『ターボ』:2013、アメリカ

カタツムリのティオは、インディー500でルーキーイヤーから活躍しているレーサーのギー・ガニエに憧れていた。彼は住まいにしているガレージで夜になると必ず、ガニエのレース映像を録画したビデオテープを見る。そして自分もレーサーとして参加し、対決する妄想を膨らませている。ティオはガニエのインタビューのコメントを丸暗記するほど、彼の大ファンだ。ガニエの「夢に大きすぎる物など無い。夢は見られる、小さき者でも」という言葉は、レーサー志望のティオに勇気を与えていた。
ティオは同じ敷地内に住むカタツムリたちが集まって朝の収穫作業へ行く時も、レースのことばかり考えていた。兄のチェットから皮肉を言わせても、彼は全く気にしなかった。1匹のカタツムリが飛んで来た鳥に食べられるが、いつものことなので仲間は淡々としていた。トマトの収穫作業に入っても、ティオは「ターボ」というレーサー名で自身を実況し、レースをしている妄想に浸った。リーダーのカールは不快感を示し、チェットに「ちゃんと弟と話せ」と要求した。
スピードへの憧れを抱き続けるティオに、チェットは「全ての生き物には能力の限界がある。カタツムリは速く進めない」と説く。彼は現実を見て幸せになるよう諭すが、ティオは全く聞き入れようとしなかった。その夜もティオはテレビでガニエのインタビュー映像を見るが、誤ってテレビを壊してしまった。翌朝、彼が落胆していると、チェットは「良かった。テレビさえ無ければ、お前もガレージから出てくるだろ」と告げた。
大きなトマトが畑から落下したので、カタツムリたちは興奮した。しかし芝生へ転がり出てしまったので、全員が諦めた。芝生に出ると隠れる場所が無いため、そこまでの危険を冒すつもりは無かったのだ。しかし人間が芝刈り機を使い始める中、ティオはレースをイメージしてトマトを取りに向かう。本人のイメージでは随分とスピードが出ているつもりだったが、実際はノロノロと移動しているだけだった。危うく芝刈り機に潰されそうになるティオだが、チェットがホースの放水で弾き飛ばしたおかげで助かった。
ティオはチェットから、「死ぬ所だったんだぞ、目を覚ませ」と叱責される。その夜、沈んだ気持ちのまま外へ出たティオは、ハイウェイを走る何台もの車を眺めた。トラックに吹き飛ばされた彼は、公道レースを始めようとするスポーツカーのボンネットに落下した。車が走り出すと、彼は自分がレースをしている気になった。調子に乗っていた彼はスーパーチャージャーに転がり落ち、ニトロを浴びた。車外へ放り出されたティオは、意識を失った。
翌朝、目を覚ましたティオがガレージに戻ると、両目からハイビームが出たり体からサイレンが鳴ったりした。ガレージを出たティオは、急に口から音楽が流れ出したので動揺する。家に住む男児はティオに気付き、三輪車で踏み潰そうとした。慌てたティオは逃げようとした時、自分が高速で移動できることに気付いた。浮かれた彼は男児を挑発し、家の中へ退散させた。しかし調子に乗ったティオは、誤って三輪車を畑に突っ込ませてしまった。激怒したカールは、ティオとチェットにクビを通告した。
チェットはティオに憤慨し、「ずっとお前を庇い、お前のために戦い、謝って来た。その結果が、このザマだよ」と告げる。その直後、彼はカラスに連れ去られるが、猛スピードで追い掛けたティオが救助する。しかし2匹とも、通り掛かったタコストラックを運転していたティトに捕まった。ティトは2匹をトラックに乗せ、スターライト・プラザというモールへ戻った。モールにはタコス屋「ドス・ブロス・タコス」があり、ティトの兄であるアンジェロが経営していた。
ティトはモールで働くボビー、キム、パズと共に、カタツムリのレースに興じていた。ティオとチェットはスムーヴ・ムーヴ、バーン、スキッドマーク、ホワイト・シャドウという4匹のカタツムリと並べられ、レースに参加させられた。チェットは全く興味を示さなかったが、ティオは圧倒的なスピードを披露してティトたちを驚かせた。田舎の庭カタツムリだとバカにしていたスムーヴ・ムーヴたちも、そのスピードに驚愕した。名前を訊かれたティオは、「ターボだ」と得意げに告げた。ティトはターボに「お前は最高だ」と声を掛けるが、アンジェロから仕事をサボッっていたことで叱責された。
その夜、スムーヴ・ムーヴたちはリーダーのウィップラッシュを連れて、ターボの元に現れた。ウィップラッシュはターボに、「お前の速さは金になる。俺たちの仲間にしてやってもいいぞ」と告げる。ターボが「アンタたちって明らかにスローじゃん」とバカにした態度を取ると、ウィップラッシュは看板までのレースを要求した。ターボは余裕で勝利すると確信するが、ウィップラッシュたちは電線を伝うことでスピードを出した。ターボはレースに負けたものの、ウィップラッシュたちの戦いぶりに「イカしてる」と興奮した。
スターライト・プラザは寂れたモールであり、まるで客は来なかった。ティトはターボを使って客を呼び込もうと考え、看板を作成する。しかし成果は全く上がらず、ターボに「俺の脳味噌と君のスピードで偉業を成し遂げられるはずじゃん。だからビッグに考えなくちゃ」と言う。彼がコマーシャルやトークショーへの出演を妄想している時、モールの前をインディー500の宣伝用トラックが通り掛かる。ターボはトラックのロゴマークを走り回り、自分の望みをティトにアピールした。
ティトはアンジェロに、「あのカタツムリをインディー500に出場させたい」と言う。アンジェロは呆れるが、ティトは「調べてみたけど、カタツムリがレースに出られないルールは無いんだ。必要なのは参加費用の2万ドルだけ」と話す。彼はトラックを売る考えを明かすが、アンジェロは「俺たちの全財産をカタツムリに注ぎ込むのか」と激怒した。そこでティトはボビーたちに自分の計画を話し、「このスターライト・プラザを変えられるチャンスがある」と訴える。しかし彼が出資を要請しても、3人は賛同しなかった。
ウィップラッシッュたちはターボに「インディアナポリスへ行くぜ」と言い、策略を用いて観光バスをモールに停止させた。ティトはターボのスピードを観光客に披露し、モールの売り上げアップに貢献した。アンジェロはタコスが売れたことを喜ぶものの、「インディーに出れば、もっと宣伝になる」というティトの意見には同意しなかった。しかしボビーたちが金を出してくれたので、ティトの希望は叶うことになった。
ティトやボビーたちはトラックに乗り、インディアナポリスへ向かった。ティトがレースの登録名を考えていると、ウィップラッシュたちが「ターボ」という絵文字を作った。ティトはモーター・スピードウェイに到着するが、ターボをレースに参加させるための名案があるわけではなかった。彼は登録窓口へ行くが、ルーキー・テストを受けていないので追い払われた。ターボはガニエが取材を受けている様子に気付き、それを利用するようティトを導いた。
ターボはサーキットを走行し、余裕で予選を通過するタイムを叩き出した。その様子をサーキットで見ていた少年が撮影し、動画がネットで拡散された。テレビ番組や新聞も取り上げる大きな話題となる中、インディーのCEOは会見を開いてターボの出場を却下した。ティトは再考を求めるが、CEOは決定を覆さなかった。キムが反発して「走らせろ」と大声で言い、会見に参加していた人々にも同調を求めた。その様子を見ていたガニエは「観客が見たがっている」と訴え、キムたちの味方になった。CEOが許可を出し、ターボはガニエが自分を信じてくれたと感じる。しかしガニエは自分のレースに注目を集めるため、ターボを利用しただけだった…。

監督はデヴィッド・ソーレン、原案はデヴィッド・ソーレン、脚本はデヴィッド・ソーレン&ダーレン・レムケ&ロバート・シーゲル、製作はリサ・ステュワート、共同製作はスーザン・スレイグル・ロジャース、編集はジェームズ・ライアン、プロダクション・デザイナーはマイケル・アイザック、視覚効果監修はショーン・フィリップス、アート・ディレクターはリチャード・ダスカス、ヴィジュアル・コンサルタントはウォーリー・フィスター、アニメーション監修はデニス・クーチョン&ジョン・ヒル&マレク・コックアウト&ベン・ラッシュ&ダン・ワグナー、音楽はヘンリー・ジャックマン。
声の出演はライアン・レイノルズ、ポール・ジアマッティー、マイケル・ペーニャ、サミュエル・L・ジャクソン、ルイス・ガスマン、ビル・ヘイダー、スヌープ・ドッグ、マーヤ・ルドルフ、ベン・シュワルツ、リチャード・ジェンキンス、ケン・チョン、ミシェル・ロドリゲス、マイケル・パトリック・ベル、マリオ・アンドレッティー、エイダン・アンドリュース、アーロン・バーガー、ジェン・コーン、ライアン・クレゴ、リッチ・ディートル、ポール・ドゥーリー、デレク・ドライモン、スーザン・フィッツァー、ダリオ・フランチッティー、ブライアン・ホプキンス、ジョセフ・イッツォ他。


ドリームワークス・アニメーションが『クルードさんちのはじめての冒険』の次にリリースした長編アニメーション映画。
TVアニメ『メリー・マダガスカル』を手掛けたデヴィッド・ソーレンが、初の映画監督を務めている。
脚本は『シュレック フォーエバー』『ジャックと天空の巨人』のダーレン・レムケ、『レスラー』『鉄板ニュース伝説』のロバート・シーゲル、デヴィッド・ソーレン監督による共同。
ターボの声をライアン・レイノルズ、チェットをポール・ジアマッティー、ティトをマイケル・ペーニャ、ウィップラッシュをサミュエル・L・ジャクソン、アンジェロをルイス・ガスマン、ガニエをビル・ヘイダー、スムーヴをスヌープ・ドッグ、バーンをマーヤ・ルドルフ、スキッドマークをベン・シュワルツ、ボビーをリチャード・ジェンキンス、キムをケン・チョン、パズをミシェル・ロドリゲスが担当している。

導入部でティオ(ターボ)が心に刻むギー・ガニエの「夢に大きすぎる物など無い。夢は見られる、小さき者でも」という言葉は、この映画が観客に向けて発信しているメッセージでもある。
「夢は諦めなければ必ず叶う」という、悪く言えば使い古されたようなベタベタなメッセージを、この映画は発信しているのだ。
夢が叶わないことなんてザラにあるが、これが子供向け映画であることを考えれば、そういう前向きなメッセージを提示することがダメだとは言わない。
ただ、そのメッセージと話の中身が、まるで合っていないのだ。

根本的な問題として、ターボの抱いている夢は、普通では絶対に叶えられないモノだ。
ガニエは「夢に大きすぎる物など無い」と言っているが、実際には「大きすぎる夢」ってのが幾らでも存在するのだ。
チェットはターボに「全ての生き物には能力の限界がある。カタツムリは速く進めない」と説いているが、その言葉には全面的に賛同する。
ターボがレーサーになってガニエと勝負する夢を抱くのは、あくまでも妄想としてなら一向に構わないが、「現実に叶えようとする目標」としては、「いや無理だし」と言いたくなるモノだ。

ターボの描いている夢は、人間に例えるならば、「何の道具にも頼らず、生身の体だけで空を飛びたい」と言っているようなモノなのだ。
そんなのは、人間の能力では絶対に不可能だ。
ターボにしても、カタツムリの能力では絶対に叶わない夢なのだ。それを「必ず叶う夢」として提示されても、無理が有り過ぎる。
そこで、どうやってターボの夢を叶えるかというと、この映画は「ニトロを浴びて特殊能力を身に付ける」という方法を持ち込んでいる。
だけど、それって反則でしょ。

「ニトロを浴びることによってレーサーの能力を身に付ける」ってのは、言ってみりゃドーピングみたいなモンだ。それによって夢を叶えるという話は、なんか違うんじゃないかと。
それだと、「夢を叶えるためなら、どんな方法を使っても構わない」ってことにならないか。
序盤で提示されているメッセージからすると、ターボは自身の工夫や努力によって夢を実現すべきじゃないのか。
だけど実際には、薬物摂取によって偶然に得られた特殊能力だけで夢を叶えており、何の努力もしていないのだ。

たぶんアイデアとしては、アメコミ映画からの着想があるんじゃないかと思われる。
バットマンにしろスパイダーマンにしろ、やたらと苦悩するスーパーヒーローが多くなったので、「身に付けた特殊能力を能天気に受け入れる」というアンチテーゼ的なイメージがあったんじゃないかと。
そうだとしたら、いかにもドリームワークス・アニメーションらしいヒネクレ根性だし、何の文句も無く歓迎できることだ。
ただ、それと「大きな夢を叶える」という話を組み合わせたのが失敗で、まるでマッチしていないのだ。

ターボが速く動けることを知ったティトが、それを店の宣伝に使おうと考えるのは分かる。
ただ、そこから、すぐに「インディーに出場させよう」とするのは、かなり強引だと感じる。
それはターボがインディーに出たいことをアピールしたからだけど、そもそも「ターボがインディーへの出場を訴える」ということ自体が拙速に感じるのよ。
仮に主人公が人間だったとして、いきなりスピードが出せるようになったからって、そう簡単にインディーなんて出られないわけで。

人間にとってもインディーってのは夢の舞台であり、そう簡単に参加できるモノではない。そのためには、それなりの努力が必要だ。その工程を、ターボは思い切りスッ飛ばしているのだ。
エキシビジョンならともかく、正式なレーサーとして参加するということなので、それは乗れない筋書きだわ。
例えばサッカーが得意な少年が「ワールドカップに出たい」という夢を抱いていて、それが簡単に実現する物語を見せられたとしたら、それを面白いと思えるだろうか。
完全に「おバカなコメディー」に徹しているなら、まだ分からなくもない。だけど、「夢を叶える熱いドラマ」としては、絶対にダメでしょ。

カタツムリだけどなく人間のキャラクターも大勢出て来るのだが、まるで上手く扱い切れていない。
そもそもターボが憧れる相手は人間のギー・ガニエだし、インディーってのは人間たちのレースだから、人間のキャラクターが何人も登場するのは当然だ。
それに「ターボがインディーに出場する」という筋書きを成立させるためにも、人間の力を借りる必要があるしね。
ただ、人間のキャラクターを登場させることによって、「捌き切れない余計な要素」が入って来るのだ。

そもそも「ターボとチェットの兄弟の絆」という要素が、序盤で提示されている。
だから当然のことながら、「反目していた兄弟が仲直りする」「チェットがターボを認める」といったドラマが必要になる。
また、ターボはウィップラッシュを始めとするカタツムリたちと遭遇するので、そこでの関係を描く必要もある。
もちろん、ターボがレーサーとしてインディーで活躍するドラマも描かなきゃいけない。それに関連して、ガニエとのライバル関係も描く必要がある。

そうなると、さらに「ティトとターボの絆」とか「ティトとアンジェロの兄弟関係」とか「モールの仲間たちの友情」といった要素まで盛り込むことによって、明らかに処理能力を超過しているのだ。
ひょっとすると、「ターボとチェット」と「ティトとアンジェロ」という2つの兄弟関係を重ね合わせる狙いがあったのかもしれないが、だとしても成功しているとは言い難い。
あと、「寂れたモールの活性化」ってのは、ターボには何の関係も無い問題なのよね。そのモールに恩義があるわけでもないしさ。
だから、そういった要素は排除して、「レーサー志望のターボが夢を叶える物語」に絞り込んだ方が良かったんじゃないかと。

ウィップラッシュたちが「インディアナポリスへ行きたい」ってことで観光バスを停止させる策略を取るのは、ちょっと不自然さを感じる。
それまでの彼らは、インディーに対して何の興味も示していなかったのに。ターボやティトがインディーのことを話す時も、そこに同席していなかったから、唐突な行動に思える。
あと、「大勢の観光客を呼び寄せて金を稼ごう」ってことなのかと思ったら、1台の観光バスを停めるだけなのよね。
そんでボビーたちがティトに出資する流れになるんだけど、これも違和感を覚える。たった1台のバスが停まっただけで大金をカンパするって、無理があるだろ。

インディアナポリスへ行けると決まった時点で、ターボは「レースに出場できる」と思い込んでいる。実際は無理なんだけど、そこも簡単にクリアできてしまう。
この話、ホントは高いハードルが幾つもあるはずなんだけど、何の苦労もせずに全てクリアしちゃうのだ。
だからレースへの出場が許可されても、これっぽっちも高揚感が湧かない。
ターボは壁にぶつかることも無く、挫折することも無く、懸命に努力することも無く、落ち込むことも無く、軽々と夢を叶えてしまうので、そんな奴を応援する気にならんわ。

そもそもターボって、車に乗っていないでしょうに。
「カタツムリだからレースに出場できない」という問題をOKとするにしても、「車を運転する」というルールを守らない奴が出場できちゃうのはメチャクチャでしょ。
これが単純に走るスピードを競う競技なら別にいいよ。
だけどインディー500ってのはモータースポーツであり、カーレースなのよ。
荒唐無稽な話だからって、何をやってもいいわけではない。「カーレース」という最低限のルールぐらいは、ちゃんと守らないとダメだわ。

(観賞日:2017年4月10日)

 

*ポンコツ映画愛護協会