『ナチョ・リブレ 覆面の神様』:2006、アメリカ&ドイツ

修道院で育ったイグナシオは、少年時代からルチャドールに憧れを抱いていた。覆面を被ってルチャドールの真似をして、修道士たちに注意されたこともあった。彼は成長しても相変わらずルチャドールに憧れており、院長の説法中も手帳に絵を描くほどだった。孤児たちの新しい先生としてシスター・エンカルナシオンが紹介されると、イグナシオは一目惚れした。彼は「僕の部屋でトーストを食べませんか」とシスターに声を掛けて口説くが、修道士のギレルモに叱責され、風邪をひいた村人の見舞いに行くよう命じられた。
村人の家を訪れたイグナシオは、椅子に座ったまま目を閉じている男を見て死んだと思い込む。イグナシオは祈りを捧げるが、男が目を開けたので間違いに気付いた。彼は教会用のチップスを受け取りに行くが、猿のように機敏な動きをするスティーヴンに奪われた。町を通ったイグナシオは、ルチャドールのラムセスが大勢のファンに囲まれている姿を目にした。壁に視線をやると、賞金二百ドルで新人ルチャドールを募集しているポスターが貼ってあった。
修道院へ戻ったイグナシオは、深夜にも関わらずシスターの部屋へ押し掛けた。イグナシオはトーストを一緒に食べ、グエロ(白人)と呼ばれている理由についてシスターから質問される。イグナシオは母が北欧のルター派の伝道師だったこと、父がメキシコの助祭だったこと、2人とも既に死んでいることを話した。彼は町でラムセスを見たことを語り、「彼のようになりたい」と言う。するとシスターは「レスリングは罪ですよ。ルチャドールは偽者の英雄に過ぎない」と諌めた。
イグナシオは料理番を担当しているが、院長やギレルモから味を酷評される。腹を立てたイグナシオは「もっとマシな仕事を探す」と言い、修道院を飛び出した。孤児のチャンチョが追い掛けて「美味しいよ」と言うと、イグナシオョは「運命は自分で切り開く。いつか栄光を掴むぞ」と口にした。彼はチップスを路地に撒いてスティーヴンをおびき寄せ、捕まえて「タッグチームを組もう」と持ち掛けた。全く興味を示さなかったスティーヴンだが、勝てば金が貰えると聞いて態度を変えた。
イグナシオはマスクを被ってナチョというリングネームを使い、スティーヴンにはエスケレートと名乗らせた。2人は新人トーナメントに出場してエル・セメンタル&エル・ポニー組と対戦するが、あっさりと負けた。しかしプロモーターは試合の報酬を渡した後、「観客が気に入ってるから来週も来てくれ」と述べた。ナチョはギャラで食材を購入し、修道院で得意げに料理を並べた。翌週、イグナシオたちはミゼット・レスラー2人組と対戦し、報酬を受け取った。
イグナシオはスティーヴンに、「シスターに俺のたくましい体を見せたい」と告げる。スティーヴンが「試合に招待したら?」と言うと、彼は「そんなことをしたら追い出される」と口にする。そこでスティーヴンは、「今夜、デートしろ。友達と一緒に君を襲って、わざと負ける」と提案した。夜、イグナシオは「ホームレスに福音を伝えたい」と嘘をつき、シスターを町へ連れ出した。しかしスティーヴンと無関係の2人組を挑発して喧嘩を売ってしまい、殴り倒された。
スティーヴンは「頼りになる人がいる。鷲の卵のありかを知る海の呪術師だ。鷲の卵には魔力がある。史上最強のレスラーになれる」と語り、エンペラーと呼ばれるジプシーの元へイグナシオを連れて行く。エンペラーは海沿いの崖へイグナシオを導き、そこを登って卵の黄身を飲むよう指示した。イグナシオは崖を登って鷲の巣を発見し、卵の黄身を飲んだ。強くなったと思い込むイグナシオだが、それ以降の試合では連戦連敗が続いた。
イグナシオが「ラムセスに学ぼう」と言うと、スティーヴンは「彼はプロだ。相手にしてくれない」と告げる。「俺たちもプロになろう」とイグナシオが語ると、スティーヴンは「コネも無いのに無理だ」と口にする。イグナシオはラムセスのマネージャーであるラモンに目を付け、彼が主催するパーティー会場へ行って売り込もうと提案した。翌朝、子供たちを連れて町を歩いていたイグナシオは、ラムセスを目撃した。孤児のフアン・パブロから「彼のサインが欲しい」と頼まれたイグナシオは、ラムセスに声を掛けて事情を説明する。しかしラムセスは相手にせず、イグナシオが食い下がると荒々しく突き飛ばした。
夜、イグナシオとスティーヴンはパーティー会場へ赴くが、警備係に追い払われた。スティーヴンは壁を登って侵入するが、体重の重いイグナシオは無理だった。そこで彼は、マリアッチに紛れて会場に入り込んだ。スティーヴンはラモンを見つけ、自分と相棒をプロにしてほしいと頼んだ。ラモンは「バトルロイヤルで勝てばラムセスと戦わせてやる。それでプロになれる」と告げた。イグナシオはラムセスを歌で挑発し、ワインを浴びせられた。
朝になって修道院へ戻ったイグナシオは、シスターから責めるような口調で「貴方は子供たちへの責任があります。どこへ行っていたんですか」と問われる。イグナシオが「ルチャ・リブレの試合会場へ行っていた」と言うと、彼女は「ルチャ・リブレは罪深いスポーツです。虚栄心のための戦いだから」と話す。「戦うことは罪なのかな」とイグナシオが口にすると、シスターは「尊い目的や人を助けるための戦いなら、神は祝福してくれます」と語った。
イグナシオは礼拝堂で神に祈りを捧げ、「俺を戦わせるのは、ファイトマネーで孤児たちに良い生活をさせるためか?たぶん、そうだ。今夜のバトルロイヤルで勝てば、神は俺を戦う修道士にしてくれる」と勝手に解釈した。修道院の面々にコスチューム姿を見られた彼は、ルチャドールとしての正体を明かした。彼は「1万ペソの賞金でバスを買って、子供たちを遠足へ連れて行く」と宣言し、修道院を後にした。その夜、彼はバトルロイヤルに出場するが、シレンシオというルチャドールに負けてしまった…。

監督はジャレッド・ヘス、脚本はジャレッド・ヘス&ジェルーシャ・ヘス&マイク・ホワイト、製作はデヴィッド・クローワンズ&マイク・ホワイト&ジャック・ブラック&ジュリア・ピスター、共同製作はデイモン・ロス&リカルド・デル・リオ・ガルナレス、製作総指揮はスティーヴ・ニコライデス、製作協力はベンジャミン・クーリー&ベン・ラ・クレア、撮影はハビエル・ペレス・グロベット、美術はギデオン・ポンテ、編集はビリー・ウェバー、衣装はグラシエラ・マゾン。
主演はジャック・ブラック、アナ・デ・ラ・レゲラ、エクトル・ヒメネス、ピーター・ストーメア、リチャード・モントーヤ、トロイ・ジェンティル、ダリウス・A・ロセ、モイセス・アリアス、ディエゴ・エドゥアルド・ゴメス、カルロス・メイコット、セサール・ゴンサレス、ラファエル・モンタルヴォ、フリオ・サンドヴァル、ヴェンチュラ・ラホス、フェリペ・ヘスス・エルナンデス、エンリケ・ムニョス、カーラ・ヒメネス、アグスティン・レイ、リカルド・カスティロ、ドナルド・チェンバース、フリオ・エスカレロ他。


『ナポレオン・ダイナマイト』のジャレッド・ヘスが監督を務めた作品。
脚本は同作品のジャレッド・ヘス&ジェルーシャ・ヘスと、『スクール・オブ・ロック』のマイク・ホワイトによる共同。
イグナシオをジャック・ブラック、シスターをアナ・デ・ラ・レゲラ、スティーヴンをエクトル・ヒメネス、エンペラーをピーター・ストーメア、ギレルモをリチャード・モントーヤ、少年時代のイグナシオをトロイ・ジェンティルが演じている。
ラムセスを演じているのは、本物のルチャドールであるシルバー・キング。

イグナシオのモデルは実際にルチャドールとして活動していたフライ・トルメンタだが、「メキシコで孤児院の神父とルチャドールを両立させていた」という要素を借りただけ。トルメンタの半生と映画の内容は全くの別物だ。
そして本作品は、トルメンタだけでなくルチャ・リブレに対する愛やリスペクトを全く感じさせない仕上がりになっている。
根っこの部分に愛やリスペクトの気持ちがあれば、笑いに転化するのは一向に構わない。
しかし、ただバカにしているだけだ。

この映画で最も致命的なのは、主人公がちっとも魅力的じゃないってことだ。
修道院の人間らしくない振る舞いをするのは、別にいいのよ。でも、シスターが赴任した途端にナンパした時点で、もうアウト。
ただし、これが軽いノリでヘラヘラと口説くのなら、それはそれで有りなのよ。むしろ真剣な表情でマジに口説くことが、不快感に繋がっている。
なぜって、それは「マジでダメな奴」という印象になってしまうからだ。

ヘラヘラしたノリのナンパにしておけば、そこに軽やかさが生じるし、「根っこの部分には真面目さがあるんじゃないか」と思わせる余地を残す。
しかし真面目にナンパするってことは、根っこまで腐っているってことだ。
それが本気の告白であるかどうかは関係が無い。赴任して早々に口説いているという行動は、本気で惚れたとしても、やっちゃいけない(「ナチョの場合は」ってことよ)。
あと、やってることは軽薄なのに態度がマジなので、ちょっと怖いという問題もあるぞ。

イグナシオが寝ている人を死んだと誤解するエピソードは、ちっとも面白くないコントだという問題は置いておくとして、とりあえず「男が起きたのでイグナシオが驚く」というトコでオチを付けているのでOKだ。
ただし、その後に用意されている「チップスを奪われる」というエピソードに関しては何のオチも無いし、前後のエピソードとの連動性も無いし、そういうのを1分程度の短さで入れることによって散漫な構成という印象になっている。
チップスを奪ったスティーヴンは後から話に関与して来るので、要らない奴というわけではない。
ただし、もうちょっと上手い初登場の方法はあったんじゃないかと。

っていうかさ、それ以前の部分からして、不満はあるんだよな。
まずはイグナシオの人物紹介をして、ルチャ・リブレに対する思い入れの強さをもっとアピールして、修道院での生活ぶりを描いて、周囲との関係を提示して、それからストーリーを進めた方がいいんじゃないかと思うのよ。
映画が始まった段階から、もうバタついているような印象を受けるのよね。それは決してテンポがいいってことじゃなくて、落ち着き無いと感じるのだ。
短いスケッチを串刺し式に構成するのは良くある手法だから、それは一向に構わない。ただし、あまりにも話のまとまりに欠けている。

ラムセスが登場すると、大勢のファンに囲まれる様子が描かれる。
だが、ラムセスが試合をしている様子は描かれていないし、彼がルチャの世界でどういうポジションにあるのか、どれぐらい強いのかは全く示されていない。
そして、ラムセスを見た時にイグナシオが落ち込む表情を見せる理由もサッパリ分からない。
シスターに「ああいう男になりたい」と語るシーンがあるので、「自分はラムセスと全く違う」ってのを実感して落胆したのかもしれないけど、それは当該シーンが描写された時点で観客に伝わる形にすべきよ。

ラムセスを見て落胆したイグナシオが視線を移動させると、新人ルチャドール募集のポスターが貼ってある。だったら、イグナシオが応募しようかと考えたりするのかと思いきや、修道院へ戻った彼がシスターの部屋へ押し掛ける展開に移る。
だから、「ラムセスの人気ぶりを目撃した直後に新人募集のポスターを見る」という流れを用意した意味が全く無い。
その流れに後ろのシーンを繋げないのなら、ポスターを目撃するのはイグナシオが修道院を飛び出してからで充分だ。
っていうか、そっちの方が構成としてスムーズだ。

冒頭でイグナシオがルチャドールの真似をするシーンがあるが、憧れを抱いた動機は全く示されていない。
後でイグナシオが「ブラザーたちは俺に良い食材を買わせない。福音書も知らないと思ってるが、大間違いだ。町でルチャドールを見た。みんなが彼に花束や贈り物をしていた。あんな男になりたい」とシスターに語るシーンがあるのだが、ようするに「こんなトコで燻ってるのは嫌だ。俺も人気者になってチヤホヤされたい」ってことだ。
ルチャドールに憧れた理由は、すんげえ不純なのね。
とは言え、不純であろうとも、そういう動機を設定したのなら、とりあえずは「チヤホヤされたい。スターになりたい」ということで進行していけばいい。ところが、「シスターにモテたい」という理由を入れたり、「修道院の子供たちのために」という理由を取って付けたように持ち込んだりして、フラフラしてしまう。
最初は不純な動機で始まり、途中で改心して「子供たちのために」と考える展開にすれば乗れるけど、ただ単にフラフラしているだけなのだ。

イグナシオが理不尽な扱いを受けているとか、イジメを受けているとか、そういうことがあるのなら、同情心を誘うこともあっただろう。だが、そういった様子は感じられない。シスターをナンパしたイグナシオをギレルモが注意するのは当然だし。
食事を酷評されるのも、実際に味が悪いんだから仕方が無い。イグナシオは「俺に良い食材を買わせない」と言うけど、修道院が貧乏だから仕方が無い。
そもそも「修道院が貧しく、毎日の食材も満足に買えない」という状態の説明が全く足りていないので、イグナシオの腕が悪いってのが大きいんじゃないかという印象を受けるし。それに、イグナシオが恵まれない環境の中でも出来るだけ美味しい料理を作ろうと努力しているのかというと、何もしていないのだ。
何もせずに不満ばかりを口にする奴なので、「運命は自分では切り開く」と偉そうに言われても、愚か者の戯言でしかないのよ。

食事を酷評されたイグナシオは「もっとマシな仕事を探す」と言い放って飛び出したのだから、もう修道院には戻らないつもりなのかと思いきや、すぐに戻ってくる。
そもそも「もう修道院には戻らない」という気持ちで飛び出したわけではなく、単に「ちょっと用事を済ませるために出掛ける」というだけだ。だったら、あの飛び出し方は違うだろ。
で、飛び出したイグナシオが何をするのかと思ったら、チップスを撒いてスティーヴンをおびき寄せ、タッグ結成を持ち掛ける。
いやいや、どんだけ手順をスッ飛ばすのかと。

そこはさ、まず「イグナシオがルチャドールの新人オーディションに応募しようと決める」という手順が必要でしょ。それも含めて、前述したポスターを見るタイミングは、修道院を飛び出した後の方がいいのよ。
で、だったら1人で応募すればいいわけで、タッグを結成する展開にするのなら、「オーディションは2人1組だった」とか、「動きが鈍くて不合格になったので、俊敏な奴とタッグを組めば何とかなるんじゃないかと考える」とか、そういう手順が必要でしょ。
さらには、「タッグを組む相手は誰がいいかと考え、チップスを盗んだ男のことを思い出す」という手順も必要でしょ。
色んな筋道を無視して、いきなりワープするなよ。

スティーヴンがタッグ結成を承諾した後、イグナシオは彼の顔に牛糞を塗って背中へ矢を放ったり、蜂の巣を壊して蜂の群れに追われたりする。
そのシーンは、何の意味があるのかサッパリ分からない。もしもトレーニングという意味で持ち込んでいるのなら、普通に走ればいいだけのことだ。
っていうか、たった数分の練習なんて、全く意味が無い。
あと、もっと致命的なのは、コメディーとして持ち込んでいるにしても全く笑えないってことだ。

いざ試合が始まると、スティーヴンは何の役にも立っていない。
イグナシオは「機敏な動きをするから」ってことで彼をパートナーに指名したんだから、それなりに活躍しなきゃ意味が無いでしょ。
何の役にも立たないボンクラでいいのなら、修道院でイグナシオと同じように燻ってるキャラでも用意して、そいつと組ませればいい。あるいは、イグナシオの幼馴染とか、そういうキャラを出してもいいだろう。
わざわざ「機敏な動きをする男」として登場させておいて、まるで活躍しないのなら、そりゃ意味が無いだろ。
まあ機敏なだけでルチャの技術は無いので、活躍できないのは当然っちゃあ当然だけど、そこは映画としての嘘をついていいトコだし。

新人戦のシーンになるとタッグ戦が行われているけど、事前に「新人戦はタッグチーム」という説明があったわけじゃないし、すんげえ雑なのよね。
そもそも新人のオーディションなのに、いきなり試合という時点でメチャクチャだし。
で、プロモーターは「観客が気に入ったから」という理由でイグナシオたちを翌週も呼ぶんだけど、そこも無理がありまくり。
そりゃあ、勝てなくても観客に好かれる選手はいるだろう。だけどイグナシオとスティーヴンの場合、ただ素人がヌルい試合をしただけであり、人気が出る要素なんて皆無なのよ。

イグナシオは新人戦の報酬で食材を購入し、修道院で新鮮なサラダを出す。
でも、彼は決して「孤児たちに美味しい食事を食べさせたい」という理由でルチャドールになり、報酬を得たわけではない。美味しい食事を出すことで、得意げな態度を取りたかっただけだ。
だから次の試合以降は、修道院のことなんて完全に忘れている。
終盤になって急に「孤児たちに良い生活をさせるため」とか言い出すけど、それも戦う理由を後付けで思い付いただけ。

イグナシオはルチャドールになりたい願望を抱いているが、そのために体を鍛えようとか、技を磨こうとか、そういう努力は何もしない。
「最初はスターになってチヤホヤされたいという不純な動機でルチャドールを目指したが、弱いままじゃダメだと感じて鍛錬を積む」という展開も無い。彼が強くなるためにするのは、鷲の卵を見つけて黄身を飲むことだけだ。
ジャレッド・ヘスはナポレオン・ダイナマイトと同じく、今回のイグナシオも「周囲からバカにされる冴えない非モテ男。態度だけは偉そうだけど中身は伴わないヘタレ。努力して人間的に成長することもなく、最後までヘタレのまま」という造形にしてある。
しかし、この映画だと、それじゃダメなのよ。
そりゃあ鍛錬を積まずにスター選手になろうとするのを「コメディーだから」ってことで受け入れるのは、無理をすれば可能だ。ただし、そんな主人公に魅力を感じるのは絶対に無理。

クライマックスに向けてのドラマなんて皆無だから、ラムセスとの試合でイグナシオを応援する気持ちなんて全く湧かないし、もちろん盛り上がりも無い。
プランチャ・スイシーダを披露するが、何の鍛錬も積んでいなかったから、そんな技を急に出しても高揚感は無い。
しかも、特撮を使い、遠い距離を不自然にダイブさせることで、こっちの気持ちをすっかり萎えさせる。
そこは不格好でもいいから、実際にトップロープから場外へダイブさせるべきなのよ。

(観賞日:2015年8月17日)


第29回スティンカーズ最悪映画賞(2006年)

ノミネート:【最も腹立たしい言葉づかい(男性)】部門[ジャック・ブラック]

 

*ポンコツ映画愛護協会