『タイフーン TYPHOON』:2005、韓国

アメリカ船籍の民間貨物船が、台湾沖で海賊に積み荷を強奪される事件が発生した。その船は、核ミサイル用の衛星誘導装置を密かに運搬 していた。アメリカは中国とロシアに対抗するため日本に核ミサイルを配置することを決め、衛星誘導装置を沖縄へ輸送しようとしていた のだ。アメリカ大統領は韓国大統領に対し、目をつぶるよう依頼する親書を送った。
韓国国家情報院のキム・チュンシクは事件を調査するため、作戦要員を国内から選ぶことにした。アメリカの海軍特殊部隊で訓練を受けた 経験を持つ海軍大尉カン・セジョンが、作戦要員に指名された。セジョンは指示を受け、闇商人ピーターに会うためタイへ飛ぶ。事前に 国家情報院は、アメリカ船舶の盗品を購入するとピーターに誘いを掛けている。
ピーターと会ったセジョンは、犯人グループの頭領シンが脱北に失敗していること、ソムチャイとトトという2人の仲間と共謀して前の ボスを殺して海賊のリーダーになったことを語る。さらにピーターは、シンが衛星誘導装置をロシアに持ち込み、引き換えに核廃棄物を手 に入れるつもりだと告げる。ただしシンは、その前にパク・ウォンシクという男に会うためソウルへ行ったという。
セジョンはチュンシクから、シンの正体についての情報を得る。1983年、脱北者のチェ・ジンギュと家族が中国のオーストリア大使館に 逃げ込んだが、韓国は彼らの亡命を拒否した。そのチェ・ジンギュー家の末弟であるチェ・ミョンシンが、シンである可能性が高いという。 その時、韓国から派遣された外交官がパク・ウォンシクだった。
現在はニューヨーク総領事となったウォンシクは、セミナー出席のため韓国へ戻っていた。セミナー会場に潜入したシンは、トイレで ウォンシクを刺殺した。会場に駆け付けたセジョンは、外へ出てきたシンを発見する。シンは銃撃しながら車に乗り込み、逃走する。 セジョンは後を追うが、シンは港で仲間と合流し、ボートに乗って逃亡した。
セジョンは、ロシアのウスリスクにシンの姉であるミョンジュがいると知り、現地へ向かう。ミョンジュは娼婦となっており、人身売買組織に よってウラジオストクへ連行されていた。現地軍の隊長と3万ドルで取引し、セジョンはミョンジュの身柄を引き取った。セジョンは ミョンシンの使いで来たと嘘をつき、ミョンジュを郊外の家へと連れて行く。一方、シンはウラジオストクを訪れて取引を行い、核廃棄物 30トンを手に入れた。
セジョンはミョンジュを診察した医者から、腫瘍が出来ている上に心臓も弱っているため長くないだろうと告げられる。ミョンジュは セジョンを隙を見て銃を奪った。彼女は、セジョンが政府の人間であり、弟が悪事を働いたため追っていると気付いていた。ミョンジュが 弟と離れ離れになった時、彼は韓国人を皆殺しにすると息巻いていたらしい。セジョンは、ミョンシンが海賊となった積み荷を奪い、殺人 まで犯していることを正直に話した。
1983年、まだ子供だったミョンジュとミョンシンは、ウォンシクから韓国への亡命を約束され、家族や他の脱北者と共にバスで移動して いた。だが、バスは停止し、武装した北朝鮮兵士に包囲された。韓国政府が北朝鮮に脱北者を引き渡したのだ。ジンギュは抵抗し、家族 だけでも逃がそうとする。しかしジンギュは射殺され、逃げ惑う他の者も次々に殺される。何とか逃げ出したミョンジュとミョンシンだが 、食べる物も無かった。食料を盗んで見つかったミョンジュは、男にレイプされた。
セジョンは現地軍隊長を通じてシンと電話で話し、ミョンジュに会いたければウラジオストクへ来るよう告げた。シンはミョンジュと再会 し、号泣して抱き締め合う。同じ時、セジョンと情報員達にチュンシクから連絡が入り、ある指示が伝えられる。衛星誘導装置がロシアに 渡ったことで今回の作戦が無意味となったため、シンとミョンジュを始末せよというのだ。
突然の銃撃を受けたシンは反撃するが、ミョンジュが弾丸を受けてしまう。シンはミョンジュを連れて、仲間の車に乗り込む。セジョンは シンに狙いを定めたが、腹から出血するミョンジュを目撃し、引き金を引くことが出来なかった。韓国に戻ったセジョンは、シンが入手 した貨物船に硫化ヘリウムと核廃棄物を積み込んだとの情報を得た。シンは迫っている2つの台風を利用し、風船で空から核廃棄物を 落とそうと企んでいたのだ…。

監督&脚本はクァク・キョンテク、製作はイ・ミギョン&パク・サングン&ヤン・ジュンギュン、撮影はホン・ギョンピョ、編集は サイモン・K・パク、美術はカン・チャンギル、視覚効果監修はカン・ジョンイク、音楽はキム・ヒョンソク。 出演はチャン・ドンゴン、イ・ジョンジェ、イ・ミヨン、キム・ガプス、デヴィッド・マッキニス、チャタポン・パンタナアンクーン、 ホ・ウク、ソン・ホジン、シン・ソンイル、パク・チャニョン、キム・ランフン、ミン・ジファン、イ・ウンビ、キム・ギヨン、 ソン・ギホン、ナ・インギュ、イ・ソングン、ミン・ソンジュ、イ・ゴンムン、コ・ヒョヌン、キム・ギョンファン、パク・ピョンニョル 、ホン・ウィジョン、ナ・スウォン、ハン・ソンウ、チェ・ジウン、キム・ヘジョン、チョ・ウン、イ・ファン、ミン・ジュノ、カン・ プン、イ・ギョンドク、オ・スンチャン、キム・ヒョンジン他。


韓国映画史上最高の製作費180億ウォンを投入した超大作。
1940年に『タイフーン』というアメリカ映画があるが、当然のことながら無関係。
シンをチャン・ドンゴン、セジョンをイ・ジョンジェ、ミョンジュをイ・ミヨン、チュンシクをキム・ガプス、ソムチャイをデヴィッド・ マッキネスが演じている。
監督は『友へ チング』のクァク・キョンテク。

シンの正体は早々に明かされるのだが、少なくとも彼がパク・ウォンシクを刺殺する辺りまでは単なる悪党として進めた方が、「彼は何者 か、そんな行動に出る理由は何か」という謎で引っ張ることが出来て、効果的だったのではないかと思ったりもする。
これがアクションに特化した映画であれば、そんなところにミステリーなど不要だろう。
だが、そうじゃないのよね。

宣伝からすると、てっきりチャン・ドンゴンが海賊として活躍する、スケールの大きな海洋アクション映画(この際、善玉か悪党かは どうでもいい)だと思っていた。
ところが実際に映画を見てみると、船で行動するシーンさえ、なかなか登場しないのである。
海洋という縛りを外しても、アクションシーンがそれほど多くない。見せ場になるようなアクションも見当たらない。
結局、マトモにシンとセジョンが対決モードに入るのは、終盤ぐらいだろう。
それよりも、政治的なメッセージを訴えようとする説明が多くなっている。

どうやら、韓国映画界が得意とするお涙頂戴テイストで、南北問題を巡る感動のドラマを描こうとする意識が強くあったようだ。
だから涙を誘うために、ミョンジュの幼少時の辛かった回想シーンには、たっぷりと時間が使われている。
ただ、人道主義のメッセージを熱く主張したいようだが、それを誰に対して語っているのかが今一つハッキリしない。

この話は、リアリティーの上にあってこそ成立するお涙頂戴ドラマとなっている。
しかし、アメリカの軍事機密を積んだ船が数名の海賊の襲撃にやられるとか、日米が中国や韓国に内緒で沖縄に核を配備しようとしている とか、あまりリアリティーがあるとは思えないツッコミ所も少なくない。
ただ、良く考えてみれば、これは韓国の映画だ。
きっと韓国であれば、これはリアリティーを感じることの出来る設定・筋書きなのだ。
何しろ、韓国の人々は「松井秀喜は韓国人だ」「忍者のルーツは韓国だ」といった主張を簡単に信じることが出来るぐらい、ピュアな性質 なのだから。

弟思いのミョンジュを登場させたり、幼少時の回想を入れたりすることで、シンに単純な悪党ではなく「同情すべき悲しき復讐者」という イメージを与えようとしている。
しかし、彼の行動に人間的な弱さや凶悪犯罪へのためらいが全く見られないのが大きなネックとなり、もはや同情できる域を超えている。
自爆テロを起こすイスラム過激派に同情できないのと同じようなモンだ。
どんな理由があろうとも、テロを起こした時点で何の関係も無い人々を犠牲にしているわけで、ただの凶悪な犯罪者でしかない。

シンは復讐に燃える凶悪犯でありながら姉と再会して号泣する一面も見せるが、しかし全体的には単純なキャラクターとしてまとまって いる。
「ミョンジュと再会して自分の行動に対して少なからず迷いが芽生えるが、またも韓国が卑怯なことに姉を殺したため、今まで以上 に復讐心を強めた凶悪犯になる」といったような心情変化のドラマは描かれない。
単純化されているのはシンだけではなく、セジョンも同様だ。シンとミョンジュの悲しい過去を知った彼は、姉弟を再会させた直後、2人 を政治的な理由で始末するよう命じられる。
そこから、シンに同情しながらも任務を遂行せねばならぬ複雑な思い、葛藤や逡巡の心理劇が展開していくのかと思いきや、逃げるシン への銃撃をためらうだけで、後は粛々とプロフェッショナルとして仕事をしていく。
シンへの同情心や苦悩は、根っからの軍人魂によって簡単に打ち消されてしまったようだ。

終盤に入ると、シンは「敵が来る前にボートで逃げろ」と告げて、仲間思いの一面を見せる。
それに対して、仲間は銃を取ってシンと共に戦う態度を示す。
ただ、それまでの展開の中でシン個人の問題ばかりがフィーチャーされており、仲間との関係描写は薄いため、そこだけ仲間の絆を アピールされてもピンと来ない。
そもそも、シンは復讐という個人的な目的があるが、なぜ仲間は彼に付いていくのだろうか。
政府に金を要求しているわけでもないし、何のメリットも無いはずだが。

セジョンたちがシンの貨物船に乗り込む終盤の部分は、唯一と言ってもいい「見せ場に成り得るアクションシーン」である。
ところが、そこも散発的な映像となっているため、ググッと迫ってくるような流れに欠ける。
おまけに、肝心のシンはメソメソしていて使い物にならない。
ようやくシンがやる気を見せた頃には、セジョンと2人だけになっている。
じゃあタイマン勝負が盛り上がるのかと言うと、感情のうねりは無いし、映像としても切れ味の鋭さが無いし、低調なまま終了している。

(観賞日:2007年8月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会