グレッグ・リトル、製作総指揮はマデリーン・アンバインダー&スティーヴン・アンバインダー&トレイシー・バロン&ロバート・バロン&アリ・ジャザイェリ&ヴィヴィアナ・ザラゴイティア&リサ・ウォロフスキー&アン・パチェット&アレックス・ウォルトン、共同製作総指揮はマシュー・ヘルダーマン&ルーク・テイラー、共同製作はショーン・フォーゲル&ステイシー・パースキー&ピーター・チョムスキー、製作協力はチャサノフ・ファミリー&ナンシー・プローセル&ロン・プローセル&アレハンドロ・ラミレス・マナカ&レラ・ゴーレン&アンドリュー・ナドカーニ、撮影はトバイアス・デイタム、美術はトンマーゾ・オルティーノ、編集はスージー・エルミガー、衣装はキャサリン・ライリー、音楽はデヴィッド・マズリン、音楽監修はデヴィッド・マズリン&スーザン・ジェイコブズ。
出演はジュリアン・ムーア、渡辺謙、セバスチャン・コッホ、クリストファー・ランバート、テノッチ・ウエルタ、加瀬亮、マリア・メルセデス・コロイ、ノエ・エルナンデス、オレク・クルパ、ジョニー・オーティズ、J・エディー・マルティネス、ソルビョルン・ハール、エルザ・ジルベルスタイン、イーサン・シンプソン、ガボ・オーガスティン、カルメン・ジレス、ボビー・ロドリゲス、ジェイ・サンティアゴ、エリウゴ・カウフマン、ジゼラ・チップ、ニコ・ブスタマンテ、メリッサ・C・ナヴィア、フィル・ニー、ケンジ・テラモト、イグナシオ・トーレス他。
声の出演はルネ・フレミング。


1996年の在ペルー日本大使公邸占拠事件から着想を得たアン・パチェットの小説『ベル・カント』を基にした作品。
監督は『アバウト・ア・ボーイ』『ダレン・シャン』のポール・ワイツ。
脚本はポール・ワイツ監督と『鉄コン筋クリート』のアンソニー・ワイントラーブによる共同。
ロクサーヌをジュリアン・ムーア、ホソカワを渡辺謙、メスネルをセバスチャン・コッホ、シモンをクリストファー・ランバート、ベンハミンをテノッチ・ウエルタ、ゲンを加瀬亮、カルメンをマリア・メルセデス・コロイ、アルフレードをノエ・エルナンデス、ヒョードロフをオレク・クルパが演じている。

当然っちゃあ当然だが、ロクサーヌ・コスの歌は吹き替えだ。これが映画を観賞する上で、不要なノイズになっている。
そこのポジションが、絶対にオペラ歌手じゃないとダメってわけではない。他の仕事であっても、有名人なら成立するだろう。上手く改変すれば、有名人じゃなくても大丈夫かもしれない。
もちろん原作のロクサーヌがオペラ歌手だから、それに準拠しているのは分かる。ただ、ジュリアン・ムーアを起用するなら、そこは改変した方が良かったんじゃないか。
どうしてもオペラ歌手という設定を守りたいのなら、歌える女性を起用した方がいいし。

ホソカワは日本語しか話せないので常にゲンが通訳するのだが、これが「チョーめんどくせえ」と言いたくなる設定になっている。
ここは「スペイン語は分からないけど英語は話せる」という設定にして、ロクサーヌとは通訳を使わずに会話が出来るようにしておいた方が絶対にいいよ。ホソカワとロクサーヌの間でロマンスを描くことを考えても、そっちの方が得策だ。
ゲンの通訳を介してやり取りするってのが、ただの無駄な手間&時間でしかない。言葉が通じないことが、ドラマを飾り付ける要素になっているわけでもないんだし。
ロクサーヌがホソカワに大事な相談を持ち掛けたり互いの仕事について話すようになるのは強引さを感じるけど、これも言葉が通じる関係なら印象は大きく違っていたはずだし。

在ペルー日本大使公邸占拠事件では犯人グループが人質に対して同情的になっていき、ストックホルム症候群とは逆のパターンが起きた。事件現場がリマだったことから、この事件をきっかけにしてリマ症候群という心理学用語が生まれた。
そんな事件をモデルにしているので、リマ症候群を中心に据えるのかと思ったが、そうではなかった。
カルメンがゲンに惚れたりロクサーヌと仲良くなったりする様子は描写されるが、人質と心を通わせるのは彼女ぐらいだ。
ベンハミンたちが人質と交流したり、人質への感情が少しずつ変化したりする様子は、まるで描かれていない。

そもそもカルメンは最初から、ゲリラの中では特異な存在だった。優しい気持ちを持った女性として登場しており、だから彼女だけに限定しても、リマ症候群を描いているとは言えない。
一方でロクサーヌとホソカワの恋愛劇を扱っており、どこにテーマを設定しているのかサッパリ分からない。
「占拠事件の中で芽生えるロマンス」ってことで、2種類の恋愛劇を盛り込んだのか。
でもロクサーヌとホソカワの恋愛劇を描くことによって、ゲンとカルメンの「許されぬ恋」の意味合いが薄れるわ。

あと、ロクサーヌとホソカワの恋愛劇にしても、ゲンとカルメンの恋愛劇にしても、濡れ場は絶対に要らないと断言できるぞ。
そこの関係は、プラトニックなままでもいいのよ。
ゲリラの監視が続いている中で、目を盗んでセックスするのは簡単なことじゃないし、「どんだけ性欲が溜まっていたんだよ」と言いたくなっちゃうし(まあ溜まるだろうけど)。
肉体関係を持つ展開を用意するにしても、直接的な描写は無くていいよ。「一夜を共にしました」ってのを匂わせるだけで充分だよ。

ゲリラのセサルがオペラに興味を持つが、下手な歌を仲間に笑われて拗ねるという展開がある。
この後、ロクサーヌがなだめて歌を教える流れになるんだけど、ものすごく中途半端なエピソードになっている。
ヒョードロフがゲリラのイシュマエルに話し掛けるなど、その辺りから急に人質とゲリラの距離を近付けているんだけど、ものすごく不自然だよ。
「少しずつ気持ちが変化して」という流れを全く描いていないからね。セサルのエピソードが描かれるトコで、急激に全員が変化しているからね。

あと、これだとリマ症候群じゃなくてストックホルム症候群だけど、あまりにも無理がある。なぜなら、人質がゲリラに同情するような要素なんて皆無だからだ。
ロクサーヌとホソカワの恋愛劇なんて描いている暇があったら、人質とゲリラの気持ちが少しずつ変化していく様子を丁寧に描いておくべきだったのよ。
そこを手抜きしているから、残り時間が少なくなってから、慌てて「人質とゲリラが仲良くしている」という様子を描く羽目になっている。そして唐突さと不自然さが際立つ羽目になっている。
ゲリラが皆殺しにされる結末を悲劇として描きたいのなら、そこからの逆算を完全に間違えている。

(観賞日:2021年9月2日)

 

*ポンコツ映画愛護協会