『バービー』:2023、アメリカ
少女が存在した頃から、世にあったのが赤ちゃん人形だ。少女たちは赤ちゃん人形を相手に、母親ごっこをして遊んだ。しかしバービーが登場し、全てを変えた。バービーは何者にでもなれる人形であり、その可能性はどんどん広がった。その影響で性差別や不平等は全て解消されたと、バービーは信じていた。ピンクだらけのバービーランドでは、様々な種類のバービーたちが幸せに暮らしていた。定番バービーは起床してガールズに挨拶し、ピンクの服に身を包んだ。
笑顔を浮かべて外出したバービーは、他のバービーだけでなくマテル社が廃番にした妊婦のミッジにも挨拶した。バービーだけでなくケンも多くの種類があったが、アランは1種類だった。「ビーチの人」と自認している定番のケンは、アジア系のケンにライバル心を燃やした定番バービーは夜のパーティーに定番ケンを誘い、仲間と一緒に歌った。彼女が「死を考えたことはある?」と口にすると、途端に周囲の面々が固まった。定番バービーが慌てて「死ぬほど踊りたいってこと」と取り繕うと、皆は再び笑顔になった。
定番ケンが泊まりたいと言うと、定番バービーは「ここは私のドリームハウス。ケンの家じゃない」と断った。永遠に同じ幸せな日を繰り返すはずの定番バービーだったが、翌朝に異変が起きた。シャワーは水しか出ないし、ミルクは期限切れだし、ベタ足になっていたのだ。彼女は仲間から、変てこバービーの元へ行くよう勧められた。かつて絶世の美女だった変てこバービーは人間界で激しく遊ばれ、今は他のバービーのお直し担当になっていた。
定番バービーから話を聞いた変てこバービーは、死を考えたせいで裂け目が出来たのだと説明する。バービーランドと人間界の境が開いたため、裂け目を直さないと体が劣化すると彼女は言う。変てこバービーは定番バービーに、「人間界へ行ってアンタで遊んだ子を探すの」と指示する。人間との間には見えない壁があり、普通なら持ち主の女の子とは交わらない。しかし持ち主が悲しんでおり、その思いや感情が干渉したのだと変てこバービーは解説した。
定番バービーが車でバービーランドを出発すると、定番ケンが勝手に付いて来た。2人様々な乗り物を使い、カリフォルニアに到着した。男たちの馬鹿にする態度や下品な視線を浴びた定番バービーは、恥ずかしさを覚えた。持ち主について考えるため、彼女は定番ケンに少し席を外すよう求めた。周囲を歩き回った定番ケンは、男が大活躍している人間社会の現状を見て興奮した。定番バービーが目を閉じて考え込んでいると、幼少期は自分で遊んでいたサーシャが寄付という形で手放した映像が脳内に浮かんだ。定番バービーは戻って来た定番ケンと共に、サーシャが通う中学校へ向かった。
ロサンゼルスのマテル社で働くアーロンはFBIのダンから電話を受け、バービーとケンが逃げ出したことを知らされた。彼は会議室へ行き、上層部に報告した。CEOは激しく動揺し、その人形を箱に戻すまで誰も休むなと告げた。CEOとアーロンの会話を、デザイナーのグロリアが盗み聞きしていた。中学校に着いた定番ケンは、図書館へ向かった。定番バービーはサーシャを発見し、声を掛けた。彼女がバービーだと自己紹介すると、サーシャと友人たちは頭のおかしい人間だと受け止めた。
サーシャはバービー人形について、女の神経を逆撫でする存在だと扱き下ろした。「性的だし、その体型を理想化させた。フェミニズムを50年は後退させた。女子の自信を奪ったファシスト」と彼女が罵ると、定番バービーは泣きながら走り去った。定番ケンは図書館に入り、男に関する本を選んで持ち出した。彼は高収入の仕事を得ようとオフィスビルへ行くが、MBAや博士号が必要だと言われる。そこで医者になろうと考えた定番ケンだが、こちらも素人では無理だと冷たく告げられた。
定番バービーはマテル社の黒服たちが迎えに来たので、助けてくれるのだと思って喜んだ。彼女が車に乗るのを見た定番ケンは、自分だけでバービーランドに帰って学んだことを教えることにした。娘のサーシャを迎えに来たグロリアは、定番バービーがマテル社の車で連行される様子を目撃した。会議室に連行された定番バービーは、CEOから用意した専用の箱に入るよう促された。CEOは「箱に入って帰れば、それで元通りだ」と穏やかに言うが、「上層部に女の人は?」と聞かれると途端に苛立ちを見せた。定番バービーはCEOから高圧的な態度で箱に入るよう命じられ、隙を見て逃げ出した。
定番バービーはルース・ハンドラーという女性と遭遇し、ロビーに向かうルートを教えてもらった。彼女がビルを出るとグロリアが車で駆け付け、乗るよう促した。グロリアが「死を考えるバービー」や「セルライトのバービー」を描いたことを聞き、定番バービーは自分が見たのが彼女の記憶だと悟った。サーシャが「人形に命を吹き込むなんて」と嫌悪感を示すと、グロリアは「仕事も母親業も今一つで、娘には嫌われてる。少しぐらい許して」と語った。
グロリアがマテル社の追っ手を撒くと、定番バービーはバービーランドへ行くと言い出した。グロリアは「大チャンスよ」と乗り気になり、仕方なくサーシャも同行した。ベニスビーチで聞き込みを行ったCEOはグロリアたちがバービーランドへ向かったと知り、「この世界に想像を超えた異変が起きる」と焦りの色を見せた。バービーランドに戻った定番バービーは、男女の立場が逆転している光景に困惑した。彼女のドリームハウスは定番ケンたちに乗っ取られ、夢の道場カサ・ハウスに変えられていた。CEOは部下からの連絡で、カサ・ハウスの玩具が飛ぶように売れていること、ケンのグッズも売れて映画化が進んでいることを聞かされた。
バービーランドではケンたちが男社会を喜んでいるだけでなく、バービーたちも男を支える立場に満足している様子だった。ケンは大統領にも就任しており、48時間後の投票で憲法を改正して「ケンによるケンのための国」を築こうと目論んでいた。定番バービーはグロリアに「なぜここを乱したの?人間の複雑な思いを使って」と非難の言葉を浴びせ、嘆きの涙をこぼした。彼女が「ここは完ぺきだった。私も完璧だった」と漏らすと、グロリアは「そんなつもりは無かったの」と謝罪した。
定番バービーはサーシャから「ママは悪くない。こう仕向けたのは貴方かも」と言われ、「それは無い。変化なんて望んでなかった」と否定した。グロリアが「変化は当然よ。それが人生だもの」と告げると、彼女は「私の人生に変化なんか要らない。リーダー系バービーが正気を取り戻すまで、ここで待つ」と座り込んだ。サーシャはやる気の無い態度に呆れ果て、グロリアは「もう帰ろう」と娘に告げた。母娘が来るまでバービーランドを去ろうとすると、アランが乗って来た。彼は「ケンから逃げたい」と言い、壁の建設が終わったら脱出できなくなるのだと説明した。
グロリアが「貴方はダメ。人間界に行くと異変が起きる」と反対するが、アランは「アランに影響力は無い」と返した。彼は壁を建設していたケンたちに気付かれ、殴り掛かった。グロリアはサーシャから「バービーが助けを求めてる」と戻るよう促され、「本人が諦めてる」と告げる。しかしサーシャが「力を貸したら状況がマシになるかも」と説得するので、戻ることにした。定番バービーは変てこバービーに保護され、すっかり生きる意欲を失っていた。変てこバービーの家には、廃番になったバービーたちの姿もあった。
グロリアが熱弁すると、定番バービーと廃番バービーたちはケンを止める気になった。定番バービーはケンランドを壊滅させる作戦を思い付き、グロリアたちに説明した。男たちに主導権を握らせ、油断した隙に権力を取り戻す作戦だ。彼女たちは囮を使ってカップルを壊し、バービーを順番に連れ去った。グロリアが熱弁を振るって洗脳を説き、バービーたちを変てこバービーの家に集めた。バービーたちはケンを対立させ、男同士の序列争いを起こさせてバービーランドを取り戻そうとする…。監督はグレタ・ガーウィグ、脚本はグレタ・ガーウィグ&ノア・バームバック、製作はデヴィッド・ハイマン&マーゴット・ロビー&トム・アッカーリー&ロビー・ブレナー、製作総指揮はグレタ・ガーウィグ&ノア・バームバック&イノン・クレイツ&リチャード・ディクソン&マイケル・シャープ&ジョーシー・マクナマラ&コートネイ・ヴァレンティー&トビー・エメリッヒ&ケイト・アダムス、共同製作はクリスティン・クライス、撮影はロドリゴ・プリエト、美術はサラ・グリーンウッド、編集はニック・ヒューイ、衣装はジャクリーヌ・デュラン、視覚効果監修はグレン・プラット、音楽はマーク・ロンソン&アンドリュー・ワイアット、音楽監修はジョージ・ドレイコリアス。
出演はマーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、ウィル・フェレル、アメリカ・フェレーラ、マイケル・セラ、アリアナ・グリーンブラット、イッサ・レイ、リー・パールマン、ハリ・ネフ、アレクサンドラ・シップ、エマ・マッケイ、シャロン・ルーニー、アナ・クルーズ・ケイン、キングズリー・ベン=アディル、シム・リウ、チュティー・ガトゥー、スコット・エヴァンス、ジェイミー・デメトリウ、コナー・スウィンデルズ、リトゥ・アルヤ、デュア・リパ、ニコラ・コクラン、エメラルド・フェネル、ジョン・セナ、アンドリュー・リョン他。
ナレーターはヘレン・ミレン。
マテル社の着せ替え人形、バービーを題材にした映画。
監督は『レディ・バード』『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のグレタ・ガーウィグ。
脚本はグレタ・ガーウィグ監督と『マリッジ・ストーリー』『ホワイト・ノイズ』のノア・バームバックによる共同。
定番バービーをマーゴット・ロビー、定番ケンをライアン・ゴズリング、マテル社のCEOをウィル・フェレル、グロリアをアメリカ・フェレーラ、アランをマイケル・セラ、サーシャをアリアナ・グリーンブラット、大統領バービーをイッサ・レイ、ルースをリー・パールマンが演じており、ヘレン・ミレンがナレーターを担当している。この映画に登場するバービーやケンたちは、『トイ・ストーリー』のような「持ち主がいない時だけ喋ったり動いたりして、持ち主と家族が来た時には人形やオモチャとして振舞う」というキャラクターではない。
どんな時でも人間と同じように、動いたり喋ったりする。
それどころか、サイズ的にも全く人間と同じだ。
そして「裂け目が出来た」という現象はあるものの、バービーランドは乗り物を使えば人間の暮らす場所に行ける地続きの地域だ。人間が近くにいるわげでもない。
完全に「人形しか存在しない世界」で生きているのに、なぜ「子供たちに遊ばれる人形」という自認があるのか。
「自分たちはマテル社の人形」という認識があるのに、なぜ人形しか存在しない世界で生きていることへの疑問は皆無なのか。
バービーランドの世界観や設定が、かなり曖昧模糊とした状態になっている。FBIはバービーランドの異変を察知する体制が出来ているし、マテル社は人形が逃亡する事件を「起きてもおかしくない事件」として受け取めている。しかし人間の世界でバービーやケンは「小さなサイズの人形」として売られているわけで、それなのに人間サイズとして動き回ることは当たり前のように受け入れるのね。
その辺りの設定に幾つもの疑問が沸いてしまい、どうにも馴染めないんだよね。
説明不要だろうけど、もちろんリアリティーが必要だと言いたいわけじゃない。バービーが人間サイズだろうが、饒舌に喋ろうが、そんなことはファンタジーとして何の問題も無い。
ただし、「ファンタジーだったら何でも有り」ってわけじゃないのよ。
それなのに、この映画はルール無用になっているのよ。ディテールのデタラメっぷりが邪魔になって、話に乗っていけないのよ。細かいことを言うと、「バービーランドには同じ種類のバービーが1人ずつしか存在しない」ってのも引っ掛かるのよね。
定番バービーにしろ定番ケンにしろ、世界中で何体も売られているんだから、1人しかいないってのは変でしょ。
ただし、そこは世界観を上手く設定してくれるなら、まだ許容範囲だったかもしれない。
だけど残念ながら、そこも設定がボヤけすぎているので、「だったら1人ずつしか存在しないのって変だよね」と言いたくなっちゃうのよ。変てこバービーは定番バービーに、「持ち主が悲しんでおり、その思いや感情がアンタに干渉した」と語る。サーシャが定番バービーで遊んでいたのは幼い頃で、もう寄付して手放したので「かつての持ち主」でしかない。
そんな風に思っていたら、持ち主はグロリアで彼女の心情が影響したことが明らかにされる。でも、それで腑に落ちるわけでもないのよね。
「グロリアが死を考えるバービーやセルライトのバービーを描いたから、同じ現象が定番バービーに起きた」ってことなんだけど、それは「グロリアが持ち主だから」ってことだよね。
でも、グロリアが持ち主であるならば、その所持品であるバービーが彼女の手元におらず、グロリアも知らなかったバービーランドにいるというのは、どういうことなのか。
その「持ち主の知らない場所で暮らすバービーたち」という設定が、どうにも分からんのよ。グロリアは「仕事も母親業も今一つ」と漏らしており、鬱屈した感情を抱えているのでバービーランドへ行くのを大チャンスと捉えている。でも、それが完全に「段取りを消化しているだけ」になっている。
グロリアが反抗期のサーシャに手を焼いていることだけはサラッと触れているけど、「女性であることが原因で、ストレスの溜まる日々を過ごしている」という状況は全く描けていない。
定番バービーが一時的に脇へ追いやられ、グロリアとサーシャが主役の座を奪う時間帯があるんだから、もっとグロリアというキャラは厚く描いておく必要があるはずでしょ。
もっと言うと、サーシャのキャラや母子関係の描写も弱いよ。
っていうか根本的な問題として、一時的であっても定番バービーがヒロインの座を捨てる展開自体がどうなのかと。定番バービーがカリフォルニアへ行ってからバービーランドに戻るまで、そんなに時間は経っていないはずだ。ところが彼女が戻ると、もうケンランドに変貌している。
その変貌は、スピードが異常じゃないかと。バービーランドと人間界では時間の進み方が違うのか。
あと、人間界ではケンのグッズが馬鹿売れしており、映画化の話も進んでいるけど、これは何がどうなって影響しているのかサッパリ分からん。
あと、バービーランドの変化が人間界にも影響を与えるのであれば、マテル社の面々だけが「ケンの人気が異常に高いのは変だ」ということに気付いているのは理屈に合わないし。サーシャが「バービー助けに行こう」とグロリアに言い出すのは、急に気持ちが変化したようにしか見えず、「どういう風の吹き回しか」って感じだ。そこにスムーズな流れは全く感じない。
その後、グロリアが熱弁を振るうと、バービーたちは目が覚めて「ケンを止めよう」と決意する。
だが、グロリアの人間界における生活風景や取り巻く環境が全く描かれていないので、唐突すぎる熱弁になっている。
まるでフェニズム団体から出馬した立候補者の選挙演説か何かのように、グロリアの熱弁が完全に浮いちゃってるのよ。グロリアは「女は常に素敵じゃないといけない。スリムでもやせ過ぎはダメ」「お金は持つべきだけど、ガツガツしちゃダメ」「リーダーになれ。でも下の意見を聞け」「母親業は楽しめ。でも子供自慢はダメ」「キャリアは持て。でも周りの世話もしろ」「男のワガママに付き合え。指摘すれば文句を言われる」「結局、上手く行かなくて女が悪いせいにされる」「そういう女性たちが好かれようと苦労するのを見たくない」などと、熱弁を振るう。
グレタ・ガーウィグがグロリアの口を借りて、自身の主張を発信したかっただけなんだろう。
でも、そういうのは珍しくもないから、必ずしもダメってわけじゃない。
ただ、この映画の場合、やり方がお粗末なのよ。題材からすると、無条件でハッピーになれるような明るく楽しいコメディー映画に仕上げることも出来るだろう。
しかしバービーを「女性の解放」を象徴する存在として描き、社会的メッセージを声高にアピールする辺り、さすがはグレタ・ガーウィグ監督である。
良くも悪くも、映画作家として全くブレていない。
そんなグレタ・ガーウィグが自分の主張を強く込め過ぎたせいで、最終的には「普通のバービー人形を作るのは素晴らしいことで、必ず売れる」というトンチキな意見が肯定されている。「夢は何だっていい。自分でいることが幸せと思えればいい」ってのは、人間の女性に対するメッセージとしては悪くないだろう。世の女性たちにエールを送り、勇気をくれる言葉になるのかもしれない。
しかし女の子たちの夢を具現化したはずのバービーに対して「普通でいいんだ」ってのは、ピントが外れているんじゃないかと。
おまけに、この映画はバービーがケンと恋に落ちることを結末として否定し、「人間界で生きていく」という結末にしてあるんだよね。
「女性の生き方には色んな可能性がある」という意味では、理解できる結末だ。
しかしバービー人形の選ぶ結末としては、自己否定になってないか。(観賞日:2025年7月7日)