『透明人間』:2020、アメリカ&オーストラリア

深夜、セシリア・カシュは同居しているエイドリアン・グリフィンが眠っていることを確認し、気付かれないようにベッドから抜け出した。部屋を出た彼女は、エイドリアンに飲ませたジアゼパムを捨てた。彼女は幾つも設置されている監視カメラの映像とアラームを切り、服を来て家から脱出した。飼い犬のゼウスが付けられている首輪を外そうとしたセシリアは、誤ってアラーム音を鳴らしてしまう。彼女は慌てて逃亡し、電話で呼び寄せた妹のエミリーが来るのを焦った様子で待った。車で到着したエミリーは、事情を知らなかった。セシリアは車に乗り込み、「説明は後よ。出して」とエミリーに指示する。そこへエイドリアンが来て窓ガラスを割り、セシリアに襲い掛かった。エミリーは慌てて車を発進させ、エイドリアンはセシリアが落としたジアゼパムの瓶を拾い上げた。
2週間後。セシリアは友人であるジェームズ・レイニアの家で保護してもらいに、彼の娘であるシドニーと3人で暮らしていた。彼女はエイドリアンを恐れ、外に出ることも躊躇していた。エミリーが訪問すると、セシリアは「来ないでと言ったのに。彼にここを知られる」と腹を立てた。エミリーはエイドリアンの自殺を知らせるが、セシリアは「彼が自殺なんかするはずがない」と言う。セシリアはエミリーとジェームズに、「彼は全て思い通りにしたがった。私の考えが気に入らないと暴力を振るった」と話す。さらに彼女は、エイドリアンが子供を欲しがったこと、子供が出来たら逃げられないので密かに避妊薬を服用していたことを語った。
エイドリアンの兄で弁護士のトムから相続に関する封書が届き、セシリアは彼の事務所へ赴いた。トムはエイドリアンがセシリアに500万ドルと不動産を残し、何も無ければ毎月10万ドルの振り込みが4年に渡って続くことを説明した。書類への署名を求められたセシリアは、その場で手続きを済ませた。彼女はジェームズに欲しがっていた新しい脚立をプレゼントし、シドニーには銀行口座を作って志望する美大へ進学するための援助を約束した。
夜、セシリアがシドニーと一緒にベッドで寝ていると、見えない何者かがシーツを剥ぎ取った。目を覚ましたセシリアがシーツを戻そうとすると、見えない犯人が踏み付けて妨害した。足跡を目にしたセシリアはジェームズを呼んで「そこに誰かいた」と訴えるが、全く信じてもらえなかった。翌朝、セシリアは建築事務所の就職面接に行くが、持参したはずの図面が鞄から消えていた。急に意識を失った彼女は、病院で血液検査を受けた。医師のリーは彼女に、失神の原因はジアゼパムだと説明した。
セシリアは洗面台にジアゼパムの瓶を見つけ、エイドリアンの仕業だと確信する。彼女はトムの元へ乗り込んで「彼にやめさせてと言って。彼は死んでない。光学学者の彼は、姿が見えなくなる方法を見つけたのよ」と語るが、相手にされなかった。エミリーがセシリアの元を訪れ、メールで非難されたことへの激しい怒りをぶつけた。セシリアはエイドリアンの仕業だと説明するが、まるで信じてもらえなかった。シドニーはセシリアを慰めようとするが、透明人間に殴られた。セシリアはシドニーから犯人だと誤解され、ジェームズも激怒して家を出て行くよう要求した。
セシリアはエイドリアンに出て来るよう要求するが、まるで反応は無かった。そこでコーヒーの粉を床に撒いて様子を伺うが、一向に変化は起きない。彼女がエイドリアンのスマホに電話をすると、天井裏から音が鳴った。セシリアが天井裏に上がると、エイドリアンのスマホが置いてあった。スマホにはセシリアの寝姿を盗撮した写真があり、ビニール袋に入った包丁や鞄から消えた図面も近くに置いてあった。エイドリアンのスマホに未登録の番号からメールが入り、セシリアが見ると「サプライズ」の文字が表示されていた。
セシリアは天井裏から下に目掛けて白いペンキを浴びせると、脚立を登っていた透明人間のエイドリアンを発見した。エイドリアンは逃亡し、セシリアは包丁を握って捜索する。セシリアが台所へ赴くと、エイドリアンがペンキを洗い流した痕跡があった。彼女はエイドリアンに襲われるが、何とか家の外へ脱出した。セシリアはLyftの車でエイドリアンの家まで送ってもらい、室内を調べて透明スーツの製造装置を発見した。彼女は戻って来たエイドリアンに襲われるが、何とか逃亡した。
セシリアはレストランにエミリーを呼び出し、透明スーツのことを話そうとする。しかしエイドリアンはエミリーを殺害し、凶器の包丁をセシリアに握らせた。セシリアは殺人犯として逮捕され、サンタ・マリーナ精神医療センターに収容された。彼女は真実を必死で訴えるが、誰にも信じてもらえなかった。看護師はセシリアに、妊娠していることを教えた。面会に来たトムはエイドリアンに協力しており、出産に同意して弟の元へ戻るよう要求した…。

監督はリー・ワネル、映画原案&脚本はリー・ワネル、製作はジェイソン・ブラム&カイリー・デュ・フレズネ、製作総指揮はリー・ワネル&クーパー・サミュエルソン&ベアトリス・セケイラ&ジャネット・ヴォルトゥルノ&ローズマリー・ブライト&ベン・グラント、共同製作はジェニファー・スカダー・トレント、撮影はステファン・ダスキオ、美術はアレックス・ホームズ、編集はアンディ・キャニー、衣装はエミリー・セレシン、視覚効果監修はジョナサン・ディアリング、音楽はベンジャミン・ウォルフィッシュ。
出演はエリザベス・モス、オリヴァー・ジャクソン=コーエン、オルディス・ホッジ、ストーム・リード、ハリエット・ダイアー、マイケル・ドーマン、ベネディクト・ハーディー、レニー・リム、ブライアン・ミーガン、ニク・キシー、ヴィヴィエンヌ・グリーア、ニコラス・ホープ、クリーヴ・ウィリアムズ、カードウェル・リンチ、サム・スミス、ザラ・ミカレス、セラグ・モハメッド、ナッシュ・エドガートン、アンソニー・ブランドン・ウォン、グザヴィエ・フェルナンデス他。


H・G・ウェルズの同名小説を基にした作品。
監督&映画原案&脚本は『インシディアス 序章』『アップグレード』のリー・ワネル。
セシリアをエリザベス・モス、エイドリアンをオリヴァー・ジャクソン=コーエン、ジェームズをオルディス・ホッジ、シドニーをストーム・リード、エミリーをハリエット・ダイアー、トムをマイケル・ドーマンが演じている。
当初はホラー・モンスターを集結させるユニバーサル・ピクチャーズの企画、「ダーク・ユニバース」の1本として企画された。しかしシリーズ第1作『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』が酷評を浴びてコケたために企画が中止され、独立した映画として製作された。

冒頭シーンでは、セシリアがエイドリアンに怯えながら様々な作業を行い、家から逃亡する様子が描かれる。
ここをサスペンスとして盛り上げているが、まだ透明人間と何の関係も無いシーンなので、「そこで緊張感を高めるのは正解なのか」と言いたくなる。
エイドリアンは透明人間になる前から怖い奴で、セシリアは彼に怯えているってことだよね。
それを最初に見せたことに以降の展開が加わった時、「この映画、透明人間である必要性が弱くねえか」と感じてしまうんだよね。

これまでの透明人間の映画は、基本的に「主人公が何らかの理由で透明人間になる」という内容だった。しかし本作品は、透明人間から狙われる女性を主人公に据えている。
映画が始まってから長い時間、透明人間は登場しないままで話を進めていく。そのため、表面的には「ヒロインは謎の怪奇現象に見舞われ、透明人間の存在を訴えても周囲から信じてもらえず、イカれた奴だと誤解され、肉体的にも精神的にも追い詰められる」というサイコ・サスペンス的な話になっている。
しかし我々は、これが透明人間の話だと知っている。エイドリアンが死んでいないこと、彼が透明人間になっていることも、全て分かり切っている。
それを考えると、そういう話の作り方にしたことは本当に正解だったのか、大いに疑問が沸く。

あと、こういう話の進め方をするのであれば、最初に「いかにエイドリアンが暴力的でドイヒーな男なのか」をほとんどアピールせずに済ませているのは、明らかに手落ちだろう。
追い掛けて来たエイドリアンが車のガラスを割ってセシリアを襲うシーンはあるが、それだけでは全く足りていない。後からセシリアに「こういうことがありまして」と語らせるが、そんな短い台詞では何の足しにもならない。
あと、エイドリアンの顔さえ良く分からない状態で透明人間化しちゃうのも大きなマイナスだ。
そのせいでエイドリアンは、実質的に最初から「存在として透明」といった状態になっている。

エイドリアンには光学学者という設定があるが、学者として仕事をしている様子は全く描かれない。何しろ、映画の冒頭でセシリアが逃亡し、すぐにエイドリアンは自殺を装って透明人間化するので、彼が何かを研究している様子を描ける時間が無いのだ。
後から「透明化したエイドリアンが作業をしている」という様子を挟んだり、回想として学者としての姿を入れたりすることは可能だが、そういう作業も無い。
設定に対して、そのための描写が色々と雑すぎる。
なので「エイドリアンは光学学者」という設定は、ただ彼を透明化させるためだけの薄っぺらい御都合主義になっている。

あと、幾らエイドリアンが光学学者だからって、「セシリアが逃げたから自殺を装って透明人間になり、色々と嫌がらせを繰り返す」という行動に出るのは、どういう思考回路なのかと言いたくなる。
他の様々な選択肢を全てスッ飛ばして、いきなり突飛な方法に手を出しているようにしか感じない。
これも前述した「光学学者という設定に対する描写が雑」ってのが関係している。
エイドリアンが透明化の技術を研究している描写が序盤にあれば、そういう方法を真っ先に取ることへの違和感は抱かなかったかもしれない。

セシリアは「エイドリアンに居場所を知られる」と怯え、外に出ることさえ怖がっていたのに、相続に関する封書が届くと、さっさとトムの事務所まで出掛ける。
封書が届いたってことはトムには居場所が知られているわけだが、「そこからエイドリアンにも伝わる」ということに対する不安は全く見せない。
「エイドリアンの自殺なんて有り得ない」と言っていたのに、死んだことを完全に信じたのか。自殺を知らされてからの行動には、甘さがありすぎる。
「セシリアの周囲で透明人間の仕業による現象が次々に起きる」という展開を成立させるために、セシリアを「急に警戒心が薄れるボンクラな奴」に仕立て上げているとしか思えない。

死を偽装してまで透明人間になったエイドリアンの目的が、良く分からない。
彼はセシリアを恨んで殺そうとするわけではなく、嫌がらせを繰り返す。セシリアによると、それは「セシリアを孤立させるための作戦」ってことらしい。
でもセシリアが孤立したところで、絶対にエイドリアンの元へ戻らないことは分かり切っている。
まあ「エイドリアンは分かっていないから、そんな行動を取る」ってことなのかもしれないけど、ただのボンクラにしか見えない。

天井裏でビニール袋に入っている包丁を発見したセシリアは、それを取り出して握る。「いや、なんでだよ」と言いたくなるわ。その行動、どう考えても不自然だろ。
しかも、そんな不自然な行動を取らせた意味が全く無いんだよね。
ひょっとすると、その後の「エイドリアンがペンキを浴びて逃げたのでセシリアが捜索する」という手順で、セシリアに包丁を握らせるために「あらかじめビニール袋から出しておく」という行動が必要だったのか。
でも、どうせ包丁でエイドリアンを攻撃することも無いまま逃げ出すので、それを握らせた必要性は全く無いし。
あと、それなら最初からビニール袋に入れておかなきゃいいし。袋に入れている意味も無いんだから。

ペンキを浴びたエイドリアンが逃亡した後、セシリアが捜索すると水道で洗い流した痕跡が残っている。その直後、また完全に透明状態へ原状回復したエイドリアンがセシリアに襲い掛かる。
でも、あんな短時間でペンキを全て綺麗に洗い流して透明に戻るって、かなり都合のいい展開だろ。
っていうかね、もっと根本的にことを言っちゃうと、もはや透明である意味も乏しいんだよね。
例えば、「身を隠していて、セシリアの隙を見て背後から襲い掛かる」という行動でも、そのシーンに関しては大して変わらないんだよ。

レストランのシーンには、ホントに呆れ果てる。何が呆れるかって言うと、包丁を巡る表現。
そこは「エイドリアンが透明状態でエミリーを殺害し、凶器の包丁をセシリアに握らせて犯人に見せ掛ける」というシーンなんだけど、苦笑せざるを得ない映像になっているのよね。
実際に映像を見てもらわないと上手く伝わらないと思うけど、セシリアが何かを握るような手の形にして、飛んで来た包丁をキャッチする流れになっているのよ。セシリアが自らの意思で包丁を操っていないと成立しないような、不自然極まりない手の動きなのよ。
こんなの、普通に考えたらNGテイクだろ。

これまでの透明人間は、薬を飲んで肉体を透明化させていた。しかし今回のエイドリアンは光学迷彩スーツを着用し、人間の目に映らない状態に変化する設定だ。
今までの透明人間だと科学的にツッコミ所ありまくりの設定ではあるし、現代的にアップデートさせようってことで、そんな設定になったんだろう。
ただ、そうなると、もはや「透明人間」とは全くの別物じゃないかと思うのよね。もはやマーベル・ヒーローの亜流みたいになってないか。
あと、光学迷彩スーツの設定でも、どうせツッコミ所は色々とあるし。

(観賞日:2023年2月17)

 

*ポンコツ映画愛護協会