『ベイビー・トーキング』:1999、アメリカ

世界的なベビー用品会社であるベビーコ社の秘密研究所から、スライという幼児が逃亡を図った。慌てて捕獲しようとした職員たちだが、 スライの空手に捻じ伏せられた。そこへヒープ博士が現れ、スライを研究所へ連れ帰った。地下25階にある研究所では、スライの他にも レキシーやベイジルなど数名の幼児が監視体制に置かれ、実験台として育てられていた。
ヒープ博士は、秘密裏に進めている研究内容を確認した。社長のエレナ・キンダーが提唱するキンダー式育児法に基づき、双子のスライと ウィットを使った研究が開始されたのは、2年前のことだ。エレナはウィットを姪のロビンに養子として預け、スライは研究所で育てる ことにした。ウィットが双子だということを、ロビンは全く知らされていない。スライとウィットが6歳になった時に、エレナは比較調査 をするつもりだった。しかしヒープ博士は、嫌な予感を覚えていた。
ベビーコ社はパサディナに大型遊園地“ジョイ・ワールド”を設け、エレナはオープン記念の式典に姿を見せた。ロビンと夫ダンも、 子供たちを連れてやって来た。夫妻はウィットを養子に貰った後、キャリーという実子にも恵まれていた。ダンは幼児言語の研究をしており、 その成果はジョイ・ワールドにも持ち込まれていたが、彼には何の見返りも無かった。エレナがダンのアイデアを勝手に盗んだのだ。ダン は気にしていなかったが、ロビンは強い不満を覚えていた。
ベビーコ社は各地で乳児院を運営しており、パサディナにも新たに設けた。エレナが乳児院を運営する目的は、世界の指導者になる資質を 持った天才児を集めるためだ。彼女は自分の意のままに動く天才児を育成し、世界の人々の心を操ろうと企んでいるのだ。ヒープの研究に よって、幼児たちは赤ん坊独特の言葉によってコミュニケーションを取っていることが判明した。実際、スライやレキシーたちは会話を 交わしていたが、その言葉をエレナやヒープは理解できなかった。
ロビンも保育園を運営し、レニーとマーゴという職員を雇っていた。さらにダンの兄に頼まれ、その息子ディッキーも雇用していたが、 働きぶりは良くなかった。保育園の経営は芳しくなく、ローンの返済も滞っていた。ダンはウィットの赤ちゃん言葉を解読し、「赤ちゃん 言葉を大人の言葉に翻訳すれば収入が4倍になる」と喋っているのを突き止めた。
脱走を計画したスライはレキシーを誘うが、「怖い」と断られた。スライは単独で脱走し、街を歩き回った。エレナは手下に対し、どんな 手を使ってもスライを捕まえるよう指示した。一方、ダンはロビンに、保育園の子供を10人増やせば援助金が下りてローン返済も可能だと 提案した。それはダンのアイデアではなく、ウィットと遊んでいる時にテレパシーで感じ取ったものだった。
翌日、ロビンはウィットを連れてショッピングセンターへ出掛けた。そこでは、前日の夜からスライが宿泊していた。目を覚ましたスライ はエレナの手下に見つかり、遊具施設へと逃げ込んだ。その施設では、ウィットが遊んでいた。2人は鉢合わせし、驚いて共に遊具から 出ようとする。エレナの手下はウィットをスライだと思い込み、その場から連れ去った。一方、ロビンはスライをウィットだと思い込み、 そのまま保育園へ連れ帰った。
キャリーはロビンが連れ帰った幼児がウィットではないと気付いたが、スライは何食わぬ顔で無視した。一方、研究所ではレキシーたちも スライとウィットの入れ替わりに気付いた。ウィットはレキシーたちから、エレナの研究について聞かされた。エレナもデータを見て、手下 のミスを知った。しかし彼女は、双子が入れ替わったことで比較調査が出来ると考え、そのままにすることにした。
エレナはウィットの比較テストを実施するよう手下に命じ、ロビンの保育園を訪問した。エレナは何も知らない素振りで、ウィットを 研究所へ連れて来るよう持ち掛けた。だが、ダンが幼児語を理解しつつあると知ったエレナは、スライの口から自分の計画がバレることを 危惧した。そそくさと乳児院を去った彼女は手下に連絡し、力ずくでスライを連れ去るよう命じた。
エレナの手下2人は電力会社の人間に化けて保育園へ潜入するが、スライに撃退された。エレナは計画が明るみに出る前に、研究所を 引き払ってリヒテンシュタインへ逃亡しようとする。スライは保育園の幼児たちの協力を得て、ウィットを救出しようと決意した。スライは レニーとディッキーに催眠術を掛け、送迎バスに乗り込んで研究所へと向かった…。

監督はボブ・クラーク、原案はスティーヴン・ポール&フランシスカ・マトス&ロバート・グラスメア、脚本はボブ・クラーク&グレッグ ・マイケル、製作はスティーヴン・ポール、製作総指揮はデヴィッド・サウンダース&フランク・ヤブランス、撮影はスティーヴン・M・ カーツ、編集はスタン・コール、美術はフランシス・J・ペッツァ、衣装はベティー・ペーチャ・マッデン、特殊効果メイクアップはダン ・ゲイツ、視覚効果監修はジャック・ストロウェイズ、クリーチャー効果はマイケル・バーネット、音楽はポール・ザザ。
出演はキャスリーン・ターナー、クリストファー・ロイド、キム・キャトラル、ピーター・マクニコル、ドム・デルイーズ、ルビー・ ディー、カイル・ハワード、ケイ・バラード、レオ・フィッツジェラルド、マイルス・フィッツジェラルド、ジェリー・ フィッツジェラルド、コナー・リゲット、グリフィン・リゲット、ミーガン・ロビンス、ガブリエラ・ロビンス、ブリアナ・マッコネル、 ブリタニー・マッコネル、ジェイコブ・ハンディー、ザッカリー・ハンディー他。


『ポーキーズ』『キャノンズ』のボブ・クラークが監督&脚本を務めたコメディー映画。
エレナをキャスリーン・ターナー、ヒープをクリストファー・ロイド、ロビンをキム・キャトラル、ダンをピーター・マクニコル、レニー をドム・デルイーズ、マーゴをルビー・ディー、ディッキーをカイル・ハワード、パサディナ市長をケイ・バラードが演じている。
スライとウィットの双子を演じるのはレオ&マイルス&ジェリーというフィッツジェラルド家の三つ子で、その声を担当しているのは マイコ・ヒューズ。

「幼児が喋っている赤ちゃん言葉を、普通の言葉に翻訳して観客に聞かせる」というところで勝負を試みている。
ざっくり言うと、『ベイビー・トーク』と似たようなネタだ。
ただし『ベイビー・トーク』は「赤ん坊の心の声を音声化した」という作りであり、大人の声で喋っていた。
こちらは「実際に喋っている」という設定であり、吹き替えは子供の声になっている。
また、『ベイビー・トーク』とは違い、唇の動きをCGで処理し、実際に喋っているように加工してあるのだが、これは不気味にしか 感じない。

「幼児がどんなことを喋るのか」というのが作品の肝になるわけだが、そこがちっとも面白くないんだよな。強烈な 皮肉を言うわけでもないし、スタンダップ・コメディアンのように危険なジョークを飛ばすわけでもない。
前述したように、吹き替えが子供の声なので、「幼児なのにオッサンの声で喋る」というギャップの面白さも使えない。
「幼児らしからぬことを話す」という、このネタを使う時に必要不可欠と思える部分は守っているが、それが中途半端なのだ。
せいぜい、「小学生が背伸びをして大人びたことを喋っている」という程度だ。
それなら幼児でなく小学生の設定にして、普通にセリフを喋らせた方がキッズ・ムーヴィーとして面白くなるんじゃないかとさえ思えて しまう。そうしておけば、唇のCG処理でグロテスクになるのも避けられるし、アクションにも幅が出るだろうし。

「幼児が喋る」という部分以外にセールスポイントに出来そうなところも見当たらないので、そこに絞って一点突破を図るしか無いと 思われるが、そこに何の魅力も無いのだから、もう「バンザイ無しよ」である。
「幼児が大人のようなことを喋ったら面白いだろう」という大いなる勘違いを、誰も修正できなかったんだね。
それだけじゃダメなのよ。そこに一捻りが加わらないと。
そこに意識を集中したためなのか、ストーリーはボロボロ。スライが脱走したら、さっさとウィットに会わせて2人のコンビで見せていく べきだろうに、それをやらない。スライが街を徘徊する展開を無駄に引っ張る。ホントにダラダラと過ごしているだけで、全く面白味は 無い。
幼児が一人で『サタデー・ナイト・フィーバー』を踊っても、だから何なのかと。
例えば大勢の若者が踊る中に幼児が紛れ込んでダンスをやるなら全く違うだろうが、幼児だけの閉じられた空間でそれをやってもね。
「幼児がダンスする」というだけで惹き付けようと思ったんだろうが、無理だったね。

で、その後もスライとウィットが入れ替わってしまうので、2人がコンビで行動することは全く無い。
ただし、そもそもスライとウィットってキャラ的に大差が無いのよね。一応は「スライが生意気で大人びた天才児」という設定なんだが、 ウィットも最初からビジネスのことなどを話しているし、「2人の差」というところで勝負が出来ない。
スライが大人びた生意気な幼児で、それに対してウィットはホントに何も知らない幼くて弱っちいキャラということにしておけば、2人の 入れ替わりもドラマを膨らませるのに利用できるんだよね。
例えば、これまで幼稚な内容しか喋らなかったウィットが急にビジネスのことを言い出すので、翻訳していたダンが驚くとかさ。
でも実際には、スライは入れ替わった後に浮かれてはしゃぐものの、ウィットとの違いを見せて大人たちを驚かせるようなことも無い。

ウィット救出を決意したスライは、保育園の幼児たちを訓練するが、マトモにこなせる奴は皆無。
って、そんなの普通でしょ。
「幼児が訓練に挑んだが、赤ちゃんみたいに遊んでばかりでマトモに訓練する奴はいない」って、それは普通のことでしょ。いい大人 なのにマトモに出来ないというのなら、ギャグにもなるだろうけどさ。
幼児を喋らせている設定と、そこから派生してどのような形で笑いを作るのかという方向性にズレがありまくり、ピントがズレまくりだ。
大体さ、ウィットを救出すると決めたら、さっさと研究所へ向かうという行動に移るべきでしょうに。なんでチンタラしてんのかと。
テンポの悪さが甚だしい。
で、終盤はジョイ・ワールドでのアクション。
ジョイ・ワールドも、ロボット赤ちゃんのアトラクションも、そのためだけに用意された舞台だ。
そこでのアクションが面白いのかどうかは、もはや言わずもがな。

(観賞日:2008年3月12日)


第22回スティンカーズ最悪映画賞

受賞:【最悪の演出センス】部門[ボブ・クラーク]
受賞:【チンケな“特別の”特殊効果】部門

ノミネート:【最悪の作品】部門
ノミネート:【最悪の子役】部門[レオ、マイルス&ゲリー・フィッツジェラルド]
ノミネート:【最も痛々しくて笑えないコメディー】部門

 

*ポンコツ映画愛護協会