『判決前夜/ビフォア・アンド・アフター』:1996、アメリカ
小児科医のキャロリン・ライアンは急患の知らせを受け、手術室へ赴いた。しかし運び込まれた患者は、既に死亡していた。キャロリンは医師のハンソンから、死んだのがマーサ・タヴァナーだと聞いて驚いた。以前にキャロリンは、彼女を診察したことがあったのだ。仕事を終えたキャロリンが帰宅すると、夫で彫刻家のベンと娘のジュディスが夕食の準備をしていた。夫婦にはジュディスの上にジェイコブという息子もいるが、その姿は見えなかった。
警察署長のフランがライアン家を訪れ、「ジェイコブは?」と尋ねた。ベンは「ヘッドホンで音楽でも聴いてる」と答え、ジュディスは兄を呼びに2階へ向かう。フランはキャロリンとベンに、「池の傍で殺されたマーサを、ジェイコブが迎えに行った。アイスクリーム店でバイトしているマーサが、彼と出て行った。ジェイコブはマーサを目撃した最後の人物だ」と語った。息子が殺人犯として疑われていることに気付いたライアン夫妻は、激しい動揺を示した。
ジュディスが2階から戻り、ジェイコブがいないことを告げた。フランが車を調べようとすると、ベンが頑なに拒絶した。フランが「必要なら捜査令状を取る」と言うと、ベンは怒鳴り付けて家から追い出した。ベンはガレージへ向かい、車を調べた。トランクを開けると、血の付いた手袋やタオル、ジャッキが入っていた。キャロリンは弁護士のウェンデルに電話を掛けた後、ジュディスに「ジェイコブは今朝、怒ってたわ。学校も休むって。何があったの?」と尋ねた。ジュディスは「またパパと喧嘩したのよ。兄貴はパパに、自分は有名な芸術家だからって好き勝手ばかりのくせに、偽善者めって言ったの」と話した。
ベンは手袋とタオルを焼却し、ジャッキの血を洗い落としてトランクの中身を入れ替えた。捜査令状を取ったフランがガレージへ来たので、ベンは何も無かったフリをする。フランが不審な点に気付いたので、ベンはトランクを開けたことだけを認めた。フランは「この車は押収する。息子が厄介なことになれば、君もマズいぞ」と言う。フランはジェイコブの部屋を調べ、マーサのヌード写真を発見して「2人が親密だった証拠だ」と告げる。そこへウェンデルが到着し、押収品のリストを見せるようフランに要求した。
キャロリンはフランから、「いつジェイコブにジャッキを貸した?君のジャッキが入っていた」と告げる。ウェンデルが「外で話そう」とフランを連れ出すと、ベンはキャロリンに「車の中にもジャッキにも、彼女の血が付いてた」と言う。「なぜ彼女の血だと?ジェイコブの血かもしれない」とキャロリンは反発し、自分にも見せるよう求めた。しかしベンが「もう始末した」と話したので、彼女は「証拠を隠滅するなんて。ジェイコブの無実を立証する証拠だったら?」と責めるように告げた。
ジェイコブが家に戻って来ないので、ベンは捜索するためのチラシを様々な場所に貼り出す。そんな中、ボストンからジェイコブの絵葉書が届いた。そこには「旅を続けるか、滞在するかは分からない。僕のために祈って欲しい」と綴られていた。キャロリンはフランに連絡しようとするが、ベンが「フランは郵便を調べ、電話を盗聴するだろう。そうなったら終わりだ。ジェイコブは逮捕される」と反対した。キャロリンは息子が逮捕されることを恐れ、フランに連絡しなかった。
その後、ジェイコブからはセントルイス、ロサンゼルス、カリフォルニアの消印で絵葉書が届いた。ベンは不利に使われると困ると考え、ウェンデルにも絵葉書の存在を隠した。事件から5週間後、ジェイコブは友人宅に隠れていたところを発見されて捕まった。キャロリンとベンが少年拘置所へ面会に行くと、ジェイコブは不遜な態度で何も話そうとしなかった。法廷で罪状認否が行われた時も、彼は「いいえ」と答えただけだった。ジェイコブは保釈が認められて帰宅するが、やはり両親の前では沈黙を貫いた。
ウェンデルはライアン夫妻に、「僕は民事訴訟が専門だ。刑事訴訟の弁護士を紹介する」と言う。彼が紹介したパノス・デメリスは、過去に1度しか負けていない敏腕弁護士だった。パノスは夫妻に、「引き受けた以上、どう主張するかは私が決める。勝てる方法を取る」と告げた。ジェイコブはジュディスに、空港へ通ってフライト先で投函してくれそうな人を見つけ、絵葉書を渡していたことを話した。夕食の時、彼は両親に「僕を無実だと信じてる?」と問い掛けた。ベンが「分からないが、そのことを話し合いたい」と告げると、彼は「ここに座って殺しの話をしろと?」と口にした。
ジェイコブは家族に「マーサを紹介したかった。だけど彼女は、パパたちに会うのを嫌がった」と切り出し、あの日の出来事を説明した。車で出掛けた先で、マーサは妊娠を打ち明けた。その相手は他の男だった。ジェイコブは知らなかったが、彼女は誰とでも寝る女だった。避妊していたのはジェイコブだけで、そんな彼をマーサは激しく罵倒した。しばらくして彼女は謝罪し、ジェイコブは仲直りした。戻ろうとするとエンジンが掛からず、またマーサが罵り始めた。カッとなったジェイコブが叩くと、彼女はバールで襲い掛かった。ジェイコブは制止しようと揉み合いになり、バールがマーサの額に当たった。マーサは転倒し、落ちていたジャッキに頭を打ち付けて死亡した…。監督はバーベット・シュローダー、原作はロゼリン・ブラウン、脚本はテッド・タリー、製作はバーベット・シュローダー&スーザン・ホフマン、共同製作はクリス・ブリガム、製作協力はジョナサン・グリックマン、製作総指揮はロジャー・バーンバウム&ジョー・ロス、撮影はルチアーノ・トヴォリ、美術はスチュアート・ワーツェル、編集はリー・パーシー、衣装はアン・ロス、音楽はハワード・ショア。
出演はメリル・ストリープ、リーアム・ニーソン、エドワード・ファーロング、アルフレッド・モリナ、ジョン・ハード、アン・マグナソン、ジュリア・ウェルドン、ダニエル・フォン・バーゲン、アリソン・フォランド、カイウラニ・リー、ラリー・パイン、エレン・ランカスター、ウェズリー・アディー、オリヴァー・グラニー、バーナデット・クイグリー、パメラ・ブレア、ジョン・ワイリー、ジョン・デイル、ティム・カヴァナー、ジョン・ウェバー、ジェイ・ポッター、シャロン・ウルリク他。
ロゼリン・ブラウンの小説『判決前夜』を基にした作品。
監督は『運命の逆転』『ルームメイト』のバーベット・シュローダー。
脚本は『羊たちの沈黙』『ぼくの美しい人だから』のテッド・タリー。
キャロリンをメリル・ストリープ、ベンをリーアム・ニーソン、ジェイコブをエドワード・ファーロング、デメリスをアルフレッド・モリナ、ウェンデルをジョン・ハード、テリーをアン・マグナソン、ジュディスをジュリア・ウェルドン、フランをダニエル・フォン・バーゲン、マーサをアリソン・フォランド、マリアンをカイウラニ・リー、マカナリーをラリー・パインが演じている。ベンはフランから事件のことを聞かされ、車を調べたいと言われた時、即座に拒否している。そこに迷いや揺らぎは何も無い。ただ拒否するだけでなく、怒鳴り付けて追い払っている。
彼はキャロリンに「ジェイコブにも人権がある。これは人権問題だ」と言っているが、「息子が殺人犯に疑われている」と知った直後だから激しい動揺があるはずで、そんな中で激昂して捜査を拒否するのは、違和感が強い。
心底から息子を信じていれば、車を調べさせることを選ぶんじゃないかと。つまり、疑っているとしか思えない。
ただ、「ジェイコブなら殺人もやりかねない」というキャラなのかと思ったら、そうでもないんだよな。なので、ますますベンの態度に違和感を覚える。ベンは血の付いた手袋やジャッキを発見すると、すぐに証拠の隠滅を図る。
もう完全に「息子がマーサを殺した」と決め付けているのだ。
そりゃあ状況からすると疑念を抱くのは分かるし、フランが戻って来ることを考えればモタモタしていられない状況ではある。
しかし諸々を考えても、ものすごく浅はかな行動にしか思えない。そこは「息子を守るために、父親ならそういう行動も取るよね」と受け入れなきゃいけないのかもしれないが、キャロリンとの違いを出すために、不自然な形になっているように感じられる。ジェイコブが帰宅しないのに、その日は全く心配する様子も無いし。ただし、キャロリンの方も、やっぱり引っ掛かる部分がある。
彼女はベンと違って「ジェイコブは無実」と強く主張しており、だから証拠隠滅も批判する。
ただ、絵葉書が届いても「彼じゃないわ」と否定し、ベンが「彼の筆跡だ」と告げると「書かされたのよ」と言うのは、さすがに「メチャクチャだろ」という感想になってしまう。
こっちはこっちで、「息子は絶対に人殺しなどしていない」という考えの下、まるで現実を見ようとしないのだ。ベンは「息子を守るため」という名目で証拠を隠滅し、絵葉書が来てもフランやウェンデルには話さない。証拠隠滅は批判したキャロリンだが、絵葉書を内緒にすることに関しては同意している。それも「息子を守るため」というのが理由だ。
しかし実際のところ、2人とも自分が「息子を守っている」と思っているだけで、実際は不安から逃れたいだけなのだ。
息子の無実を全面的に信じようとせず、息子の心を分かってあげようともしない。真実を知ろうという意識よりも、まずは息子が逮捕されたり有罪になったりすることを回避しようとする。
それが息子を守ることになると思い込んでいるのだ。ただし、そんな風にベンとキャロリンが行動してしまうのは、ジェイコブにも問題がある。彼が逃亡してしまい、家へ戻ってからも沈黙を続けているので、ベンとキャロリンは真実を知る術が何も無いのだ。
事件発生直後から逃亡して身を隠すのは、「マーサが死んだので怖くなった」ってことで、まだ理解できなくも無い。
しかし絵葉書を出す段階で、何があったのかを記すことは出来たはず。
少なくとも、殺意が無かったことぐらいは弁明できるし、弁明すべきだろう。逮捕されたジェイコブは両親が面会に来た時も、生意気な態度で何も話そうとしない。保釈されてからも、やはり無言のままだ。
なぜ彼が何も話そうとしないのか、まるで理解できない。
しばらく経ってから夕食の時に初めて詳しく語るが、それまで黙っていた理由は何なのか。ホントに殺していたならともかく、「アクシデントでマーサが死んだ」というのが真相なわけで。
そりゃあ揉み合いの末に死んでいるから罪悪感はあるだろうけど、隠している理由が「シナリオの都合」にしか思えない。家族を取り巻く周囲の反応が、かなりヌルいことになっている。
ジュディスはスクールバスで子供たちに凝視され、キャロリンは診療所を休職になり、自宅には中傷の電話が掛かって来る。
でも、その程度なのよね。
裁判所に「殺人犯を解放するな」というデモ隊が押し寄せるぐらいなのに、ライアン家の人々が例えば「窓に投石」のような攻撃を受けることは無い。だからって、ネチネチと陰湿なイジメを受ける様子も乏しい。
もっと追い込まないと、同情心を誘わないぞ。
終盤に入り、刃物を持った侵入者が庭に火を放つシーンがあるが、ちょっと遅い。あと、家が火事になる危険性があるわけではないし。そもそも、早い段階でベンがバカなことをやらかしているという落ち度があるので、その時点で同情心が削がれている。
また、キャロリンにしても、そりゃあ冷静ではいられないだろうけど、そんなに同情心を誘うような行動は取っていない。
ジェイコブも、前述したように「なんで真実を隠しているのか」という部分があるので、これまた同情心を誘わない。
結局、ライアン家で同情を誘うことが出来るのって、無垢な存在として描かれているジュディスだけなのよね。で、そんなジュディスが辛い目に遭う様子も薄いし。おまけに同情すべき存在だったジュディスまで、終盤に入るとマズい言動を取るようになってしまう。
キャロリンはベンとジェイコブが真相を隠すと決めたことを苦渋の選択で受け入れたのに、それを批判して「パパの言いなりになるなんて最低よ。私がぶち撒けたら?」と脅しを掛けるようなことを言う。
そうやってキャロリンを苦しめるだけでなく、ジェイコブに対しても「帰って来なければ良かったのよ」と言い放ち、一気に同情心が消えてしまう。ベンはジェイコブの告白を聞いても、まだ真相を隠そうとする。「凶器も物的証拠も無いし、証人もいない。告白のことは忘れろ。真相を黙っていれば、証拠不充分で不起訴だ。お前の人生は傷付かない」と言う。
だけど、不起訴になったとしても周囲から「マーサを殺した」と疑われ、中傷や迫害を受け続けることは明白なわけで。
つまり、既にジェイコブの人生が傷付くことは確定事項なのよ。
それなら、まだ真相を告白した方が少しはマシなんじゃないかと。終盤、キャロリンはベンとジェイコブに内緒で、真相を告白してしまう。
そりゃあ真実を隠したベンにも問題はあるが、勝手に法廷で真相を暴露するキャロリンの方が遥かに罪は重い。
それを「正義の行動」として称賛することは出来ない。
「大切なのは、たった一つの絶対的な真実よ」とキャロリンは自分の正当性を主張するが、パノスの「その絶対主義が貴方の家族を粉々に打ち砕くんですよ」という指摘は正しいと思うぞ。どうやら法廷劇やミステリーよりも、「ある事件によって家族の心が揺れ動く」という心理ドラマを重視しているようだ。
何しろ後半に入るとジェイコブが一気にベラベラと真相を話してくれるので、ミステリーとしての面白さは全く無い。
そこから「その証言が真実なのかどうか」という疑問が生じればともかく、何の裏付けも無いまま「真実」として確定されるし。真相が明かされる前に、様々な推理が用意されているわけでもないしね。
あと、ジェイコブが真相を明かす前から、彼が殺していないのも(少なくとも殺意は無いのも)、だからって他に犯人がいるわけじゃないのも、何となく予想できちゃうのよね。で、じゃあ家族ドラマ、心理ドラマの方が充実しているのかというと、さにあらず。
そもそもキャロリン、ベン、ジェイコブの行動が引っ掛かることだらけなので、まるで乗って行けないという問題がある。
また、どうやら「事件によって家族関係や考え方が大きく変化した」という見せ方をしたいようだが、初期設定における家族関係がボンヤリしているので、何がどう変化したのかも全く分からない。
家族4人を各自の側から見せようとしているようだが、それも上手く行っておらず、ただ焦点がボケただけになっている。(観賞日:2016年11月21日)