『ツーリスト』:2010、アメリカ&フランス

フランスのパリ。車内に潜んだ刑事たちが、アパルトマンの一室を監視している。アパルトマンから出て来たエリーズ・クリフトン・ ワードを、刑事たちは車で尾行する。いつものカフェに入ったエリーズの様子を、事前に張り込んでいた刑事たちが観察する。自転車便の 配達人が、エリーズに手紙を届けた。刑事たちは、スコットランド・ヤードのジョン・アチソン警部に電話で報告を入れる。自転車で 去ろうとした配達人を、刑事たちが逮捕した。
エリーズが受け取った手紙には、APのイニシャルがあった。アレクサンダー・ピアースからの手紙だ。文面を読むと、「警察の監視を 逃れ、8時22分にリヨン駅を出る列車に乗り、僕の体付きに似た男を選べ。この手紙は燃やせ」という指示があった。エリーズは手紙を 燃やして店を出る。刑事たちは灰を集めて鑑識に回し、また尾行する。エリーズは時刻を確認し、刑事たちにチラッと視線を向けてから、 地下鉄の構内へ下りて行った。ちょうど列車を降りた客が出て来るタイミングだったため、追い掛けた刑事たちは行く手を塞がれた。その 間に、エリーズは列車に乗り込んだ。
スコットランド・ヤードは、アレクサンダー・ピアースという男の行方を追っていた。アチソンは、アレクサンダーが犯罪組織の親分 レジナルド・ショーから盗んだ金を整形手術に注ぎ込み、顔を変えていると推測していた。配達人を調べた結果、ピアースではないことが 判明する。アチソンは上司のジョーンズ主任警部から皮肉を言われる。ピアースは組織の金を盗んだ他に、7億4400万ポンドの脱税行為を 働いている。しかし既に800万ドルの経費を使っていたため、ジョーンズは捜査の中止をアチソンに命じた。
刑事たちは灰を分析し、エリーズが8時22分のリヨン駅発の列車に乗ると突き止める。エリーズはヴェネツィア行きの列車に乗り込み、 アレクサンダーに体付きの似た男を捜す。彼女はアメリカ人教師フランク・トゥーペロとに目を留め、声を掛ける。エリーズとフランクは 列車内の食堂車へ移動し、会話を交わす。列車に乗り込んでいた刑事2名はフランクの写真を携帯電話で撮影し、アチソンに送信した。 アチソンは捜査中止の指示を無視し、部下に人物検索を依頼した。
フランクは刑事たちの視線に気付き、エリーズに「あそこの2人、僕らを見てる」と告げる。サンタルチア駅で待機する刑事たちには フランクの写真が配られ、列車が到着したら逮捕するよう指示が出された。しかし検索の結果、フランク・トゥーペロが実在していること が判明した。3年前に交通事故で妻を失った旅行者の顔写真と完全に合致したのだ。身許が確認されたため、列車が駅に着く直前になって 、待ち伏せていた刑事たちは解散した。
スコットランド・ヤードのピノック分析官は、ショーの一味と密かに通じていた。彼はフランクがアレクサンダー・ピアースだと誤解した まま、そのことをショーに連絡し、「ピアースはエリーズと共にベネツィアに入った」と告げた。ヴェネツィアに到着したフランクは、 船に乗ったエリーズから「一緒に乗らない?」と誘われた。船がホテル・ダニエリに到着すると、ポーターはフランクの荷物も運んだ。 フランクが付いて行くと、エリーズはフロント係に「夫婦です」と説明した。
エリーズとフランクは、最上級の部屋に案内される。室内には、ピアースからエリーズへの贈り物が用意されていた。ショーは手下を 引き連れ、自家用機でヴェネツィアに到着した。彼は手下たちに「女は殺してもいいが、男は金を取り戻すまで殺すな」と指示した。 エリーズとフランクがレストランで夕食を取って部屋に戻ると、ピアースからの封筒が置かれていた。その中には、明後日の夜に開かれる 舞踏会への招待状が入っていた。
エリーズは窓から外に目をやり、ショーの手下が見張っていることに気付く。彼女がフランクに窓際でキスすると、見張りの男が撮影した 。フランクは寝室に入ったエリーズを追い掛けようかどうか迷うが、結局はソファーで眠りに就いた。翌朝、ウェイターのグイドが朝食を 運んで来て、フランクは目を覚ました。エリーズは既にホテルを発っていた。部屋にショーの手下たちがやって来たため、フランクは窓 から逃げ出した。その様子を目撃したエリーズは、フランクの名を大声で呼んだ。
エリーズの監視を担当していた刑事はアチソンに連絡を入れ、フランクが男たちに命を狙われていることを告げる。しかしアチソンは 「無関係だ。我々の注意を逸らすための、エリーズの作戦だ。命令通り、彼女の監視だけを続けろ」と命じる。フランクはバルコニーから 果物市場に飛び降りたところで、警官とぶつかってしまう。その警官が川に転落した後、フランクは別の警官たちに逮捕された。
フランクは警察署に連行され、ロンバルディー刑事の取り調べを受ける。フランクは「パリからの列車で女性と出会い、ホテルに連れて 行かれた。事情は知らないが、彼女の恋人は命を狙われている。僕はその男に間違えられたんだ」と説明するが、ロンバルディーは「君の 話は不可解だ。事実関係を調べる」と言って彼を拘留した。夜になり、ロンバルディーはフランクに手錠を掛けたまま、船で連れ出した。 ロンバルディーは「君の言っていた男はアレクサンダー・ピアースだ。組織から大金を盗んでヴェニスへやって来た。組織はピアースに 懸賞金を懸けている」と説明した。
ロンバルディーが船を岸に繋ぐと、そこにショーの手下のレビャートキンたちがやって来た。ロンバルディーはフランクを売ったのだ。 しかしロンバルディーが金を受け取っている間に、エリーズが船でフランクの救出に駆け付けた。エリーズとフランクは一味に追われるが 、何とか逃亡に成功する。レビャートキンはショーの元に戻り、任務の失敗を報告した。ショーは冷徹な態度で彼を粛清した。
フランクは落ち着いた表情で、エリーズに「なぜ僕が狙われるんだ?」と質問する。エリーズは「私がキスしたからよ。巻き添えにする気 は無かったの。ショーが出て来るなんて想定外だった。アレクサンダーは彼のお金を任されていたの」と語った。アレクサンダーを深く 愛していることを態度に示す彼女に、フランクは「僕にも同じ気持ちを持ってる?僕は後悔してないよ、あのキスを」と述べた。
エリーズは船で空港の近くまで行き、そこでフランクを降ろして「貴方は帰国して」と告げた。フランクと別れた後、エリーズは船を スコットランド・ヤードへ向かわせる。彼女はショーの組織に潜入していた金融犯罪課の諜報員だった。しかしピアースに本気で惚れて 任務を放棄したため、停職処分となっていた。彼女はアチソンと会い、「ピアースを引き渡すわ」と持ち掛けた。「どうして今さら、 そんな気になった?あのツーリストのせいか」と尋ねるアチソンに、彼女は「こうしないと誰かが殺される」と告げた。
エリーズは盗聴器を装着し、舞踏会の会場へ赴いた。アチソンと部下たちも、会場の中で張り込んでいる。一人の男がエリーズに声を 掛けてきたが、それはプレイボーイとして有名なガッジア伯爵だった。その直後、「エリーズへ」という手紙をテーブルに置いて立ち去る 男が現れる。エリーズはアレクサンダーと確信し、慌てて男を追い掛ける。だが、そこへフランクが現れた。「退いて」とエリーズが要求 しても、フランクは行く手を塞いだ。
ダンスの時間になって音楽が流れ出すと、フランクは「さあ、踊ろう」と手を差し出した。エリーズは立ち去った男を気にしながら、 ダンスに付き合う。フランクが「君の友達のピアースには、手違いが起きているんじゃないかな。彼はショーが現れると思っていたかな」 と言うと、エリーズは「貴方は消えて」と告げる。「僕が心配なの?お互い様だよ。僕は君から離れない」とフランクが口にすると、彼女 は「貴方は計画の一部で、利用されただけなの」と言って立ち去った。
フランクはエリーズを追い掛けようとするが、アチソンの部下たちに捕まった。エリーズが手紙を読むと、「今夜、サン・シャコモ通り、 23番地へ」という文面があり、鍵が同封されていた。エリーズがボートを出すと、アチソンたちはフランクを拘留したまま追跡する。 張り込んでいたショーの手下たちも、エリーズのボートを尾行する。エリーズが23番地の邸宅に行くと、先回りしたショーと手下たちが 待ち受けていた…。

監督はフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク、脚本はフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク&クリストファー・ マッカリー&ジュリアン・フェロウズ、製作はグレアム・キング&ティム・ヘディントン&ロジャー・バーンバウム&ゲイリー・バーバー &ジョナサン・グリックマン、共同製作はデニス・オサリヴァン&ジェフリー・ナクマノフ、製作総指揮はロイド・フィリップス& バーマン・ナラギ&オリヴィエ・クールソン&ロン・ハルパーン、撮影はジョン・シール、編集はジョー・ハッシング&パトリシア・ ロンメル、美術はジョン・ハットマン、衣装はコリーン・アトウッド、音楽はジェームズ・ニュートン・ハワード。
出演はアンジェリーナ・ジョリー、ジョニー・デップ、ポール・ベタニー、ティモシー・ダルトン、スティーヴン・バーコフ、ルーファス ・シーウェル、クリスチャン・デ・シーカ、アレッシオ・ボーニ、ラウル・ボヴァ、ダニエル・ペッシ、 ジョヴァンニ・グイデッリ、ブルーノ・ウォルコウィッチ、マルク・ルシュマン、ジュリアン・バームガートナー、フランソワ・ ヴィンチェンテッリ、クレメント・シボニー、ジャン=クロード・アデリン、ジャン=マリー・ラムール、ニコラス・ギヨー他。


2005年のフランス映画『アントニー・ジマー』をハリウッドでリメイクした作品。
エリーズをアンジェリーナ・ジョリー、フランクをジョニー・デップ、アチソンをポール・ベタニー、ジョーンズをティモシー・ダルトン 、ショーをスティーヴン・バーコフ、舞踏会で手紙を置く英国人をルーファス・シーウェル、ロンバルディーをクリスチャン・デ・シーカ が演じている。
監督は『善き人のためのソナタ』のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。

ものすごくクラシカルな匂いがプンプンと漂う映画である。
スター男女の共演と、観光地の美しい景色で、観客の御機嫌を伺おうという映画である。
オードリー・ヘップバーンがヒロインを演じる、ロマンスとサスペンスを掛け合わせた映画って感じかな。
だけど、今時、スターの共演と観光案内だけ観客に評価してもらうってのは、至難の業だと思うよ。1950年代や1960年代でもあるまいに。

フランクって凡庸で冴えない奴に見えなきゃいけないはずなのに、そんな風には全く見えないんだよな。食堂車で見ている連中がいること をエリーズ視線を教える時の態度や、食堂車を去る時に振り向いてエリーズを見る時の表情などには、凡庸さのカケラも無い。
とにかく落ち着いた雰囲気がありすぎるんだよな。
「なぜ僕が狙われるんだ?」とエリーズに質問する時にしても、普通、命を狙われたのなら、もっとパニくるでしょ。そして自分を巻き 込んだエリーズを非難したくなるはずでしょ。それなのに、ものすごく冷静沈着で、「僕は後悔していないよ、あのキスを」と、余裕で女 を口説いているんだよ。
そんな奴、ちっとも凡庸じゃねえよ。
その一方で、フランクはエリーズや組織や警察の目線が無い場所では「フランク」という人格を演じる必要性は全く無いのに、ずっと フランクを演じ続けているのだが、それはそれで整合性が取れないし。

ミステリー作品を良く見ている人や、勘のいい人なら、序盤の内に「ひょっとしてフランクは本物のアレクサンダーじゃないか」という 疑念を抱くことだろう。
で、製作サイドとしては、警察の検索でフランクの身許が分かるという展開によって、そういう観客の疑念を払拭したいという狙いは あるんだろう。
だけど「ひょっとして」と思うような人は、むしろ「検索でフランクの身許が明らかになる」という展開があることによって、余計に疑い を強めるのではないか。
少なくともワシは、その検索結果が出た段階で「ああ、こりゃフランクがアレクサンダーの可能性は濃厚だな」と思ってしまった。

で、そんな風に思ってしまったら、この映画、ホントにつまんない。
だって「ひょっとしてフランクは本物のアレクサンダーじゃないか」ってのがミスリードになっておらず、そのまんまのオチが待って いるんだから。
「裏の裏をかいて」ということではない。
ミスリードを幾つも重ねてみたり、他のアレクサンダー候補を何人も用意したりということは無くて、ストレートにオチへと辿り着いて いる。

「フランクがアレクサンダーでは」と思ってしまった時点から、こっちとしては「終盤になって本物のピアースが登場する。終盤になって 急に登場するのではなく、それまでに画面に登場していたキャラの誰かが実はピアースだったというオチになる」というのが確定事項に なってしまうんだよね。
ピアースが登場しないまま終わるとか、終盤になって急に本物のピアースが現れるとか、そういう選択肢は全く念頭に無くなってしまう。
で、「既にアレクサンダーは前半から登場している」という考えになると、候補者はフランクぐらいしかいないんだよね。「他のメンツが アレクサンダーでは」と思わせるようなミスリードは、ほとんど用意されていない。
「全く」ではなく「ほとんど」と書いたのは、一人だけ候補がいるからだ。ホテル・ダニエリでエリーズを見たり、舞踏会で手紙を 置いたりする英国人がいて、そこを製作サイドとしては、アレクサンダーに見せ掛けたいんだろう。
ただ、ちょっと弱いなあ。

それと、話が進むにつれて、「フランクはホントにただのツーリストで利用されただけでした」ってのが着地では済まないだろうと思えて 来るのよね。
フランクが「エリーズに利用され、犯罪組織からアレクサンダーに間違えられた男」であっても、彼の心理描写があって、 エリーズに惚れたから彼女に協力してあげようと頑張るとか、疑惑を晴らすために本物のアレクサンダーを見つけようとするとか、そんな 風に、彼を中心に据えて、観客を感情移入させるような形になっていれば、ただのツーリストでも構わないよ。
でも、彼の中身を観客には全く明かそうとせず、かなりミステリアスな存在のままで話を進めているからね(もちろん、彼が本物のアレクサンダーなのだから、本物 を見つけようとするような筋書きは不可能なのだが)。

エリーズから帰国するよう促されたフランクは、それに従わず、舞踏会の会場に現れる。
だけど、それは彼女に協力しようって態度じゃなくて、「惚れているから離れないよ」というアプローチでしかない。
で、フランクが問題解決のために行動を起こさないまま、「ミステリアスだけど、ただの観光客」という着地になったとしたら、ドラマ 作りとして完全にアウトだ。
なので、そりゃ彼が本物という着地以外に無いだろうという風に思ってしまうのよ。

クライマックスになって、フランクは殺されそうになっているエリーズを助けるために行動を起こす。
だけど、それはタイミングとして遅いから、彼を単なるツーリストに見せ掛けるための仕掛けとしては、機能していない。
そこは「ああ、アチソンから彼女が諜報員だったと聞かされ、それでも自分に惚れて行動してくれたことが分かったから、助けに 行ったんだな」という解釈になってしまう。

あと、フランクの計画って無理があり過ぎるでしょ。
「アレクサンダーに体付きの似た男を見つけろ」と指示しても、エリーズが自分に声を掛けるとは限らない。
フランクの号車に来る前に同じような体付きの男を見つけるかもしれないし、フランクを見ても通り過ぎるかもしれない。
あと、エリーズが首尾良く声を掛けて来たとしても、キスをした時に本物だと気付いたらどうすんの(っていうか、ゾッコン惚れた男 なのに、キスしても気付かないのね)。

サスペンスやミステリーとしてだけでなく、アクションの部分も冴えない出来栄えになっている。
フランクが屋根を逃走するシーンは、ものすごくモタモタしている。音楽だけが頑張って緊迫感を盛り上げようとしているが、ちっとも ハラハラしない。
だからってコメディーとしての魅力があるわけではない。フランクがパジャマ姿なのをコミカルな味付けとしてやっているなら、それは 半端だわ。
フランクがぶつかった警官が川に落ちるという描写もあるけど、それぐらいだよな、コミカルな味付けって。ボートで逃げるシーンも、 やはりスリリングじゃないし、アクション演出はてんでダメ。
これってサスペンス・アクションとして作ってしまったのが失敗なんじゃないの。もっとロマンティック・コメディーの要素を色濃く すれば、フランクの正体がアレクサンダーってのがバレバレでも、ミステリー・サスペンスの部分が弱くても、それほど大きなダメージに 繋がらなかったんじゃないかと思ったり。

ちなみに本作品、第68回ゴールデン・グローブ賞のミュージカル・コメディー部門で作品賞、主演男優賞、主演女優賞の候補になったが、 それはコメディーとして評価されたからではない。
配給元のソニー・ピクチャーズが、ハリウッド外国人映画記者協会の会員に賄賂(超豪華ラスベガス旅行への招待)を渡したからだ。
でも、興行的に惨敗した上に映画評論家や観客から酷評されてしまったので、会員も本作品をドラマ部門の候補に入れることが 出来なかった。
そこで窮余の策として、「コメディーにしか思えなかったから」という言い訳をして、ミュージカル・コメディー部門の候補に ねじ込んだのだ。

(観賞日:2012年7月21日)


2011年度 HIHOはくさいアワード:9位

 

*ポンコツ映画愛護協会