『9デイズ』:2002、アメリカ&チェコ

チェコ共和国のプラハ。CIAの諜報員ケヴィン・ポープはマイケル・ターナーという偽名を使い、ロシア人マフィアのアドリク・ヴァスと接触していた。ポープは数年前から古美術商としてヴァスに近付き、信頼を得ていた。CIAの目的は、ヴァスが保持するポータブル核爆弾を入手することだ。ポープはヴァスと話をまとめ、バイヤーとしてCIAの熟練諜報員ゲイロード・オークスを呼んだ。取引現場の近くには、部下のシールやスワンソンが待機している。
ヴァスから10日後に核爆弾売買を取引すると告げられたポープとオークスは、身分が知られないよう別々に外へ出た。だが、ポープは何者かに襲撃されて命を落とす。米国ヴァージニア州ラングレーのCIA本部に戻ったオークスたちは、上司のイェーツと対策を考える。今回の取引には、ヴァスの信頼を得ているポープが不可欠だ。
オークスたちは、ポープの一卵性双生児の弟ジェイク・ヘイズに目を付けた。ヘイズは生まれて間もなく里親に預けられたため、兄がいることなど全く知らない。現在、ヘイズはニューヨークでダフ屋をやっている。恋人ジュリーとは長く続いているが、遊び人気質のヘイズは彼女から愛想をつかされる。そんなヘイズを、オークス達はターナーの替え玉に使おうと考えたのだ。
オークスたちはヘイズに接触して素性を明かし、双子の兄が亡くなったことを告げる。そして彼らはヘイズに、5万ドルの報酬で9日間だけ協力するよう持ち掛けた。高額のギャラに釣られたヘイズは、簡単に承諾した。ヘイズはオークスやシールたちの下、マイケル・ターナーに成り切るための学習をする。わずか3日間で、ヘイズはパッと見ただけならターナーそのものになった。
オークスは本当にヘイズが変身できたかテストするため、彼をターナーが暮らしていたアパートに向かわせる。そこで住人や周囲の人々が不審に思わなければ、合格ということになる。ところが、そこへ刺客が現れてヘイズを襲撃してきた。オークスたちはアパートへ急行し、刺客を屋上へ追い詰めた。だが、刺客はビルから飛び降りて自害した。オークスはヘイズに、襲ってきた男がドラガンの手下だと告げる。テロ組織を率いるドラガンは核爆弾を狙っており、ポープを殺害したのも彼の一味だった。
オークスやヘイズたちはチェコへ渡り、滞在するホテルに到着する。オークスとヘイズはヴァスと会い、取引に関する話し合いをする。ヘイズがホテルに戻ると、ターナーの恋人だったニコールが来ていた。オークスから気付かれないよう注意しろと言われたヘイズだが、キスをしたことで気付かれてしまう。そこへドラガンの手下が現われ、ヘイズの命を狙う。オークスたちが刺客を殺害したが、ニコールは激怒して帰ってしまった。
オークスとヘイズはヴァスから連絡を受け、取引現場へ向かう。無事に取引を終えたところへ、ドラガンの一味が現われた。ヴァスは部下ミシェルの裏切りに遭い、ドラガン一味に殺される。オークスとヘイズは核爆弾を奪い、逃走を図る。しかし激しいカーチェイスの末に、2人は核爆弾を奪われてしまった。
核爆弾を入手したドラガンたちだが、起爆装置のロックを解除するためにはヘイズの網膜認証が必要だった。それを知った彼らは、ヘイズが宿泊していたホテルのフロント係を脅し、通話記録を入手した。ヘイズはホテルから一度だけ、ジュリーに電話を掛けていた。ドラガンたちはジュリーを拉致して人質にし、ヘイズに電話を掛けて彼を呼び出した・・・。

監督はジョエル・シューマッカー、原案はゲイリー・グッドマン&デヴィッド・ヒメルスタイン、脚本はジェイソン・リッチマン&マイケル・ブラウニング、製作はジェリー・ブラッカイマー&マイク・ステンソン、製作総指揮はチャド・オーマン&クレイトン・タウンゼント&ラリー・シンプソン&ゲイリー・グッドマン、撮影はダリウス・ウォルスキー、編集はマーク・ゴールドブラット、美術はヤン・ロールフス、衣装はベアトリス・パストール、音楽はトレヴァー・ラビン。
出演はアンソニー・ホプキンス、クリス・ロック、ピーター・ストーメア、ガブリエル・マクト、ケリー・ワシントン、アドニ・マロピス、ガーセル・ボーヴァイス=ニーロン、マシュー・マーシュ、ドラガン・ミカノヴィッチ、ジョン・スラッテリー、ブルック・スミス、ダニエル・サンジャタ、デヴォン・ローソンJr.、ウィリス・ロビンス、マレク・ヴァサット他。


大物プロデューサーのジェリー・ブラッカイマーが製作し、『評決のとき』『バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲』のジョエル・シューマッカーが監督した作品。
オークスをアンソニー・ホプキンス、ヘイズをクリス・ロック、ヴァスをピーター・ストーメア、シールをガブリエル・マクト、ジュリーをケリー・ワシントン、ニコールをガーセル・ボーヴァイス=ニーロン、ドラガンをマシュー・マーシュ、ミシェルをドラガン・ミカノヴィッチ、イェーツをジョン・スラッテリーが演じている。

この『9デイズ』という邦題を付けた担当者は、観客のことなど全く考えていないと断言する。
この映画、たった9日間で何かを成し遂げなければいけないという時間制限で物語の根幹を成しているわけではない。
そこは別に、1週間でもいいし2週間でもいい。
9日間というのは、劇中で特に意味のある日数ではない。
『13デイズ』辺りにでも便乗したつもりだったのかとも思ったが、便乗するほど大ヒットしたわけでもないし、どういう狙いだったんだろうか。
ジャンル的にも全く違うし。

一応は「大物俳優アンソニー・ホプキンスと人気コメディアンのクリス・ロックによるコンビ」というのが最大の売りになるんだろうが、どっちも完全にミスキャストだ。
アンソニー・ホプキンスについては後述するとして、クリス・ロックは、最初に「優秀なCIA諜報員マイケル・ターナー」として登場するところでダメ。
どう見たって、後で出てくるダフ屋のジェイク・ヘイズと同じで、ちっとも優秀な諜報員には感じられない。
「コメディアンだけどシリアスな芝居も出来ます」という人もいるけど、クリス・ロックって完全なコメディアン・フェイスなんだよな。少なくとも、シリアスなタッチで堅い人を演じるってのは無理がある。

ブラッカイマーとしては新しい黒人スターを作ろうという目論見があったのかもしれんが、だったら最初にエリート諜報員として登場させるのは大きなミスだ。
最初からクリス・ロックはヘイズとして登場させ、ポープに関しては「双子の兄が殺された」と説明し、写真を見せる程度で処理するとかすれば良かったのでは。

最初からオークスはヘイズを替え玉として起用することに乗り気だし、ヘイズはCIAの仕事をすることに積極的だ。
だから、「最初は嫌がっていたヘイズが次第に使命感に燃えたり意欲を燃やしたりするようになっていく」とか、「最初はヘイズを煙たがっていたオークスが次第に好感を持つようになったり助けてやったりするようになる」とか、そういう展開は無い。
ターナーとして行動を始めた後も、ヘイズにはターナーに成り切ろうという意識がほとんど見られない。普通に「お喋りで調子が良くて軽いチンピラのヘイズ」として行動している。
だから、「真面目で堅物なターナーとしてシリアスに演技をするが、ボロが出そうになる、あるいは必死に耐える」といったところでの笑いは全く無い。

悪党グループが2つ存在するのだが、これは話を散漫にしているだけ。
しかも、どっちの悪党のボスも存在感が薄い。
ヴァスなんてピーター・ストーメアがやっているんだから、そこはキャラ設定やシナリオや演出の問題だろう。ヘイズは替え玉として利用されているだけで、ほとんど活躍らしい活躍はしていない。
核爆弾の取引やドラガン一味の退治という部分で最も活躍していたのは、実はヘイズでもオークスでもなく、シールを始めとするオークスの部下たちじゃないかという気もしてしまうぞ。

双子を替え玉に使うという話の入り方や、クリス・ロックを起用していることや、彼に調子良く喋りまくるキャラを演じさせていることなどから考えても、これは明らかにアクション・コメディーとして作られているはずだ。
ところが、なぜかジョエル・シューマッカーはコメディーに対する意識が著しく低い(まあ元から向いていないんだろうが)。
例えば、ヘイズがターナーになるための学習をする場面がある。
アクション・コメディーにするつもりがあるならば、そこではヘイズがターナーらしく振舞おうとしてヘマをやらかすとか、逆に口八丁がたまたま上手く行くとか、笑いを取りに行く姿勢を見るだろう。
だが、ジョエル・シューマッカーには1つ1つのシーンや展開としてコメディーのノリを醸し出そうとする気が一切無い。クリス・ロックを好きに喋らせておけば、それでいいだろうという程度にしか考えていないのである。

そして、アクション・コメディーということにおいて、アンソニー・ホプキンスのミスキャストぶりは甚だしい。この人、最初から本作品に乗り気じゃなかったのか、コメディーに付き合う気が全く無い。
オークス発信で笑いを取りに行く必要は無いが、本来ならば、仏頂面で堅物で頑固な彼が、ヘイズによってコメディーに巻き込まれるべきだろう。例えば『ハード・ウェイ』におけるジェームズ・ウッズのようにだ。
ところが、アンソニー・ホプキンスは「俺はシリアスなサスペンス・アクションをやるから、お前らは勝手にアクション・コメディーをやってくれ」という感じで、全く馴染もうとしていない。
まあ、そもそもコメディーなんぞ出来ないような役者になってしまった人だが、それ以上に本人のやる気が全く無い。

アクションの方でも、アンソニー・ホプキンスは全く動けていない。
クリス・ロックだけを主役に据えると訴求力がキツいと考えたのか、あるいは出資者を納得させられないと考えたのか、ヴェテランの大物俳優を組み合わせるという考えは別にいい。
ただ、アンソニー・ホプキンスじゃなくても、他にヴェテランの大物俳優はいただろうに。

笑いへの意識の薄さに目をつぶり、サスペンス・アクション映画として捉えた場合はどうなのかというと、それでもキツい。アンソニー・ホプキンスに高いギャラが必要だったのか、そもそも製作費が少なかったのかは知らないが、メイン2人の周囲が安い。
メイン2人の配役を変更すれば、あっという間にB級アクション映画の出来上がりだ。

ヘイズがドラガンの手下に狙われる2つのシークエンス、カーチェイス、最後の悪党との戦いと、アクションシーンはそれなりに用意されている。だが、これといった仕掛けもケレン味も無い銃撃とカーチェイスだけでは厳しい。
それに、アンソニー・ホプキンスは年寄りだから動けないし、クリス・ロックは戦いに不慣れな設定のキャラだからアクションで活躍させることは難しい。
そんなわけで、見せ場になるようなアクションシーンは見当たらない。

ふと思ったんだが、これってクリス・ロックを外してアクション系俳優をヘイズ役に据えて、中途半端なコメディーへの色目使いをやめて完全にシリアスなサスペンス・アクションとして作れば、もうちょっと見られるモノになっていたんじゃないだろうか。
どっちにしても、B級のイメージとアンソニー・ホプキンスの場違い感は変わらなかっただろうけど。

 

*ポンコツ映画愛護協会