『トムとジェリーの大冒険』:1992、アメリカ
トムは飼い主の女性が一軒家から高級アパートへの引っ越しを決めたため、トラックの荷台に乗り込んだ。ジェリーが乗って来ると、トムは追い払って一軒家の穴に閉じ込めた。その間にトラックが走り去ったため、トムは慌てて後を追う。しかし野良犬に遭遇したため、トムは逃げ出した。トムは元の家へ戻り、家財道具が無くなった部屋で一夜を過ごした。翌朝、重機が家の取り壊しを始め、トムは急いで逃げ出した。しかしジェリーを閉じ込めたままだと思い出し、慌てて助けに戻った。
行く当ても無く街を歩いていたトムとジェリーは、路地裏で喧嘩を始めた。野良犬のパグジーと相棒でノミのフランキーが仲良くするよう諭しても、トムとジェリーはいがみ合いを続けた。パグジーは夕食の準備を始めるが、2人の男たちに捕まってトラックで連れ去られた。トムは何も知らずに残飯を漁るが、路地裏の猫たちに見つかった。トムは野良猫たちに襲われ、慌てて逃げ回る。するとジェリーが路地裏の猫たちを撃退し、トムを助けた。
路地裏を去ったトムとジェリーは、家出少女のロビンと出会った。ロビンは赤ん坊の頃に母を亡くし、父は雪山で遭難していた。ロビンは留守を預かったフィッグが女王のように振舞っていること、自分の部屋を奪って犬のフェルディナンドに与えたこと、いつも馬鹿にしていることを語り、父の秘密の小屋へ向かうつもりだと話す。トムとジェリーは「まるで理解できない。家に戻るべきだ」と言い、ロビンが「フィッグは腹黒して意地悪だ」と話しても「誤解だろ。今頃は心配して捜しているはずだ」と述べた。
フィッグは警官にロビンの捜索を依頼するが、心配する気持ちは微塵も無かった。ロビンの捜索を依頼したのは、彼女の父から預かった金を使えなくなって家を追い出されるからだ。悪徳弁護士のリックブートはフィッグに、「ロビンの父が生きている噂もある。それが事実なら、我々は終わりだ」と語った。警官がロビンを見つけて屋敷へ連れ戻り、トムとジェリーも同行した。ロビンはフィッグに、トムとジェリーを家に置いてほしいと頼む。フィッグは嫌がるが、警官がいるので仕方なく承諾した。警官が去ると、フィッグはロビンに「食事は抜きだ」と冷たく通告した。
翌朝、トムとジェリーはフェルディナンドと争い、台所を激しく荒らした。フィッグはロビンに、「町外れに住む獣医のアップルチークに2匹を預ける」と語る。リックブートはフィッグに、ロビンの父がチベットの小屋に運び込まれたことを知らせる電報を渡した。フィッグは「2人の秘密よ」と言い、電報を丸めて暖炉に投げ捨てた。会話を盗み聞きしていたジェリーは電報を拾い、トムに知らせた。ロビンに知らせようとしたトムとジェリーだが、フィッグとフェルディナンドに捕まってしまった。
フィッグはアップルチークの元にトムとジェリーを連行し、謝礼を約束して始末するよう依頼した。アップルチークは2人の手下を使って動物を集め、高額で売り飛ばしていた。檻に入れられたトムとジェリーは、捕まっていたパグジーとフランキーに再会した。ジェリーは檻を抜け出し、コントロール装置のボタンを押した。全ての檻が開き、動物たちは一斉に逃げ出した。トムとジェリーはロビンの元へ行き、父の存命を伝えた。ロビンはチベットへ行くことを決め、部屋の窓から脱出した。
トム、ジェリー、ロビンは筏を見つけて川を下るが、すぐに壊れてしまった。フィッグはリックブートから、ロビンが大事にされていると証明しなければ預かっている金は使えないことを聞かされた。フィッグとリックブートはロビンを連れ戻すため、ミルクのパッケージに「ロビンを見つけた人には100万ドルを進呈する」という嘘の賞金広告を出した。トムとジェリーと離れ離れになったロビンは岸に漂着し、遊園地を所有するキディー船長と航海士人形のスコークに救われた。トムとジェリーも岸に辿り着き、ロビンのロケットを見つけた。キディーはロビンに親切にしていたが、広告を見てフィッグに電話を掛けた…。製作&監督はフィル・ローマン、脚本はデニス・マークス、製作総指揮はロジャー・メイヤー&ジャック・ペトリク&ハンス・ブロックマン&ジャスティン・アッカーマン、共同製作はビル・シュルツ、クリエイティブ・コンサルタントはジョセフ・バーベラ、歌曲作曲はヘンリー・マンシーニ、歌曲作詞はレスリー・ブリックス、伴奏音楽はヘンリー・マンシーニ、音楽監修はシャロン・ボイル。
声の出演はリチャード・カインド、デイナ・ヒル、アンディー・マカフィー、シャーロット・レイ、トニー・ジェイ、エド・ギルバート、リップ・テイラー、ヘンリー・ギブソン、マイケル・ベル、マイケル・ベル、デヴィット・L・ランダー、ハワード・モリス、シドニー・ラシック、レイモンド・マクロード、ミッチェル・D・ムーア、スコット・ウォヤーン、ティーノ・インサーナ、ドン・メシック、B・J・ウォード、グレッグ・バーソン他。
ウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラが生み出した『トムとジェリー』シリーズのアニメーション映画。
これまで短編アニメ映画は多く製作されてきたが、長編映画は初めて。そして34年ぶりに劇場公開された作品でもある。
監督はTVアニメ『がんばれ!スヌーピー』や『ガーフィールド』のフィル・ローマンで、映画を手掛けるのは初めて。脚本はTVアニメ『スペースファミリー/ジェットソンズ』のデニス・マークス。
トムの声をリチャード・カインド、ジェリーをデイナ・ヒル、ロビンをアンディー・マカフィー、フィッグをシャーロット・レイが担当している。
日本語吹替版ではトムの声を堀内賢雄、ジェリーを堀絢子、ロビンを篠原涼子、フィッグを小林幸子が担当した。粗筋でも書いたように、冒頭でトムは飼い主の女性に誘われて引っ越し先へ向かおうとしている。そのトムがトラックに乗り遅れたのに、なぜ飼い主は全く捜していないのか。
トラックにいないと気付いたら慌てて捜索するはずだし、その流れで元の家にも戻って来るはずで。そういう動きが皆無なのは、あまりにも不可解だ。
一方、トムも飼い主を全く気にせず、早く会いたいとも思っちゃいないのは不可解だ。
最終的にトムは「ロビンに飼われて幸せ」みたいなことになっているけど、元の飼い主との関係性はゼロなのかよ。トムとジェリーはロビンからフィッグのことを聞かされた時、「フィッグが悪い人ってのは誤解であり、きっと今頃は必死に捜している」と言う。
2匹とも全面的にフィッグを擁護する立場に回るのだが、なぜなのかサッパリ分からない。
そんなに人間を好意的に解釈して信用するタイプでもないはずでしょ。
これが「ロビンが家に戻れば、一緒に付いて行って自分たちも住まいと飯にありつける」みたいな打算があるなら分からんでもないが、そういう裏は無い様子なので、キャラの動かし方が不自然すぎると感じるぞ。あと、フィッグはロビンがいないと困る立場なのに、陰険な嫌がらせを繰り返して家出したくなるほど追い込むのは変でしょ。
彼女にしてみれば、ロビンを手懐けておけば裕福に暮らせるわけだから、もっと利口に立ち回れと言いたくなる。
もしイジメを重ねるなら、それでもロビンが家に留まるように、弱みを握ったり脅しを掛けたりしておくべきでしょ。警官が連れ戻した後も、また嫌がらせを繰り返すので、学習能力が無いのかと言いたくなるし。
ヴィランとして分かりやすいキャラ造形にしてあるのは分かるけど、あまりにもアホすぎる言動は「ディティールとして粗すぎる」と感じるぞ。TVシリーズを見たことがある人なら、「トムとジェリーは言葉を喋らない」ってことは良く御存知だろう。ところが、この映画では開始から10分ぐらい経った辺りで、トムとジェリーが台詞を喋り出す。
さすがに「当たり前の光景」として片付けるのはデリカシーが無いと思ったのか、喋った直後に顔を見合わせて「口が利けたのか」と言う手順を用意している。
でも、「それで何の問題も無い」とはならんぞ。
どんな演出を付けようが、どんな言い訳をしようが、トムとジェリーが喋っている時点で違和感は強い。
それを好意的に受け入れられる材料は、何も無いよ。実を言うと、1940年代にデビューしたトムとジェリーは、初期のアニメ作品では喋っているケースもあった。しかし前述したように、長く続いたTVシリーズでは、もう「トムとジェリーは喋らないキャラクター」ってのが広く認知されている。
そこの基本ルールを破っても、メリットよりもデメリットの方が遥かに大きいでしょ。
例えば「原点回帰」ってことでトムとジェリーに喋らせているのかというと、そういう意識があったわけでも無さそうだし。
トムとジェリーに普通に台詞を喋らせることで、ファンを失望させたり反感を買ったりする恐れが高いとは、全く思わなかったのだろうか。ロビンはトムとジェリーに人間の言葉で声を掛けられても、全く驚かず普通に会話を交わしている。フィッグとフェルディナンドも、普通に喋る。
この映画は、人間と動物が普通に会話できる世界観なのかよ。
もうさ、色んなトコでコレジャナイ感が強いわ。
TVシリーズと同じ絵柄で、見た目からは同じ世界観に思えるのに、まるで別物になっているんだよね。
なので、そりゃあ評判が悪くてコケたのも当然だろうなと思うぞ。普通に考えれば避けるべき「改悪」を持ち込んでまでトムとジェリーに喋らせた理由としては、「長編でメインキャラが全く喋らないのはキツい」ってことが考えられる。
84分の上映時間を台詞無しで進めるのは、何かと不便なことが多くなるかもしれない。ただ、それでも上手くやれば何とかなりそうなので、言い訳としては弱い。
そもそも、長編映画を作ったこと自体、どうかと思うし。『トムとジェリー』という作品のフォーマットを考えると、短編が適したコンテンツじゃないかと思うので。
長編映画を作るにしても、複数のショートコントを串刺し式にする構成の方が少しはマシだったんじゃないかと。他にトムとジェリーを喋らせた理由を考えると、「登場キャラに歌わせたかったから」ってことだろうか。
ここまで触れて来なかったが、この作品、ミュージカル映画なのだ。
トムとジェリーだけでなく、パグジー、フランキー、路地裏の猫たち、フィッグ、リックブート、アップルチーク、ロビン、キディー、スコークに歌唱パートが用意されている。
ただ、これも「そもそもミュージカルにしている時点で、いかがなものか」と感じるんだよね。「子供向けアニメでミュージカル形式」と言えば、たぶん多くの人がディズニー作品を連想するのではないだろうか。
それは大正解であり、ようするに本作品はディズニー映画の安い模倣にしか思えないのだ。
しかも、ミュージカルシーンの映像にしても楽曲にしても、そんなに魅力は感じられないし。
なので、「単に中身が薄いから、何度もミュージカルパートを挿入して水増ししているだけ」という印象か強い。
まあ実際、物語の中身は薄っぺらいからね。(観賞日:2024年5月12日)