『泥棒は幸せのはじまり』:2013、アメリカ

コロラド州デンバーの投資会社で経理担当として働くサンディー・パターソンは、クレジットカードの不正使用を監視する部門の者だと名乗る女性から電話を受けた。それは真っ赤な嘘で、電話の主は偽造カード詐欺の常習犯であるフロリダのダイアナという女だった。だが、サンディーは全く疑わず、無料の保護プランに加入するよう勧められて承諾する。ダイアナから質問を受けた彼は、簡単に個人情報を教えてしまった。
すぐに偽造カードを作成したダイアナは、バーへ繰り出した。彼女はテキーラを大量に注文し、サンディー・パターソンのカードで支払う。彼女は店にいた全員に酒を御馳走するが、悪酔いしてマスターの喉にパンチを入れ、警察を呼ばれてしまった。彼女は警官に連行され、サンディー・パターソンとして逮捕された。何も知らないサンディーは、妊娠している妻のトリッシュと娘のフラニー&ジェシーに誕生日をお祝いしてもらった。サンディーは不景気でボーナスが支払われない中、3人目の子供のために節約生活を送っている。
翌日、出社したサンディーは社長のハロルド・コーニッシュから、ボーナスの手配を頼まれる。3年ぶりのボーナスにサンディーは喜ぶが、経営陣のみのボーナスだと言われる。サンディーが落胆していると、ハロルドは「君たちに給料を払っている我々のような経営陣こそ重要だ」と言い放った。サンディーが呆れながらボーナスの手配作業を始めると、美容サロンから予約確認が電話が入った。間違いだと告げたサンディーは、その店がフロリダのウィンター・パークだと知って困惑した。
サンディーは同僚のダニエル・ケイシーたちに呼び出され、一斉退職して新しい会社を立ち上げる計画を明かされる。副社長として誘いを受けたサンディーは、5万ドルの年収が5倍になると説明を受けて快諾した。一方、釈放されたダイアナは、偽造カードを使った散財を続ける。サンディーはガソリンスタンドへ立ち寄った際、カードが使用不可になっていることを知った。カード会社に電話を掛けた彼は、利用額が限度を超えていると説明される。
身に覚えのないサンディーは抗議するが、ダイアナが起こした暴行事件の容疑者として逮捕されてしまった。取り調べを担当した刑事のライリーはサンディーの事情説明を受けて犯人の写真を取り寄せ、人違いだと理解した。写真を見せてもらったサンディーは、犯人が女だと知った。サンディーは逮捕するよう頼むが、ライリーは「我々の担当ではない。デンバー警察の仕事は終わりです」と冷たく告げた。さらにライリーは、逮捕されるまでに半年から1年は掛かるし、逮捕率は5%から10%だと言う。
ダニエルは営業先からのメールでカードの焦げ付きを知らされ、サンディーの信用度が下がっていることを指摘する。サンディーは「仕事を任せられない」とダニエルに言われ、事情を説明する。そこへライリーが来て、麻薬の売人を逮捕したらサンディーの名前とカードが浮上したと話す。ライリーはサンディーに家宅捜索の令状を見せ、「フロリダの女が犯人だと分かっているが、逮捕するまで貴方は容疑者です」と告げた。ダニエルはサンディーに、「君を解雇せざるを得ない」と通告した。
サンディーはライリーに、「犯人が現れる場所を知ってる。現地警察に伝えて逮捕すれば解決だ」と言うが、「現地で犯した罪じゃない。この場に本人が来ないと逮捕できない」と聞かされる。警察がダイアナを連れて来る気は無いと知り、サンディーは自分が連れて来て自白させると宣言した。彼はダニエルに1週間の猶予を貰い、心配するトリッシュを説得して旅立った。サンディーはフロリダでダイアナを発見し、車で尾行した。気付いたダイアナは、わざと衝突事故を起こさせて金を巻き上げようと目論む。
サンディーは保険会社に連絡すると告げ、ダイアナに免許証を見せてもらう。偽造免許証を確認したサンディーは、自分が本物だと指摘する。ダイアナはサンディーに喉パンチを食らわせ、車で逃走した。キーを奪われて車で追跡できなくなったサンディーは、タクシーを使ってダイアナの家へ乗り込んだ。サンディーは抵抗するダイアナを持参した手錠で拘束しようとするが、そこへジュリアンとマリソールという2人組が武装して現れた。麻薬の売人であるパオロがダイアナのせいで逮捕されたため、手下を差し向けたのだ。
ジュリアンたちが発砲して来たので、サンディーは仕方なくダイアナを車に乗せて逃走した。ダイアナは車を降りて逃亡を図るが、すぐにサンディーが追い付いた。サンディーは「上司に説明してくれたら解放する」と持ち掛けるが、ダイアナは協力を拒絶した。パオロはマリソールと連絡を取り、「あの女を始末しろ。必要なら何人でも殺せ」と命じた。サンディーは飛行機でデンバーへ戻ろうと考えていたが、ダイアナから「同じ身分証だから航空会社が混乱するわよ」と指摘された。
借金取立人は美容サロンの店員を脅し、ダイアナの情報を聞き出した。ジョージア州に入ったサンディーはダイアナに上手く丸め込まれ、レストランで休憩することにした。ダイアナは豚のスペアリブを注文し、口八丁でウェイトレスの同情を誘う。さらにモーテルでチェックインする時も、やはり彼女は従業員の同情を誘った。彼女はバーへ繰り出し、金持ちそうに見えるビッグ・チャックという男に目を付けた。サンディーが戻るよう促すと、ダイアナは断ってチャックと踊った。
ダイアナはチャックを部屋へ連れ込み、酒に薬を混ぜて眠らせる。彼女はサンディーを浴室へ閉じ込め、チャックから財布を盗んで逃亡する。車に乗り込んだ彼女はサンディーの携帯を取り、子供たちの声を耳にして泣き出した。ダイアナはモーテルに戻り、翌朝になってサンディーと出発しようとする。そこへ借金取立人が現れ、ダイアナをバンに押し込んで逃亡する。サンディーは後を追い、ダイアナは隙を見て喉パンチで取立人を失神させた。サンディーはダイアナの指示を受け、取立人のバンに車をぶつけクラッシュさせた。サンディーはトラックに車をひかれて破壊されたため、ボロボロになったバンにダイアナを乗せてセントルイスへ向かった。
ジュリアンとマリソールはチャックを脅し、サンディーたちの情報を聞き出した。サンディーたちはバンが動かなくなったため、歩いてセントルイスを目指す。ヒッチハイクで車は停まらず、サンディーは森で野営しようとする。しかし苦手な蛇が絡み付いて来たので、顔を引きつらせて硬直した、ダイアナが松明を振り下ろし、何度も叩き付けて蛇を退治した。翌朝、サンディーが意識を取り戻すと、見知らぬ町のバス停にいた。3日後までデンバー行きのバスは無く、サンディーは携帯も財布も失っていた。
そこまで来た方法を尋ねたサンディーは、ダイアナが担いで運んだことを知らされる。靴下に隠しておいた金に気付いたサンディーは、バス停の従業員から中古車販売の男を紹介してもらう。中古車を手に入れたサンディーは、ダイアナを乗せて出発する。取立人はバス停で2人の情報を聞くが、ジュリアンとマリソールが来て彼に発砲した。デンバーまでのガソリンが足りないことをサンディーが明かすと、ダイアナは偽造カードを作るよう提案した。サンディーは反対するが、「嫌いな人はいるでしょ」と言われるとハロルドの偽造カードを作るよう持ち掛けた…。

監督はセス・ゴードン、原案はジェリー・イーテン&クレイグ・メイジン、脚本はクレイグ・メイジン、製作はスコット・ステューバー&ジェイソン・ベイトマン&パメラ・アブディー、製作総指揮はピーター・モーガン&ダン・コルスラッド、共同製作はメアリー・ローリッチ、撮影はハヴィエル・アギーレサロベ、美術はシェパード・フランケル、編集はピーター・テッシュナー、衣装はキャロル・ラムジー、音楽はクリストファー・レナーツ、音楽監修はデイナ・サノ。
出演はジェイソン・ベイトマン、メリッサ・マッカーシー、ジョン・ファヴロー、アマンダ・ピート、ティップ・“T.I.”・ハリス、ジェネシス・ロドリゲス、モリス・チェスナット、ジョン・チョー、ロバート・パトリック、エリック・ストーンストリート、ジョナサン・バンクス、ライアン・ガウル、スティーヴ・マロリー、タイラー・ニルソン、スティーヴ・リトル、アンドリュー・フリードマン、アントワン・ミルズ、イアン・クイン、ディーヴァ・タイラー、メアリー=チャールズ・ジョーンズ、マギー・エリザベス・ジョーンズ、ソープ・アルコ、ブレット・ベイカー他。


『モンスター上司』のセス・ゴードン監督と主演のジェイソン・ベイトマンが再びタッグを組んだ作品。
脚本は『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』『ハングオーバー!!! 最後の反省会』のクレイグ・メイジン。
ダイアナをメリッサ・マッカーシー、ハロルドをジョン・ファヴロー、トリッシュをアマンダ・ピート、ジュリアンをティップ・“T.I.”・ハリス、マリソールをジェネシス・ロドリゲス、ライリーをモリス・チェスナット、ダニエルをジョン・チョー、借金取立人をロバート・パトリック、チャックをエリック・ストーンストリート、パオロをジョナサン・バンクスが演じている。

原題は「Identity Thief」なので、直訳すると「身元泥棒」ってことになる。
とてもキャッチーとは言い難いので、異なる邦題を付けるのは理解できる。
『泥棒は幸せのはじまり』という邦題は、たぶんアダム・サンドラーとジェニファー・アニストンの共演作『ウソツキは結婚のはじまり』を意識して寄せたんだろうと思われる。
ただ、『ウソツキは結婚のはじまり』は日本未公開だし、ラジー賞候補になった作品なので、そこで二匹目のドジョウを狙っても全く意味が無いけどね。

ダイアナは登場した時から、こちらに与える不快感や嫌悪感が尋常ではない。
彼女は人々を騙し、金を巻き上げている。その標的となる相手は、ダイアナが迷惑を被ったり恨みを抱いたりしているわけでない。ランダムに選ばれた、何の罪も無い哀れな被害者だ。
ダイアナは騙し取った金を寄付したり貧しい人々に配ったりしているわけではなく、止む無き事情に使っているわけでもない。ただ遊びのために散在しているだけだ。
だからダイアナのカード詐欺は、一片の曇りも無い「悪事」である。

そんな悪事を働いているダイアナは、自身の行動に対する罪悪感など微塵も持ち合わせていない。それだけでなく、散在する店で偉そうな態度を取るなど、やたらと不快感を撒き散らす。
一言で言えばクソ女である。
サンディーに見つかった後も、全く反省する様子など無い。それどころか、殴り付けるわ、サンディーの車を自分の車を激突させるわ、鍵は奪うわと、やりたい放題である。
それを笑えと言われても、そりゃあ無理な相談だよ。

どれだけダイアナが嫌な女であっても、「きっと後から仕方の無い事情が明かされたり、改心に至る展開が用意されたりして、好印象に変えようとするんだろうな」ってのは、オツムの弱い私でも分かる。
リカバリーのための作業が後から描かれるからこそ、最初は不愉快極まりない女にしてあることぐらいは理解できる。
とは言え、ダイアナの放つ不快感や嫌悪感が強すぎる。
コメディーなんだから、嫌な奴であっても少しぐらいは笑えなきゃマズいはずだが、ちっとも笑えないのである。

サンディーとダイアナの旅が始まると、ザックリ言えばバディー・ムービーのような形になる。
しかし、2人による掛け合いの軽妙さやコンビネーションの妙など、まるで味わえない。
ちっとも楽しい気分にならないのは、ダイアナのキャラ設定が原因であることは言わずもがなである。
「生真面目な奴が身勝手な奴に振り回される」というタイプの映画は幾つも作られているので、そのプロットが悪いわけではない。それが笑える作品に仕上がるかどうかは、キャラ造形や演出やシナリオ次第だ。

この映画の場合、ひたすらダイアナは不愉快な奴だ、サンディーが不憫だと感じるだけで、振り回される様子を笑えない。
ダイアナのせいでサンディーがレストランやホテルの従業員から悪者扱いされるのも、これっぽっちも笑えない。
子供たちからサンディーへの電話の声を聴いて泣くシーンを用意したからって、その程度で同情できるほど甘いモノではない。
それでも、旅に出るまでと比べれば不快指数は随分と減っているが、ダイアナの印象がプラスに転じているわけではない。

麻薬の売人の手下や借金取立人から追い掛けられる展開になると、「ダイアナがサンディーを騙して金を騙し取り、迷惑を掛けまくっていた」という事実から目を逸らすことは出来る。
徒歩で移動せざるを得なくなるとか、サンディーが蛇に襲われるとか、そういう展開を用意すれば、おのずとダイアナの不快な言動は減ることに繋がる。
でも、それは観客を欺いているだけで、ダイアナの犯した罪が変化するわけではない。

一緒に追われる身となったことで、「サンディーとダイアナに絆が芽生える」という展開へ持って行きたいことは分かる。
実際、段取りとしては、そういう形になっている。
だけど、2人を追い掛ける手下2人&取立人の使い方が上手くないこともあって、その段取りに見合うだけのドラマは見えて来ない。
ジュリアンたちと取立人が争う様子なんて、何の意味があるのかサッパリ分からんよ。ある意味、それは内輪揉めに近いモノがあるぞ。

後半にはガソリン代のために偽造カードを作ることをダイアナが提案し、サンディーが承諾するシーンが用意されている。しかも承諾するだけでなく、ハロルドへの復讐という意味も兼ねて、偽造カード作りに協力する。
これによって「サンディーも同罪」という形になることで、ダイアナの罪に対する観客の意識を薄めようという狙いがあるのではないかと思われる。
しかし、その弊害は大きく、サンディーが偽造カードで高級ホテルに宿泊する様子を見せられると、こいつに対する同情心が一気に薄れてしまう。
幾らハロルドが憎い元上司だからと言っても、その復讐方法はダメだろ。それによって彼は、ダイアナを批判し、連行する資格を完全に失ってしまう。
既にダイアナを非難する気持ちなんて彼の中では消えているけど、そういう問題じゃないからね。

さらに厄介なのは、リカバリーのための作業が全く足りていなかったり、アプローチを間違えていたりすることだ。
最初に用意されるのは、「こういう過去があったから性格がひん曲がり、そんな行動を取るようになったのだ」という事情だ。それによって同情を誘おうという作戦である。
しかし、孤独な人生だったからと言って、カード詐欺で巻き上げた金を散在することが許されるわけではない。
そもそも同情を誘う要素として「捨て子で孤独だった」というのは、そんなに強いカードではない。それに詐欺の被害者も、高慢な大金持ちとか、悪事で稼いでいる連中ばかりってわけではない。ダイアナのせいで人生を狂わされた人々も、少なくないはずだろうと予想される。
それを考えると、ダイアナに対する同情心など全く湧かないのである。

もう1つ、「ダイアナの考え方が変化し、善人として行動するようになる」という「更生への道」も用意されている。しかし、これが全く足りていない。
サンディーに対する贖罪は、自ら警察に名乗り出る行動によって済まされたと言ってもいいだろう。だが、それ以外の被害者に対する反省や贖罪は、何も出来ていないのだ。
刑務所で服役しているので、一応は罪を認めて罰を受ける形になっている。だから騙されそうになっちゃうけど、それは当然の行動に過ぎない。そこにプラスアルファが無ければ、リカバリーには程遠いのである。
しかし実際は、「サンディーの一家と仲良くなり、これから幸せな日々が待ち受けている」という明るい未来だけが示されている。
いやいや、色んな人を不幸にしておいて、テメエだけ幸せになってんじゃねえよと言いたくなるわ。

(観賞日:2017年8月31日)

 

*ポンコツ映画愛護協会