『ノック・ノック』:2015、アメリカ

カリフォルニア州ロサンゼルス。建築家のエヴァン・ウェバーは妻のカレン、幼い息子のジェイクとリサの4人で暮らしている。父の日の朝、エヴァンは寝室のベッドでカレンと楽しく会話を交わしていた。芸術家のカレンは個展の準備で忙しく、セックスできるチャンスは3週間ぶりだった。そこへ子供たちが入って来て、父の日のプレゼントとしてチョコレートケーキを見せた。さらに子供たちは、写真や絵で飾り付けた目覚まし時計も渡した。
エヴァンは怪物の真似でジェイクとリサを追い掛け、カレンと続きをしようとする。しかしカレンは「子供たちが起きたから」と言い、「帰ったら続きをしましょう」と告げた。その日から彼女は子供たちを連れて、ビーチへ旅行に行く予定が入っていた。エヴァンは仕事がある上に肩を痛めているため、愛犬のモンキーと留守番することになっていた。カレンの元には助手のルイスが来て、個展の作品目録を渡した。ウェバー家の中にも、カレンが製作した大きなオブジェが置いてあった。
ルイスは子供たちに、「父の日の秘密のパーティーて弾ける」と告げる。エヴァンはジェイクから「パーティーするの?」と質問され、慌てて「しないよ。仕事が忙しい」と否定した。カレンは車で出発する直前、エヴァンに「ヴィヴィアンは明日の14時に来る」と告げる。ヴィヴィアンは整体師で、エヴァンの肩を治療しているのだ。家族が出掛けた後、夜になると大雨が降り出した。エヴァンはパソコンに向かって作業を進め、妻からiPadで連絡が来るとビデオ通話した。
深夜に玄関でノックの音がしたので、エヴァンはドアを開けた。するとジェネシスとベルという2人の女性が全身びしょ濡れで立っており、グレゴリーという人の住所を尋ねた。エヴァンは近所にグレゴリーという人物はいないことを教え、住所を尋ねた。すると2人は、携帯が水没して住所が分からないこと、タクシーを降りされて20分も探していることを語る。寒そうにしている彼女たちを見たエヴァンは、「良ければ電話を使って」と告げた。すると彼女たちは、連絡先が携帯に登録されているの分からないのだと述べた。
ジェネシスとベルは、フェイスブックで住所を調べたいのでパソコンを使わせてもらえないかと申し入れた。エヴァンは承諾して2人を家に招き入れ、タオルとiPadを渡した。ジェネシスはiPadを操作し、タクシー運転手が住所を間違えたと告げた。すぐにエヴァンはウーバーを手配し、45分後に着くことを教えた。服を乾かしたいので乾燥機を貸してほしいと頼まれ、エヴァンは了承した。彼は2人にバスローブを貸して服を乾燥機に入れ、温かいお茶を入れた。
ジェネシスとベルがレコードプレーヤーに興味を示すと、エヴァンは若い頃にDJをしていたと話す。2人に質問された彼は、家族のことを語った。話している途中でジェネシスとベルはエヴァンに体を密着させ、誘惑する素振りを示して来た。エヴァンが距離を取っても、すぐに2人は近寄って来た。エヴァンが話題を逸らしても、彼女たちは執拗に3Pを持ち掛けた。ウーバーが到着したので、エヴァンは服を取りに行く。するとジェネシスとベルは浴室で全裸になり、彼を誘惑した。「無理だよ、妻もいて幸せなんだ」とエヴァンは告げるが、とうとう彼女たちの誘惑に負けた。ウーバーの運転手は客が来ないので、その場から去った。
翌朝、エヴァンが目を覚ますと、ジェネシスとベルはテレビを見ながら勝手に朝食を取っていた。エヴァンが「家まで送るよ」と言うと、2人は「ここが私たちの家よ」と軽く笑う。馬鹿にしたような2人の態度に腹を立てたエヴァンは、早く着替えろと怒鳴った。エヴァンが呼びに行くと、2人はカレンのオブジェに落書きをしていた。エヴァンが警察を呼ぼうとすると、2人は「15歳の女の子とヤッたら20年はムショよ」と脅した。
エヴァンが「望みは何だ、幾ら欲しい?」と言うと、ベルは「娼婦扱いしないで。娼婦はアンタでしょ」と言う。ヴィヴィアンが来たので、エヴァンは「ここから動くな」と命じて玄関へ行く。しかしジェネシスが玄関へ来てエヴァンを誘う態度を取ったので、ヴィヴィアンは「汚らわしい」と怒って立ち去った。エヴァンが激怒して追い回すと、ジェネシスとベルは「奥さんや近所にバラす」と脅した。冷静さを取り戻したエヴァンが本当に警察へ連絡を入れると、彼女たちは「家まで送って」と観念した様子を見せた。エヴァンは2人を車に乗せ、指定された場所の前で降ろした。その夜、ジェネシスとベルはエヴァンの家に侵入して彼を殴り倒し、ベッドに手足を拘束する…。

監督はイーライ・ロス、脚本はイーライ・ロス&ニコラス・ロペス&ギジェルモ・アモエド、製作はコリーン・キャンプ&ティム・デグレイ&カシアン・エルウィズ&イーライ・ロス&ニコラス・ロペス&ミゲル・アセンシオ・ラマス、製作総指揮はピーター・トレイナー&ラリー・スピーゲル&キアヌ・リーヴス&テディー・シュウォーツマン&ソンドラ・ロック、撮影はアントニオ・クエルチャ、美術はマリッチ・パラシオス、編集はディエゴ・マチョ・ゴメス、衣装はエリサ・オルマサバル、視覚効果監修はロドリゴ・ロハス・イチャイス、音楽はマヌエル・リヴェイロ。
出演はキアヌ・リーヴス、ロレンツァ・イッツォ、アナ・デ・アルマス、アーロン・バーンズ、イグナシア・アラマンド、コリーン・キャンプ、ダン・ベイリー、メーガン・ベイリー、アントニオ・クエルチャ他。


1977年の映画『メイク・アップ』のリメイク。
監督は『ホステル』『グリーン・インフェルノ』のイーライ・ロス。
脚本はイーライ・ロスと『アフターショック』のニコラス・ロペス&ギジェルモ・アモエド。
エヴァンをキアヌ・リーヴス、ジェネシスをイーライ・ロス夫人のロレンツァ・イッツォ、ベルをアナ・デ・アルマス、ルイスをアーロン・バーンズ、カレンをイグナシア・アラマンドが演じている。
『メイク・アップ』に主演していたコリーン・キャンプがヴィヴィアン役で出演して製作にも携わり、ソンドラ・ロックが製作総指揮で参加している。

オリジナル版の『メイク・アップ』は、そんなに評価の高い映画ではない。
傑作じゃないからこそ、手直し出来る余地があるという考え方はあるだろう。あまりにも良く出来た映画の場合、「オリジナル版を見ればいいじゃん」ってことになるからね。リメイクするには、それなりに欠点があった方が何かと都合がいい。
ただし『メイク・アップ』の場合、「アイデア優れているけど演出がマズかった」とか、「キャラは魅力的だけど物語がイマイチだった」とか、そういうことではない。単純に、質の高くない凡作だっただけだ。
なので、それをリメイクしようってのは、どこに面白味を感じたのか理解に苦しむ。
でもまあ、そういうB級映画に目を付ける辺りが、いかにもイーラス・ロスっぽいとは言えるのかもしれないけどね。

エヴァンはジェネシスとベルが訪ねて来ても、最初から下心マンマンで家に招き入れたわけではない。寒そうにしているので、親切心から家に入れてパソコンを貸してやる。
服を乾かすため乾燥機を貸すのも、全面的に親切心だけの行動だ。下心が無いから、すぐにウーバーを手配してやるのだ。
また、彼は執拗に2人から誘惑されても、その度に距離を取ったり話題を変えたりしようとする。
最終的には負けてしまうから、事象だけを見れば「彼にも落ち度がある」ってことになるのかもしれないが、「どれだけ誘われても絶対に断るべきだった」とエヴァンを断罪する気持ちにはなれない。

前半のエヴァンの行動には、何かの伏線になるのかと思わせるようなことも幾つかあるのだが、どれも全く後には繋がらない。
例えば、彼が「ジェイクの携帯が水没した時、米の中に入れておくと復活した」と言い、2人の携帯を借りて同じことをする手順がある。
特に必要性の無い行動だが、わざわざ挿入するぐらいだから、何かあるのかと思ってしまう。しかし、それは単に「エヴァンが席を外した間に2人が勝手な行動を取っている」という状況を作るためだけに用意された手順なのだ。
雨の夜と翌朝におけるエヴァンの行動の全ては、そういう目的のためだけにあると言ってもいい。

エヴァンが警察に連絡し、ジェネシスとベルが家まで帰るフリをするシーンがある。だが、その手順は全く不要だ。
どうせ彼女たちがそれで終わらせず、また戻って来るのは分かり切っているわけで。だったら、そこで一息つく意味が全く無い。
どうせ特に何の捻りも無い、どストレートで単純な物語なのだから、そういうのを入れずに突き進んでしまえばいい。
途中でチェンジ・オブ・ペースや休憩を入れたいのであれば、ジェネシスとベルが家に居座った状態で持ち込めばいい。

この映画だと、前半はジェネシスとベルが家に居座ってエヴァンに嫌がらせを繰り返すだけだ。しかし、ひとまず家に帰るフリをする手順をカットして、2人がエヴァンを拘束して拷問するタイミングを早めればいい。
2人が居座ってエヴァンに迷惑を掛ける時間帯は、後半に向けての前フリという意味はある。ただ、この映画の内容や構成を考えると、序章に長い時間を費やしたところで、それに見合った効果が得られるわけではないだろう。
むしろ、凶暴化するタイミングは20分ぐらい早めてもいい。
「おとなしいと思っていた女性たちがヤバい連中へ急激に変貌する」ってわけじゃなくて、「ヤバい女たちが、もっとヤバい女たちに変貌する」ってだけなんだし。

オリジナル版の『メイク・アップ』は、何の脈絡も無い唐突なラストシーンが強烈なインパクトを残す作品だった。そのラストシーンだけで、一部のカルト映画ファンの記憶に残る作品になったと断言してもいいだろう。
しかし、このリメイク版は、そのラストシーンを含めた締め括りの形を大幅に改変している。
同じラストシーンを用意したら、『メイク・アップ』を知っている人にとってはネタバレしている状態になるので、そこを変えようってのは分からんでもない。
ただ、その結果が「インパクトを消してヌルい着地を用意し、不快感だけを強める」という状態になっているのだから、明らかに改悪だ。

ジェネシスとベルはエヴァンの家に戻って来た後も、様々な嫌がらせをする。
前半よりはエスカレートしているが、「拷問」と呼べるほどの行動があるかというと、それは無い。
右肩をフォークを突き刺すシーンはあるが、明確な形で肉体を傷付ける行動は、それぐらいだ。精神的ダメージを重視したのかもしれないが、恐怖は弱い。
ルイスの死も2人が直接的に手を下したわけではなく、アクシデントという形にしてある。

最終的にジェネシスとベルは、ネットでエヴァンの恥ずかしい動画を拡散して立ち去る。
インパクトを排除し、誰も得しないような「観客に不快感を与えるだけの映画」に仕上げる辺りは、いかにも『ホステル』のイーライ・ロス監督らしいとは言えるのかもしれない。この人って、ホラーは観客に不安や恐怖を与えるべきジャンルのはずなのに、不快感と嫌悪感を与えるジャンルだと思っているのかねえ。
あと、イーライ・ロスは「ジェネシスとベルも被害者なので同情してほしい」と考えているらしいが、まるで賛同できんよ。この映画で、その2人に同情心が湧くような作りにするなんて大間違いでしょ。
しかも、同情したい気持なんか全く喚起されない内容だし。

(観賞日:2017年11月9日)

 

*ポンコツ映画愛護協会